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ドラゴン・ベイト ~餌奴隷騎士の異世界奮闘記~  作者: 黒木京也
第一章 竜の楽園 ニーベルゲン
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8.追跡者達

 八神翔吾は、健全な男子高校生である。

 そこに女子の際どいエロスがあれば、目を背けずにはいられない。

 柔らかな女の子の感触に憧れることもある。

 年上のお姉さんなら、鼻血ものだし。

 庇護欲をそそる後輩も悪くない。

 同年代の女子にだって、興味があるに決まっている。


 触れ合える機会があるならば、極力顔に出さないようにしつつ、喜んで受け入れる所存である。だが……。


「これは……何か違うだろ」


 今の状況を簡単に言い表すならば、〝お姫様が抱っこ〟状態である。

 お姫様抱っこではない。お姫様〝が〟だっこである。

 抱えられるは、負傷した翔吾。そして抱えるのは――。



「ちょっと! 動かないで!」


 叱責の声と共に、翔吾の視界が唐突にブレる。ついさきほどまでいた場所を、直進する火柱が通過したかと思えば、火の粉がパラパラと降り注ぐ。それを器用に避けながら、ラシーダは翔吾を抱え直した。

 ジェットコースターにでも乗っているかのように、縦横斜めへと二人は飛び回る。ラシーダの背中には、いつかのドラゴンの両翼が、再び生えていた。それによる高速飛行は否応なしに昼食を食べたばかりな翔吾の胃をシェイクする。

 とてもではないが、少女の柔らかさを堪能する余裕はなかった。


「おかしいわよ! 何で行く先来る先のドラゴンが全部追いかけてくるのよ!」


 半ば悲鳴まじりに、ラシーダは悪態をつく。抱えられた翔吾は、上体だけを捻らせ、後方を確認する。

 レオンハルトは勿論、海辺にいたドラゴン以外にも、大小様々なドラゴンがのべ十数頭。皆例外なく、目を血走らせて、口から涎を垂らしながら追いかけてくる。正気を失いたくなるような光景が、そこには広がっていた。


「……やっぱり、俺を狙っているのか?」


 ふと漏れた翔吾の言葉に、ラシーダは難しそうな顔になる。


「物心ついた頃からドラゴンと接してるけど、正直信じがたいわ。複数のドラゴンが、一つの対象にこんなにも群がるなんて、自然では有り得ない。ましてや、あの子達が私の〝命令〟に従わず、かつ縄張りを手放してまでこっちに殺到するなんて……でも」


 ラシーダは、血の滲む翔吾の傷を見ながら、目を細めた。


「貴方の血なら、それもやむなしと思えてしまう自分がいるわ」


 なにそれこわい。という言葉を、翔吾は辛うじて飲み込んだ。ラシーダが翔吾に襲い掛からない理由は分からないが、ともかく今は味方であることが頼もしかった。

 一匹のドラゴンがこちらに肉薄し、爪の一撃が飛んでくる。ラシーダはそれを旋回してかわし、振り向き様に片手をドラゴンに向けた。すると、彼女の手がグニャリと歪み……。直後、炎の奔流がそのドラゴンの顔面を焼きつくした。が、数秒後、ドラゴンは何事もなかったかのように体勢を立て直した。


「く……焼け石に水ね。撃ち落とそうにも今の状態でこの数じゃ……」


 悔しげに顔を歪めながら、ラシーダは再び飛行を敢行する。四方八方からくる、爪、顎、(ブレス)。それらを素晴らしい動きで回避。時に最低限肉を断たれるのは善しとしながら、ラシーダは猛追してくるドラゴン達の合間を縫うように飛ぶ。風に流されて、翔吾の傷口から鮮血が宙を舞う。するとドラゴン達はますます興奮し、吠え猛る。しまいには、血が顔にこびりついてしまった個体にまで群がり、ドラゴン同士の乱戦にまで発展していく。


「……貴方の血、元気も出るみたいね。何だかあの子のブレス、健康的だわ」

「んな呑気な事言ってる場合かぁ! これ何処に逃げればいいんだよ!?」


 ドラゴン達の攻撃に、何度叩きのめされかけただろうか。この数分間で、寿命がごっそりともぎ取られたような気分だった。

 翔吾達にとって幸運だったのは、ドラゴン達が全く連携を取らなかった事に尽きる。

 囲まれでもしたら、勝負は一瞬でついていただろう。が、彼らは揃って我先にと翔吾に殺到するものだから、その巨体が互いの動きを阻害していた。


「俺が何かドラゴンには美味しそうなのはよく分かったよ。けど、ここ、ドラゴンの楽園だろう? 逃げ場なんて……」

「無いことはないわ。一応二ヶ所ほど、ドラゴンが不可侵な領域がある。今向かってるのはそこよ」

「そんなとこあるのか?」

「というか、一つは私の家とその周辺だけどね。竜避けの結界が張られてるから、私が招かない限りドラゴンは入ってこれないの」

「わりと身近だったけど……」


 距離的にはもう一息といった所か。問題は、このまま無事にたどり着けるかどうかか。ドラゴンの数は増してきている。状況は徐々に此方の逃げる場所が狭まり、刻一刻と悪くなってきていた。

 少なからず、この包囲網を突破するのは容易ではない。


「何か他の……魔法的なのないのか? ほら、俺が飛べるようになるとか」

「そんな都合のいいものがあるわけないじゃない。大体、貴方が飛べるようになった所で、何の解決にもならないわ。私が助かるだけ……あ」


 そこまで口にして、不意にラシーダは口をつむぐ。考え込むような素振りを見せた後、彼女はおもむろに頷いた。


「手は……有るかも。共倒れにならずに、かつ迅速に屋敷に戻れる方法が」

「マジか。よし、じゃあ頼む」


 即答でそう口にする翔吾に、ラシーダは少しだけ口ごもる。迷いを見せるような彼女に、翔吾が首を傾げていると、彼女はゆっくりと口を開いた。


「その……貴方の協力がいるわ。結構、突飛というか、奇抜な策だから」

「俺の? 何でまた?」


 尚も目を泳がせる彼女の真横を灼熱の息が通り抜ける。火の粉が翔吾の頬を焼き、思わず呻き声が漏れる。

 方角は斜め前方。またドラゴンが一匹。翔吾とラシーダに狙いをつけた。

 四の五の迷っている暇はない。そう判断した翔吾は負傷していない手を握りしめる。


「わかった! 俺に出来ることなら何でもやる! どうすればいい?」


 力強く宣言する翔吾に、ラシーダもまた、決意したように頷く。


「ありがとう、じゃあまず、背筋を伸ばして」


 言われるがままに、翔吾はピンと身体を張る。それを確認したラシーダは、そっと目を閉じ、歌うように詠唱する。


「織り紡ぐは、剛力の〝尾〟なり――。伸びろ」


 その言葉と同時に、翔吾の身体に何かが巻き付けられた。


「――へ?」


 気の抜けた声と共に、翔吾はそれを確認する。太く強靭な力をもって、翔吾の身体をガッチリと固定する。いつのまにか、ラシーダの腕の中から放り出されていたらしい。

「……んん?」

 自分の状況を把握するまでに、翔吾は時間を要した。鱗付きのザラザラした感触。紛れもないドラゴンの尻尾が、ラシーダの破れたドレスのスカートから伸びていた。これは……いつぞやの夜と同じシチュエーションだ。

 宙吊り状態のまま、翔吾はラシーダを見上げる。これから何をやらされるのか。全くもって検討がつかない。が、何だろうか。猛烈に嫌な予感が翔吾を支配していた。


「あの……ラシーダさん?」


 乾いた翔吾の声に、ラシーダは無表情のままうなずいた。


「動かないで。身体の力を抜いてなさい。貴方は――、ルアーよ」



 数秒後、空に翔吾の絶叫が轟いた。


 ※


 何をしたかと簡単に述べるならば、そう――。囮大作戦である。

 もうダメだ。

 そんな言葉が、脳裏を過ること数十回。

 限りなく薄い空気の中、翔吾は酸素を求めて、必死に呼吸する。

 巻き付けられれた尻尾は限界まで伸びていた。根本たるラシーダは、屋敷の敷地へと全力で飛び。先っぽにくくりつけられた翔吾はというと、空中で縦横無盡に振り回されていた。

 それに釣られるようにして、ドラゴン達も翔吾を追う。


「右だ! いや、左! から斜め! ぎゃあああ! 上だ上!」


 必死に叫ぶ翔吾に合わせて、ラシーダの尻尾は器用に動き、ドラゴンの爪牙をかわしていく。念話により、翔吾の声をラシーダが受信。それに合わせて尻尾を動かすという離れ業だった。

 勿論、長くもつ手ではない。翔吾にも精神の限界というものがある。


 ルアーになれって、鬼かあの女!


 何て悪態が漏れかけるが、共倒れよりは遥かにマシである。機動力たるラシーダが的から外れただけでも大金星だ。彼女まで奴等の餌食になるという事は、二人そろってドラゴンの胃袋に収まることを意味しているのだから。故に翔吾は、擬似餌(ルアー)としてドラゴンを引き付けていた。


「てか、ヤバイ、吐きそうだ」

『撒き散らしても構わないわ。今は意識をしっかり保って! どっち!?』

「右下だ! そっから上! クソっ! ニーベルゲンに弁護士はいるか? お前絶対訴えてや……ウェップ!」


 もう、色々と極限だった。

 胃に限界が訪れ、空中にぶちまけられた自分の吐瀉物が、ドラゴンの息で蒸発した日には、翔吾はもう笑うしかなかった。

 多少無茶な作戦ではある。が、ドラゴンそれぞれは相変わらず翔吾にしか眼中にないらしく、互いにぶつかり合いながら、いい具合に隙を見せてくれている。勿論翔吾とて無傷ではない。だが、彼が今生きていたのは、その僅かばかりの要素が味方した結果だった。


「ラシーダ! ラシーダァ! まだか! 次は左うえ……」


 だが、その幸運もここまでであった。半狂乱で叫ぶ翔吾の視界が唐突に薄暗くなる。ぼんやりと見える赤と強烈な臭い。茹だるような暑さと、生暖かい風が、翔吾の身体を包み込む。

 すぐ後ろに。指示を飛ばしても逃げられない位置に。ドラゴンの口が迫ってきていた。


「ひ……ぎゃああああぁあああぁ!!」


 意味することを直感し、悲鳴を上げた刹那。今までにない速度で、翔吾の身体が引っ張られた。

 暑い吐息による風の中から解放され、再び翔吾は現実に投げ出される。後方で、ガチン! と歯が打ち鳴らされる音があったが、今はもう、痛みも何も考えられなかった。耐え難い重力変動に、舌を噛まぬよう必死に歯を食い縛る。

 身体の至るところから噴き出す血も。ドラゴンのうなり声も。周りの景色すら置き去りにして、翔吾は大きな力に引きずられるがまま。矢のように突き進む。

 そして――。


 殺伐とした弱肉強食の縮図から引き離された翔吾は、途端に身体がの拘束が解けたのを皮切りに、突如ふよんとした感触に身体全体を包まれた。直後、自身に少なからず衝撃が走る。

 地面に不時着した。それだけは何となく理解した。だが、顔面を覆い、身体を受け止めている柔っこい何かが謎だった。


「ん……お?」


 意味が分からず、手探りで自分を受け止めたそれに手を触れる。焼け焦げたような香りから一転して、何だかとてつもなくいい匂いがする。ついでにプルンとしたマシュマロを思わせる手触りに翔吾は目を白黒させるより他なくて……。


「あの……囮にした負い目があるし、引っ張って受け止めた結果だから、甘んじて受けるけど……。その、それ以上は恥ずかしいわ」

「ウェイ!?」


 すぐ傍で聞き覚えのある声がして、慌てて跳ね起きる。眼下には、翔吾が押し倒すような形で、ラシーダが仰向けで倒れてる。頬が心なしか紅いのは、激しい運動の後だからなのか、それとも……。

 沈黙が気まずい。だが、翔吾は自分が何をすべきかは承知していた。


「あの……何って言うか……その……」

「何よ」

「……おっぱいにダイブしたばかりか……おっぱい触ってごめん」

「……私、貴方に初めてをことごとく奪われてる気がするの。気のせいかしら?」


 さりげなく胸を手で隠しながらため息をつくラシーダに、翔吾は何も言えず、ただ平謝りを続けるしかなかった。

 行き場をなくした視線で空を仰ぐ。ドラゴン達が縄張りに帰って行くのが、遠目ながら見えた。


「……ドラゴン、振り切れたな」

「ええ。……お互いいい具合にボロボロね」

「確かに。さっさとシャワー浴びて、今日はもう惰眠を貪りたいもんだ」

「……一緒に浴びる?」

「なんですと!?」

「冗談よ。お馬鹿さんね」


 自然に笑い合う二人。極限の命のやりとりを生き延びた事による、脱力感もあったのかもしれない。翔吾はそっとラシーダに手を差し伸べ、ラシーダもまた、少しだけ恥ずかしそうにその手を取る。「ベットまでお連れしますよ姫」何てジョークを交えながら二人は屋敷へと歩き出し……。


「……何をしてるんですか? 兄さん」


 不意に背後から、氷のように冷たい声がして、思わず足を止めた。

 その瞬間。条件反射というやつだろうか。翔吾の身体中から、冷や汗がどっと吹き出した。

 ラシーダがビクリとして、弾かれたように振り返る。息を飲む気配がありありと分かった。

 それはそうだろう。翔吾の耳が確かならば、そこには有り得ない人物がいる筈だから。

 ゆっくり。何故か震える身体をどうにか奮い立たせて、翔吾は声のした方を見る。

 そこにはやはり、見知った顔があった。


 長く艶やかな、漆黒のストレートヘア。

 涼やかな目元を彩る泣き黒子。

 見慣れた制服姿は、まるで彼女が着るために仕立てられたかのような似合いぶり。スラッとした立ち振舞いは奥ゆかしさを感じられ……。


「え? ベット? シャワー一緒にあびる? おっぱい? 兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん……ナニヲ、イッテイルノ?」


 大和撫子。そうつけていい少女だった。だが今の彼女は、濁り虚ろな眼窩と、手に握られた包丁も合間って、淑女というより般若だった。

 身体の震えが増していく。ドラゴンを振り切った安堵など、何処かへ飛んでいってしまった。何せ目の前にいる人物は、ある意味でドラゴンより恐ろしいかもしれないのだから。


「ま、真昼? 何でここに?」


 恐怖を押し殺して、翔吾は何とか声を絞り出した。

 八神真昼。翔吾の妹にして、八神家ヒエラルキーの頂点に君臨する存在が、そこで仁王立ちしていた。


 


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