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徴税所に乗り込め!


 湾岸都市フォルクスは元々は軍港としての役割を担っていた。


 港はコンクリートで整備され、沿岸部は大型の物流倉庫が並び建ち、主要道路は行き交う人々で混雑するほど活気にあふれた街だ。


 そんな交通渋滞を起こる道路にて、ルルシーの運転する四輪二頭立ての客席馬車(キャビン)に運ばれつつ、固定椅子に腰かけたアクネロは熱心に荒縄を結っていた。


 筒状の棒の先――丁寧に紐を束ねて結びつけている。

 普段の粗雑な動きとは異なって、繊細な指遣いだった。


「ご主人様、何をなさっているのですか?」


 ミスリルは本音では聞きたくないと思いつつも、狭い空間で二人きりということもあって、尋ねた。


「お仕置き用の九尾の猫鞭(キャットナインテール)を作ってる。前に海軍のダチ公に教えてもらったもんだ。エレガントな道具じゃないが、俺に正当な税を払わない薄汚い役人どもにはぴったりだろ」


 自分には使われないとわかり、ミスリルはホッとひと安心する。


 心に余裕も生まれたことで、工作物も直視できた。

 なかなかのえげつない形の鞭だ。

 棒から伸びている九本の細縄は、どれも先端が結んであり丸まっている。

 ぶんっとアクネロが軽めに振ると、椅子にぴしぴしと多弾ヒットした。


 鞭としては短いが、一振りで連撃になる仕組みなのだ。


「あの……ご主人様はどうしてお金が欲しいのですか? 生活費という面でしたら、お屋敷に残された財産だけでも多少はまかなえます。幸いにして、スルード様は芸術の才がございました。好事家にそれなりの価格で売ることができます」


「そうして慎ましく暮らせ、か。メイドの分際で言うじゃねえか……父上もそうして籠絡(ろうらく)したのか? 老い先短いジジイならかどわかされたかもしれねえな」

「いっ、いえ……ただ、ご主人様に安らかな日々を送って頂きたいと思いまして」


 犬歯を覗かせ、アクネロが微笑を浮かべると、ミスリルはグッと顎を引いた。

 だが笑ったのも一瞬のことで、すぐに真顔に戻る。


「父上の代になってから、ファンバード地方は縮小されちまってる。同じ国の仲間のはずの貴族に俺の領地が奪われているんだ。敵国だって狙ってきてる。なのに、独立都市の能無しどもは自分たちの生活圏にしか興味ねえ。俺の愉快な遊び場が誰かに遊ばれてるのなら、そんな無法者どもをぶち殺すになんのためらいもない」


 まんざら馬鹿ではない――ミスリルは評価を修正した。


 自分の土地の事情くらいは把握している。

 お祭り好きで権力を欲しいままに動かし、享楽に(ふけ)るだけの貴族とは別種ではあるようだった。




 ∞ ∞ ∞




「オラァッ! 金出せやっ!」

「お坊ちゃま、強盗になってますよ」

「といいますか、ギャングか何かですね」


 徴税所となる四階建てビルの扉を蹴り飛ばし、アクネロは冬眠から目覚めた熊のような構えでオフィスのあちこちを見回した。


 行政続きのために長椅子に腰かけた住民たちや係員たちが、何事かと視線を向けてきた。

 誰もが荒事の気配を察し、身を固くしている。


 アクネロは順番カードの刺さった立札台を一瞥したが、無視した。


 つかつかとカウンターまで歩き、事態に気付かずに受付で談笑していたシルクハットの太った紳士をグイッと押し退ける。


 ぬらり、っと窓口の前に立った。


 狂相を隠さない青年から発せられる並々ならぬ威圧感に気圧(けお)され、唾を飲んだ年若い係員は蝶ネクタイの位置を直し、何気なくベストを指でよじった。


 係員の額から玉の滴が流れる。


「ごっ、ご用はなんでしょうか」

「税金払えよ」

「はっ?」


 徴税所は税金を受け取るところである――『期日までに税金を払ってください』というポスターも、係員の後ろにある間柱にもしっかり貼られている。


 つまり、職責からして「税金を払え」と言わなければならないのは係員の方であった。


 見かねたのか、肥えたシルクハットの中年が下顎を擦り、アクネロの肩を気安くポンっと叩く。


「チミィ、いかんよぉ。割り込みは。市議会議員のワシだって、ちゃんと並んでどる。本当なら特別室に案内されてもおかしくないほど、高額納税をしとるワシがだぞ……ふぎゃっ!」


 ヒュンッと風切り音を奏で、九尾の猫鞭(キャットナインテール)が男の顔面に襲い掛かった。


 ピシピシピシッと降りかかる鞭打により、相手の皮膚は(またた)く間に真っ赤に腫れあがる。


 男は(ひる)み、痛む顔に両手を当てて俯いたが、それがいけなかった。

 アクネロは隙ありとばかり拳を振り上げ、打ち下ろしの右を男の顔面に叩き込んだのだ。


 拳打にしては恐ろしい、ドコンッとした骨の軋む音がした。


 無様にも転倒し、死んだカエルのように男が仰向けに倒れたところで、そのまるまると太った腹をゲシゲシと足蹴にする。


「うる……せぇーんだよッ! 俺がいつ、どこで、てめえみたいなゴミに意見しろって言った!? このボケが! お邪魔虫のカスが! さっさとくたばっちまえよ、このクソッタレが!」


「貴様! ウィルソン議員に何をしている!?」


 待ち合い長椅子に待機していた護衛騎士が血相変えて叫んだ。


 黄金鳳凰軍の記章が刻まれた市街地用の軽装着だ。

 詰襟のレザージャケットは深紅色に輝き、光沢(つや)を帯びた上質のズボンはコットンの高級繊維。肩章の金モールからして士官であることがわかる。


「あぁっ!? どうやら次の自殺志願者がきやがったのかッ! いいぜっ! かかってこいよ! お前の汚ねえ内臓を豚の肥料として売り飛ばしてやっからよ!」

 

「無礼者が死にたいようだな!」


 抜剣した士官は空の左手を前にし、右手で片手剣を持って半身になった。怒りながらも待ちの姿勢。悪漢制圧の用意である。


 アクネロはビキビキとこめかみを震わせていた。


 名誉職とはいえ、高貴な者の血筋たる彼は軍の頂点にして象徴的な存在である。末端の士官が道端で声をかけて許される存在ではない。


 ましては敵意を込めて抜刀などしようものなら、社会的な破滅は免れない。


 ただその揺るぎなき事実は、この場では火の粉の飛ばない場所で淡々と様子見を続けるメイド二人しか知らない。


「田舎の薄給騎士の腰抜け野郎がッ! 三秒で顔面整形して立派なカマ野郎にしてやるよ!」

「やってみろドチンピラがッ! 貴様のような街に相応しくない排泄物は俺が清掃してやるわ!」


 ジリッと護衛騎士は床につけた足をずらして距離を詰める。

 アクネロは準備体操代わりに肩を大きく回し、足を持ち上げ、ゆっくりと一歩、前に進む。


 かに見えたが――右足を出したのは、大きな跳躍(ちょうやく)のためだった。


 足形が残されるほど地面が強く蹴られた。


 剣を持った相手に対して徒手空拳で、しかも真正面からの突進にはさすがの護衛騎士は度胆を抜かれた。しかし動揺は一瞬のことであり、護衛騎士の対応もまた素早かった。


 突進を防ぐだけならば、片手剣での斬りつけは振りかぶる必要などない。相手に合わせて刃筋を立てるだけで済む。


 無防備な顔面へ流血を呼ぶ刃筋が迫る――ガキィンッと金属音が鳴った。


「――なっ!」


 腕だけで受け止められた。

 違う。防刃繊維の特殊なスーツだ。護衛騎士の目に、裏地に縫いこまれたメタリックシルバーが袖口からきらめいて見えた。

 数十センチで金貨数枚という合成魔術品の極致たる代物だ。

 庶民はおろか貴族さえも容易には手に入らないはず。


 ――なぜ、こんなものを暴漢が持っているのか。


 護衛騎士の思惑はすべて表情で語られていた。


 驚きから立ち直るまでの隙は致命的なものへとなる。

 にやりとアクネロは嘲笑し、溜めた拳を顎先に放った。


「雑魚があッ!」

「ぶっ!」


 顎の骨すら砕く強烈なアッパーカットで護衛騎士の目玉はぐるんと回り、気絶したのだが、やはり非道な追い打ちが続いた。


 脱力した騎士の胴体をアクネロは肩に乗せてがっしりと抱え、腹部に片手を当てながら助走をつけ、窓に向けて護衛騎士を一気に投げ捨てた。


 頭から窓ガラスに突っこむ形となった護衛騎士は雑踏へと吹っ飛び、無残にも大の字になる。


 そこをちょうどよく、集団で定期巡回していた衛兵たちが飛び上がって叫んだ。


「なっ、なんだっ!」

「アルストンさんだぞっ! 序列十位の!」

「応援を呼んで来い!」


 街を護る仲間がやられたとあって、わらわらと税務所に衛兵が詰めかけてきた。


 数にして十数名である。

 室内で子羊のように怯えて壁に寄りかかっている哀れな住民を発見して、それぞれの顔に緊張と使命感が走った。


 市民を脅かす者はどんな暴漢であれ、恐ろしい魔物であれ、勇気を持って立ち向かわなければならない。


 険しい顔の群れと対峙するアクネロはアルストンの無骨な片手剣を奪い取り、肩にぽんぽんっとぶつけて頬を歪めた。


「ああぁ? 次から次へと生ゴミどもが……いいぜ、俺がじきじきに鍛えてやるよ。かかって来いよ。俺の名はアクネロ・ファンバードだ。地方伯にして貴様らの盟主。領民たちの偉大なる父にして、黄金の剣だ」


 芝居かかって片手を逆さに掲げて誇示したが、衛兵たちはひとかけらも信じなかった。


「世迷言を!」

「領主様の名を騙るとは今まさに死罪が決定したぞ!」

「隊列を組め! 一気にこの狂人をぶっ殺してやるぞッ」


 勇ましい衛兵たちの正義の炎は燃え上がった。

 横一列になると短槍がザザザッと平行となった。丸盾で自らの身を護り、隙間のない陣形。


 呼気を整え、アクネロは迎え討つように両手を開いた。

 凶行は続けられる。













「お坊ちゃま。当家の十剣紋章を見せればよろしかったのでは?」

「むっ……」


 騒ぎが終息し。

 室内に散乱した衛兵たちを尻目にルルシーが進言すると、最後に立っていた一人を撃破したアクネロは喉を詰まらせた。


 少し考えた後、応える。


「いや、そういうのってさ……普通は見せなくてもわかるだろ? むしろわかって欲しいじゃん?」

「本日付けで公報にスルード様のご逝去が記載される予定ではありますが、まだ世間一般ではお坊ちゃまが領主だと周知されておりません」


「でも、こいつら、主人の俺の顔ぐらい覚えておくべきだと思うんだ」


「無理です。お坊ちゃまは王立学校に十歳の頃にご入学され、そのまま王下近衛騎士隊にご入隊なされました。以来、一度たりとも帰郷されておりません。スルード様の権能が弱まる度にちまたで話題になりましたが、ほとんどの方はお顔を覚えておられないでしょう」


「ルルシー。終わったことにいつまでもこだわることはない。これからのことを前向きに考えていこうじゃないか」


 わざとらしくアクネロは肩をすくめると、ルルシーは職員が逃げ去ってがらんとしたオフィスに視線をやった。

 うめき声をあげる衛兵たちだけが哀れな存在感を醸し出している。


「そうですね。これでは税金を頂戴することは難しく思われます」

「それなんだが、俺は領主として認知されていなくても、市議会議員としてなら認められるんじゃないか?」


 気絶しているウィルソン議員の胸バッチを摘まみ取り、アクネロは胸元のハンカチーフの横に括り付けた。

 蝶のような形で両手を広げ、喜色満面でアクネロが胸を張ってアピールすると、ルルシーはこくっと首肯した。


「大変よろしい妙案かと思われます」

「じゃあ、市議会に行くか……俺に支払う税金を予算で割り当ててもらうわ」


 どういう理屈ですか――横に佇むミスリルは言いたくてたまらなかった。バッチをつけただけで、市会議員に変身できるはずがない。絶対に頭がおかしい。


 偶然だが、ミスリルはふと違和感を発見した。


 歩いていくアクネロに追従するルルシー。普段通り、艶やかな金髪をなびかせながらしずしずと歩いているが、足取りがリズムよく踊っている。


 彼女は主人に甘い。

 どういうわけか溺愛しているのだ。

 女の勘が強い確信を持たせる。


「ミスリルさん。次はあなたが馬車の運転をしてください。私はお坊ちゃまの手傷の治療をします。内幕を覗き見てはなりませんよ」

「わかりました、ルルシーさん」


 秘密めいた言葉に一瞬だけ破廉恥な桃色妄想がミスリルの脳裏によぎったが、男とはいえ肌を晒すことへの配慮と考え、慌てて馬車へと小走りで戻った。





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