愛顔さんをストーキングしよう
いつものように通学路を歩いていると、後ろから声をかけられる。
「おはようございます、須藤様」
「おはよう愛顔さん」
そのまま僕達は並んで学校まで歩く。ここんとこ毎日こんな感じだ。
「愛顔さんの髪さらさらでうらやましいなー」
「扉さんも肌がもちもちしていてうらやましいですわ」
教室でプチ女子会をしている愛顔さんを眺めていると、
「ふふっ」
こちらを見てきて微笑んだような気がする。
体育の時間、二人組を作れと言われて僕がうろうろとしていると、
「須藤様、よろしければ私と組んでください」
愛顔さんが僕を見かねてやってくる。そのまま僕達は柔軟体操を始める。
愛顔さんのほんのり暖かい肌が体操服越しに当たって、僕を赤面させる。
間違いない、僕は愛顔さんに恋をしている。
結構前から恋をしていたのだろう、だとしたら雪のあの時の発言もつじつまが合う。
思い返せば、随分と愛顔さんには助けられたものだ。
愛顔さんがいなければ、今でもきっと引きこもっていたかもしれない。
だから、どうしたって話だ。
愛顔さんは誰にでも優しいんだ。勘違いするなよ須藤王。
僕とつりあうはずがないんだよ。
さっさとこんな恋心なんて、消してしまえよ。
けれど。
「おはようございます、須藤様」
「おおおおおはよう愛顔さん」
一度気づいてしまった恋心が、そう簡単に消せるはずもなく、むしろどんどん意識してしまう始末。
恋ってこんなに辛いのか。
「愛顔さんのお弁当美味しそうですね、自分で作ってるんですか?」
「はい、毎日早起きして作ってますわ」
お昼休み、自分の席で一人寂しくパンを貪りながら、女の子集団の一角、愛顔さんを見つめる。
もっと愛顔さんの事が知りたくなってきた。
いつも僕がアパートを出てすぐに出会うけど、近所に住んでいるのかな?
好きな男のタイプはどんなのかな?
ああ、これがストーカーの心理か。
人間観察の延長にストーキングを働いていた僕は、
ようやく恋愛感情によるストーキングをしようとしているのか。
◆ ◆ ◆
おかしいですわ、今日の須藤様、放課後になっても帰ろうとしません。
今日もまた誰かをストーキングするのではとも考えましたが、今教室にいる女子は私しかいませんわ。
小説を読みながら時折こちらの様子を伺う須藤様……ひょっとして!
ああ、そういうことなのですわね。
ついに、ついに須藤様は私をストーキングしてくれるのですね。
……けれど須藤様のストーキングはあくまで人間観察。
きっと私の事が好きだからストーキングするわけではないのでしょう。
ううん、それでもいいのです。愛しの須藤様にストーキングされる、こんな嬉しいことはありませんわ。
そうとわかれば、全力でストーキングされましょう!
私が帰り支度をして教室を出るとすぐに須藤様も教室を出てきました。
ふふふ、何だか須藤様が後ろをついてくる子犬みたいで可愛らしいですわ。
学校を出て、そのままアパートへと向かいます。須藤様も後ろをついてきます。
……どうしましょう、私が須藤様の隣の部屋に住んでいることは、まだ隠すべきですわ。
仕方がないからキリの良い所で須藤様をまくしかありませんわね。
そんなことを考えながら歩いていると、
「兄ちゃんジャンプしてみろや」
「ひ、ひぃ……」
何やら路地裏から怪しげな声が。
確認してみると、どうやらカツアゲの現場のようです。
見て見ぬふりはできませんし、何より須藤様に良い所を見せたいですわ。
「何をやっているんですの?」
気弱そうな学生をかばうように、不良達の前に立ちはだかります。
後ろではそんな私を須藤様がはらはらしながら見ているようです。
「何や姉ちゃん、ワイらと遊んでくれるんか?」
不良達は下品に笑いながら、私の服に手をかけようとしました。
「本当に、ありがとうございました!」
「いえいえ、気を付けて帰ってくださいね」
何度も感謝してくる学生を見送ります。その周辺には地面とキスした不良が4人。
戦闘描写を入れるまでもない、たわいのない相手でしたわ。
不良の3人や4人撃退できずに、好きな人は守れませんからね。
遠くで私を見守ってくれていた須藤様に、良い所を見せることができたでしょうか?
……はっ、ひょっとして乱暴な女と思われたりして。うう、気になりますわ……
◆ ◆ ◆
愛顔さんすごいな……不良にビビらずに立ち向かって、ばっさばっさとなぎ倒して。
カッコいいなあ、それに比べて僕は、男の癖にそれを見ているだけだなんて。
何だか愛顔さんが悩んでいる。ひょっとして怪我でもしちゃったのかな?
日頃のお礼にここは駆け寄って助けたいけど、今の僕はストーカー。ばれるわけにはいきません。
再び表の道へ出た愛顔さんの後を追います。
「あ、あれ……?」
ところが見失わないように追っていたはずなのに、僕のアパートの前でいつのまにか愛顔さんが消えたのです。どこに行ったんだろうかと辺りをキョロキョロしますが、愛顔さんの姿は見つかりません。
……仕方がない、愛顔さんの住所をつきとめるのは今日は諦めることにしよう。
僕は自分の部屋に入ります。
うーん、今日はこれといった収穫はなかったなあ。愛顔さんが不良に立ち向かう正義感のある女の子だってくらいか。
そうだ、インターネットで愛顔さんの事を調べてみるってのはどうだろう。
愛顔さんの家って結構有名らしいし、何か彼女のプロフィールもわかるかもしれない。
◆ ◆ ◆
須藤様が自分の部屋に戻るまで隠れた私は、その後自分の部屋に入ります。
結局不良を撃退しただけで、特に面白いこともなく家に帰ってしまいましたわ。
須藤様、私の事をストーカーし甲斐のない女だと思っていたりして、うう……
気を取り直して監視カメラのモニターをつけて須藤様の様子をチェックします。
どうやら須藤様はインターネットをやっているようですわね、何について調べているのでしょう。
何々、『愛顔萌伊』……わ、私の本名!?
ああ、なんてことでしょう、須藤様が私について調べてくれるなんて!
にやつきながら、須藤様のネットサーフィンを拝見します。
やがて須藤様がたどり着いたのは、俗に言うウチの高校の『裏サイト』ですわ。
私も存在は知っていましたが見たことはないのですけど、どんなことが書いてあるのでしょうか?
私の名前で検索してそれが出るということは、私について書かれているということですわね、気になりますわ。
焔崎の女の子について語ろうpart32
234:名無しの焔崎っ子
1年4組の愛顔さんってヤ〇ザだよね。
235:名無しの焔崎っ子
わかる。なんか薙刀とか持ってるし
236:名無しの焔崎っ子
大和撫子って感じがするけど、そこがまた極道っぽいよな
「……」
思わず涙があふれてしまいます。
うう、まさかそんなことを思われていただなんて。
ああ、これを見た須藤様はきっと私がヤクザだと思うのでしょう。そして幻滅するのでしょう。
私が暗い気持ちになっていると、須藤様はその掲示板に書き込みをしました。
352:名無しの焔崎っ子
>>234
そんなわけないだろ。愛顔さんはすごい清楚な子だよ
「……!」
流した涙もどこへやら。すぐに私の顔はぱあっと明るくなります。
私の擁護をしてくれるなんて、なんて優しいのでしょうか須藤様は!
周りの評価なんて気になりません、須藤様のその一言があれば私はどんな悪評にも耐えましょう。
るんるん気分でいると、須藤様は次に別のサイトにたどり着いたようです。
そこは女の子がポエムを投稿する掲示板。……ん?
愛顔萌伊 広島在住 14歳
『ふわふわ』
わたがし ふわふわ
たんぽぽ ふわふわ
ねむたい ふわふわ
おやすみ ふわふわ
「……!」
声にならない悲鳴をあげる私。ここで悲鳴をあげてしまったら須藤様にバレてしまうかもしれませんからね。
しかし悲鳴をあげたくなる気持ちもわかってください。
だって、だって中学校の頃に若気の至りで本名で投稿してしまったポエムが、須藤様に読まれているんです。憤死したくなるレベルですわ。
しかも、しかも……
「わたがし ふわふわ たんぽぽ ふわふわ ねむたい ふわふわ おやすみ ふわふわ……ははは、可愛らしいな愛顔さんは」
須藤様にそれを朗読されているんですの。笑われているんですの。
でも可愛らしいって言われましたわ。でもやっぱり恥ずかしいですわ、うう……
悲しいことに私が投稿したポエムは1つだけではありません。
結局須藤様に私の恥ずかしいポエム、全て見られてしまいましたわ。最早拷問です。
◆ ◆ ◆
結局昨日はあんまりストーキングできなかったなあ。
今日も愛顔さんのストーカー続行しようかな、なんて考えていると、
「おはようございます、須藤様」
今日もどこからともなく愛顔さんがやってきました。
「おはよう愛顔さん。そうそう、昨日インターネット見てたら愛顔さんのポエムが」
「全部忘れてくださいね」
「は、はい」
愛顔さんのものすごいプレッシャーをかけてくる笑顔に僕の心臓はどきどきばくばく。
これは恐怖の感情なのか恋愛感情なのか。
心臓をどきどきばくばくさせながら歩く僕と、
余程ポエムの事を知られたのが恥ずかしかったのか顔を真っ赤にしながら歩く愛顔さん。
傍から見れば恋人に見えるのかなあ、なんて都合のいいこと考えてみたり。