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ドラゴン・ベイト ~餌奴隷騎士の異世界奮闘記~  作者: 黒木京也
第一章 竜の楽園 ニーベルゲン
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4.出会った美少女は捕食者

 異郷の地たる草原で、翔吾は夢を叶えた。

 目の前に佇む幻想の王者は、暗緑色の鱗と、琥珀の瞳を持ち合わせている。体高は十メートルと少し程。呼吸する度に鼻から蒸気が吹き出して、空中で陽炎がたゆたっていた。何処と無く物欲しそうな目で遠くを見つめるドラゴンは、喉をゴロゴロ鳴らすようにして唸っていた。


「レオンハルト? ああ、お腹が空いたのね。目の前の人は食べちゃダメよ。さっきのゴブリンならいいけど」


 少女の言葉に、ドラゴンは翔吾と遠くへ逃げ続けるゴブリンを見比べると、一声甲高い嘶きを上げた。大地を踏みしめていた四肢に力が込められたかと思えば、ドラゴンは巨大な両翼を広げ、フワリと舞い上がった。

 ダンプカーが通過した時に起こるそれとは比べ物にならない風が吹き荒れ、やがて、ドラゴンは物凄い速さで飛翔し、ゴブリンへの追跡を開始した。


「……ゴブリンは、ドラゴンにとっておやつなの。腹の足しにはならないけど、美味。巣穴を見つけられたら喜んで掘り返すでしょうけど、ドラゴンと遭遇して巣穴に逃げるゴブリンはまずいない」


 彼らも全滅は嫌でしょうし。と、付け足した少女は、相変わらず浮遊したまま、狩りをするドラゴンを見つめていた。

 遥か遠くで、ボスゴブリンがドラゴンに追い付かれ空に連れ去られるのが見えた。大きな身体は、天敵に大しては無力だ。

 翔吾を追い詰めた魔物は、ドラゴンによってあっさりと息の根を止められたらしく、そこそこ長い手足は抵抗することなく虚空に投げ出されていた。


「……弱肉強食だな」

「そうね。でも、生きる上では当たり前よ。この世は残酷で。だからこそ美しい」


 翔吾の感想に、少女は静かに答える。サファイアの瞳は、今度こは翔吾を真っ直ぐ見据えていた。


「……えっと」


 改めて見ると、美しい少女である。翔吾の人生において、余裕でトップに躍り出るくらいには。故に思わずどきまぎしてしまう翔吾に対して、少女はあまりにも冷たく。そして警戒したような表情だった。


「……しょご。と言ったわね。質問いいかしら?」

「翔吾な。ああ、どうぞ。そっちが終わったら、こっちも質問がある」

「構わないわ。貴方はさっき、石板に触ったらここに来たと言っていたけど、それは本当?」

「ん? お、おう。本当だ」


 翔吾の返答に、少女は目を丸くし、ますます考え込むように口許へ手を当てる。


「……どんな石板? それは何処で手に入れたの?」

「えっと、黄土色で。んで、親父から送られてきたんだ。お前が好きだろこんなの。って」


 石板を手に入れた経緯を思い出しながら、翔吾は答えていく。


「あ、そうそう、石板にはドラゴンが彫られていたんだ。かなり精巧な造形の一級品だったな。で、それを鑑賞してたら、急に石板が虹色に輝きだして……」

「……それに触れたら、ここに来た。と」


 少女が締めくくり、翔吾が肯定する。少女の顔が、ますます難しそうなそれになっていく。そのまま暫くの間、沈黙が訪れる。いつの間にか少女は地上に降り立っていた。羽は相変わらず生えたまま。それどころか、よくよく見ると頬の一部にうっすらと緋色の鱗のようなものが見えた。

 この少女ももしや、ドラゴンなのだろうか? そんな想像が芽生えた。ピクピク動く羽もあいまって、思わず触ってみたい。何て願望が浮かびかけ、翔吾は慌てて頭を振る。

 すると、考えが纏まったのだろうか。少女は翔吾に向きなおった。

「……貴方は、この世の秘密をどこまで知っているの? 知識に身を任せ、黒い海を渡った事はある?」


 どことなく、謎めいた暗号のような言葉。

 意図も応えも分からず、翔吾が首をかしげると、少女は「……いいえ、何でもない」とだけ漏らした。何となく、当てが外れたような顔をしているように見えた。


「……貴方が〝世界渡り〟でないのなら……ますます解せないわね。どうやってここに……もしや、本当に事故?」

「い、いやだから石板が……え? 何? もしかして何かおかしいの?」


 少女のただならぬ様子に、翔吾は段々不安になってくる。そんな翔吾の様子に少女はどことなく毒気を抜かれたようにため息をついた。


「……何も知らずに。何の目的もなくここに人があらわれるなんて……」

「……おい。おい待て。自己完結するな。俺にも説明プリーズ!」


 訳も分からず翔吾がそう問えば、少女はよく聞いて。と言いながら、指を立てた。


「まず、世界がたくさんある事を説明しなければならないわ。貴方がいたであろう世界。私達が今立つこの世界。他にも魔法が進んだ世界や、逆に魔法が全くない世界。年中吹雪いている世界。果ては、人間が存在しない世界……本当に沢山の世界がこの世には存在する」

「異世界が……たくさんある?」

「そう取って貰って構わないわ」


 顔をひきつらせる翔吾に少女は頷き、説明を続ける。


「私が貴方の正体を問うのはね。まず、ごくごく普通に生きていれば、大抵の生き物は自分の生まれた世界で生涯を終える筈なのよ。異世界があるなんて梅雨ほども知らずにね。にもかかわらず、貴方はここにいる」

「……だから石板が」

「うん、勿論それは、貴方が普通の人間だったらの話。ごくまれに、世界と世界を渡り歩ける生き物や道具が存在するの。前者を〝世界渡り〟後者を〝世界渡り器〟と呼ぶわ。貴方自身が前者の存在を知らなかった以上、翔吾をこの世界に送ったのは、恐らく後者ね」


『世界渡り』と『世界渡り器』……聞き慣れない、だが何となく概要が分からないでもない単語に、翔吾は無言でコクコク頷いて。


「ん? 待て。おかしいぞ。その世界渡り器とやらでなら異世界に行けるなら、別に俺がここにいるのは、そんなに不思議な事ではないんじゃないのか?」


 たまたま翔吾がこの世界に繋がる世界渡り器を手にして、この世界に来た。少女が頭を抱える理由はない筈である。


「……そうね。普通の世界なら、別に問題はなかったわ。でもさっきも言ったけど、世界は本当に沢山あるの。その中でも貴方が来たこの世界。『ニーベルゲン』にだけは、たとえ世界渡り器であろうと、世界渡りであっても来られる筈がない」

「……何故に?」


 きっぱりと断言する少女。暖かな風が吹き、少女の金髪が靡いていた。夕焼けと、背にした翼もあって、それはまるで一枚の絵画のようですらあった。


「このニーベルゲンは、普通の世界と少し違う。ここは私の一族が創り、私の一族が代々管理してきた、謂わば人工世界。他の世界とは勝手が違うのよ。だから、私達の一族が許可がなければ、入ることが出来ないの。因みに一族は今、私独り。ついでに、私は貴方に許可を出した記憶はない。……翔吾。ここまで言えば分かるわね?」


 無言で言われた事の意味を噛み砕く。出てきた結論は、いたってシンプルだった。


「えっと……俺、不法入国? いや、家宅浸入?」

「間違ってはいないわね。私が貴方を警戒する意味……ご理解いただけたかしら?」


 恐る恐る自分の罪状を述べる翔吾に、少女は実にいい笑顔で頷いた。今の翔吾は、少女から見れば家に帰ると見知らぬ人が部屋にいて。そればかりか、自分は何故ここにいるのか分からないと言ってきたような物だ。

 まごうことなく、ただの不審者である。逆の立場なら問答無用で締め出している所だ。


「……えっと、俺どうなるの?」

「……まぁ、害意があるなら、私が即座に殺している所なんだけど……」


 どことなく迷うような素振りを見せる少女。あっさり出てきた殺す宣言に若干の身震いを覚えながらも、翔吾は猛烈に首を横に振る。


「ない! 害意とかない! てか、俺自身途方に暮れてるんだ。宿無し。文無し。土地勘なし。……あれ?」


 翔吾は、ここにきてようやく、自分が結構追い詰められている事に気がついた。


「俺、詰んでる?」

「お金の心配はしなくていいわ。ニーベルゲンには通貨はない。暮らすなら自給自足よ」

「サバイバル過ぎるだろ」

「私の一族しか入れない場所だもの。何故か貴方が入ってるけど」


 その会話から、沈黙が再び訪れる。翔吾はやることがなく。少女は不法浸入者をどうするべきか。互いに何が最善なのか分からぬ空気が、場を支配する。

 暫くして、それを打ち破ったのは少女の方だった。


「……ねぇ、貴方がもし良かったら。だけど……私の家に来る?」

「……なんですと?」


 思いもよらない申し出に、今度は翔吾が目を丸くする。すると少女はもう一度、「私の家、来る?」と繰り返した。


「現時点で貴方の正体は謎。この世界を管理する立場としては、イレギュラーを野放しには出来ないのよ。害意がないと言っても、貴方が韜晦(とうかい)している可能性も無きにしもあらずだし。だから言い方は悪いけど、監視という形で……。よ」

「ああ、来るって、そういう……」


 理由を聞き、取り敢えず納得する翔吾。確かにそれならば筋は通る。しかし……。


「でも、いいのか? アンタ独り暮らしなんだろ? 監視とはいえ見ず知らずの男を泊めるなんて……」

「あら、私に何かする気でもあるの?」

「滅相もございませんっ!」


 即頭を下げる翔吾に、少女はでしょう? と言わんばかりに髪をかきあげた。


「それに、襲われたとしても問題ないわ。私、一応それなりに腕は立つつもりよ。ゴブリンに手間取っていた人ならば、返り討ちに出来るくらいには」

「あ、うん。だよな」


 存外に襲っても無駄だというような台詞に、翔吾は苦笑いと共に頷く。

 考えてみれば、少女はドラゴンと共にいたのである。ゴブリンが束になってかかっていったとしても、少女が負けるビジョンが翔吾にはどうしても見えなかった。


「ん、じゃあ改めまして」


 ともかく、一宿一飯に預かるのだ、礼と挨拶は必要だろう。そう思った翔吾は手に持ちっぱなしだった武器(ゴブリン)を地面に捨て、少女に向き直る。


「何て言うか、ありがとう。不審者なこの身だけど、厄介になるよ」

「ええ。宜しく。私も自己紹介しなくてはね。私の名前は――」


 その時だ。

 不意に翔吾は、自分の右腕に何かがぶつかるのを感じて……。


「へ?」


 続けて、何故か焼きごてを当てられたかのような激痛が走った。

 腕が何かによって強烈に締め付けられ、全く動けない。

 何がと思い視線を向けると、腕にゴブリンが噛みついていた。


「ぎ……このっ!」


 頭を振るい、牙を突き立てるゴブリンは、半ば無意識か、攻撃された怒りで錯乱しているのだろうか。目が虚ろなまま、翔吾の腕を痛め付け続けていた。このゴブリンは、途中で調達したゴブリンだ。考えてみたら、鈍器として一度も使用していない。故に、頭を踏んづけただけでは、完全に動きを止められなかったらしい。

 慌てて拳を振るい、ゴブリンの眉間を突く。が、ゴブリンはそれで地面に叩き落とされると、今度は翔吾の太股に噛みついた。


「あだだだっ! おいっ、離せ……いぎっ……」


 転がり、もつれ、ゴブリンを引き剥がそうと躍起になれば、ゴブリンは手に噛みつこうとする。ピラニアのような歯は、翔吾の太股を容易く引き裂き、血を噴出させた。


「翔吾、動かないで! ――織り紡ぐは、開闢(かいびゃく)の〝爪〟なり――。切り裂け」


 少女の鋭い声が響く。身を硬くした翔吾が見たのは、右手を振りかざす少女の姿。ただそれだけなのに、異様な光景だった。何故ならドラゴンの両翼をもつ少女の白い手が、鱗と鋭利な鉤爪をもつ、ドラゴンのそれに変質していたのだ。

 歌うように告げられた言葉の刹那、グチャリ。という音と共に、ゴブリンの頭部が破壊された。

 少女の竜爪による一撃で、ゴブリンはあっさりとその命を散らしたのだ。

 痛みに耐えながら、翔吾は青ざめた顔で駆け寄ってきた少女を見る。爪と翼と、鱗。やはりドラゴンなのか? 何て質問は、出来る状況ではない。自分でも少しゾッとしてしまう位には、酷い出血だった。


「ぎ……ぐ……すまん」

「いいから! ――っ、出血が酷いわ! すぐに部屋に運んで……」


 唐突に、少女の声が途切れた。何事かと思い、少女の顔を見ると、彼女は翔吾を運ぼうとしていた手を……。血に染まった人間の手を見つめていた。

 蒼い瞳が何処と無く焦点の合わない動きで手から翔吾の腕に。太股に移る。翔吾はその時、初めて少女の目……その瞳孔が細く開いている事に気がついた。

 ギラギラとした目には、さっきまでの理知的な少女の姿など見る影もなく。翔吾へ熱烈に注がれる妖しい眼光は、獰猛な獣か、獲物を見つけた爬虫類のそれだった。


「お、おい。どうした?」

「……っ、どうもしない……わ。……痛くしないわ」


 そうか、なんともないのか。と、ホッとしかけたのも束の間。


「……ん?」


 翔吾は直ぐ様、さっきの少女の言葉を反芻する。何か致命的な聞き間違いをしている。そう頭が弾き出した瞬間、翔吾は他でもない少女の手によって、草原に押し倒された。


「逃げ……て……。何これ……おかしいっ……!」

「いや、逃げろって、お前が俺を押さえつけて……え? お、おい! 待て! 待て待て待て! どうしたんだよ!?」


 身動ぎするも、片手は凶悪な竜爪で押さえられ、もう片方は激痛が走り、思うように動かせない。加えて下半身も負傷した上に、少女が馬乗りになる形で封じられ、翔吾は完全に自由を奪われた形になった。


「……やっぱり逃げないで」


 チロリと艶かしく舌舐めづりしながら、少女の顔がみるみるうちに近付いてくる。蒼い瞳はただ一点。血の滴る翔吾の腕を見つめていた。


「唐突過ぎて申し訳ないんだけど。どうしてか私、貴方を……食べちゃいたくて……たまらないの。……いいわよね?」

「……え、えっと、それは性的にでしょうか?」


 震えながら、どうかそうであってくれと願う翔吾。少女は肯定も否定もせず、蕩けるような微笑だけを浮かべて……。


「……名前、教えてなかったわね。私はラシーダ。ラシーダ・ドラグハートよ。じゃあ……」


 いただきます。


 囁くような声が、翔吾の耳を擽った。

 後に彼は語る。あんなにも衝撃的かつエロチック。加えて嫌すぎる自己紹介は生まれて初めてだった……と。

 ついでに。


「何で出会う生き物全員、俺を食い物にしようとするんだよ……」


 理不尽だ。という少年の呟きに答えるものはいない。

 太陽が完全に沈み、夜が降りてくる。闇に包まれた二人きりの草原では、ただ血を啜る湿った音と、少女の悩ましげな吐息。そして、苦痛に呻く少年の声だけが響いていた。

 


 

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