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ドラゴン・ベイト ~餌奴隷騎士の異世界奮闘記~  作者: 黒木京也
第一章 竜の楽園 ニーベルゲン
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11.ニーベルゲンの中心、ファーブニル

 結局。脱力し、匙を投げかけたラシーダは、何とか自力で復活を果たした。本人いわく、「事が謎めいている時に放置すれば、後々に絶対に面倒な事になるから」とのことらしい。

 あれこれ説明を受け、色々と方針が決まったのはその日のうちだった。

 何でもニーベルゲンには核と呼ばれる場所があり、そこはラシーダの一族の魔法――。その集大成の具現なのだという。そこにいけば、翔吾の事についても色々と調べることが出来るし、ついでにニーベルゲンに他の侵入者がいるかどうかも暫定的ながらわかるとのことらしい。


「侵入者が俺ら以外にもいるかもしれないって……何でそんなことわかるんだよ?」


 ラシーダについて、翔吾は真昼に時折手を貸しながら、翔吾は問いかける。声に疲れが出始めているのを自分でも感じていた。

 草原から森へ。そこから険しい山道を歩いてきたが、果たしてどれ程の時間歩き続けていたのか。翔吾は途中で考えるのを止めた。

 時折休憩を挟むとはいえ、この道行きは体力に自信のある翔吾でも結構骨が折れる。真昼の体力が完全に回復するのも兼ねて、出発は二日後の早朝としたのは大正解だった。

 方針が決まったその日に出ていたら、翔吾はもれなく義妹を背負いながら、この苦行をこなす羽目になっていた事だろう。


「まず、翔吾と真昼ちゃ……真昼がここに来ている。これだけでも結構由々しき事態なの。この広いニーベルゲンにて、数日で私が確認しただけで外来の人間が二人。他にも誰かがいても不思議ではないわ。加えて……」


 歩きながら、ラシーダの目が、山道の一点へ向けられる。崖の下に親子だろうか? 褐色の肌色をしたゴブリンがいた。マウンテンゴブリン。二日ラシーダに付き添って、ニーベルゲンを回っていた翔吾には、多少慣れ親しんだ存在だ。


「翔吾に襲いかかってきたゴブリンが問題よ。あれは砂漠地帯に生息するゴブリンで、あの海岸近くには決していない筈のゴブリンなの。群れを追われたり、気の触れた個体ならば、生息圏にいないのも有り得なくもない。けど……あのゴブリンはそれだけではなく、ドラゴンを恐れなかったばかりか、武器を。ナイフを使っていたわ」

「何か問題があるのですか? ゴブリンでしたっけ。見た目猿みたいですし、棒とかなら使えそうなものですけど。気が触れてたなら、恐怖も感じないでしょうし」


 真昼がそんな意見を述べると、ラシーダは静かに首を振る。


「確かに、多少は扱える個体は存在するわ。真昼ちゃんの仮説通りなら、ドラゴンを恐れなかったのも分かる。けどあのゴブリンは違う。私しかいない世界でナイフを手にして。翔吾に傷を負わせた後は役目を果たしたと言わんばかりに逃走までやってのけた」

「確かにまぁ、気が触れているにしちゃあ行動がスマート過ぎるな」


 改めてあの時の状況を思い出しながら、翔吾はラシーダの考えに賛同する。作戦成功的な事まで口走っていた。頭が残念なゴブリンとは思えない。まるでドラゴンが皆翔吾の方へ行くので、自分は安全だと言わんばかりだった。

 加えて、得物のナイフだ。ゴブリンは何処であれを手に入れたというのか。


「結論として、あのゴブリンには何らかの人為的処理が施されていた事が考えられるわ。単純に調教したのか、はたまた〝隷属魔法〟で支配下に置かれていたのか。それをしたのがここにいる誰でもないなら……」

「必然的に、誰も入れない筈の世界にまた誰かが入ってきている。そういう事ですね」

「誰も入れないって称号は、もう返上した方がいいかしらね」


 苦笑い気味にラシーダが言うと、「まぁ、私にはどうでもいいですけど」と、真昼はつっけんどんな態度を取る。真昼ちゃん態度冷たいよ。とは、兄である翔吾でも言えなかった。口を出せば何だかまた機嫌が悪くなりそうだと直感したのもある。「ラシーダさんの味方をするんですね……」何て、理不尽な理由とかで。


「しかし……ドラゴン全然いないな」

「それはそうよ。ドラゴンと遭遇しにくいルートを通っているの。また翔吾が襲われて血を流したら、屋敷に逆戻りか、核に強行突破しなきゃいけないんだもの。リスクは避けるべきだわ」

「ああ、飛んでいかないのはそういう理由でしたか。……何ですか兄さん、その残念そうな顔。まさかお姫様に抱っこにハマったとかいいませんよね?」

「い、いや、違う! 違うぞ! 何でそうなる!」


 個人的にはドラゴンを横目に大自然を闊歩するのが好きなので、少し残念に思っただけである。が、せっかくラシーダがリスクを減らしてくれたのにそんな事を言うのは無粋だということも、翔吾は承知していた。


「ほ、ほら、それより谷だ。谷が見えてきたぞ!」

「あからさまに誤魔化しましたね。兄さん」

「谷といえば、〝トレジャーバレー・ロングホーン種〟ね。渓谷近くに生息するドラゴンで、自慢の角で崖に穴を開けて、宝石や魔石。レアメタルの原石を隠す習性があるの。だからこのドラゴンがいる渓谷は、宝島ならぬまさに宝の谷……」

「ラシーダさん、蘊蓄(うんちく)は結構です。核とやらは、あとどれくらいで着くのでしょう?」

「あ、あう。……う、うん。あともう少しよ。身体は大丈夫?」

「……大丈夫です。時折休憩を挟んで頂き感謝します」


 語りたかった……と、言わんばかりにショボンとするラシーダに、翔吾は同情しつつも内心で謝罪する。どうにも真昼はラシーダが翔吾にした仕打ちを、まだ許してはいないようである。当人たる翔吾はもう気にしていないのだが、それとこれは話が別という事なのだろう。


「取り敢えず、今度は谷下りか?」

「ええ。ここを降りて、奥へ進んだ先に、ニーベルゲンの核がある。一定の場所からはドラゴン避けの結界が張ってあるけど、そこに至るまでにはいくつかドラゴンのねぐらがあるわ。楽しみに……じゃなくて、気を付けていきましょう」

「マジか、渓谷とドラゴンなんてそりゃ素敵すぎ……じゃねーや。気を引き締めていかねーとな。解説頼む」

「勿論よ」

「お二人とも。ユルユルです。わざとですか? わざとなんですよね? 私の突っ込み待ちですか?」


 そんな会話を交えながら、一行は谷を降りていく。道中を密かに見守る視線には……最後まで気がつかなかった。


 ※

 

 その場所は、核というには、あまりにも原始的な形をしていた。

 ラシーダ曰くドラゴン達が入ってこられない領域まで来たと告げられた時は、正直翔吾は拍子抜けしていた。

 そこが、何の変鉄もない、渓谷の果てだったからである。

 人工世界と吟われるのだから、中心は機械的な場所なのか。と思いきや、意外とそうでもないらしい。


「着いたわ。ここがニーベルゲンの核、ファーブニルよ」


 そこにあったのは、巨大な祭殿だった。渓谷の終わり。絶壁の中へそのまま抉り込まれるかのように建てられたそれは、何処か荘厳さともの寂しさを絶妙に有したまま佇んでいる。

 石造りの柱数本に支えられる姿に、翔吾はギリシャのパルテノン神殿を思い浮かべた。


「今更だけど、ドラゴン避けの結界って、どんな仕組みだ?」

「仕組み……。魔術的な結界は、用途や術者によって様々よ。魔石みたいな、何らかの魔力を含んだ物質を基点にしてたり、術者本人が自分の魔力を混ぜて地面に直接刻んだり。ここにあるのは、その両方に加えて、地形とかも利用した大規模なものよ。純粋なドラゴンが無意識で嫌う波動や空気を射出しているの。然るべきとこに提出すれば、『魔術遺産』に登録されること間違いなしな逸品ね」


『魔術遺産』というものがいまいちよく分からないが、取り敢えず凄い魔法的なものが働いているんだな。という事だけは把握した。

 真昼が何処と無く納得のいかなそうな顔をしているが、こういうのはフィーリングが大事なのである。と、翔吾はここ数日で学んでいた。


「行きましょう。あと、先に言っておくわ。あまり大きな声を出さないであげてね。あの子が驚いてしまうから」


 そんな謎めいた言葉を発しながら、ラシーダは神殿に入っていく。翔吾と真昼も、慌てその後に続いた。内部は、思っていた以上に何もなく、ただ中央に祠のようなものが安置されていて……。


「……んん?」


 そこで、翔吾の目が丸くなる。祠の中に、何かがいた。大きさはヤモリほどだが、小さいながら翼と二本の角がある。白い鱗に爪。爬虫類を思わせる顔。これは……。


「こいつも……ドラゴンなのか?」


 興奮を何とか抑え込み、翔吾がラシーダに問うと、ラシーダは何処と無く曖昧な表情を浮かべた。


「ドラゴンである事には間違いないのだけどね。私が世界の管理者たる一族ならば、この子は神様のようなもの。と言われているわ」

「神様とは……こうも手軽に会えるものですか?」

「この子はニーベルゲンが出来た時からここを動かず。核の力を使う一族を見守ってきたわ。ドラゴンでありながら何も食べず、竜避けの結界も効かない。説明のつかない正体不明が彼よ。……久しぶり、クェツアコアトル。ご機嫌はいかがかしら?」


 そう言って、ラシーダは身体をかがめ、白い小竜に話しかける。クェツアコアトルは小さな首を上げ、祠の中からギョロリと灰色の目玉を光らせ、ラシーダを。続けて翔吾と真昼に視線を向けた。


「外から来た人間よ。有り得ないでしょうけど」


 ラシーダがそう言うと、クェツアコアトルは喉を鳴らしながら……何故か舌舐めずりをした。


「何て言ってるんだ?」

「……ドラゴンの中には、人語を理解したり操れる子もいる。ドラゴンにしか通じない言葉もある……けど、この子はその両方とも喋らないのよね」

「え? じゃあ何で話しかけてるんですか?」

「いつか意思疏通が出来たら素敵じゃない? 何も語らず。ただここを守るかのように佇んでいる。何か絶対に意味があると思うのよ」


 意思疏通が不可能なドラゴンを優しく見つめながら、ラシーダは祠に手を触れる。

 すると、神殿全体が厳かに鳴動した。


「影の探索は時間がかかるから、先に翔吾。貴方を調べるわ」

「俺を?」


 何が起こるのかと世話しなく周りを見渡していると、ラシーダが祠に手を触れたまま此方を見つめてくる。何故かクェツアコアトルも一緒に。


「この前も教えたけど、このファーブニルの祠は、世界の創始者、ジョージ・ドラグハートと、原初(プライマル)十竜(ドラゴンズ)の力の集大成と言われているわ。魔力の炉心でもあるこれを利用すれば、この場所限定ではあるけれど、色々な事が出来る」

「えっと……つまり?」


 話の行き着く先が読めず、翔吾が首をかしげていると、ラシーダは祠に触れていない方の手で、翔吾の左胸に手を当てた。


「今から、貴方に『看破』の魔術を施すわ。本来は呪いや病気の類いの有無を察知する程度の術だけど、ファーブニルのバックアップがあれば、その正体や内容なども掴めるかもしれない」

「お、俺が、呪われている?」


 思わず震え声を上げる翔吾に、あくまで可能性よ。と、ラシーダは補足する。


「呪い以外にも考えられるものはたくさんあるわ。加護や生まれながらの特性なのかもしれない。ドラゴンからしたら美味しそうな人間が、よりにもよって竜の楽園に降り立っているのよ? 胡散臭すぎだわ。ともかく、貴方の正体を看破しておきたいのよ。竜の因子を持っている意外にも、貴方には必ず何かがある。私にはそう思えてならない」

 そう言って、ラシーダは翔吾をじっと見つめる。許可をくれ。と、目が語っていた。


「……わかったよ。どのみち俺も気になるし。好きにしてくれ」

「感謝するわ」


 ぶっきらぼうに了承する翔吾に、ラシーダは静かに礼を述べると、ゆっくりと瞼を閉じた。


「織り紡ぐは、看破の〝鼻〟なり――。暴け」


 その瞬間。翔吾は頭のてっぺんから爪先まで、何か見えない手で撫でられるかのような錯覚がした。

 不快にはならないが、絶妙な感触。それが何だか不安を煽るようで、翔吾は何の気なしに、ラシーダの方を向く。彼女は、目を伏せたまま、ブツブツと呟いていた。


「八神翔吾。身長174㎝。体重59㎏。人間。出身世界〝アース〟年齢十七歳。魔力あり。回路未発達――」


 何処か機械的な淡々とした口調で、次々と、プライベートというか、身体的特徴が暴露されていく。どうやら、これが看破というものらしかった。意味の分からない用語も混じっていたが、それをスルーして翔吾はラシーダから下される結果を待つ。


「加護・聖痕、特になし。呪い・憑依、特になし。至って正常。……特記事項あり。特記事項、――え?」


 最後の最後に気になる単語を残して、ラシーダは目を見開く。混乱したように此方を見るラシーダに、思わず翔吾も身を乗り出す。


「な、なんだよ。何か分かったのか?」


 頼むから、どうかまともな結果であって欲しい。そんな願いが、翔吾にはあった。だが、そんな幻想は、戸惑ったように口を開いたラシーダによって、脆くも砕かれた。


「特記事項。あり……。人間以外の因子を確認。有するのは竜の因子。それも――」


 唇を震わせながら、ラシーダは翔吾を見つめ続ける。信じられない。と、表情が物語っていた。


原初(プライマル)ドラゴン。体現理想は……〝ドラゴンの餌〟」


 クェツアコアトルが再び舌舐めずりをした。ドラゴンの餌。その何処と無く不吉な響きは、まるで毒のようにいつまでも翔吾を苛んでいた。

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