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ドラゴン・ベイト ~餌奴隷騎士の異世界奮闘記~  作者: 黒木京也
第一章 竜の楽園 ニーベルゲン
16/20

15.竜殺しの剣

 焼け焦げた臭いに包囲されている気分に浸りながら、翔吾はラシーダに抱えられたまま、周囲を見渡した。

 傷つき空から地に墜ちていくドラゴン達。皆すべからく、原初ドラゴンに撃ち落とされた竜達だ。無意識に唇を噛み締めていると、「着いたわ」と、ラシーダが小さく呟いた。


 戦乱の真っ只中。火の粉が飛び交う空に、二人は浮いていた。さながら生け贄に捧げられる巫女と、それを抱える神官のようだ。そんな場違いな冗談じみた考えが頭をよぎったが、それは直ぐ様払拭された。周囲に滞空する、圧倒的な迄の存在感によって。


「……凄ぇ光景だ」


 思わずそんな声が漏れる。そこにいたのは、王と呼ぶに相応しいドラゴン達だった。


 まず体躯からして、他のドラゴン達の追従を許さない。

 基本八~十メートル。大きくても十二メートル位が通常のサイズだと思っていたが、目の前にいるドラゴン達は皆、十五メートルを軽く越えている。

 勿論、違うのは大きさだけではない。牙も、爪も、翼も、尾も。全ての身体のパーツというパーツが、芸術的なまでに完成されている。それでいて……彼らには強烈な〝個〟があった。

 見るからに堅牢な鱗をもつ、乳白色のドラゴン。

 翼の形が独特かつ流麗な、紫色のドラゴン。

 二頭の王は、翔吾とラシーダを珍しいものでも見るかのようにまじまじと見つめている。

 そこから少し離れた場所では、トルコ石のような瑠璃色のドラゴンが、虹色に輝く(ブレス)を無差別に放ち、天地を焦がし。

 王の中でも一際体格のいいドラゴンが、己の肉体を自慢するようにポーズをとる。制空権を得ていたのは、主にこの二頭。

 地上に目をやれば、藤色のドラゴンが爪を一振りし、それに呼応するかのように先程見た氷河のような岩壁が勢力を拡大していく。

 黄土色のドラゴンは、地にその身を横たえて、狩り殺した巨大な獣を満足気に貪り喰っていた。

 こうして近くまでくると、嫌と言うほどに分かる。存在感が違いすぎるのだ。原初ドラゴン達は、近づいてきた翔吾とラシーダを完全に無視し、自由気ままに暴れていた。……幸運なことに、それが二人へ目的を達成させる時間を与えているとは微塵も気付かずに。

 そして……。


「きっと、あれね。角が凄いもの。神槍の竜、名をプリマーズ。世界を切り繋げる、時空の角。伝承では、原初(プライマル)ドラゴンの中で、唯一の世界渡りの力を持っている」


 何処か畏怖を含んだ眼差しで、ラシーダは一際高い位置にいるドラゴンを見る。

 橙色を基本色とした、赤黒い斑模様の巨体。禍々しい大翼。鋭利な竜爪。そして何より目を引くのは、騎士の長槍(ランス)を思わせる、神々しくも美しい巨大な角だった。


「……取り敢えず、最優先で説得するのがあいつか」

「そうね。彼ないし、彼女を説得出来れば、取り敢えず世界渡りは防げる。原初ドラゴンが何処へ行ったか分からなくなる。何て事はなくなる筈よ」


 大まかな方針を確認し合い、翔吾は持ち出したナイフを握りしめる。

 ここからは、まさに生と死の境を行ったり来たりする事になる。だが、現状で他にすがれる手段はない。


「いくぜ……ラシーダ」

「ええ、お願い、翔吾。〝結界に入るまで〟、私が貴方を全力で守るわ」


 直後、ニーベルゲンの熱風吹き荒れる上空で、鮮血が飛び散った。

 蜂を呼び寄せる花の如く。八神翔吾は今、ドラゴンを呼び寄せる餌となった。


 ※


 作戦内容は、至極単純だった。

 翔吾が流血し、ラシーダがその状態の翔吾を抱え、ドラゴン避けの結界がある場所まで逃走する。これだけである。

 結界は本来ならば、そこに到達すると、いかに翔吾が流血してようとドラゴン達は、手出しができない。だが、ラシーダが招いたドラゴンならば、結界を越えることが出来る。以前同じ方法で翔吾の血を検証した時の応用である。招く原理は……翔吾には理解できなかった。ラシーダ曰く、ドラゴンに作用する、特別な言葉らしい。


 翔吾が流血すれば、原初ドラゴンだけでなく、他のドラゴンも襲いかかってくるだろう。だが、それらを相手にする暇はない。故にラシーダは、狙いを原初ドラゴン……それも、世界渡りをこなせるドラゴンに絞った。彼だけを結界に招き入れ、説得する。そうすることで、世界渡りを止め、あわよくば、他のドラゴンを鎮める力になるかもしれない。

 だが、二人には誤算があった。それは……。


「速……過ぎる!」


 余裕のない声色で、ラシーダは歯噛みする。急旋回から急降下。それにより撹乱を繰り返しながら、翔吾とラシーダは目的地――ニーベルゲンの核、ファーブニルを目指す。

 だが、原初ドラゴン達の猛攻は凄まじく、なおかつ翔吾を抱えるというハンディを背負ったラシーダは、逃走を開始したものの数分で、既に身体の至るところを切り裂かれ、焼かれ、満身創痍の状態だった。


「ぐ……痛っ……」

「お、おい。大丈夫か?」

「大丈夫……大丈夫よ。これくらい……大したことないわ」


 ジクジクと、見ているこっちが痛みを感じそうになる火傷混じりの擦り傷や引っ掻き傷。これ全ては、翔吾を護り、ドラゴン達の攻撃をスレスレでかわした結果である。

 救いだったのは、原初ドラゴン達もまた、いつぞや追いかけてきたドラゴン達のように連携など取りはしなかったことだった。

 やることは単純。ただ、互いに愚直に標的に向けて殺到するだけ。だが、それをやるのが普通のドラゴンでないことが問題だった。


「グルゥゥウウァアア!」

「き、来た! 斜め右!」

「――くっ!」


 後ろを見れる翔吾が、ラシーダに注意喚起する。無駄に筋肉が凄いドラゴンが、巨体に似合わぬスピードで突進してきた。

 ラシーダが慌てて回避したのは、そのコンマ数秒後。渓谷が瓦礫の山と化した。

 何が起きたか説明するのも馬鹿馬鹿しい。ドラゴンのタックルで、崖が粉微塵に破壊されたのである。しかも、災厄はそれだけに留まらない。連携を度外視した攻撃の結果は、後続の原初ドラゴン達を瓦礫に生き埋めにさせるという帰結を呼び起こした。


「ガウァ!?」

「ギャォオオォ!」

「ドゥルルルゥ!」


 非難めいた他の原初ドラゴン達の怒声もなんのその。筋骨粒々のドラゴンは、その場で再びポーズを取る。ボディビルダーのよくやりそうな動き。もしかしたらオチャメなドラゴンなのかも……。

 と、場にそぐわぬ呑気な考えはすぐに消し飛んだ。タックルと崖崩れの余波が暴風となる。

 飛来した欠片がラシーダの頭部に直撃し、その額が石榴(ざくろ)のように割れ、鮮血が噴き出した。ラシーダは「あうっ……」と、短い悲鳴を上げつつも、必死に翼を羽ばたかせ、何とかバランスを取る。

 まだまだ飛来する石の雨。翔吾に出来たことは、振り落とされぬよう片手でラシーダにすがり付き、空いた手でせめてこれ以上彼女が傷つかぬようにと、石を叩き落とし、その身をもって彼女の半身を守る事だけだった。

 背中に幾多の石片が食い込み、血が滲むのを感じた。これで、ドラゴンはますます興奮するだろうか。

 この世の地獄のような時間はようやく終わりを告げる。翔吾は彼女に相変わらず横抱きにされたまま、崩れた瓦礫の山を見た。


「お、おい。やったけど、いいのか? あのボディビルダードラゴン以外瓦礫の下だぞ? これじゃ本末転倒……」

「いいえ。今がチャンスよ。一気にファーブニルまで飛ぶ。原初ドラゴンよ? どうせあの子達は無事に決まって……」


 はたしてその通りだった。ラシーダがそう言った瞬間……周囲の景色が歪み始めた。そして――。ジュワッという、何かが溶解する独特の音がしたかと思うと、翔吾とラシーダのすぐ傍を虹色の炎が通り抜けた。結果、ポーズを取っていたドラゴンはそれに飲み込まれるという憂き目に遭う。爆発するマッチョドラゴン。もはや乱戦と言っても相違ない状況だった。


「ちょ――! 燃え……!」

「口を閉じて。舌噛むわよ」


 目を見開く翔吾の言葉をやんわりと遮り、ラシーダは空を翔る。虹色の炎の横を通り抜け、余波が二人の肩と足先を焼く。互いの身体から黒い煙と共に肉が焼ける嫌な臭いがただようが、痛みに身悶える事はない。喰うか喰われるかの境界の中、まだ身体が動く。それが二人の感覚を麻痺させていたのかもしれない。


「速さが……足りないわ……!」

「スピードアップする魔法とかないのか?」

「無理ね。私もそこそこ魔法はかじってるけど、私自身の身体を強化する類いの魔法は、私の固有魔法のみ。身体をドラゴンに近づければ出来ないこともないけど……」

「じ、じゃあ、それやれば……」

「でもそんなことしたら、空中で翔吾を食べちゃうかも」

「よし却下!」


 そんな会話を交えながら、ひたすらに真っ直ぐ。ラシーダは翔吾を抱え、矢のように突き進む。

 背後で、再び謎のポーズをとりながら筋肉ドラゴンが炎を尾で弾き飛ばし。虹色の炎を口元に揺らめかしたドラゴンが、フワリと空へ浮かび上がるのが見えた。瓦礫など何のその。(ブレス)の一吹きで超質量の岩を融解させたドラゴンは勿論、さっきまで燃えていたドラゴンまで無傷なのはどういう事か。翔吾はひきつった笑みを禁じ得なかった。


「物語のドラゴンってさ……岩のつぶてに弱かったりしたけど……」

「本来のドラゴンならば、それもあるけどね。寧ろさっきので頭が冷えて、落ち着いた様子は?」

「……無いっぽいな」


 それなりに稼いだ距離の中、翔吾は目を細めながら、ラシーダのかわりに後方を確認する。一匹。また一匹と、原初ドラゴン達は空に躍り出て、咆哮と共に再び追走を開始した。

 皆、ピンピンしている。とんだ怪物共である。


「剛力の竜、名をイルヤンカ。筋肉研ぎ澄ます、不動の尾。荒廃の竜、名をリンブルム。神すら焼き尽くす、麗炎(れいえん)の息……。こうして実際に対峙してみると壮観ね。実際に翔吾の血で判断が鈍ってなかったら……考えたくもないわ」

「なぁ、まさか他のドラゴンが近づかないのって……」

「彼ら、彼女らのプレッシャーに圧されている。と思いたいわね。取り敢えず、もう少し……え?」


 不意に、視界が薄暗くなる。何かが、太陽を遮っているのだ。

 空を飛んでいる自分たちを、覆い隠すもの……。それが意味する考えに翔吾が凍りつくのと、ラシーダが翔吾を守るように胸に抱き寄せたのは、ほぼ同時だった。


「――っ! protect(護って)me(私を)! 織り紡ぐは、御身の〝鱗〟なり――。弾け!」


 視界がラシーダの胸で見えなくなる寸前。翔吾が見たのは、涎を撒き散らしながら此方へ首を伸ばす、四枚羽が特徴的な別のドラゴンの頭だった。

 直後、パチン! と、弾けるような音と共に、ダンプカーが壁に激突したかような鈍い炸裂音が響き渡る。


「冗談だろ? かなり距離が離れてた筈だ。どんだけ速……って、うぉおおおお!?」

「あ……ぐ……! 織り、紡ぐ……は……!」


 身体全体を揺さぶるような衝撃。その後に二人へ降りかかったのは、重力に従い、自由落下することで、内臓がぎゅっと縮むような感覚だった。

 撃ち落とされ、墜落している。そう判断するのに時間はかからな。

 目を開けるのも困難な空気抵抗の中で、翔吾は必死に顔を上げる。辛うじて見えたのは、額からの出血で、片目を塞がれたラシーダの顔だった。

 煤と、血と、土埃で汚れた竜の姫。その姿を、翔吾は半ば圧倒されながら見つめていた。同時に、自分の無力を痛感する。

 俺は……ただの餌だ。他に何も出来ない。彼女のように、戦乱に身を委ね、立ち回るなど滑稽なくらいに。それが今はただ、無償に悔しくて。翔吾は空いた手でラシーダの視界を曇らせる血を、拭う位しか出来なかった。


「……ぁ」


 予想外だったのだろうか。伸びてきた翔吾の手にされるがまま、ラシーダは目を丸くしながらも、視界が回復した事に気づき、早めの瞬きをする。が、虚を突かれたポカンとした表情はすぐに成りを潜め、いつもの美しくも凛々しい笑顔を浮かべた。


「安心して。言ったでしょう? 貴方を守るって」

「……っ」


 翔吾は何も言えなかった。自分が傷だらけになっても尚、そう言うラシーダ。それがますます翔吾を情けなく、やるせないような気持ちにしていく。そんな翔吾の内心を見透かしたかのように、ラシーダはそっと、翔吾の手に、自分の手を重ねる。柔らかく。それでいて綺麗な手。本人曰く、戦ってばかりらしいが、血生臭さや武骨さは感じられない。寧ろ年相応な少女のそれに、翔吾は少しだけ戸惑い、胸が高鳴るのがわかった。


「絶望した私を奮い起たせてくれたのは、翔吾なのよ? 自分が餌になる。何てバカみたいな。悪い夢みたいな事を言ってね。だから、そんな顔しないで。こんな所に出て来て、ドラゴンを引き寄せる危険な役まで引き受けてくれた……。どうか何も出来ないだなんて言わないで。……貴方は、私の英雄よ」


 静かに。だがはっきりと、ラシーダは囁いた。落下するスピードが上がっていく。世界が早送りのようになる中で、翔吾は徐々に此方へ迫り来る原初ドラゴン達の気配を感じた。

 リアルな死へのカウントダウン。その最中すら翔吾とラシーダは、ただ見つめ合っていた。


「ドラグハートの一族は、ドラゴンと語り。渡り合い。共に生きる。有するのは、ドラゴンに対する絶対的なアドバンテージ。それはこの世界の創造と共に、弱体化した今も変わらない」


 だから……。そう呟いて、ラシーダは静かに深呼吸する。刹那、この吐息が、まるで陽炎のように揺らめいたのを、翔吾は確かに見た。そして……。


「たとえ原初(プライマル)ドラゴンと言えども……。ドラグハートの名にかけて。私に叩き墜とせないドラゴンなんて、この世にいないのよ!」


 朗々かつ堂々たる宣言と共に、光が翔吾の目を眩ませる。放たれた黄金の輝きは、伸ばされたラシーダの右手に収束していく。

 揺らめき、歪み、火花を散らし。やがてそれは一つの形を作っていく。


「……剣?」


 だがそれは、ただの剣と評するには、余りにも美しすぎた。

 刃こぼれ一つない、磨き抜かれた刀身は、いつかにニーベルゲンで見た、湖を連想させる。

 鍔や柄には見事な植物の蔓や葉を思わせる、白金の装飾が施されている。だが、何より目を引くのは、その鍔の中心に嵌め込まれた、ルビーを思わせる、卵大の赤い宝石だ。それは時には炎のように揺らめいた光を。また時には稲妻を思わせる鋭い火花を放っていた。

 荒々しく。

 美しく。

 完成された形。

 奇しくもドラゴンを思わせるそれは、まさに聖剣だった。


Weave(織って)……Spin(紡いで)……Flame away(燃え散らし)……Grace(優雅に)……Savage(野蛮に)……Begin to(歌いだす) sing……」


 ラシーダが言葉を重ねる度に、大気が震えていく。物語でいう魔法の詠唱だと翔吾が気づいたのは、取り出した聖剣の火花と輝きが、ノッキングするように不規則なストロボを焚き始めた時だった。

 何が起こるのか全く予想できない翔吾は、逆さまに落下しながらも聖剣を掲げるラシーダにただ見とれていて――。


「捧げるは竜の心臓。織り紡ぐは、竜殺しの〝(つるぎ)〟なり――……。()()――……」


 故に、反応が遅れる事となる。ラシーダが片手で再び翔吾を胸に引き寄せ、視界を奪う。柔らかな双丘に顔を埋め、今更ながら中々の大きさ。だなんて間抜けな事を考えていたのが運の尽きだった。

 この時翔吾は、目を閉じ、(きた)る光と爆音に備えるべきだったのだ。

 勿論、前もって警告しなかったラシーダもラシーダだが、それは後々責められはしないだろう。結果的に、翔吾とラシーダは、この場を切り抜けるのだから。


「――――()()()!」


 それは、知る者は知るモノ。とある英雄叙事詩に登場する、竜殺しの大英雄。それが担いし剣の名だった。


 そして――。翔吾がそれを認識した瞬間に訪れたのは、目映いばかりの赤い稲妻の群れと……。それに伴う、鼓膜が弾け飛びかねない、豪快な雷鳴だった。


 ※


 ベゴン。ベゴン。という、間抜けな音で、翔吾は霞んでぼやけていた意識から、現実へ帰還した。

 どうにも突然の遠雷処か至近距離での稲妻の炸裂に、放心状態になっていたらしく……。


「い、痛い! 痛い痛い痛いわ真昼ちゃん! も、もう大丈夫だから! 正気に戻ったから! だからフライパンは……」

「いや、もう十発くらいいっときましょうよラシーダさん。いやぁ、素晴らしく予想通りでしたね。地上にたどりついてもし私が正気を失ってたら……迷わず張り倒して。でしたっけ?」

「う、うん。そう言ったわ。でもあの、もう本当に大丈夫……」

「知りませんでした。お姫様って痴女だったんですね。兄さんが動けない事をいい事に……あんな……あんな……いやらしいっ!」

「みぎゃぁぁあん!」


 真昼がフライパンを片手にラシーダの頭をベチベチ叩いている。ソレだけ見ると、ただ真昼がラシーダを苛めているように見えるのだが、何と真昼は器用にも片方の手でラシーダに治療を施していた。わりと乱雑にポーションをグリグリ塗り込むという荒療治ではあるが。

 哀れラシーダは、さっきまでの戦乙女を思わせる凛々しさは欠片もなく。涙目で身を捩るのみ。手にしていた聖剣も、霞のように消えていた。……何があったかを問う勇気は……翔吾にはなかった。


「あひゃひゃひゃひゃ! も……駄目だ! 妾死ぬ。笑いすぎて死んじゃう。傑作だぞドラグハートに娘っ子! いい余興だ。もっとやれ~!」


 少し離れた場所では、相変わらず紫の雲と格闘しながら、ファーブニルが爆笑していた。お前まだいたのか。とは言う元気もなく、翔吾が微妙な顔をしていると、アメジストの瞳が前触れもなく翔吾を捉えた。


「お、十一番目が起きたぞ。さぁ、次はどうするのだ?」

「あ、兄さんおはようございます。記憶はありますか? 主にここにたどり着いてから」


 片や愉しげに。もう片方は何故かムスッとしながらとう二人の少女に、翔吾は黙って首を横に振る。本当に何があったか切実に気になり、倒れたラシーダに視線を向けると、ラシーダは少しだけ顔を赤らめ、罰が悪そうに目を泳がせた。


「あの……一応ここについてから、五分も経ってないわ。剣を取り出したのは?」

「あ、ああ。覚えてる。……ドラゴンは、どうなった?」


 翔吾が一番気になっていた事を口にすると、ラシーダは目を伏せ、首を横に振る。


「残念ながら、出力も弱いままで〝剣〟を解放したから……。精々目眩ましか猫だまし程度にしかなってないわ。けど、おかげであの後、私は、翔吾を抱えたまま、全力でこっちに飛んで来れたの。取り敢えず、第一段階はクリアよ」

「まぁ、全力出しすぎて、ここに着くなり十一番目にのし掛かってたがな。傑作だったぞ。さながら発情した雌ドラゴンのように……」

「そこの幼女ドラゴンさん……少し黙って貰えます?」


 睨み合う真昼とファーブニル。二人の威圧感が原初ドラゴンの比ではない事や、顎や顔。切り裂いた手が妙にペタペタしている事はさておき。翔吾は作戦成功の報を受け、取り敢えず肩の力を抜きかけて……。


「……あれ? ちょっとまて。作戦成功って事は……」

「ルゥウゥゥウウォォオオォ!!」


 背後から凄まじい咆哮が轟いて。激しい地響きと共に、神々しいまでの角を生やした斑模様のドラゴンが、すぐ近くに舞い降りた。


「なんて……、大きい」


 気丈な態度を見せながらも、戦慄する真昼。


「……久しいな。プリマーズ。……どうした。何を荒ぶっている? お前らしくもない」


 懐かしそうに。だが、何処と無く困惑しながら、竜を見返すファーブニル。


 そして……。


「翔吾。使って。傷を塞がなきゃ、今度はあの子が向かってくるわよ?」


 投げ渡されたのは、ポーションの入った薬瓶。戸惑いながらそれを受け取ると、いつの間に起き上がったのか、ラシーダが翔吾や真昼を守るように、原初(プライマル)ドラゴン……プリマーズの前に立ち塞がった。


「後は……私がやるわ」


 ふらつきながらも、眼光だけは爛々と輝かせ。ラシーダは再び、その背に竜翼を展開した。

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