いい加減にしたら?
流行の婚約破棄物を弄りました。だって攻略対象が馬鹿すぎる話が多いんだもん。
「黙れ! お前の言うことなど、誰が信じるものか! いい加減白状したらどうだ!」
思いっきり高飛車に目の前の少女を罵倒する生徒会長。
会長を見上げながら、歯を食いしばっているのは会長の婚約者だ。
「いいえ! わたくしには覚えのないこと! なんと言われようと、白と黒を違えるわけにはまいりません」
シャナリーゼ嬢は気丈に言い返す。
しっかりと顔を上げて、それでも泣きだす一歩手前の表情だ。
あ~あ、そりゃあ泣きたくもなるよね。
会長は婚約者だっていうのに、シャナリーゼ嬢のいうことを頭っから嘘だって決めつけている。
シャナリーゼ嬢からしてみれば、婚約者が浮気をして、その浮気相手から虐められたって身に覚えのないことを言われたんだ。
その浮気相手の少女は婚約者であるはずの会長に庇われている。
うん。改めて考えてみると酷い構図だ。
昼休みの食堂のど真ん中で、いきなりやってもいない罪を問われるって、どうさ?
「はい、そこまで。双方ちょっと冷静になろうか?」
僕は二人の中に割って入った。
はい、会長、その振り上げた手、おろそうか?
「フリス」
会長が怪訝そうに言う。
「フリス君」
会長の浮気相手であるリリアーナ嬢が目を丸くした。
「フリス」
僕の双子の兄であるカリスが不機嫌そうに言う。
恥ずかしながら、僕の双子の兄はあっち側です。
見損なったよ、兄ちゃん。
「会長~、なんだって、こんな騒ぎ起こすかな? やっていいことと、やっちゃいけないことがあるって、わかんないの?」
むっと顔をしかめて会長が文句を言った。
「やってはいけないこととは何だ! 俺は今、大事なことを──」
「訴えはリリアーナ嬢、内容はシャナリーゼ嬢による嫌がらせ、でしたね」
すっと副会長が会長の言をさえぎった。
「そ、そうだ」
「しかしながら、このような場所で不適切な時間帯になさることではありません」
きっぱりと会長に進言する副会長。
さすがです。尊敬します。
確かに嫌がらせの訴えはありましたが、本来なら人目につく食堂のど真ん中で罪を問うようなまねはしません。
事実確認の後、本人を呼び出して事情聴取、互いの言い分を聞いてその後に判断するものです。
間違っても、こんな晒し者にするようなことはしてはいけないのです。
「だが、いくらリリアーナが訴えても、お前たちが事実確認が終わっていないと、呼び出しを許可しなかったんだろうが! 証人もいるんだぞ! なにを躊躇うことがある」
現在会長とリリアーナ嬢の後ろには僕の兄と生徒会会計、その他証人だという数人の生徒がおります。
彼らは会長の言葉に頷きました。
断罪する気満々なんですが、本当にシャナリーゼ嬢に罪があるのでしょうか?
「そのことなのですが、ご本人たちに確認しなければならないことができました。フリス」
副会長に指名され、僕は一歩進みでました。
「はい、はい。報告します。まずは本来なら、放課後お呼び出しして然るべき場所でお聞きしたかったのですが、このような仕儀と相成り申し訳ございません」
僕はにっこり笑ってリリアーナ嬢並びに証人だという生徒に頭を下げました。
大丈夫ですか? 腰が引けてますよ。
「リリアーナ嬢の訴えの数々なのですが、数点の疑問があります。まず、教科書などの学用品が破られた、という訴えですが、犯行が行われたと思しき時間帯、シャナリーゼ嬢と一緒にいたという証人が複数人いまして、犯行は不可能です」
さっとその場にいた証人さんの顔が青ざめました。
会長が鼻をならして言い捨てます。
「そんなの口裏をあわせたか、別人にやらせたに決まっている」
「はい、そこ!」
僕はびっと指さしました。
「貴女はシャナリーゼ嬢が学用品を破ったのを見たとおっしゃいましたね?」
僕は証人の女生徒に訊ねました。
「え、ええ。わたくしは……そう言いました」
はい、言質いただきました。
これで取り巻きにやらせたというルートは潰れます。
「その証人たちが口裏をあわせたんだな」
勝ち誇った会長がおっしゃりました。
「その証人の証言が確かならそうですが……そうなると、シャナリーゼ嬢の証言をした女生徒達も共犯ということになってしまいますが……本当にそうですか? 勘違いや誤認ということはないですか?」
僕は証人の女生徒に重ねて聞きます。
大事なことです。発言ひとつで数人の生徒を陥れてしまいます。
「わたくしは……嘘は……」
「おかしいですね。その日のその時間帯、貴女と一緒にいたという証人がいるんですよ」
証人の女生徒さんがふらつきました。
やっと気が付いたようですね。僕の後ろにはこちら側の証人の皆さんがいます。
あちら側の証人の皆さんとお友達だったようですが、いまはきつくあちら側の証人さんを睨んでます。
「その証言によると、貴女は犯行の時間帯、別の校舎にいておしゃべりしていたはずなんです。貴女はどうやって、その犯行を目撃したのでしょう?」
会長さんはじめ、あっち側の方々、今度は反論しませんでした。
周りの観客が一斉にざわめきます。
「それから、階段から突き落とされたという証言ですが、証人のあなた、シャナリーゼ嬢が突き落としたと証言しましたよね?」
今度は会長の後ろにいた男子生徒に訊ねました。
「あの、それは、その……」
先ほどはっきりとそう言い、シャナリーゼ嬢を罵倒していた男子生徒が後退りました。
「あなたとその日、授業の終わりから校舎を出るまで一緒だったという男子生徒数人にお話を聞きましたが、その日階段でそのような事件は起きていなかったし、あなたも特に変わったものは見ていないはずだと言われましたが?」
男子生徒は口ごもりました。
「そして、何よりもシャナリーゼ嬢はこの時間帯、職員室で教師の手伝いをしておりまして、その監督下にありました。犯行は不可能です」
僕は一度証人だと名乗り出た数人の生徒に目を走らせました。
「もう一度お聞きします、あなた方は本当に──」
「すみません!」
証人だった男子生徒が謝り始めました。
「本当はそんなもの見ていません! すみません! 今までの証言はすべて嘘です」
あちら側の証人が一斉に謝り始めました。
「なん……だと?」
会長さん、どうしました?
お顔が真っ青ですよ。
「なぜ、そのような嘘を?」
僕が聞くと最初の女生徒が必死に言いました。
「わ、わたくし達、頼まれたのです。嫌がらせを受けているのだけれども、証人がいないから告発できない。助けてくれないかと──リリアーナさまに」
会長たちの視線が一斉にリリアーナ嬢に向けられました。
「最っ低!」
「これって冤罪? 酷い」
「俺らまで嘘つきにされるところだったぜ。こええ」
「もう二度と話しかけないでくれる? 冤罪被せられるのはごめんだわ」
こちら側の証人たちが、かつて友達だったあちら側の証人に絶縁を言い渡していました。
そうですね、嘘を真実と言い張ると、本当のことを言った人が嘘つきにされます。
嘘で固めた罪を被せるのは正しいことではありません。
正義感の使い方を間違えちゃいけませんよね。
それは正義感ではなく、悪意です。
「わ、わたくし、本当に嫌がらせをされていて、証拠がなくて、それで、つい、助けてほしかったのです! つらくて、悲しくて、こんなことを」
リリアーナ嬢がぽろぽろと涙を流しながら弁解します。
「あのですね、それ、大人の社会では偽証罪に問われますよ。証言はすべて偽証だったということでいいですね?」
僕が訊ねるとあちら側の証人すべてが承諾しました。
「それから、制服を破られたという訴えなんですが、貴女の訴えは、寮の自分の部屋に侵入されて制服を破り捨てられた、ということなんですが、寮の警備員、寮監さん、下働きの下女さん達にも確認をとりましたが、シャナリーゼ嬢がリリアーナ嬢の寮を訪問したことはないそうです。シャナリーゼ嬢とリリアーナ嬢の寮は別棟で、それぞれの行き来は記録されるはずなんですよ。こっそり侵入したということであれば、彼らの業務怠慢ということになります」
僕はまず、周りに与える影響を説明しました。
笑い事じゃありません。
下手すれば解雇されるような失態なんです。
この学園は良家の子女を預かっている全寮制です。
警備状況の不備なんて、本当なら一大事ですよ。
「ところがここにおかしな点がありまして、リリアーナ嬢、訴えのあとも制服を新調なさっていませんね?」
「え? どうして」
びくっとリリアーナ嬢が震えました。
「学園の制服は指定された店でしか買えませんし、その店には誰に何着売ったという記録が残されているんですよ」
全店に確認とって調べました。
「よ、予備があったのですわ」
「その予備は確認済みです。そして、寮の下働きさんに確認をとってもらいました。貴女の予備が何着あるかを。そしてその結果、現在着用中の制服をあわせると、貴女が購入された制服がすべてそろっています」
僕が証拠を告げると、リリアーナ嬢の弁解はありませんでした。
「もう一度お聞きします。これらの事件は、本当にあったことなのですか?」
はっきり申し上げて、事件自体あったものか疑わしい、という結果です。
「わ、わたくしを信じてくださらないの?」
真っ青になったリリアーナ嬢がおっしゃいました。
信じられる要素がどこかにありましたか?
「信じていましたよ、最初はね」
副会長様、ブリザードがふいてます。
氷のごとき冷たい視線をリリアーナ嬢に向けて、言い渡します。
「ですが、片方の証言だけで決めつけるのはよくないとフリスに言われましてね。もっともだと思い、調査と証言の裏付けの確認をしましたら、この通りです」
はい。シャナリーゼ嬢のアリバイはすぐさま取れました。
そこで証言の信憑性を調べたところ、どう考えても偽証でした。
「貴女には失望しました」
副会長はリリアーナ嬢から視線を外しました。
「もういいかな?」
声をかけてきたのは生徒会顧問の先生でした。
「リリアーナ嬢、並びに偽証した生徒諸君は職員室にきたまえ。本来なら放課後に予定していたが、職員会議を前倒しで行うことになった。午後は休校とする。どうせ授業にはならんだろう」
はい。会長たちが先走らなければ、そういうことになってました。
昨日のうちに決まったことなんですが──会長と会計、僕の兄である庶務のカリスはここのところ生徒会役員室にこなかったので、連絡がいっていませんでした。
「生徒会役員もきたまえ、一部話を聞かねばならんようだ」
こうして断罪劇は茶番劇になり、お開きと相成りました。
シャナリーゼ嬢が会長に声をかけました。
「婚約破棄の件ですが、わかりましたわ。婚約は破棄いたしましょう」
婚約破棄を言い出した会長の方が絶望した顔をシャナリーゼ嬢に向けました。
「わたくしも、わたくしの言葉に耳を傾ける気がない方と一緒になるのは、不本意ですわ。そちらから直接破棄を言い渡されたといえば、お父様も了承なさるでしょう」
あらら、会長ふられた。
ざまぁ。
「では、ごきげんよう」
シャナリーゼ嬢は優雅に一礼すると、会長に背を向けて歩き出しました。
「まあ、こうなりますよね~、浮気相手に騙されて冤罪かけようとしたんですから」
僕は会長の肩を叩いて慰めました。
その甲斐もなく、会長が膝から崩れ落ちました。
「なにをとどめを刺しているんだ」
「え? 慰めたつもりですけど?」
副会長が溜息をつきました。
「フリス、どうしてリリアーナが怪しいと思ったんだ?」
「彼女が嘘つきだと知っていたからですよ」
副会長に聞かれ、僕は答えました。
「なぜ、嘘つきだと?」
「彼女は僕たちを見分けられるんです。そして、僕たちをちゃんと見ていると言いました」
「彼女は見分けていたぞ?」
僕とカリス兄はそっくりです。
親すら間違えるくらいです。
リリアーナは僕たちを見分けられます。
それは確かなんですが──
「見分けておいて、なおかつ彼女は僕たちを『双子』という一組扱いするんですよ。それを『ちゃんと見ている』といえますか?」