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スパイの銀髪メイドちゃんのお尻をぺんぺんするミラクルファンタジー  作者: 七色春日
第三章 守護者のカマドラゴンを八つ裂きにせよ!
14/23

首吊り男の嘆きを聞け!

 ローツ霊峰の麓にある<ミックのサラマンダー牧場>を訪ねると、三角屋根の鶏舎に類似したトカゲ小屋が二棟ほど並んでいた。


 向かい側は丈長い草地が外柵で仕切られており、枯れて淡褐色となった草木がぼうぼうに伸び、どこからか渓流のせせらぎの音が聞こえてきている。


 下草の隙間から水面が覗き見えたので、内側は溜め池となっているようだ。


 建物から獣臭と沁み込んだ肥料のすえた臭いが空気に乗って流れてくる。


 表向きは畜産場にふさわしいのどかな牧場といった風情ではある。


「ここが生産地か。レストランを五軒も回らせておきながらこれでサラマンダーが食えなかったら代わりにお前を逆さ吊りにして丸焼きにして食うからな」


「うっはー☆ うさぴょんは食べ物じゃないよ♡ 許してぴょん」


「ダメだ」

「うさぁ……がくがくぶるぶる」

「はぁーっ、移動ばっかりで疲れました」


 はふぅっとミスリルが両肩を落として疲労の吐息をついた。


 案内人のうさぴょんに連れ回されてあちこちの料理店を回ったもののサラマンダーはメニューから消えていたり、品切れになっていた。


 ようやく詳しい事情を知る店主から聞くと、ここ一年ほど市場に流通していないとのこと。

 

 食べようと思っていた物が食べられないと人は意地になることもある。


 街で昼飯を摂るはずが時間は流れて夕方となり、山間に赤銅色の太陽が沈んでいる。


 妥協を知らなかった腹ペコの一同は我慢の限界を迎えていた。


 庭の刈りすらおろそかになり、ぼうぼうに茂る草を踏みしめてアクネロは牧場主が住んでいると思われる建屋をこんこんとノックした。


 呼びかけても返事がなかったのでドアノブを回すと、鍵は開いていた。

 物音も聞こえず、人の気配はほとんどない。


「おーい。客だぜぇー……と」


 部屋に中央に不自然な人影があった。


 宙に浮いている男がいる。


 アクネロがゆっくりと目線を上向けるとむき出しの梁の縄が括り付けられ、輪っかに首を通している。


 浮いているのではなく、足がぶらんと吊り下がっていることが判明した。


 首吊り自殺の現場である。


 後ろで唖然としている女性陣に振り返り、わざわざじっくりと悲痛な表情を確認してから正面に顔を戻して咳払いした。


「んんっ! おほんっ、なんていうか……なんだ。こんなしけた牧場でここまで新鮮な気分になれるとは思えなかった。今の俺の心は爽やかな風が吹いている。歓迎の出し物としては素直に楽しめた。とにかく、身体を張った芸ってのは刺激的なものだからな」




 ∞ ∞ ∞




 牧場主の中年男、ミックを引きずり落として蘇生措置を施すと奇跡的によみがえった。


 縄の位置が悪かったせいか、遊び心を刺激されたアクネロがぶら下がるミックをサンドバックに見立てて心臓(ハートブレイク)打ち(ショット)を試し打ちしたのが奏功したのか。


 再びミックは生者の世界に戻ってきたが息を吹き返して意識を取り戻すと、生を実感したのかしばらく呆然としていた。


 やがて仰向けに天井を見つめたまま泣き出し、嗚咽しながら現世の苦渋を噛みしめた。


「おい、助けてやったんだからサラマンダー食わせろよ」


「ただ面白半分で殴ったのがたまたまうまくいっただけじゃないですか……あいたっ!」


 見下ろしながらアクネロは要求したが、傍らに立つミスリルがぼそっと苦言を呈したので、ぽこんっと頭を小突いた。


 両手で頭を抑えて涙目になる。


「お坊ちゃま、お茶の用意ができました。冷暗所にサラマンダーと思しき乾燥肉がありましたのでシチューを煮ております」


「でかしたぞルルシー」


「領主様たちって普通に他人の家のキッチンを使っちゃうだね。権力者って凄い☆」


「あっ、ルルシーさん、私もお手伝いします」

「ではお皿を洗って清潔にしてください」


 泣き崩れているミックをよそにメイド二人はテキパキと動き始めた。


 アクネロは泣き崩れているミックの腕をつかんで無理やり立たせ、強引にテーブルに押し込んで座らせた。


「食えよ。そして話せ。てめえは何が頭にきてくたばりたくなったのかをな」


 家主の許可が宙に浮いたまま夕餉の準備が整えられ、大鍋のシチューが皿に配分された。


 スプーンを片手にそれぞれのペースで食していると、出来事について行けず呆然としていたミックはようやく事態を理解したのか口を開いた。


「あの……皆さんはどういった方々で……」


「俺はアクネロ・ファンバード辺境伯だ。この地を支配する領主でもある。お前のサラマンダーがうまいって評判らしいから仕入れにきた」


「あぁ……そんな馬鹿げた話が……いえ、でも、深く感謝致します。俺のサラマンダーを評価してくださって。でも、もう牧場は閉鎖しようと思っているのです」


「なぜだ。このトカゲ肉はうめえぞ?」


「ええ、味見もしましたが肉そのものについた辛味のある強烈な香辛料のせいか、ドブ臭さがまるでありません。鳥肉のように柔らかく噛みごたえ……それでいて、後を引くほどギュッとした肉汁の旨味までありますね」


 同調するルルシーが寸評すると、ミックは初めて笑みを浮かべた。


「あはは、ドブネズミをエサにしてるってのは俗説なんですよ。本当はグリーンネズミっていう菜食性のネズミをエサにしてるんです。だからか、サラマンダーの肉自体にハーブの下味がついてるんです……俺もこの味ならイケるって思ってたんですが」


 結局ネズミを材料としてるじゃん、とは誰の顔にも浮かんでいたが一同は優しさからか、その肉のうまさからか、口をつぐんだ。

 

 評価が嬉しくなったのか、ミックは事情を語り始めた。


「どこから話しましょうか。皆さんがご存知かわかりませんが、守護者のドラゴンという山岳都市アイグーンの生ける守り神がいらっしゃるのです。隣国ルーツバルトとの境界線にねぐらを構え、山野に敵兵が埋伏した際は我々に教えに来てくれるからです。それだけでなく、その業火で焼き払ってもくれる。これは彼が交わした古い盟約によるものらしいのですが……ここ一年近く、様子が変わってきたのです」


「カマになってきたんだろ。知ってるぜ」


「ええ、女性物の高級品を欲しがるようになり、気性が荒くなってきました。縄張りにも気を遣うようになり、森に大量にいたげっ歯類。グリーンネズミの乱獲し始めまして……エサの確保も難しくなりました。一番許せないのが、ドラゴンはグリーンネズミを食べるためではなく、ただ殺しているだけなのです。おかげで俺の作った野池にあふれるばかりに集まっていたグリーンネズミも姿を見せなくなって久しく、肥育しているサラマンダーも数が減って……もう牧場はにっちもさっちもいかなくなっています」


 森は生態系の頂点にいるドラゴンの変化は様々な影響を及ぼす。


 それは単純に生物の個体数の増減にも直結している。


 腕組みしたアクネロはシチューの灰色肉をスプーンですくい取り、よく噛んで飲み下した。


「残ってるのは何頭だ?」

「四頭です」


「一頭ゆずってもらうぜ。ついでに狂ったドラゴンの肉もついでに持って帰るか。奴は筋張っててまずそうだが、王侯貴族は喜ぶだろう。お前の悩みも解決するし、一石二鳥だな」


 疑うことなく存在は一騎当千。

 生ける伝説にして果てなき長寿を得る魔物の炎王。

 業火を操りしドラゴンに挑む辺境伯は野ネズミと畜産トカゲを護るために決意を表明した。






 一行はミックの家で夜を過ごすこととなり。


 わら布団の納屋でぐっすり眠るミスリルが大型犬ほどの大きさのサラマンダーの長い舌でベロベロと頬を舐められるなどハプニングはあったものの、朝が来ると討伐に向かうためにローツ霊峰に一同は入山することとなった。

 

「ご主人様、本気でドラゴン退治なんてやるんですか? どう考えても無謀ですよ。色々と手間が省けて助か……じゃなくて、危ないですよ」


 失言に気付いて両手で口許を覆ったが、傾斜となった山道を進むアクネロは憮然としながらも何かに感づいた様子もなく歩調を変えずに歩いている。


「無謀じゃねえ。俺は近衛騎士時代、ワニの尻尾をつかんでジャイアントスイングする度胸試しに夢中になってた。俺は隊のなかで一番の記録保持者だったし、ワニもドラゴンも同じ爬虫類だ。楽勝だよ」


「お坊ちゃま、厳密にはドラゴンは原始竜類というものです」


「ルルシー。お前とほんの些細な違いについて議論するつもりはない。なぜなら、俺にとっては万物すべてが等しく遊び道具だからだ」


 ドラゴン退治についてこなかったガイドのうさぴょんは笑顔で手を振って見送りした。


 ミスリルは名残惜しそうに後方を振り向く。彼女とともに残りたかったからだ。


 今度という今度は死が待ち構えている。


 生存本能が警鐘を鳴らしている。

 ついていきたくはない。

 なぜメイドがドラゴン退治について行かなければいけないのか不明でもある。


「しかし、今からぶち殺しに行くドラゴンが突然カマ野郎になった理由は気になる。かの老竜クラーレは俺たち人間にとって快適なバケモンだった。遠くに住む物知り爺さんみたいなもんだ。近所のジジイがいきなり女装したら俺は即座に衛兵を呼ぶし、俺がドラゴンと接点の多いディタンの立場なら心労で倒れそうになるだろう。奴の及び腰の対応にも少しばかり違和感があるな」


「クラーレが物品の要求など高飛車になってきているのはあちら側に心が寄っているということではありませんか?」


 ローツ霊峰に向こう側はルーツバルト公国。

 物を欲しがるのなら物欲があり、買収された可能性は捨てきれない。


「ファンバードとルーツバルトを天秤にかけてるのかもしれねえな。そんな水辺の浮草みたいな野郎は俺に必要ない。どこに流れるかわかったもんじゃねえしな。どの道、大勢の兵隊じゃあ老竜に勝てねえ。奴は飛ぶし、硬ぇし、デカい。俺が単騎でぶっ殺した方が手間が省ける」


「その……ご主人様、討伐の作戦などはあるんですか?」


 自国に懸念が向く会話の流れを断ち切るべく、ミスリルがためらいがちに尋ねるとアクネロは頷いた。


「あるよ」

「どんなのです?」


「まず、奴のタマをぶった斬る。間違いなくダメージがいくし、悶絶して動けなくなる。次に肛門を狙う。百パーセント鱗がない部分だし、地獄の苦しみを味あわせることができる。どっちも下から斬りやすくていいだろ」


 容赦のない言葉にミスリルは目の前の男が人の形をした悪魔ではないのかと疑った。


 何にしても、作戦が最低だということだけはわかる。


 


 ∞ ∞ ∞



 街をさすらう男。


 元陶芸絵師のトータスは配色こそが芸術だと信仰していた。


 人間は体色で生物の健康具合を確かめ、美醜を判断し、美的感覚を刺激される。


 美しいものには必ず素晴らしい色の濃淡がある――トータスはとあるパーティーに出席した際、色粉や保護クリームで爪をぴかぴかに磨き、自らの美しさのエッセンスとする上流階級の令嬢たちを盗み見て、あれこそが新しい商売の種になると確信した。


 自然で健康的に仕立てた爪もよいが、あえて情熱的な赤の斜線を描いたり、流行の魔術文字(ルーン)を刻んだり、メッセージ性を含ませた文字を書いてもいいはずだ。


 誰もがやっていないことを自分がやることで先駆者となる。


 ――はずだった。


「はぁ……やっぱ辞めようかな」


 最初はこじんまりとしていたが、周囲の助けもあって自分の店をオープンすることができた。


 主要道路から外れた脇道だったが女性向けの反物屋や雑貨店も並んでいたし、人通りの多い立地だった。


 地爪に抵抗がある人に向けて付け爪の展示品も数多く用意したし、デザインも練りに練った。


 陶芸絵師として修行した五年間。細かい筆の運びには絶対の自信があった。


 ただ客が来なかった。


 真新しい発想は受け入れられず、ただ漠然と店を構えているだけでは誰も見向きもしないとようやく悟った。


 その頃には開業資金は底を尽き、蓄えもなくなった


「チャンスだ。俺に必要なのはチャンスだけなんだ……」


 歯を噛みしめてトータスは震える拳を握った。


 身綺麗で美人のメイドに声をかけたのだって、可憐な細い指が美しいこともあったが主人が相当な金持ちと踏んだからだ。


 金持ちは金持ち共通のコミニティがある。

 些細なきっかけをつかめれば話題になり、のし上がれるはずだ。


「お兄ちゃん。何してんの?」

「イーリィ」


 気が付けば目の前に妹が立っていた。

 ガイドの仕事用の愛想笑いは消えて無感情な声音。


 瞳の奥に哀れみが浮かんでいる。

 トータスはざわついた心を抑えるために心臓の位置に右手を当てた。


 年端のいかない妹に侮蔑されていると思うと自分が息を吸っていることさえもが罪深く感じるようになってくる。


 ばさりと着ぐるみの頭巾を脱ぎ、頭の上に載せていた銀貨が三枚を手の平に移動させた。


 しかめっ面で逡巡した後に一枚を差し出してきた。


「ちゃんとした衣服買ってきて。臭うから、公衆浴場にも行ってよ。余ったお金はお小遣いにしていいから」


「イーリィ」


「夢よりも生活だよ。領主様が気前よくてよかった。きっとお兄ちゃんに同情してくれたんだろうね……情けないよお兄ちゃん。もう立派な大人の男なのに、夢見がちな乙女みたい」


 ああ――自分を形作っていた大切なモノが粉々に砕け散るのがわかった。


 立っていることさえもが難しく感じる。膝ががくがくと揺れていた。名状しがたい感情の濁流が心を洗い流し、何もかもを奪い去っていく。


 プライドはもうとっくに捨てたつもりだった。違った。捨てきれていなかったのだ。


 もう、おしまいだ。


 絶望のあまりがっくりと俯くとちょうど手に持った銀貨が一枚、視界に入る――民話に登場する世界の果てに航海する帆船の細工が視界に入った。


「……イーリィ、あの人は領主様なのか?」


「ん? ああ、そうだけど……なんか、パーティ用の食材を集めに来たとか言ってたかな。言葉遣い荒いけど面白いっていうか気さくっていうか……変わってる人だったけど、あたし好きよ。ガイド料多く貰えたし」


 パーティ!

 天啓のようにアイディアが舞い降りた。


 きらびやかな銀貨の出所――金はあるところにはあるのだ。

 自分が上流階級のパーティーに出席してパフォーマンスできればどれだけ素敵なことか。


 栄光を集めるならばどんなことだってやる。

 とにかく関心を買えばいい。

 腕を見せればいい。

 全力で最後にやってから、ダメならすっぱり諦められる。


 そうだ。

 これが最後に残った希望への道筋なんだ!


 衝動のままにがばっとトータスは妹の両肩をつかんだ。

 瞳には生気が舞い戻っている。

 驚いたイーリィは泡を食って目を白黒させた。

 なよなよしながら落ち込み、無気力に近かった兄が突然、やる気を出したせいだ。


「領主様はどこにいる!」

「え、ええっと……ローツ霊峰に登るって……」

「よしっ! イーリィ、絶対にお兄ちゃんは成功してみせるからなっ! 待ってろよ!」


 妹の横をすり抜け、脇目も振らずトータスは駆け出した。

 前方に雲を突く大山が鎮座している。

 目指すは頂点。駆け登るべき人生の先。

 老竜の棲まうローツ霊峰。



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