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ドラゴン・ベイト ~餌奴隷騎士の異世界奮闘記~  作者: 黒木京也
第一章 竜の楽園 ニーベルゲン
18/20

17.餌になるとは

 盛大に啖呵を切ったはいいが、どうしたものか。

 翔吾は冷や汗でこれでもかという位に背中を濡らしながら、自問自答する。

 現状。

 攻撃できるラシーダは自分の腕の中。

 時点で戦力になりそうな気もするファーブニルは、敵か味方か微妙。

 真昼は論外。彼女を荒事に参加させることは、お兄ちゃんとして容認できない。

 肩にずっと、未だに貼り付いている白いヤモリもどき。もとい、クェツアコアトル。……謎。というか、普通に存在を忘れていた。

 自分。餌らしいです。竜の因子でなのか、脚が一瞬だけ速くなりました。以上。


「……あれ、詰んでね?」


 子どもでも分かる結論だった。救いになっているかはわからないが、唯一の幸いは自分が流血しなかった事くらいか。お陰でプリマーズは、飛び込んできたやけに素早いカトンボを、興味深げに眺めていた。


「……翔、吾」


 ふと、か細い声がする。ラシーダだ。ボロボロになりながらも、その手は翔吾の服の胸元を掴み、弱々しく首を横に振っていた。


「ダメ、じゃない……こんなとこに来たら、すぐ、食べられて……」

「いや、今まさに食べられそうだったからなお前!」


 思わず反論しつつ、翔吾はプリマーズを見る。まだ、妙なアクションは起こしてこない。時間はあると翔吾は判断し、ラシーダに目配せする。


「なぁ、(ドラゴン)の言葉は、やっぱり通じないのか?」

「ダメね。一応戦いながら話しかけてはいたけど、まるで聞く耳を持ってはくれなかったわ。力を見せようにも何だか……身体が重くて。ドラグハートの恥さらしだわ」

「恥より生きろバカ。そうか……」


 状況は悪いまま。翔吾は歯噛みする。一応ラシーダを救い出したまではよかったが、当の彼女は戦っても敵を圧倒できるか危うい。後は……。


「っ……ファーブニル!」

「え、妾? ヤダ」

「まだ何も言ってないっ!」

「いや、助けろ。だろ? 嫌だよ。楽しそうだから見守ってはいたが、妾はこことは別の世界に行きたいんだよ。魔竜王たる妾なら、本来簡単に別世界には行けるが……今はこの忌々しい雲のせいで満足に魔力が編めん。癪だがそこの雄の〝角の力〟に便乗するより他はない。呪いの核たるニーベルゲンから離れれば、解呪は出来そうだしの」

「ぐ……」


 最初から望みは薄かったが、改めて現実が突きつけられる。そして……。


「プリマーズの奴、もう痺れを切らしたみたいだぞ? 十一番目。余興は終わりかえ? せっかく竜の因子の片鱗を見せたのにのう?」


 鋭く、轟くような咆哮がする。プリマーズが天に向けて吠え猛っていた。翼を広げ、威風堂々。ビリビリと、近くにいる翔吾達に音圧が降りかかり……やがて、琥珀色の視線から静寂と共に殺意が向けられた。


「――っ、翔吾! 逃げ……」

「兄さんっ!」


 ラシーダが青ざめた顔で翔吾を押しやろうとしたその時だ。

 背後から、聞き覚えのある声がした。少し離れた所から走ってくる、制服姿。それは……。


「ちょ、真昼!? バカ! 何で……!」

「バカは兄さんです! 自分から死ににいくなんてふざけないで下さい! そこの爬虫類! こっち! こっちです!」


 片足を上げ、完璧なフォームで遠投されたそれは……。八神家の鍋だった。

 風を切り、唸りを上げてそれは宙を舞い、プリマーズの頭に見事命中した。


「おい……待て。……っ! おいっ!」


 目を血走らせ、翔吾が叫んだ所で、もう遅かった。遠目から見た真昼は……笑っていた。


「さぁ、こっちに」


 真昼がそう小さく呟いた瞬間、プリマーズの標的は、あっさりと切り替わった。


「ダメ、真昼ちゃん! ダメェ!」


 瞬時にラシーダが動く。翼を再生させ、ふらつきながら真昼の元へ。だが、それはただ、喰われる存在を徒に増やした事にしかならず。


「ああ……ぐ……そぉおお……!」


 置き去りにされた翔吾は無念の唸りを上げるしかない。わかってはいた事だ。時間稼ぎしか出来ない事は。その間に、ラシーダか、他の何かにすがることしか出来ない。わかってはいたのだ。

 だけれども……こんな結末は……。


 背後から、翼が広げられる音がした。飛び上がり、向こう側へ一気に強襲するつもりだろう。

 ここで流血? だが、解決するのか? 食べる順番が変わるだけでは?


「ええい!」


 迷えない。再び腰に差したナイフを取り出す。この無情な庇い合いが、最善策。それが悔しくてたまらない。せめて、一思いに飲み込まないでくれればいい。そうすれば、ラシーダが真昼を連れて逃げてくれるかもしれない。そんな事だけを考えて、翔吾は荒い呼吸を抑え、ナイフを手に……。


「モガッ!?」


 突き刺そうとしたその瞬間。口に何か大きなものが入り込んだ。


「も? ゴババ?」


 グニグニとしたゴムのような舌触りと、土の混じったなんとも言えぬ味に、翔吾は思わず目を白黒させる。

 何だ? 一体何が……。


「殺して」

「はが?」


 不意に響いた、馴染みのない声。それに翔吾が戸惑っていると、再び「私を、殺して」そう、口の中で声が響いた。


「ちょ、うげ……」


 喋ろうにも、それは翔吾の舌に貼り付いている。必死で引き剥がそうとするも、指にはザラザラとした感触が残るのみ。

 そして……


「殺して。殺して。この為に私は……殺して。私は自殺が出来ない。殺して。殺して殺して殺して殺して殺して殺して……。終わらせて……!」


 深い深い悲しみ混じりの声。その時翔吾は、肩にいた白ヤモリがいなくなっていた事に気がついた。


「おふぁえ……ふぁ……」

「お願い。力はあげるから。殺して。守りたいなら殺して。戦いたいなら……殺して……!」


 意味が分からなかった。だが、その言葉の端々にある意味を、翔吾は聞き逃しはしなかった。


「…………力っふぇ……なんだ?」

「……私を殺せば……わかる。待ちわびた。ずっとずっと。……だから……私の血肉を……貴方の中に……」


 迷いは一瞬だった。プリマーズが飛び立った。それを見た瞬間、翔吾は電撃を受けたかのように、身体を硬直させ。


「…………いいのか?」

「…………いいの。ずっと、ずっと待ってた。コレが私の救い。守りたいなら、喰うの。ドラゴンなら、そうすべき。この世は……」


 弱肉強食だから。



 それが、白ヤモリ。否、小さな謎めいたドラゴン。クェツアコアトルの最後の言葉となった。

 自分の歯が生ける者の柔らかい肉を噛み潰す感触。きっと一生忘れないだろうな。と、思いながら、翔吾は口にしたそれを咀嚼した。

 絆も、交流もなかった。ただ、力を与えるから殺せという契約じみたそれに従った。すがれるならば、すがる。故に翔吾はごめんといった謝罪はせず。心の中で呟いた。


 頂きます。

 ご馳走さまでした。


 ※


 ラシーダドラグハートは、傷つき、折れかけた翼を羽ばたかせ、真昼の元へ到達した。めぐまるしく回転する頭は、生き延び、勝利する道を探り続けていた。

 何故か重い自らの身体。どうにか。どうにかして動けるようにはなるまいか。


「真昼ちゃ……」

「何してるんですかラシーダさん! 飛べるならこっち来ないで! 兄さんを守って!」


 ブレない瞳で。だが確かに震えながら叫ぶ真昼を、ラシーダは心の底から美しく思えた。無鉄砲故にか。誰かを想う故にか。だから……。


「バカね。貴女にもしもの事があったら、翔吾が悲しむわ。そんなの認めない。貴女を連れて、翔吾も連れて……それで……!」


 視界が歪む。涙だと気づいたのは、真昼が絶句しているからだろう。珍獣でも見るかのように、真昼はラシーダを見ていた。


「ラシー……」

「死なせ……ないわ。そうよ。何て今更……! 私が死んでも……貴方達だけは……!」


 その時だ。背後から、地響きがした。プリマーズが今まさに飛び立ち、こちらへとぎらついた視線を飛ばしてくる。

 全身を刺すようなプレッシャーに、ラシーダは歯を食い縛りながら、再び剣を構える。

 翔吾は……大丈夫そうだ。プリマーズは真昼がこちらへ誘導した。勝ち目は薄くても、体勢を多少立ち直せた今なら……。


「真昼ちゃん! 下がって! 私が奴を引き付けるから、翔吾の所まで走っ……て……?」


 言葉は最後まで続かなかった。不意にラシーダは、暴力的にまで濃い、別の威圧感を身体に浴びた。

 煮えたぎるマグマのような気配。それが、所謂魔法の源……魔力によるものだと気づいた時、ラシーダはその発生源を捉え……。


 それは、突然の出来事だった。一迅の熱風と共に、プリマーズのすぐ下から〝生えてきた〟


「……ふぇ?」


 ラシーダは、思わずすっとんきょうな声をあげていた。

 そこに現れた存在に。


 白金色の、淡い光を放つ鱗。

 鳥のような羽毛が生え揃った、独特の両翼。

 天を穿つというよりは、支えるようにして生えた、ヘラジカのそれを思わせる、二本の立派な角。

 太く、力強い尾は、二又に裂け、先端は槍のように鋭い。

 鈍く輝く銀色の爪は、焔を思わせる霞が揺らめき、さながら雪被りの霊峰を逆さにしたようだった。


 そこには、ドラゴンがいた。

 見たこともない姿の、ただただ美しい、ドラゴンがいた。


 そして……。


「な、な……なんじゃこりゃぁぁあ!」


 それは何処か聞き覚えのある声で、なんとも情けない叫びを上げたのである。

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