野球少女をストーキングしよう
須藤王です。今日の体育の授業は軟式野球ですか。
あんまり野球って好きじゃないんですよね、今は番組を指定して録画できますが、ビデオテープに焼いていた時期はもう野球の延長に泣かされましたよ。
それに僕の地元のチームって、はっきり言って弱いんですよね。
昔は強かったらしいけれど、物心ついた時からずっとAクラスにあがれてません。
よくもまあそんなチームを皆応援できるもんだ。
それよりサッカー応援しましょうよ、強豪なんですよ。
まあ、球技場が物凄く不便な場所にあるけどさあ。
前まで野球チームが使っていた球場跡地に、サッカースタジアム作るらしいですよ。
実現してほしいなあ。
そういえば、僕のクラスには確か女子ソフト部の子がいましたね。
確か……ああ、あのポニーテールの子だ。
正岡野球さん。授業中でも赤い帽子をかぶってるので目立ちますね。
というわけで今日のターゲットは野球少女です。
体操服に着替えてグラウンドへ。
正岡さんは早速マイバットを持って素振りをしています。
いいですね、青春ですね。素振りをした時にポニーテールが揺れるのがいいですね。
運動してる女の子に萌えるっていうのは、あんな感じなんでしょうか。
「よーし、二人組になって柔軟して、その後キャッチボールだ」
授業が始まったので、体育教師がそう告げる。
しまった、今日も僕の友人は休んでいるじゃないか。
誰か、誰か組んでくれる人はいませんかーと心の中で叫びながらあたりをうろうろするも、
周りはどんどんペアを組んでいく。
焦った僕はまだ組んでいない人に声をかけるも、気づいてもらえない。
今日はいつにも増して僕の存在感が薄いようだ。
「あの、須藤様、よろしければ私と組んでいただけません?」
しかし僕は存在しないわけではないのです、その証拠に愛顔さんは僕に気づいてくれました。
「僕なんかでいいの?」
「ええ、もちろん」
愛顔さんと一緒に柔軟運動。この間はサッカーボールのパス回しだったけど、今日は体を密着させている。背中合わせになって、上体を伸ばしあったり。
何かこう、ドキドキするな。
よく見たら愛顔さんって結構胸大きいんだな。
お尻の形もいいね、安産型だな。
……って僕は何をおっさんみたいな事を考えているんだ。大体今日のターゲットは正岡さんだから。
しかし折角誘ってくれた愛顔さんを放っておいて正岡さんに意識を集中させるのは失礼だろう。今は愛顔さんに集中しよう。
柔軟を終えた僕達は、キャッチボールをすることに。
「愛顔さん、いくよー」
「オーライですわー」
それなりに距離を取って、愛顔さんに向けてボールを放つ。
しかし初心者である僕の女の子投げフォームから放たれたそれはへなへなでおまけに大暴投。
全然別のところに飛んでいきましたが、愛顔さんはなんとボールに向かって全力で走り、ダイビングキャッチ。
「ナイスボールですわー」
体操服を砂まみれにしながら僕に笑いかけ、こちらへ寸分の狂いもないコントロールで、僕より遅いボールを寄越す。
その後も僕の投げたボールを全力でノーバンで取り、こちらへ取りやすいボールを投げてくる。
「須藤様、素晴らしいボールですわ!」
ひょっとして、愛顔さんは僕に気を遣っているのだろうか。
僕のコントロールは悪くないと、自らノーバンでキャッチすることで慰めてくれているのだろうか。
僕より遅い球を放るのも、女より遅いと僕が落ち込まないようにするためなのだろうか。
良い子だなぁ、愛顔さんは。しかし愛顔さんを砂まみれにするわけにはいかない。
僕は頑張って愛顔さんの所にボールを放れるように集中して投げる。
「よーし、キャッチボールで肩もあったまっただろう、試合するぞ。まずは4組女子対5組女子だ」
体育教師がそう言う頃には、僕のコントロールはかなり進歩していた。
「ごめんね愛顔さん、僕のせいで体操服汚しちゃって。試合頑張ってね」
「体操服は汚すためにあるものですわ、ご期待に添えるように頑張りますね」
ホントに良い子だなぁ愛顔さんは。
というわけで女子の試合の観戦。
キャプテンの正岡さんが女子の能力を考慮して決めたオーダーで、僕が関わってきた人間をピックアップしよう。
「……」
1番:セカンド 本野さん
多分性格的に積極的に打つタイプではないのではないだろうか。相手に球数を放らせる嫌らしい1番になってくれそうだ。
「しまっていこー!」
3番:ピッチャー 正岡さん
今日のターゲット。プロ野球ではピッチャーは打撃が下手というイメージだが、学生レベルだとピッチャーができるセンスの持ち主はバッティングも良いらしい。どれくらい活躍するのだろうか。
「ははは!やっぱり4番は俺だよな!」
4番:ファースト 稲船さん
多分正岡さんが稲船さんの性格を考慮して4番を譲ったのだろうけど、本来4番の器ではないと思う。見た目ほど運動神経良くないし。手足が長いのでファーストには向いているかな。
「バットは持ちづらいな……」
5番:サード 鶴来さん
剣道やってるしバッティングうまいんじゃないの、多分。
大根切りとかやってくれそうだ。
「後ろは任せてください!」
6番:ショート 愛顔さん
さっき僕とのキャッチボールで見せたダイビングキャッチを正岡さんは評価してくれたようで、守備の難しいショートを任されている。頑張ってね。
「ボール来ませんように……」
8番:ライト 要さん
ライパチ。本来はベンチ要因だが、男子が要さんを出せとうるさいので無理矢理出る羽目になった被害者。
ってあれ、女郎花さんいないじゃないか。
一体どこにいるんだと辺りを見回すと、木陰で休んでトマトジュースを飲んでいました。
「駄目じゃないか女郎花さん、サボっちゃ」
応援するには丁度いい場所だったので、僕も木陰へ避難します。
「やあ須藤君。勘弁してくれよ、今日は日光が強すぎる。灰になってしまうよ」
「ああ、そういえば吸血鬼だったね」
「誰にも言ってないよね?」
「勿論」
「ならいいんだ、これは口止め料という事で」
女郎花さんはトマトジュースを1缶僕に手渡す。あまり好きではないのだけど、貰ったものは飲まないといけない。諦めて缶のフタを開けて飲む。
「ところで須藤君、君は存在感がないね」
2缶目のトマトジュースのフタを開けて、女郎花さんはそう呟く。
「あ、わかる?ひょっとして何か呪いでもかけられてるのかな?」
「さあてね、そんな呪いなんて聞いたことがないよ。ただ何らかの力が働いていることは確かだと思うよ、この私でもたまに君を感知できなくなる」
「一体何なんだろうなぁ……愛顔さんは何故か僕をきちんと感知してくれるんだけど」
「確か愛顔家は陰陽師の家系と聞くよ。君の存在感の無さは、霊的なものなのかな」
なるほど、吸血鬼の女郎花さんと陰陽師の末裔である愛顔さんは、霊的なものを感知できるため僕の存在も感知しやすいと。ってことはつまり僕は幽霊か何か?
「ところで全然関係ないんだけど、鶴来さん知ってる?」
疑問が浮かんだのでぶつけてみる。鶴来さんは退魔士で、女郎花さんは吸血鬼。立場的には敵対しているのではないのだろうか?
「ああ、彼女か。彼女の正体を君も知っているのかな?私も知っているよ、町の平和のためにご苦労様なことだね。心配しなくても彼女とは別に敵対しているわけじゃない。そもそも彼女は私が本当の吸血鬼だと気づいていないからね。彼女、退魔士の血筋なだけでそういうセンスはないんだ」
気が付けば少し雲がかかってきたようで、これなら私も野球に参加できそうだと女郎花さんはグラウンドへ向かって行き、2番キャッチャーで出場することになりました。
試合開始。本野さんが四球で出塁すると、女郎花さんは手堅く送りバント。
得点圏で正岡さんに回ってきましたね。さあ、彼女のバッティングを拝見しましょうか。
「もらった!」
流石に経験者は違いますね、綺麗なフォームであっさりとボールをレフトオーバーさせてタイムリーツーベースヒット。
「ははは!ホームラン打ってやるぜ!」
「ストライク、バッターアウト!」
「あ、あれ?」
続く稲船さんは豪快なフォームでボール球でも気にせず振り回してあっさり三振。お遊びの試合だからいいけれど、これが大会とかの試合だったら間違いなく正岡さんを敬遠して稲船さんでゲッツーを狙うだろうなぁ。
5番の鶴来さんも剣がバットに変わって違和感に四苦八苦しているようで三振。初回を1点で終える。
さあ、いよいよ正岡さんが投げる番だ。
大きく振りかぶ……らずに、アンダースローでボールを投げる。
スピードはないものの、微妙に揺れるため打者が打とうとしても詰まってしまう。
なるほど、どうしても運動能力が男に劣りがちだからこそ、こういうところで勝負するわけだな。
あっさりと三凡に打ち取る。やっぱり未経験者だらけの中に経験者がいると無双しちゃうね。
さて、次の回の攻撃は愛顔さんだ。
僕をきちんと感知してくれる愛顔さん。自然と応援せずにはいられない。
僕の応援が通じたのか、愛顔さんはまるで薙刀を振るうようなスイングでボールを一閃。ヒットを打ってくれました。
その後も4組女子チームは活躍(稲船さんと要さんは全三振だったけど)。5組に勝利しました。
ていうか愛顔さん、僕にはやっぱり手加減して投げてたんだね。送球かなり速いじゃないか。
◆ ◆ ◆
ああ、確かに私には聞こえましたわ、須藤様が私を応援する声が!
私の活躍、見ていただけたかしら?
しかし自分の活躍ばかり気にするようでは大和撫子失格。
これから男子の試合が始まるので、須藤様を全力で応援しなければなりませんわ。
きっと須藤様は4番でエースで全打席ホームランを打ってくれるに決まってますわ。
……ってあら?須藤様が守備についていませんわ?まさかスタメンではないということですの?
信じられませんわ、4組の男子は何を考えているのでしょう?
須藤様の参加しない野球なんて興味ありません、試合中ずっと須藤様がベンチで声だしをしているのをみつめていましたわ。
しかし須藤様もようやく試合に参加できたようです、代打として打席に立つ須藤様。何と凛々しいのでしょう!
さあ、思いきりホームランを打ってください!
「あだっ!」
……信じられない事が起きましたわ。
須藤様が、頭部に死球を受けたのです。
しかも相手、5組のピッチャーは投手経験者。軟球とはいえそれなりに速い球をぶつけられて、痛がりながらも須藤様は一塁へ向かいます。
許さない。5組のあのピッチャー殺してやりたい。今手元に薙刀があったら、間違いなくあのピッチャーを斬ってることでしょう、命拾いしましたね。
1塁でピッチャーの動きを気にする須藤様。1球目、ピッチャーが足をあげた瞬間、2塁へ向かって走りだします。盗塁というやつですわ。
スタートを切るタイミングは良かったのですが、お世辞にもあまり須藤様は足が速いわけではありません。刺されてしまうと思ったのですけれど、何故か相手のキャッチャーは刺そうとしませんわ。まるで盗塁されたことすら気づいていない様でした。
そして2球目、再び須藤様は走り出します。キャッチャーからの距離が短い分、二盗よりも三盗の方が難しいと言われていますが、またもキャッチャーは刺そうとしません。
ひょっとして、須藤様のオーラにビビっているのではないでしょうか?
オーラだけで敵を委縮させるとは、なんて素晴らしいのでしょう!
おっと、喜んでる場合ではありませんわ。すぐに準備をしなければ。
◆ ◆ ◆
まさか存在感がないから盗塁しても気づかれないなんて思わなかったよ。
あの後次の打者がキャッチャーゴロに終わるもキャッチャーは僕を認識できずにファーストに投げたため、僕は楽々ホームイン。貴重な1点をもぎ取りました。
今は僕の存在感は無意識に変化しているけど、これがある程度操作できるようになったらなかなか面白いことができそうだね。練習してみる価値はあるかもしれない。
……いてて、今になって痛みが。軟球でもぶつかったら痛いんだね、身を以て知ったよ。
立ちくらみに耐えながらベンチに戻ろうとするが、どうにも千鳥足になってしまう。
「須藤様、病院に行きますわよ」
あわや倒れそうになった僕を気付けば愛顔さんが支えていた。何故か制服に着替えているし、僕の制服やカバンを持っている。
「ああ、そう言えば愛顔さんは保健委員だったね。でも大丈夫だよ、このくらい」
「いけませんわ、すぐに精密検査を受けに行きますわよ。頭部死球で死んだ人もいるんですから」
そう言えばこの間読んだ漫画であったな。でもあれは硬球だったし160kmだし。
軟球で100kmくらいなんてなんともないと思うけどなあ。
「わ、ちょっと」
意外と押しの強い愛顔さんに引っ張られるように校門の前まで連れてかれると、そこには黒塗りの高級車が。愛顔さんの家の車だろうか?
「さ、乗ってください」
促されるまま車に乗る。乗り心地がいいなぁ。
「先程の盗塁、見事でしたわ!」
「愛顔さんも、大活躍だったね」
後部座席でそんな事を愛顔さんと話しながら、県立の病院に到着。
既に手配をしてあったのか、すぐにCTスキャンやら精密検査をさせられた。
「軽い脳震盪を起こしていますね。今日明日は安静にした方がいいでしょう」
検査の後医者はそう告げる。僕が思っていたよりも症状は大変だったようだ。
その後再び愛顔さんの車に乗る。アパートまで送ってくれるらしい。至れり尽くせりだ。
「いいですこと?今日明日は絶対に安静にしててくださいね?」
「うん、わかったよ。本当にありがとうね、愛顔さん」
「いえいえ、早く元気になってくださいね」
僕のアパートの部屋の前で愛顔さんと別れる。
ところで何で僕の住所を知っていたのだろうか?
本当だったらこの後帰宅する正岡さんを付け回す予定だったけど、
安静にしろと言われたし、下手な事をして傷がぶり返して愛顔さんの好意を無駄にしてはいけないだろう。
僕は大人しくベッドで眠る事にする。
◆ ◆ ◆
ああ、怪我が思ったよりも軽くて良かったですわ。
後は須藤様がお部屋で安静にしているのを、この監視カメラで確認しながら元気になるのを待つだけですわね。
いえ、それだけじゃ駄目ですわ。須藤様が一刻も早く元気になる手助けをしなければ。
どうやら今は須藤様はぐっすりと眠っているみたいですわね。愛らしいですわ。
さて、部屋に入って換気して、氷嚢を取り換えておきましょう。
須藤様は明日も安静にして学校を休むでしょうし、お見舞いと称して看病もできますわね。
須藤様が元気になる手助けはできて、好きな人が看病できて……少し死球を当てたピッチャーが許せてきましたわ。