16.神話の再現
この世に、これ程までに幻想を感じる時があるだろうか。
真昼を背に庇いながら、目の前の光景を見据えた翔吾が抱いた感想がそれだった。
咆哮を上げながら、牙を。爪を。尾を。息を。ありとあらゆる暴力を振りかざすドラゴンに対して、ラシーダが持ち合わせるのは己の身と、輝く剣のみ。
受け流し、飛翔し、あわや直撃という所で旋回による緊急退避。
ドラゴンの専門家というだけあり、ラシーダの動きは素人目に見ても無駄がなく、洗練されていた。ドラゴンの攻撃の、一手、二手先を先読みしているかのように。まるで神話の世界……英雄と怪物の戦いというべき光景がそこにあった。
事実、ラシーダの剣から迸る真紅の雷は、すべからくドラゴンを打ち据え、後退を余儀なくしていた。
「……凄い。闘牛士みたい」
真昼が、思わず感嘆の声を上げるのも頷けた。幻想の王者を相手取っているラシーダの戦闘は、映画のワンシーンのように華があり……。
「……オイ、何だあれは? 御遊戯会か?」
思わず翔吾もまた、感動の溜め息を漏らしかけた時、すぐ横で、不満げにぶうたれたような声が上がる。己にまとわりつく紫色の雲をげしげしと蹴りながら、自らを魔竜王と名乗る幼女……ファーブニルは、何処と無く唖然としたような表情で、ラシーダと原初ドラゴン……プリマーズとの攻防を見つめていた。
「そんなに、ラシーダが圧倒的なのか?」
「は? おいおい、十一番目。バカか? バカなのか? 何処からどう見ても、プリマーズの奴が優勢だろうが」
「……いや、私達から見たら、明らかにラシーダさんが押してますよ?」
翔吾を真昼の反論にハン。と、鼻を鳴らしながら、胸を張るファーブニル。アメジストの瞳は、何処と無く憐れみの光を帯びていた。
「あのな。妾もまぁ、長年封印された影響だろうな。力が三割も戻ってないから、あまり人の事は言えんが……。それにしたってあれはないぞ。プリマーズの奴は勿論、他のドラゴン共だって、まだ身体が鈍っておるわ」
「……へ?」
翔吾の脳裏で、つい先ほど体験した猛攻がフラッシュバックする。あれで……鈍ってた?
「……当然だろう? 仮にも原初ドラゴンは、ドラゴンの理想像だ。妾には負けるけど。あの中には、翼を体現理想とするクエレプレもおる。あいつは原初ドラゴン最速だ。妾には負けるけど。追い付かれなかったのは他ならぬ、皆身体が鈍りに鈍りきっていたからに他ならん。ドラゴンを舐めるなよ? あと妾を敬え」
信じられない。という顔をする翔吾にファーブニルは追い討ちをかける。ちょくちょく挟まれたジョークは受け流し、翔吾は離れた先の戦闘を、ただ見つめていることしか出来きず……。何とも言えないもどかしさに苛まれていたそんな折。ふと、ある重要な事柄を思い出した。
「あれ? てか、説得じゃなかったのかよ?」
「……確かに。思いっきり戦ってますね。あ、ラシーダさん、火まで吐いてる。……凄い斬新な説得です」
「……え? 何コレ。妾が説明するのかえ?」
心底めんどくさそうに溜め息をつきながら、ファーブニルは「あのな……」と、気だるげに切り出しつつ、小さな人指し指を立てる。
「ドラゴンだぞ。言葉よりも雄弁に語れる物があるだろうが」
「……っ、まさか……!」
何となく思い立ったような翔吾。だが、真昼は分からないらしく、「え? え?」と、不安げに翔吾とファーブニルを交互に見ていた。
確かにこれは、真昼には理解しがたいかもしれない。いや、多分普通の人間でも。
長い間ドラゴンに焦がれていた翔吾だからこそ、何となく感じられるものがある。即ち……。
「まさか、ドラゴン的な視点で見れば……縄張り争いイコール、説得なのか……?」
翔吾の出した結論に、ファーブニルは少しだけ考えてから、小さく首を傾げ、「近くもないが遠くもないな」とだけ答えた。
背にある小さな翼をバサリとはためかせ、思い出したかのように細く白い手を振り払い、周りに滞空する紫の雲を散らすと、ファーブニルは再び、ラシーダとプリマーズの争いの観戦に戻り。
「対話が可能なドラゴン同士が争う理由は多くある。譲れぬものの為か。単に戦闘が好きなだけか。あるいは配偶者を得る為か。はたまた、個々で掲げる何かの為か。だがな。そこには例外なく、ありとあらゆる形の戦いが土台になる。それがドラゴン。それが幻想の王者が有する矜持よ」
唄うように語りながら、ファーブニルは目を細める。堂々と、ラシーダとプリマーズを見上げながらも、その目には確かな光がある。それは……。
「言葉だけで、竜は動かない。物だけでも、竜は動かない。絶対的な力を示す。勿論それも重要だが、それだけではない。竜達が重んじるのはただ一つ……誇りだよ。誰もが頂点だと信じる、絶対的なプライド。それを互いにぶつけ合う。それがドラゴンの対話だよ。説得なんてのはな。ねじ伏せてからやるのがドラゴンだ」
彼女もまた、誇りを宿していることに他ならない事だった。魔竜王と自ら名乗るのは、その現れなのかもしれない。翔吾は何となく、そう感じた。
「いや、言葉を使いましょうよそこは。どんだけ野蛮で脳筋なんですか」なんて真昼の突っ込みは聞こえない。真昼ちゃん空気読んでよ! は、畏れ多くて翔吾には言えなかった。
「プライド……か。じゃあ、ラシーダは……」
「決まっている。ドラグハートだぞ? 竜には負けぬ。負けるわけにはいかない。あるいは……この楽園を守ることか。まぁ、どちらにしろ……」
今の姫君では、あまりにも危うく。脆い芯だがの。と、魔竜王は
つまらなそうに締めくくった。
視線の先には、今も原初ドラゴンと対話を続ける、ラシーダの姿だった。
「……あ」
その時だ、翔吾の身体に、不思議な変化が起きた。
首元。奴隷輪を付けられた部分が妙に熱い。そして何より。ラシーダの力が急速に萎んでいくのが、翔吾には何故か、手に取るように分かった。
あのままでは……。
「……ラシーダ」
ふらりと、翔吾は前に出る。駄目だ。あのままでは。何とかしなければ。だけど……どうしたら……!
「ドラグハートの一族。もはや見る影もないな。こうも弱体化しているとはの……。ジョージめ、バカな奴だ」
ファーブニルの無機質な声が、翔吾の耳にこびりつく。
そうだ。ラシーダは言っていた。ニーベルゲンを作ったからこそ、ドラグハートの一族は弱くなった。それでも、普通のドラゴンになら、勝てるだろう。なら……封じていた原初ドラゴンには?
紅い稲妻が、再び閃く。何本かは再びプリマーズに直撃した。が。今まで弾かれもしなかった雷は、たった今、プリマーズの角の一振りで、まるで霧のように掻き消された。
続けて、プリマーズの尾の一撃。これをラシーダは、スレスレの所でかわしきる。が、その秒速の交差のうちに、ラシーダと左こめかみが、ぱっくりと割れ、血が噴き出したのを、翔吾は確かに目撃した。
あれじゃ……目が! そう思った瞬間、今度は爪の一撃がラシーダに迫る。ラシーダは、これを雷を纏わせた剣で迎撃。
が、視界が半分失われた弊害か。華麗な受け流しは成功せず、ラシーダは空中で大きくたたらを踏んだ。そこへ……。
「――っ! 危ないっ!」
悲鳴にも似た、真昼の声が響く。最後に翔吾が知覚したのは、ドラゴンの息で翼を撃ち抜かれ、空中で大きくバランスを崩すラシーダの姿だった。
墜ちていくラシーダ。それをプリマーズは、舌舐めずりしながら見据えていた。
後に起こる出来事が、翔吾には容易に想像できた。
竜爪を叩き付け、姫君の五体をズタボロに引き裂くか。
強靭な顎をもって、柔らかな肉を喰らい味わうかもしれない。
炎の息にて、美しき姿を灰塵に帰すのは造作もない事だろう。
竜尾にて、地面に埋め、潰すのなど朝飯前だ。
あるいは……。その神々しいまでの角にて、極刑の如く少女を刺し貫き、花弁のようにその命を散らし、晒し者に処す事もありうる。
どちらにしろ、もはや待っているのは、無慈悲な蹂躙に他ならない。
それを悟った瞬間。翔吾の身体に電流が走り。気がつけば、弾丸のように走り出していた。
「ちょ、兄さん!? 何を……! 待って!」
背後にて再び、真昼の悲痛な叫びが轟いた。
翔吾はそれに内心で謝罪しながらも、ただ、走る。衝動に身を任せて。
「……っ、ラシーダ」
その名を呼ぶ。ドラゴンに出会う。そんなバカみたいな夢を叶えた瞬間に舞い降りた、少女の名を。
余所者である翔吾を受け入れたばかりか、素晴らしい竜の楽園の姿を見せてくれた、竜の姫。
「ラシーダ……!」
楽園は虚構だった。だけれども、だからといってそれを崩していい理由が何処にあろうか。
残された他のドラゴン達がどうなってしまうのか……。そんな悪夢は認めたくない。だから、八神翔吾は走り続けた。
原初ドラゴン達とは今、対話が必要だ。だが、その為には、今の翔吾はあまりにも無力だった。
あるのは、ドラゴンを引き寄せる血。だが、今ここで流した所で何になるか。有効に使う手段など、今の翔吾には思い付かない。
だというのに、翔吾の足は、戦地へ。あるいは死地へと一直線に進んでいた。
どうして? わからない。ただ、あのままラシーダが死ねば、ここはどうなる? 自分達は? いや、違う。それすら翔吾には建前だった。思うのはシンプル。
過ごしたのは短い間。それでも、翔吾には譲れなかった。
見過ごせなかった。だから……。
「……っ! ラシィーダァ!」
八神翔吾は咆哮する。雄々しく。無様に、がむしゃらに。
そこに恐怖はない。あるのは、燃えるような何か。ゴブリン達と対峙した時に芽生えた、得体の知れぬ何か。憤怒の念とは違うそれは、翔吾の中で急速に渦巻いていく。ああ……炎か。何となくそう感じた時、翔吾の脳裏に、奇妙な映像が割り込んだ。
それは、騎士だった。
立派な黒い鎧を纏い。腕には輝く腕輪を嵌め。完璧な戦化粧と共に戦地を駆け抜ける。
敵の大隊を撥ね飛ばす姿はまさに無双。獰猛な姿は、翔吾が崇拝する、幻想の王者達に通じるものがあり……。
刹那的な白昼夢は、そこまでだった。
翔吾はそこで再び、現実に立ち戻った。
叫び、走るスピードは緩めず、翔吾は高速で頭を回す。
ラシーダを助けたい。どうするか?
墜ちてくるのを受けとめる?
駄目だ。ドラゴンの追撃の方が早い。
なら、ドラゴンの気を引く?
駄目だ。そうすれば自分は死ぬ。ラシーダの方へたどり着く前に確実に。そうすれば、ラシーダも……。
ならば、どうする? 身体は一つ。ラシーダも、自分も助かるには……。
「シンプルだろう? 十一番目。お前がドラゴンの如く宙を駆け抜け、誰よりも速く姫の元へたどり着けばいい」
いつの間にか、ファーブニルが並走していた。翼をはためかせ、翔吾の隣を低空飛行している。
その目は歓喜で。いや、オモチャを与えられた子どものように輝いていた。
「炎を自覚したなら忘れるな。それが、竜の因子だ。フフッ、退屈な対話だと思ったら、存外楽しくなってきおったわ! 気づいておるか? お前は今、人間では有り得ぬスピードで地を駆けておるのだぞ?」
……あ。という言葉は飲み込んだ。今は気を抜けない。そう思ったが故だった。ファーブニルはますます愉快そうに笑いながら、「大サービスだ。教えてやる」と、呟いた。
「イメージだ。幻想の王者達はな。常にいつだって、最強の自分を思い描く。迷いなく、折れない誇りを掲げろ。他者が否定してもだ! お前だけは、己の誇りを疑うな! 竜の因子を使いこなすとはそういう事だ! さぁ、示してみろ! 妾に魅せてみろ! お前が掲げる、誇りは何だ?」
興奮したように、ファーブニルは翔吾に問う。
どうしてこの子、こんなにノリノリなの? とは思いつつも。翔吾は目を閉じる。
ドラゴンに、憧れていた。
翔吾はその美しさを。
気高さを。
獰猛さを。
野蛮さを。
残忍さを。
狡猾さを。
何よりも、その孤高を。
愛してやまなかったのである。
出会い、触れて、確信した。自分は、この王者達をもっと知りたい。
理想とされるドラゴン達だって、例外ではない。
対話が戦いならば、それがドラゴンのルールならば、喜んで乗ろう。
翔吾が掲げるものなど、最初から決まっていた。誇りなんて大それたものではない。想いと、これは願望だ。
楽園は壊させない。ラシーダは死なせたくない。何故なら翔吾は……。
「ドラゴンが……好きだ。好きなんだぁ! なのに楽園滅びるとか……ふざけんなぁ! だから……!」
炎がうねる。
その瞬間、翔吾は確かに、地を蹴り、空へと飛翔していた。
誰よりも速く、駆けつける。ドラゴンへの愛を吟うならば、その姫君を守れずしてなんとするか。
「死ぬなぁあ! ラシーダァ!」
ひたすらに突き進む翔吾。自身に何が起きているかなど、今は二の次だった。叫び、大ジャンプを遂げ、まさに人間砲弾と化した翔吾は、見事ラシーダの元までたどり着き……。
※
ラシーダ・ドラグハートは、困惑していた。
理由は簡単。己の身体が、異様に重いのだ。まるで何かにエネルギーを吸いとられているかのような状態は、ラシーダの焦燥を加速させていた。
戦闘は久しぶりだ。だが、ブランクが生まれる程離れていた訳ではない。にもかかわらず、この消耗。
普段の戦闘で移動に十ある体力の一を使っていると仮定すれば、今の戦闘は、移動に三。下手すれば四はかけているかのような燃費の悪さだった。これは一体どういう事なのか。必死で原因を思い起こそうとするが、何も浮かばず。そうこうしているうちに、ラシーダは追い詰められていた。
「あ……ぐ……!」
嵐を思わせる猛攻が、絶え間なく続く。それを受けていたラシーダは、今おかれている絶望を、あらためて再認識した。
ドラグハートの一族は、ドラゴンに対してのアドバンテージがある。だが、目の前のドラゴンはどうか。
圧倒的な攻撃の重さ。
ブレスの速度と、込められた熱量の密度。
そして何より……いかに〝完全解放〟ではないとはいえ、竜殺しの聖剣による雷が、ダメージとして全く通らない、その異様なまでの防御力。
何もかもが規格外過ぎた。
ラシーダが十七年生きてきた中で見てきた、全てのドラゴンを、意図も容易く凌駕している。だというのに、相手はまだ……明らかに本調子ではないのだ。
せめて、万全であれば食い下がれたものを……。
そんな弱音を吐きかけたラシーダは、慌てて首を振る。
ダメだ。ここで折れるわけにはいかない。
故郷は……ニーベルゲンは、何としてでも……!
刹那の雑念は、命取りだった。
突如、視界の半分が赤で染め上げられ、続けて、自分のすぐ横を、燃え立つ奔流が通過した。
「……あ」
翼を撃ち抜かれた。そんな絶望的な理解が及んだ時には、ラシーダの身体は墜落を始めていた。
「う……あああぁああっ……!」
熱した万力で挟まれたかのような痛みが走るなか、ラシーダは残された精神力を総動員し、意識を保つ。
まずは羽を再生。その後に……。
思考は、そこまでだった。次にラシーダの目に入ってきたのは、迫り来る原初ドラゴンの顎と、歯並び。それを認識した時、ラシーダは唐突に、死神の足音を聞いた。
あ……ダメだ。これ。
自分の中にある、妙に冷静な部分が、早々と結論を下した。
一族の者達のような。竜と対峙する人間では、ありふれた死因が目の前にあった。
即ち、竜に喰われるという運命が。
ここで……終わり?
じわりと、胸の奥から、何かがこみ上げる。
父の帰りを、待つはずだった。このドラゴンの楽園を、美しく磨きあげて。
だが、その想いが潰えようとした時、ラシーダは今まで蓋をしていた事実に直面することとなる。
父が帰ってこないのは、何故か。
簡単だ。彼がもう、生きてはいないから。
ドラゴンに喰われたか。引き裂かれたか。踏み潰されたか。燃やされたか。
或いは、ドラゴン以外が関わっているのかもしれない。
どのみち……もう一度逢い、楽園を見せるなど……二度と叶わぬ幻想だったのだ。
何より、自分で言っていたではないか。自分がドラグハートの〝生き残り〟である……と。
それは、死に直面した少女が見る夢にしては、あまりにも無慈悲で、残酷なものだった。
「……ごめんなさい。お父さん」
目尻に一滴の涙を浮かべながら。ラシーダは静かに目を閉じた。
食うか食われるか。今、自分は後者なのだと認めてしまった瞬間、野生で生きてきた少女は、弱肉強食の掟の中で果てる事が決定した。それが道理。助けは来ない……。
「――! ――っ!!」
筈だった。
確かに聞こえた、轟くような叫び。竜のそれを思わせる咆哮を耳にしたラシーダは、半ば反射的に目を開いた。そこに――。
「死ぬなぁあ! ラシーダァ!」
見覚えのある姿があった。ボロボロな茶色のジャケットをはためかせ、少年は精一杯手を伸ばして。
「翔……吾?」
困惑するラシーダの手を、加減もなしに。荒々しく握り締めた。
ラシーダが、ただ野生で生きる少女ならば、この場で終わっていただろう。
だが、曲がりなりにも、少女は竜の楽園の姫君だった。野生の姫。アンバランスなそれではあるが、やはりそれに使えるべき騎士は存在した。肩書きは奴隷でも。ラシーダにとっての騎士は、紛れもなく翔吾だったのだ。
※
空中でラシーダを己の胸に抱き、翔吾は不格好に地面に不時着した。何バウンドかしつつも、ラシーダを庇いながら、最後は盛大に背面スライディング。そこで漸く、二人は静止した。
「……生きてるか? ラシーダ」
息を荒げながら、翔吾は胸に抱いた少女へ問う。返答は、無言の相槌のみ。だが、翔吾には、それだけで充分だった。
「グゥ……ルゥゥウ……」
すぐ傍で、地響きがする。ゆっくりと、翔吾はラシーダと共に上体を起こし、そこへ視線をむけた。
やはりというべきか。そこには原初ドラゴン。プリマーズが、大きな翼を折り畳みながら、荘厳に佇んでいた。
琥珀色の瞳が、翔吾を。次にラシーダを見つめる。呼吸をする度に、プリマーズの鼻から火花が漏れ、口からは陽炎がたゆたっていた。
「……ああ、クソッ」
一瞬その存在感に圧倒され、見惚れてしまった自分を奮い立たせる。歓喜の雄叫びを上げられる状況ではない。それは翔吾とて分かっていた。
説得は、まだ途中なのだ。故に……。
「……よぉ、プリマーズ先輩。……ちょっと戦争しようぜ」
畏怖する心を押さえつけ、乾いた喉からガラガラ声を出しながら。翔吾は自身の胸にラシーダを隠しつつ、原初の竜を睨み返した。




