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椿と放火事件  作者: 幕滝
5/10

五.会う。

月曜日。椿は、学校で百合谷刑事を見かけ、話しかける。

 次の日。学校の登校日だった。昨日とは一転して、肌寒い街の中を歩いて学校まで向かう。

 昨日はあれから鉄村さんに礼を言って別れたあと、加賀屋さんが檜垣刑事の連絡先を知っているとのことなので、いちおう檜垣刑事に話を聞いておきたいと思い、彼に電話をした。檜垣刑事は電話をかけたその日と今日――つまりアパートに向かったその次の日まで用事があるとのことなので明日、火曜日――ちょうどその日は坂月三中の創立記念日でもあったのだ――に話を伺う用を取り付けることができた。昨日の予定は加賀屋さんが関わった二つの放火――規模や関わり方は違うにしても――に加賀屋さん以外の接点があるのかを調べることだったので(それは叶わなかったけれど)アパート以外に行くところもなかったから昨日は加賀屋さんとそこで別れたのだった。

 アパートから離れる途中、加賀屋さんがわたしに言ったことを思い出した。

「今の――鉄村さんといったか、彼は火嫌井さんの……親戚かなにかなのか」

「いいえ、違いますけど……。どうしてそう思ったんですか?」

「違う……のか。どうしてそう思ったかなんて、普通の女子中学生が年が半世紀分は離れたおじさんと仲良く喋っているのを見たら誰だってそう思うはずだろ。俺はてっきりそう思ってたけどな」

 加賀屋さんは一定のリズムを立てる松葉杖で歩きながらそう答えた。それを聞いて思った。なるほど、だからさっきは自己紹介をするときに加賀屋さんに似合わないようなやけにへりくだった態度だったのか。

「わたし、あまり自覚はしてないんですけど、知り合いがとてつもなく多いそうです。前、みさぎ――あ、いえ、友人にそう言われました。でもよくよく考えたらそんな気もするんですよね。ケータイの電話帳なんてケータイを持ち始めてから数ヶ月で三桁突破しましたし」

「ああ、なんかわかるような気がする。火嫌井さんは人に信頼されてそうだしな。おれにしたみたいにいろんな人にも人助けしているんだろ」

「いえ、そこまではしてないですけど」

 と、これと同じようなことをみさぎに返したとき、彼女は笑いながらわたしの肩をぱしぱしと叩いて、「嘘だー。うち以外にも椿ちゃんに助けられたことがあるという人、耳にするもん」と言った。

 思い返してみると、そう言われた覚えがいくつかあるわたしだけど、わたし自身もたくさん人を頼っている。情報提供をしてくれたみさぎはわたしが彼女にした以上の恩があるし、その他にも、見返りを求めずに動いてくれた人もいる。わたしにとっては人とのつながりがわたしの幸せなのだろうと思う。

 学校の門が見えてきた。わたしは加賀屋さんに坂月三中の生徒ではないと伝えたため、絶対に加賀屋さんに会ってはならないのだ。確か、こちら側――南門側は加賀屋さんが登校するときに使う正門とは違うからばったり会ってしまった、なんてこともないはず。下足室は全学年同じスペースを使うのだけど、そこを切り抜ければ二年生の教室がある二棟は三年や一年の本棟とは離れているから、行動範囲を二棟で留めておけば出会うこともないはず。実際、わたしは今まで、学内ではほんの数回しか加賀屋さんを見たことはなかったのだから。

 門に入るところで、吸い込まれるように歩く生徒の波の中にみさぎを見つけた。向こうもこっちに気づいたようで人の間を縫ってかけてきて、わたしに並ぶ。

「おはよー」

「うん。おはよう、みさぎ。……あれ、髪、切った?」

 相手はみさぎだった。が、先週までの彼女とは違い、彼女の髪型はショートヘアになっていた。みさぎは頷いた。

「うん。たまにはイメージチェンジも必要かな、と思って」

「そうなんだ」

 それはそうと、とわたしは彼女に訊いた。土曜日に頼んでおいたことについて。

「うん。それだったら大丈夫。順調順調。前途洋々。順風満帆。良風だよ」

 それならよかった、とわたしはにっと歯を見せはにかむみさぎに返す。そのみさぎが、そうだ、と呟く。

「例の放火事件、犯人は見つかった?」

 みさぎはおそらくアパートの火事は知らないだろうから、みさぎが言っているのはこの坂月三中で起きたぼやのことだろう。しかしどうでもいいが、そんな放火事件という言い方をするとイメージが肥大するなあ。

「ううん。まだ。容疑者さえ絞れていない。やっぱり情報が少なすぎると思う」

 せめてアパートの火事との関係性をつかむことができたら犯人に近づくことができると思ったのだけれど。そんな期待も込めていたのだ、昨日は。なんたって、加賀屋さんの無実を証明するには、犯人を挙げるのが楽なのだから。

 そうか、と言い、真顔でわたしを見た。

「うちに手伝えることならするからね」

「ありがとう。でも、いくつも頼むわけにはいかないし、今は頼むことがないし。進行中のことだけしてくれたらいいよ」

「本当に? 何でもするよ」

 そして口調を変え、にっと笑い、

「友達じゃからの!」

 みさぎは知らないだろうけど、その言い方が鉄村さんに似ていてわたしは笑った。彼女はあくまで照れ隠しのつもりだったろうけど。

 わたしはみさぎの目を見る。

「うん。そうだね。そのときは……そのときになったらまたお願いするよ」

 わたしの言葉を聞き取り、みさぎは満足そうに頷き、どんっと胸を叩いた。あまりに強く叩き過ぎたらしく、ごほごほっ、と咳き込んでから、涙を少し含んだ目で、

「うちに任せておいてっ。合法ならできないことはないよ!」

「……それは頼もしい」

 そんなことを話しているうちに下足室についた。見渡して、加賀屋さんがいないのを確認する。わたしとみさぎは他の生徒と同じように上履きに履き替え、廊下を再びみさぎと並んで歩きだした。

「椿ちゃんは勘違いしているようだけど」

 みさぎは前を向いたまま、彼女にしては珍しく小さい声で呟いた。

「椿ちゃんにしてもらうことのほうがよっぽど多いからね。うちがしてあげることより。……その差を埋めたくてうちは少しでも椿ちゃんの役に立とうとするんだから」

「…………」

 いや、もう、ありがとう以外の言葉が出なかった。


 廊下を歩いていると、ばったりと角で人にぶつかった。相手は大柄でわたしは思わず尻餅をつく。大丈夫か、と聞き覚えのある不愛想な声で顔を上げると、そこには加賀屋さんがいた。わたしは加賀屋さんの差し出した手を受け取って立つ。わたしがなんと言い訳しようか考えているときに、

「おーーーい!」

 とどこからか声がした。多分かなり大きい声だったはずなのだが、というか耳元で言われたような感覚がしたのだがまわりを見渡しても誰もいない。はておかしいな、聞き間違いか、と首を傾げたところでもう一度、

「起きろ!」

 と聞こえ、ここでようやくわたしはこれが夢であることに気づいた。

 目を開け顔を上げると、理科担当の白衣を着た小菊先生が腰に手を当てて、わたしを見ていた。気づけば、既にこの教室――理科教室にはわたしと先生を除き、誰もいなかった。

「おそらくわたしは六限目、移動教室である理科の授業が退屈で退屈で退屈すぎたから、昏睡状態に陥ったのだろう。全く、折角、理科教室まで来たというのに実験のひとつもしないからだ、とわたしは夢の世界に迷い込んでしまった原因を推理した」

「おい。心の声が口から漏れてるぞ」

 ぱしっと頭を叩かれた。まだ寝ぼけていたらしいわたしは今ので完全に目を覚ました。わたしは髪を整えながら、先生に目を向けず抑揚のない声で、

「ちなみに、小菊先生というのは、一流大学卒のエリート教員である。男口調だが、見た目年齢は実年齢よりはるかに若く見え、べっぴんさんである」

「褒めてもさっきの言葉は忘れないぞ。というかそもそもそれは褒め言葉なのか?」

「もちろんです」

 わたしは一度伸びをしてからゆっくりと席を立ち、教科書やらプリントやらをまとめる。

「あ、そうそうお前知ってるか?」

 小菊先生がまた話しかけてきた。この先生はどこかの関西弁の刑事みたいに(誰とは言わないが)生徒に慣れ慣れしいのだ。

「今週――あ、いや先週か――の金曜日にさ、ぼやがあったんだぜ」

「あー、知ってます。噂で聞きました」

 嘘ではない。今日一日の間にわたしは何度もその噂を耳にしたのだ。

「警察とかも動いているらしいぞ。わたし、実際に見たからな」

 そうなんですか、とわたしは話を合わせる。知っていることだし。だけど先生はさらに勢いづいてわたしに近づいてくる。それ以上近づかないでください、唾が当たりますっ。

「ドラマとかだけだと思ってたんだがな、いやーーービックリした。廊下の角でぶつかりそうになってな、思わず『だ、誰でございますか!』なんてわたしに似合わないことを言ってしまって。校長も職朝の時にもっと注意を促してくれればよかったのに。全く。……あれ、そういえば言ってような? どっちだっけなあ。いやでも、ぼやを見るのよりも刑事を見たことのほうが驚くなんてな。実は何を隠そう、わたしが第三発見者なんだぜ」

「それってもう、やじうま同然ですよね」

「何を言う。やじうまなんかいなかったし、一番最初に火を見つけたらしい生徒はもうすでに帰っていたし、根岡先生の次に火を見つけ」

「確か火ってその生徒が消火したんですよね。その生徒が帰ったあとに向かったのなら、あなた、それって発見者っていうんですか」

「わたしの言葉を遮るな。あなたって言うな。わたしの言ったことに反論するな」

「でも、どうせ面倒くさがりのあなたは根岡先生に全部を任せたんでしょう。他の処理とか、警察への連絡とか」

「うっ」

 図星か。そして投げやりに、

「ああ、そうだよ。全部任せたよ。いつ警察に連絡するか、とか。他の先生方にはどう伝えるか、とか。しかし、あとから考えたらわたしにでもできたぜ、根岡先生は全部、次の日に後回ししたのだから」

「あとからならいくらでも言えますよ、あなた」

「だからあなたって言うな。……でもまあ、土曜日にわたしは学校に来なかったんだけど。友達とアーティストのライブに行ってたから」

「へえ、あなたにも一般の人と同じような趣味があったとは」

「お前、わたしに毒舌すぎやしないか。見てろよ、理科の成績」

 それよりも――と。小菊先生がそこで話を変え、壁にかけてある時計に目をやった。やっとここで先生らしいことを口にする。

「お前、早く行けよ。もう終礼始まってんじゃないのか」

「…………」

 いや、間違いなく先生のせいでしょ!


 わたしは手に教科書等を持って廊下を駆け足で進む。さっきは小菊先生のせいで時間を食ってしまった。終礼に間に合うだろうか。というか、六限目が終わってからどのくらい時間が経っているのだろうか。

「あっ」

 もうすぐで教室につく、というところで窓から百合谷刑事が見えた。わたしは今、二階にいるのだが、ちょうどそこから見下ろすかたちで渡り廊下に一人でつっ立っている百合谷刑事を見ることができた。片手が耳の位置まであがっているところを見ると誰かに電話をしているようだが。そういえば小菊先生が刑事を見た、と言っていたが今日のことだったのか。よく考えてみれば確かに朝礼は月曜日の朝にあるらしいし。……しかしなぜ坂月三中にいるのだろうか――いや、わたしは今そんなことを考えている間はなかった。

 自分の教室の前までたどりついた。教室のドアが閉まっているところを見るとまだ解散はしていないみたいだけど。間に合うだろうか、とわたしがドアに手にかけようとした、そのとき。ガタンッ、と勢いよくそのドアが開き、エナメルバッグを肩にかけた男子生徒が現れた。確か、クラスメートの某君。その生徒はわたしを一瞥し、そのままわたしの横を通り過ぎていく。それと同時に今までは静かだった教室からどっと騒音が聞こえ始めた。ちょうど、終礼が終わったらしい。なんとバッドタイミングなことか!

 わたしは教室を出ようとする生徒の波に逆らいながら、なんとか自分の机までたどり着いた。後方のドアから教室に入ったのだけど、それとすれ違いに前方のドアからすでに先生が出て行ったらしく、教室に先生は残っていなかった。終礼に間に合わなかったことは、どういう扱いになるのだろうか、と真面目なわたしは少し不安な気持ちになりながら、帰り支度を始める。

「あ、椿ちゃん。どうしたの、どこ行ってたの」

 スクールバッグを肩にかけたみさぎがやってきた。

「いや、理科室だけど……小菊先生に捕まって」

 本当は白河夜船で授業が終わったことに気づかなかっただけなんだけど。それは恥ずかしくて言えなかったので、ごまかした。

「あ、思い返してみれば机に突っ伏していたね。貞子みたいで軽くホラーだったよ。全く動かなかったし、黒い髪がばさーっと広がって。……ま、頭についてるその花飾りの白が目立ってかすかに椿ちゃんっぽさが残っていたけれど」

 言ってみさぎはわたしの頭を指差す。わたしは花が好きで、いつも白い花の髪飾りをさしているのだ。

「気づいていたんだ……。逆に恥ずかしいよ」

 ふふふ、とみさぎは笑う。笑うな。

 わたしはスクールバッグを肩にかけて、みさぎと廊下に出た。窓からはまだ百合谷刑事が通話しているのが見えた。あの渡り廊下は下校するときにはほとんど使われることはないから、そこには百合谷刑事以外、誰もいなかった。


「――や。――で。……そうや……」

 わたしは電話で会話することに集中しているらしい百合谷刑事の後ろから、忍び足でこっそりと近づき、

「百合谷刑事っ! 誰と話してるんがながなっ!」

 と大声を出した。電話を邪魔するのがどんなに行儀が悪いことかは重々承知しているが、わたしのことをお嬢さんと呼ぶこの軽薄な刑事に仕返しをするには今ぐらいしかチャンスがないと思った。

 百合谷刑事はわたしが思ったより大きく驚き、文字通り飛び上がった。はあはあ、と肩で息をしている。

「び、びっくりしたやないか……。あ、あかんで……人がケータイ使ってるときに喋りかけるんは」

「いや、ほんとすんまへんがながな」

 と百パーセント間違っている――というか明らかに人を馬鹿にしている関西弁で平謝りする。百合谷刑事が持っていたケータイの画面がこちらを向いていたのでちらりと見えたが、通話は切れたみたいだ。飛び上がった拍子に誤って切ってしまったのか。少し悪い気がしてくる。使えない関西弁ではなく、ちゃんと標準語で謝るか。

「……すみません。悪気はあったんですけど、そこまでする気はなかったというか」

「いや、別にかまへんけど」

 百合谷刑事は、ぱたん、とケータイを閉じ、ポケットに入れる。

「本当にすみません。大丈夫ですか、今の相手。というか誰だったんですか。もしかして彼女とか?」

「謝るのか質問するのかどちらかにしたら? ……まあ、そんなわけあらへんよ。根岡先生や。今、この学校にはいてらへんらしくて。事件のことで二、三、訊きたいことがあったんやけど。前回会ったときに電番教えてもらっててよかったわ」

 ははは、と笑う。いいのか。大丈夫なのか。仕事なんじゃないのか。

 わたしは周りを見渡してから言う。

「百合谷刑事一人なんですか。檜垣刑事は? てっきりコンビを組んでいるのかと思っていたんですが」

「確かに僕はよく檜垣さんと行動してるんやけど、檜垣さんには別の用があってな」

 ということは一人なのか。

「前から思っていたんですが、百合谷刑事って、どこまでの人に対して関西弁を使うんですか」

「さすがに檜垣さんとか上司には使わんよ。自分より下の人に対してだけや。もちろん、例え下であってもわきまえるとこはわきまえるんやけど」

 記憶を探ってみると、土曜日、檜垣刑事に対しては普通に敬語を使ってたな、この人。

 ふと、なんのために百合谷刑事のところに来たのかを思い出した。もちろん、百合谷刑事とただ話したいからとか、仕返しをしたいからとかではなく、確認したいことがあったから百合谷刑事に話しかけたのだ。

「百合谷刑事、ひとつ訊いてもいいですか」

「ん。別にかまへんけど」

 たとえ可能性があってもそれはただ確率が高いのであって零パーセントではない。外れる可能性も確かにあるのだ。確かめることができないこともあるけれど、楽に確認して確率を百パーセントにできるのならば、それはするべきだ。

「千神という刑事って知ってます? 百合谷刑事達と同じくあの放火を調べているらしいんですが」

 百合谷刑事は小首を傾げ、頭をかいている。

「誰やそれ。そないな刑事、うちでは聞いたことないわ。それ、ホンマに刑事なんか?」

「ですよね」

 つまり、わたしの読み通り、千神刑事はホンマに刑事ではあらへんなのだ。

 百合谷刑事の頭の中にはまさに「?」が浮かんでいるみたいだが、やがて

「ま、いいわ。考えるのやめとく」

 と思考するのを諦めた。

「椿ちゃん、この人、本当に刑事なんか? うち、ちょっと信じられへんねんけど。頼りないっちゅーか、なんちゅーか」

 今まで黙ってわたしたちのやりとりを見ていたみさぎがわたしに耳打ちをする。耳打ちというには少し声量が大きかったが。というか関西弁にしている時点でその声量はわざとだろう。百合谷刑事に聞こえるようにわざと大きく話したのだ。そしてやっぱり聞こえていたようで、わたしが答えるよりも早く百合谷刑事が返事をした。

「頼りない、いうのはちょっと言い過ぎなんちゃうか。自分、失礼やで」

 しかしその言葉と裏腹に百合谷刑事の顔はほころんでいた。というかにやけていた。

「あ、聞こえてはったんですか! ほんま、たまげ……いえ、本当に驚きました。すみません」

 なんだ、この話し方。百合谷刑事とコミュニケーションを取ろうとしているのかは知らないけど、

「絶対わざとだ……」

「ん。なんか言うた?」

 みさぎが鋭い目で睨んできた。怒っているようにも見える。なぜ怒っているのかはわからないけど。しかし、よくよく思い出してみれば、みさぎって確か関西出身だったような。じゃあ、あれか、せっかく関西出身の人と思われる人と話せるのに邪魔するな、ということか。

 しかしその会話はわたしではなく、別のものによって邪魔される――百合谷刑事のケータイから着信音が聞こえてきたのだ。電話だったらしく、百合谷刑事はポケットからケータイを取り出すとすぐに応じた。

「百合谷です。さっきはすみません。……いえ、特には」

 しばらくしてから電話を切った百合谷刑事は大きくため息をついた。

「どうしたんですか」

「いや、根岡先生やったんやけど。少し怒ってたわ。まあ、無理もないか、会話の途中で切ったんやし」

 そして片手を上げると、

「ほな、さいなら。また会いましょう」

 と言い残して早歩きで去っていった。特に用事もなく話しかけたので(加賀屋さんの無実を証明するのにこの刑事ではやっぱり頼りない。頭は良さそうだけど、百合谷刑事より年上の檜垣刑事に話をするべきだと思った)、呼び止める必要はなく、わたしたちは同じように別れのあいさつを――みさぎは最後まで関西弁だったけれど――言った。

 完全に百合谷刑事が見えなくなったあと、みさぎがふう、と息を吐いた。

「うち、関西弁苦手やったんやけど。バレなくてよかったあ」

 まだ関西弁、抜けてないがながな。

 ……て、え? 関西出身じゃなかったっけ?

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