十.戻る。
事件から一年後。加賀屋に正直に話すこと自体を忘れていた椿。所詮、自分はまだまだ未熟な五分咲きの花だと例える。
忘れていたわけではない。うっかりしていたのだ。まさか、あの事件から一年と少しが経った今、やっとそれを思い出したとは。加賀屋さんや春樹は高校生になった。そのため、ますます会う機会もなくなり、加賀屋さんとはあれから一回程度しか会っていない。そのときも何かというチャンスはなかった。加賀屋さんは春樹に『火嫌井椿』を探すように頼んだらしいけど、春樹は火嫌井椿の正体が分かっているそうだけど、不思議なことに黙っている。その理由は知らない。でも、なんとなく予想はできる。
加賀屋さんとのことをずっと忘れていたわたしだけど、どうして今、それを思い出したのか。その理由はわたしの兄、花川春樹と最近起きた強盗の事件について等のつまらない話をしていた時。何気なく、前触れなく、質問を投げかけてきたのだ。
「今、なんとなく昔あったことを思い出したんだけど」
「何?」
「いつか忘れたけど夏にさ、花火大会に行こうということになったろ」
そんなこともあったような気がする。数年前の話だ。素直に頷いた。
「でも確かそのときは結局行かなかったんだよなあ」
「うん、そうだね。……何、もしかして、花火大会にでも連れて行ってくれるの」
「いや、僕がそんな太っ腹なわけないだろ」
知ってる。外観的にも違う。
「それでさ、そのときに行かなかった理由はお前にあったような気がしたんだよ。……ああ、そうだ。思い出した。お前が火が嫌いだ、とか言ったんじゃなかったっけ?」
「言ったね。今思えばあのときは我ながら馬鹿だと思ったよ」
「それでさ、火が嫌いって何故だ? 何かあったのか?」
その理由は未だに変わっていないし、覚えている。
「ああ、それはね……」
「うん」
わざと勿体ぶって。人差し指を立てる。が、今回は口元にもってきた。
「……花はね、熱いのは苦手なの」
「はあ? 意味分かんねえよ。何意味深な言葉を言ってんだ」
そんなに意味深かなあ。
「そう簡単には言わないよ? 春樹が自分の頭が考えればいいじゃない。得意なんでしょ、そういうの」
この春樹、一年前にあった『誕生日プレゼントは放火事件』で、わたしに負けたと思っているらしく、わたしがこう言えば、必ず返す言葉は決まっているのだ。
「お前には劣るけれどな」
ひがんでいるらしい。
――さて、と。
見ていた情報番組も終わったことだし、わたしは立ち上がってテレビの電源を切る。
いい加減、加賀屋さんに正体を明かさないといけない。……でも、もう少しだけ時間は待ってくれるかな。今度、春樹や加賀屋さんが通う坂月高校の文化祭あたりにでも、会いに行こう。もし、わたしのことをまだ覚えていたのならば今度こそ、花川椿と申します、と言うのだ。
話が落ち着いたところで、物語がオチついたところで、わたしは心の中で呟いた。
わたしは椿――暑い日は好きだけど熱い火が嫌いな、あと春を何万回迎えようが満開にはまだまだ程遠い五分咲きの花。