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ドラゴン・ベイト ~餌奴隷騎士の異世界奮闘記~  作者: 黒木京也
第一章 竜の楽園 ニーベルゲン
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3.夢の咆哮

 例えばの話をしよう。噛む力が非常に強い小学生と、普通の。それなりに体力のある高校生が喧嘩でぶつかりあったとしたら。

 間違いなく高校生が勝つことは疑いようがない。

 体力。腕力。リーチ。体格差。全てにおいて高校生が上回る。

 では……。その小学生が三十人になったとしたらどうなるだろうか?

 個の優性か。数の力か。

 現在の翔吾は、その不毛な理論をまさしく体現するような状況にいた。


「らぁああぁああ!」


 獰猛な咆哮を上げながら、翔吾は武器を振るう。前方のゴブリン達も、まさか自分の仲間が凶器に使われるとはつゆほども思わなかったのだろう。

 群れの中に発生した僅かな〝揺らぎ〟

 それを翔吾は見逃さず、群れの前衛の数匹を、ゴブリン・フレイルで吹き飛ばし、更に一匹を躊躇なく踏みつけた。

 骨と骨がぶつかり合い、翔吾の手足に生々しい感触が残るが、翔吾は怯む暇はなかった。

 戦闘不能にしたのは精々二、三匹。敵はまだ沢山いて、全員が殺意をみなぎらせて襲いかかってくる。

 多対一の喧嘩にそれなりに慣れていたのが幸いした。翔吾は動揺するゴブリン達をダメ押しのゴブリン・フレイルによる一振りで押し退け、そのまま強引に群れを突破し、風のように走り出した。


「ニ、ニゲタゾ!」

「バンゴハンガ!」

「オエ! オエ!」


 背後から笑えない金切り声が響く。それを背にしながら、翔吾は緩やかにカーブを描くように草原を疾駆した。

 瞬発力はあれど、ゴブリンと翔吾には、脚の長さだけでも絶望的な差がある。だからこそ、翔吾は最初、逃げの一手を打ち続ける。

 敵の数が多いならば、囲まれれば終わり。故に翔吾は群れと距離を取る。追いかけてくるゴブリン達も生物であるならば、当然個体間での体力の優越は存在する。走り続けるうちに、群れで追いかけられる数は限られてくる。そこで……。

「――フッ!」

 短い呼吸と共に、翔吾は瞬時に身を翻し、逆襲に転じた。

 追いすがっていた群れの中でも脚の早いのであろう五体は、急に方向転換した翔吾に対応出来ず、ゴブリン・フレイルでまとめて薙ぎ倒された。

 あと二十と少し。

 五ひきの眉間を素早く踏み砕きながら、翔吾は前を見る。群れが来る。翔吾は死体か半殺し体か分からぬゴブリンの足を掴み、元々手に持っていたゴブリンと共に立て続けに投げ付けた。


「ギブッ!?」

「ガボッ!?」


 数体が投げつけられたゴブリンと激突し、仰向けに倒れる。投石ならぬ投ゴブリン。それはまさに、即席の手投げ弾に等しかった。何せ相手からすれば、自分と同サイズの質量が正面から勢いよく飛んでくるのだ。直撃などした日には結構なダメージになった筈である。加えて、集団で追って来ていた弊害か。倒れたゴブリンは後続に踏みつけられ、縺れ合い。何体かは将棋倒しになる有り様だった。

「――よし」

 負傷多数を見届けた翔吾は、新たな武器(ゴブリン)を地面から拝借し、また逃走に移る。これでまた、速い奴と遅い奴の差が顕著になる。律儀に追走してくる辺り、やはり頭はよろしくないらしい。

 勝てる。

 そう翔吾の中で確信が生まれたその瞬間。

 不意に目の前に何かが躍り出た。

「い……お?」

 思わずその場で急ブレーキをかける翔吾。同じような容姿からして、恐らくはそいつもゴブリンなのだろう。だが、そいつは大きさからして一回りどころか、軽く二回りは他を凌駕していた。

 群れ社会。ボス。そんな単語が翔吾の脳裏を駆け巡る。


 集団生活をする動物において、その頂点に君臨する存在はどんな特徴を兼ね備えるか?

 単純な力。体格。年の功。

 それらも勿論ある。だが、もっとも顕著な特徴は、例外なく臆病で、とびきり狡猾な個体という点に尽きる。

 頭脳を備えた獣は恐ろしい。この群れのボスもその例に漏れなかったのだろう。僅かな攻防を。部下たちがやられる様を後ろから見ながら。かつ、翔吾に姿を気取られない位置で観察していた。故にこうして不意討ちを仕掛けてきたのだ。

 候補としてはゴブリン達が出て来た巣穴の入口だろうか?

 巣穴という特性上、出入り口は多数あるのだろう。彼はその中の一つを使い、先回りをしたに違いなかった。翔吾が数体を戦闘不能にしている、あの僅かな合間に。

 野性の獣は瞬時の状況判断に優れる。知性はなくとも、恐るべき本能的な直感は、時に人の理解を越えるのだ。


「アタパァアアァアァイイイィッツ!」


 意味不明な奇声を発しながら、ボスゴブリンは両腕を広げる。まさに死の抱擁。捕まれば無事ではすむまい。

 間合いは既に敵のリーチ。ならば……。

 瞬時の判断で、翔吾は急ブレーキから一気に目の前に踏み込んだ。身を屈め、逆に死角となる懐に飛び込むと、そのまま身体を半回転。

 敵の身体を転がるようにして回避しつつ、敵の斜め後方に回り込んだ翔吾は、そこから巨体の膝に低空ドロップキックをぶちかます。ゴキリと、関節が砕ける音を期待した。が、緊急回避からの綱渡りじみた攻撃には体重が乗らず。加えて思いの外ボスゴブリンの身体は頑丈だったらしく、少しの苦痛に顔を歪める程度だった。


「く……そっ!」


 こうなると、焦るのは翔吾である。繰り出した攻撃の特性上、翔吾は地面に身を沈めることを余儀なくされる。瞬間、背筋に冷たいものが走り、彼は闇雲に転がった。

 予感は正しかった。案の定、翔吾がさっきまで倒れていた地面は、ボスゴブリンの手によって、小さなクレーターが出来ていた。

 恐るべき握力により、抉られた箇所に呆けている余裕はない。ボスゴブリンは体勢を整えていた。翔吾は何とか立ち上がり、逃走手段を獲得しようとし……。


「……げ」


 そこで、身体を硬直させた。

 前後左右。八方いや、もはや隙間など作らぬと言わんばかりに、ゴブリンがひしめいていた。ぐるりと翔吾を囲むように。

 奇しくもそれは、翔吾が絶対に回避したかった状況だった。

  無意識のうちに、手に持つ武器(ゴブリン)(あし)を握り締める。人質作戦? 何て頭に浮かびかけた無茶な案は、直ぐ様消しさった。

 不意をつく? ダメだ。あれは正面から対峙していたからこそ成功した。こうして完全に囲まれている以上、一角を崩した所で圧殺されるのがオチだ。

 多少の傷など無視して戦うか? これも無理。数で押されている上に、ネックはボスゴブリンだ。雑兵とはいえ、それらを相手取りながらアレの攻撃を避けられる気がしない。動きもそれなりに速い。

 勝てない……死ぬ……。そんなビジョンが湧きかけた。

 これより行われるのは、無慈悲な暴力にして、捕食という名の饗宴だ。無力の人間たる翔吾には、もはや抗いようもない。


 筈だった。


「……ふざけるな」


 ドクン。と、心の臓が一際強く脈動するのを感じた。

 吐息が、熱を帯びている。炎のような感情を支配していたのは、理不尽に対する憤怒だった。

 猿の群れにたまたま遭遇し、襲い掛かってきたから反撃し、数で攻めてきたので撃退しつつ逃走した。何も、全滅させる気もなかったし、出来るとも思えない。適当に疲弊してくれれば。そう思っていた。

 が、現実は違う。奴等は本気で翔吾を喰うつもりだ。既に涎を垂らしているゴブリンもいる。

 人間に生まれたとして、まず味わうことはないであろう自分が捕食される恐怖。それを自覚した時、翔吾の中に去来したのは、「まだ終われない」という想いだった。


 脳裏で想起するのは、いつかに見た幻想的な風景。そして、優しくも清らかな声だった。


 羽ばたき、旋回し、火を吹き踊るドラゴン達。

 綺麗な湖の水面(みなも)は、竜達の咆哮で幾重もの波紋を刻む。

 その(もと)で、竪琴と共に唄う少女がいて、翔吾はそれを見つめていた。


 交わした言葉を翔吾は覚えていない。ただただ、美しく。そして荒々しい空の王者達に魅せられていたから。

 素晴らしい時間だった。こうして体験したからこそ思う。やはりまぎれもなく、自分は〝あの時〟何処かの異世界にいたのだろう。

 どうやって渡り。どうやって元いた世界に戻ったのかは定かではないけれど。

 決して夢でも嘘でもない。そんな確信がある。以来彼は幻想の虜になったのだから。

 信じぬ人の柵に抗いながら。ただ彼は探して、待ちわびた。夢を胸に、願うのは数多。だが、掲げる信念は一つ。


「逢うんだ……もう一度。ドラゴンに……! 逢って俺はそいつらが生きる土地を踏査(とうさ)する……! もっともっと知りたいんだ。物語じゃない、本物のドラゴンを……。そいつらのあり方を……!」


 ゴブリン達はジリジリと翔吾との距離を詰めていく。思わぬ反撃を警戒しているのだろうか? それとも、御馳走を前に喜びを隠しきれないのか。歯を覗かせ、嘲笑ともとれる表情は、かつて翔吾を否定した者共を嫌でも思い出させた。

 その時だ。翔吾は自らの身体の中で、得たいの知れぬ何かが鎌首をもたげるのを感じた。憤怒の念とは違うそれは、翔吾の中で急速に渦巻いていく。誰かが叫べ! と、翔吾に語りかけた。そんな気がして――。


「こんな所で……死ねるかぁああ!!」


 再び吠えながら、翔吾は武器を振り上げる。それは、何としても生きる……。その意志表示だった。端から見たら意地汚くとも、恥と翔吾は思わない。それはただ人間が。否、全ての生物が原初から抱く欲求にも、自分に課した命令でもあるのだ。

 叫び、激情のままに、翔吾はゴブリンに突進した。

 すると……。


「アア……ア? ヒ……」

「ギャアァア!?」

「ヤダ! ヤァアアダァ!」

「アアイエ!? ドラゴン? ドラゴン!? ナンデ!?」


 思いもよらぬ事態が発生した。突然ゴブリン達が、蜘蛛の子を散らしたかのように逃げ出したのだ。


「……は?」


 拍子抜けしたかのように、翔吾はその場で硬直する。何が起きたか、彼自身分からなかった。包囲網はあっさり崩れ、ゴブリン達はありとあらゆる方向に逃げ出していた。

 一番驚くべくはボスゴブリンだろう。彼は誰よりも速く翔吾に背を向け、誰よりも速く遠くへ到達していた。まるで恐ろしいものにでも遭遇したかのように。

 

「……って、ちょっと待て。ドラゴンだって?」


 素敵すぎる単語に、翔吾は思わず周りを見渡し……。


 そこで初めて。翔吾は自分の近くだけが暗くなっている事に気がついた。遠くの空は夕焼けの赤。故に翔吾は、日没直前かと錯覚し、直ぐ様否定した。日没ならば、何故自分の周りだけ暗いのか。まるで巨大な何かが背後にいて、それが太陽を遮っているかのような……。

  翔吾は恐る恐る背後を振り向いた。そこには確かに巨大なものがいた。そして……。翔吾の思考は、その巨大な存在によって、一瞬で吹き飛ばされた。


「ルォオオォォオオ!!」


 地を揺るがすような雄叫びと共に、翔吾の視界に飛びっきりの非常識が大写しになったのだ。

「ファ?」

 言葉として意味を為さない音が、口から漏れる。背後にいたそれは、今まさに大空からゆっくりと降り立ち、地響きと共に着地すると、再び天高く吠えた。

 暫くの間、翔吾はただ呆然と、それを眺めていた。


 姿で一番しっくり来るのは巨大な蜥蜴。否、もはや恐竜だろう。

 その背には、蝙蝠のものと同じ形状の翼。勿論、その大きさたるや、比較するのもおこがましい。

 角は、ない。が、その両頬には魚の鰭ひれを凶悪にしたような突起物が見えた。


「ドラ……ゴン?」


 辛うじて、その名を口にする。身体が馬鹿みたいに震えだした。勿論、恐怖ではない。

 言葉が詰まる。あまりの緊張と興奮で。

 断裂しかけた回路を修復するかのように、翔吾の停止しかけた脳は再び動きだした。そして……。


「う、うおおおお!」


 それは、歓喜の叫びだった。

 ほら見ろ! いたじゃないか! やっぱりいたんだよ!

 小躍りしたくなる衝動を抑え、翔吾は空に向けて拳を振り上げる。

 ドラゴンが、そこにいる。

 目の前に、雄々しくも佇んでいる。

 それは、少年の夢が叶った瞬間だった。

 そして……。


「ありがとう、レオンハルト。……『ホワイトウール・ゴブリン』全く。私が暫く家を開けてる間に巣なんか拵えて……後で躾が必要ね」


 それと同時に、少年はそこで初めて、ドラゴンの隣を浮遊する存在に気がついた。


 それは、少女だった。

 腰ほどまで伸ばし、ウェーブのかかった髪は、茜色の夕焼けの中で、金砂の輝きを放っていた。

 スラリとした肢体に白と黒を基調とした、ゴシックドレスという出で立ちは、少女が色白という点も合間って儚げな印象を与える。

 何処となく、浮世離れした危うい美しさ。見とれていたと言ってもいいだろう。事実、翔吾は暫し言葉を失っていた。


 天使みたいだ。


 何となく、翔吾はそう思った。比喩が半分と、見た目から来るものが半分。何故ならば、少女は人というには、少しばかり異形だったから。

 天から舞い降りる美しい姿が、そう連想させたのだろうか。だが、それは直ぐ様払拭される事となった。

 少女を浮遊さらしめているのは、背中より生えていた一対の翼。この時点で、人間かどうか怪しい。更に言えば、それは天使が持つような純白の翼などではなかったのだ。

 少女の背に生えていたのは、今まさに翔吾の目の前にいるドラゴンのものと同じ。蝙蝠を思わせる、凶悪な両翼だった。


「……さて、ゴブリン以外にも、妙なのがいるわね」


 ドラゴンと、異形の少女。それを交互に見たまま、翔吾が暫く呆けていると、少女のサファイアを思わせる蒼い瞳がこちらを訝しげに見る。

 綺麗な声だった。余計な雑音や濁りがないそれ。だが、それでもそこに警戒の念が滲んでいる事が、翔吾にはありありとわかってしまう。

 少女のアーモンド形の目が細められ、そして……。


「……貴方、誰? どうやってここへ来たの? ここは普通の人間は入れないし、〝普通じゃない人間〟も、入ることは不可能な筈。にも拘わらずここにいる……。何者かしら?」


 少女の問いには、嘘は許さない。そんな気配がした。

 翔吾はというと、やはりまだ身体から力が抜けていた。

 劇的な出来事が連続した故に、おかしな感覚に陥っていたのだろう。故に……。


「えっと……八神翔吾、高校二年生十七才。変な石板に触ったら気がついたらここにいた。あ、あと……」


 譲れない言葉を述べなければならない。そう……。


「ドラゴン、大好きだ」


 何者かと問われたので、素直に自己紹介してしまった翔吾。ドラゴン大好きを公言したのは中学以来なので、少しばかり高揚した。

のだが……。


「…………はい?」


 少女の表情が、分かりやすくポカンとしたものになる。顔に書いてある事は、読心術に長けていない翔吾でも分かるくらいにシンプルだった。


 何だコレは? そう言わんばかりに、少女は困った顔になっていたのだ。


 


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