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一発ネタ短編

天然ローション少女なめこちゃん

作者: 寝る犬

 しこたま飲んで帰った翌朝、俺は玄関から一歩入った狭いキッチンで目を覚ました。


 靴は脱いでいるが、スーツも着たまま。

 鞄は体の横に転がっていて、何故か床には薄茶色のヌルヌルしたゲル状の何かがぶちまけられていた。


「うわ、なんだこれ……」

 スーツどころか下着にまで薄茶色のそれが染み込み、ひんやりと冷たい。

 この歳になって粗相そそうしてしまったのかと心配になり、とりあえずベルトを外してパンツを下ろそうとした所で、「ひゃあっ」と言う可愛い悲鳴が俺の耳に聞こえてきた。


 腰をかがめた半ケツ状態のまま顔を上げる。


 そこには、俺の部屋になど居るはずのない胸の大きな女の子が、スケスケの服を着てへたり込んでいた。


「……だれ?」

 顔を真赤にして両手で覆った指の間から俺の半ケツを凝視するその女の子に、とりあえずそれだけ聞く。

 女の子は慌てたようにキッチンの隅に置いてあるプラスチックの箱を指さした。


『なめこ栽培キット』


 その箱にはそう書いてあった。

 その横に『半額』と言う赤と黄色の派手派手しいシールが貼り付けてある。

 既に下火になったスマホアプリ人気を当て込んで入荷したであろうそれは、切れた電球を買いに行ったホームセンターで、一ヶ月くらい前に勢いで買ったものだった。

 しかし、面倒になって台所の片隅に放置してあったなめこ栽培キット。

 それを見た瞬間、俺の頭の中に昨日の光景がまざまざと蘇った。



 久々に彼女なし(フリー)仲間に戻ってきた友達と、「やっぱり女なんか不要だ」と深夜まで安酒を飲みまくり、タクシーに乗った俺は、いつもの様に暗くて誰もいない部屋へと帰宅した。


「ただいま~」

 誰もいない部屋に向かってそうつぶやくのは癖になっていた。

 我ながらヤバいなと思う。


 しかし昨日はその独り言に「おかえりなさい!」と言う返事が帰ってきたのだった。


 電気のスイッチに手を掛けたまま固まる俺の目の前で、『なめこ栽培セット』から可愛らしい半裸の女の子が元気よく立ち上がる。

 ぶるんと揺れる見事な胸を白いビキニの水着で申し訳程度に隠し、茶色のベリーショートデニムに半透明のマントと同じく半透明のスカートだけの格好は、見た瞬間ドキッとさせられた。

 とびきりの笑顔で両手を広げ、スローモーションのように俺に向かって飛び込んできたその娘は、俺と栽培キットの中間地点で、自らのヌルヌルした粘液に足を滑らせ、勢い良く半回転した。

 「わっ」と言う小さな声と共に、そのまま俺におしりから激突する。

 何とか受け止めようした俺の手は、ぬるりとした粘性を感じて女の子を受け止めそこねた。

 女の子の転倒に巻き込まれ、尚且つ床に撒き散らされたゲル状の粘液に足も取られ、空中で一回転した後の記憶は俺にはなかった。



「あ、あの……昨日はごめんなさい。私、体中から粘液が出る体質なんで」

 困ったように笑いながらぺろっと舌を出し、グーにした自分の手をコツンと頭の上に載せる。


「あ、私、滑木ぬめりぎ 滑子なめこです! よろしくおねがいしますね!」


「はぁ、桑原くわばら 正章まさあきです。それで、なめこはどうして俺の家に居るの?」


「まさあきくんが育ててくれたんでしょう? 私、なめこだから」

 また『なめこ栽培キット』を指さして、さも当然のことのように言う。


 ははぁ、わかった。ちょっと残念な娘だな?


「あー、うん、とりあえず俺シャワー浴びるから」

 脱ぎかけだったスラックスを一気に脱ぎ捨て、スーツにトランクス一丁になる。


「あわわっ」

 あわてて後ろを向くなめこを尻目に、俺はスーツも脱ぎ捨ててバスルームに避難した。


 シャワーがお湯になるのを待ってヌルヌルした粘液を洗い流しながら考える。


 さてどうしようか。


 ちょっとぽっちゃり目ではあるけど、可愛いかった。

  おっぱいも大きかったし。

 まぁ危害を加えられるって感じでもなさそうだったな。

  それに、おっぱいも大きかった。

 いざとなったら警察でも呼べばいいか。

  おっぱいも大きいし。


「ふぅ~」

 シャワーから出ると、廊下にトランクスとTシャツとスウェットが畳んで置いてあった。

 所々ちょっと粘つくような気がするが、とりあえずそれを着る。

 部屋に入るとテーブルの上にホカホカのご飯が並べられていた。


「あ、まさあきくん、ごはんできてるよっ。ご飯はレンジごはんだけど」

 笑顔で迎えるなめこは、どこから取り出したのか白いフリフリのエプロンをしている。冷蔵庫に何が入っていたかは思い出せないが、大したものは無かったはずだが、何を作ったんだろう?

 タオルで髪を拭きながらテーブルの前に腰を下ろし、俺はテーブルの上を見回した。

 思ったよりいい匂いがしている。


「これは?」

「なめこ汁です」

「こっちは?」

「なめこおろし」

「……これは?」

「油揚げとなめこ炒め、それから、ぬるぬるなめこサラダです」


 なめこづくしか……


「他のおかずはないの?」

「えっ!? 足りなかった!?」

 俺の質問に真っ青になったなめこは、慌てて立ち上がりキッチンへ向かうと、包丁を手に戻ってきた。


「まっててね……今なめこ追加するから……」

 真っ青な顔のまま、ブルブルと震える手で自分の指を切り落とそうとする。


「うぉい! そういう事じゃねぇよ!」

 包丁を持つ手を慌てて掴み、包丁を止める。

 結果的に手を握る形になり、そのまま俺達は見つめ合った。


「……まさあきくん」

 頬を赤らめ、なめこはゆっくり目を閉じる。

 ゴクリとつばを飲み込み、俺は少しずつ顔を近づけた。


――にゅるん


 なめこの粘液で俺の手と包丁が滑り、包丁は宙を舞う。

 バランスを崩した二人の中間地点に包丁が「カツーン」と言う音を立てて、まっすぐに突き刺さった。


「ここここ殺す気かっ!」


「ごめーん、緊張したら粘液出ちゃった!」


「それなんの病気!?」


「だから、なめこなんだってば!」

 エプロンでヌルヌルの手を拭き、もう一度目を閉じると、なめこは「んっ」と顔を突き出した。


「今更出来るかっ」

 デコピンを一発決めてなめこ汁をすする。

 なめこおろしをご飯にぶっかけ、一気にかき込んだ。


「……まぁ食えないこともないかな」

 感想を待つなめこに俺はぶっきらぼうに答える。

 なめこは、おでこを抑えたまましゅんとなった。


「なめこ以外の料理も作ってよ。カレーとかハンバーグとか――」

 みるみるうちに、なめこが笑顔になる。


「せめてシイタケの肉詰めとかさ――」

 そこまで言った途端、急になめこが立ち上がる。

 ブルブルと震えながらエプロンを外すと、くしゃくしゃに丸めて俺に投げつけてきた。


「いてっ! なんだよ!」

 頭にかぶったエプロンをはねのけるて見ると、くるくる変わるなめこの顔は、真っ青になっていた。

 両目からぽろぽろと涙が落ちる。


「う……う……浮気者ぉ! そんなにしいたけちゃんが良いのかぁ!」

 なめこが飛びかかってくる。

 ぽかぽかと殴ってくる拳は、粘液のせいで全然痛くなかった。


「ちが……! シイタケ食いたいって言っただけ……いてっ! やめろって!」

「まだ言うかぁ!」

 もしかして、なめこ以外にもキノコのが居るのか?


 30分以上のヌルヌル相撲を経て誤解はやっと解けたが、リビングは、なめこの粘液で酷いことになっていた。


「……掃除するか……」

 雑巾とティッシュでヌルヌルを取っていく。

 ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、なめこが掃除した後には、また新しい粘液がぽたぽたと落ちていた。


「とりあえず落ち着けって。泣いてたらいつまでたってもヌルヌル取れないから」

 俺の言葉にぺたんと座ったなめこは、両手で涙をふき、鼻をかむ。


「ごめんね、なるべく粘液出さないようにするからね。あと、明日からなめこ以外の料理も作るからね」

 明日から?

 やっぱりここに居着く気でいるのか。


 でもまぁ、それも悪く無いと俺は思った。


「あぁ、美味いの頼むよ」

 なめこは笑顔で大きく頷くと、「うんっ」と元気に返事をした。


 こうして、俺となめことの奇妙な生活が始まったのだった。

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