彼女との距離
恋か・・・。
僕は家に帰ると彼女の事を考えていた。
つい最近少し話しただけなのに、恋してしまう事なんてあるのだろうか?
親友は、理屈じゃないんだ!
なーんてやけに悟り顔で力説してたけど、そもそも彼には彼女もいないし、ましてや彼の浮いた話なんて聞いた事もないから、少しばかり眉唾だ。
でも彼女の事を考えると胸がドキドキする。
はぁ~。なんなんだこのもやもや感!
うまく言えないけど、何となく心がザワついて落ち着かない。
例えるなら、嘘をついた後にバレてしまうんじゃないか?と言うハラハラ感に若干似ている気がする。
僕は私服に着替えると、気分転換に近所を散歩する事にした。
中心街から少し離れてる事もあり、とても静かな住宅街と言った感じだ。
これと言って行くあてなんてないけど、何となく近所の森林公園を目指した。
夕暮れの森林公園は人も疎らで、ジョギングをする人達を横目に、僕は小高い丘の上にあるベンチに腰掛けた。
冬の夕方、風がとても冷たい。
日が暮れるなんてあっという間で、気が付くと空はだいぶ紫がかっていた。
冬の夜空は好きだ。
空気が澄んでいるから星がとても綺麗に見える。
僕は少しこの空に見とれていた。
今この瞬間を誰かと分かち合えないのはとても残念だが、きっとこの空のどこかで、僕と同じ様にこの空を見上げている人がいるはずだ。
彼女はこの空を知っているだろうか?
僕と同じでこの空を見上げているだろうか?
もしそうならとても嬉しい。
・・・。
気が付くと、僕はまた彼女の事を考えていた。
どうやら重症らしい。
結局どこにいても彼女の事ばかり考えてしまう。
これじゃ家にいたって同じだな。
自分のおかしな行動に苦笑いしつつ、僕は公園を後にした。
自宅に戻るとご飯を食べてお風呂に入り、普段は見もしないTVを点けるものの、全然内容が頭に入ってこない。電気を消して眠ろうとするが、やはり彼女の事ばかり考えてしまう。
はぁ~。
何度目のため息だろうか?
彼が余計なこと言ったばっかりに、恋と言う感情に気が付いてしまった。
なんなんだよ、恋って!
今まで経験した事のない感情に、対処法すらわからないから、気持ちが落ち着かず苛立ってしまう。
でも、嫌な気持ちじゃないんだ。
彼女の事を考えると心が温かくなりドキドキする。
でも僕は彼女についてあまりにも知らない事が多すぎる。
どうしたら彼女との距離を縮められるのだろうか?
気が付くと時計は4時半ををまわり、外が少し明るくなってきていた。
人生初、サンライズの方のバニラスカイ。
こんな形で拝む事になるなんて思ってもみなかったけど、僕はきっとこの日を一生忘れないだろう。
夜が明けちゃったよ。
結局僕は不眠のまま登校した。
いつもより少し早めに教室に着くと、僕は彼女の席に目を移す。
どうやらまだ登校してないらしい。
ホームルームまで時間があるし、僕は机に顔を埋めると眠りに落ちた。
おい!起きろよ!
僕は誰かに身体を揺すられていた。
親友だった。
お前、朝から全然起きないからびっくりしたよ。
古文の先生に頭叩かれてもお前、気が付かないのな!(笑)
さすがに呆れてたぞ。
来週の古文の授業までに、57ページから65ページまで訳して来いってさ。ご愁傷さま。
なんて事だ!
よりによって古典とか。
僕はちょっと泣きたくなった。
ホームルームまで少し寝るつもりが気がつくともうお昼。
午後こそはしっかり授業を受けるぞ!
しかしその為には、まずは腹ごしらいだ。
僕はいつもの様にコンビニの袋を下げ、屋上に向かった。
屋上のドアを開けると、僕の特等席に彼女がいた。
目が合う。
寝起きだから頭があまりハッキリしていなかったが、彼女の姿を見た瞬間目が覚めた。
心臓の鼓動が驚くほど速い。
なんだ、この緊張感。
冬なのに汗が出てきたぞ。
なんでこのタイミングで会ってしまったんだ!まだ心の整理も出来てないって言うのに。
恋って言うのはまったくもって勝手で厄介な感情だ。
彼女の事を考えたり、会いたいとか思う反面、実際に会ってしまうと緊張感からか逃げ出したくなったりもする。
どうしよう。
出来る事なら回れ右をしてこの場から逃げたくもあるが、既に彼女は僕の存在に気がついている。
このまま帰るのは不自然すぎる。
僕は意を決していつものベンチに向かった。
「おはよう!」
お、おはようって。
不意を突かれてしまった。
「もうお昼なのに、なんでおはようなの?」
僕はいつものベンチに腰を下ろしながら訪ねる。
「だって今起きたでしょ?古典の先生呆れてたよ、起こしても起きないんだもん。気になって私も君の事見たら気持ちよさそうに爆睡してるんだもん。少し笑っちゃった!」
なんて情けない姿を見られてしまったんだろうか。
カッコ悪い。
「ねぇ、なんであんなに爆睡しちゃってたの?ひょっとして昨日は夜更かし?不良だね(笑)」
君の事ばかり考えてしまって一睡も出来ずに夜を明かしてしまいました!
なんて恥ずかしくて言えないよ。
それと、なんだいその笑顔!反則だよ!
まともに彼女の顔すら見れなくなってる。
僕はその質問の答えを色々と考えて、ふとバニラスカイの事を思い出す。
「バニラスカイって知ってるかな?うまく表現するのは難しいけど、まっさらな空って言うか、生まれたての空とでも表現したらいいのかな?東京の美術館でクロード・モネ展やってるでしょ?彼の絵にそれとよく似た色を見ることが出来るんだけど、例えるなら夜と朝の境で、それがとても幻想的なんだ。夕方にその逆の似たような光景が空に広がったりもするんだけど、本来は空が白んでいく様を指すらしいんだ。僕はそんな空を一度も見た事が無かったから、少し興味が湧いちゃってね。朝まで空を見ていたって訳。だから僕はちっとも不良なんかじゃないんだ!」
僕は息も絶え絶えマシンガンの様に喋ると、彼女はその様をまるでハトが豆鉄砲を喰らったがの如くキョトンとしていた。
人間、緊張感が極限まで達すると、こうもベラベラ饒舌に喋ってしまうものなんだろうか?
自分自身も驚いていた。
刹那の沈黙。
意外にも沈黙を破ったのは彼女の笑い声だった。
「あははは!君面白いね!なんだか意外!今日は色々驚ろかされちゃったよ!」
いやいやいやいや、笑い事じゃないんだって!
僕は至って真面目なんだって。ただちょっとやる気が空回りしちゃっただけなんだって!
う~、恥ずかしい。
「バニラスカイか~。いいね、それ!人と同じで、空にも色々な表情があってね、晴れだったり曇りだったり、時には泣き出しちゃう事もある。だから私は空が好きなんだと思う。」
そんな話をしていると、予鈴がなってしまった。
何でだろう。
楽しい時間の50分と、辛い授業の50分。
どちらも同じ50分なのに、僕にはとても同じ時間だとは思えない。
この楽しい時間が続けばいいのにな。
そんな思いに耽っていると彼女が声をかけてくる。
「ねぇ、お昼食べなくていいの!?もう時間ないよ!」
そう言うと僕のサンドウィッチを指さす。
僕は大慌てでサンドイッチの包みを破る。
「手伝ってあげる!一個もーらい!」
僕の手からサンドウィッチを一切れとると、美味しそうに口に運ぶ。
ドキッとした。
不意を突かれて固まる僕に、どこか悪戯っ子のような笑顔の彼女。
「先行くけど、寝ちゃだめだよ!」
そう言い残して彼女は校舎に消えて行った。
あんな風に笑うんだ。
彼女のあんな表情初めて見たかも。
何となくだけど、少しだけ彼女との距離が縮まった様な気がして嬉しかった。
本鈴のチャイムで我に返り、残りのサンドウィッチをコーヒー牛乳で流し込むと、僕も大慌てで教室に向かった。