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fhadgfaeをストーキングしよう

 僕が親友だと思っていた人は、僕の妄想の産物だった。

 僕はずっと孤独だったんだ。それに気づいた僕は、文化祭から逃げ出して自分の部屋で狂ったように泣きじゃくる。近隣住人からすればいい迷惑だろう、けれど泣くのを止められないのだ。

 脱水症状で死ぬんじゃないかというくらい泣きじゃくり、気が付けば寝ていたのか朝になっていた。

 文化祭二日目だ、お化け屋敷の当番もあるし、何より勝手に抜け出したことを要さん等に詫びないといけない。僕は昨日からずっと着ていた、涙臭くてよれよれの制服で家を出る。

 そしてそのまま学校へ向かうのだが、どういうわけか前に進めない。

 いや、僕の体が学校へ行くことを拒否しているのだ。

「須藤様、おはようございます。……その、大丈夫ですか?」

「ひぃっ!」

 アパートの前で立ち往生していると、気が付けば隣に愛顔さんが。

 昨日の僕のイカれた問答を一部始終見ていた愛顔さんが。

「お、おはよう愛顔さん」

 僕の顔をじっと見つめてくる愛顔さんとは対照的に、僕は愛顔さんの顔を見ることができない。

 存在しない人間と喋っていた僕を、愛顔さんはどう思っているのだろうか。

 痛い子か麻薬中毒者か、そんな存在だと思われているんじゃないだろうか。

「須藤様、昨日何があったのか詳しくは存じませんが文化祭を楽しめばきっと元気になりますわ。……その、須藤様の当番は午前で終わりですよね、よろしければ午後私と」

「……愛顔さん、悪いけど僕は休むよ。気分が悪いんだ」

 愛顔さんが喋り終わるのを待たず僕はそう告げる。

「だ、大丈夫ですの須藤様? すぐに病院の手配をしないと」

「いや、僕一人で大丈夫だから。愛顔さんは文化祭行ってきなよ」

「……わかりました、お大事に」

 何度もこちらを振り返りながら、愛顔さんは悲しそうな顔で学校へと向かって行った。



 僕の存在感が薄いのは、良い事だったのかもしれない。

 架空の親友と今まで交流してきた痛々しい僕ではあったが、痛い子だと噂されることも、いじめを受ける事も、今までなかった。

 それはきっと、僕の存在感が薄かったから。雪と話している時は僕は現実逃避していたはずだから、より一層存在が希薄だったのだろう。

 だからこそ今まで僕は気づけなかったのかもしれないけれど。

 そう考えると、僕を普通に感知してくる愛顔さんが怖くなってきた。

 いや、愛顔さんだけじゃない。本当は影では皆僕の事を痛い子だと思っているのかもしれない。

 本当に気分が悪くなってきた僕はコンビニへ向かう。

 そこでお金を卸した僕は、大量のカップラーメンと水を買い込んで。



 数日後。真っ暗な部屋の中で、カップラーメンをすすりながら僕はキーボードとマウスを操作する。

 文化祭が終わっても僕は学校に行っていない。というか、コンビニから帰ってから部屋から出ていない。

 僕は引きこもりになっていた。親友が存在しなかった事実と、周りの人間への恐怖は僕を部屋に閉じ込めてしまった。

 そして僕は今、ネットゲームをしていた。

 ネットゲームなら、友人が作れる、そんな淡い期待を抱いたのだ。

 しかしプレイ開始して数日、一日のほとんどをこれに費やしてはいるが友人は1人しかいない。

 その1人、ラブフェイスさんも、夕方から夜中しかログインしない。

 深夜も朝も昼もほとんどソロプレイをしている僕は、やはり孤独を感じていた。

 現在は水曜日の昼の2時。普通の人間はネットゲームなんてやらない時間帯。

 今ログインしているのは、いわゆる僕と同じ引きこもりや無職、ニート、そういう人間なんだろう。

 そう言う僕と同じような人間に声をかけて友人になってくださいと言う事が僕にはできない。

 下手なプライドの高さが邪魔するのか、ネット上でも嫌われるのが怖くて踏み出せないのか。

 楽しそうにパーティーを組んで活動する連中を後目に、僕はずっとソロプレイをしていた。

 早く夕方にならないかな、そうすればラブフェイスさんがログインしてくれるのに。

 慣れた手つきでモンスターと戦っていると、突然獲物が横取りされる。

 マナーがなっていないなと横取りしてきたキャラを見ると、『fhadgfae』というIDだった。

 変な名前だな、まるで適当にタイピングしたみたいだ。

 ネットゲームのキャラは自分の分身なのだから、もっと考えて名前をつけるべきだと思うのだけど。

 例えば僕みたいに『‡☆すときん☆‡』とかね。

 とにかく獲物を横取りされたのは許せない。しかも近距離で敵と戦う僕のキャラと違って向こうは遠距離から矢を撃つキャラ。

 これがパーティーを組んでいるならまだしも、人がダメージを受けながらも敵と戦っているのを遠くから見ていてとどめだけ刺すなんて。

『横入りするな死ね』

 ネットの僕はちょっと強気。fhadgfaeにそうチャットで伝えるが、反応はなく、そいつは新たに湧いてきた敵を黙々と撃つ。

 無視されて腹が立った僕は、今度はそいつの獲物を上手いこと横取りする。

『ざまあみろ』

 そして再びそう告げるが、またも無視。イライラのおさまらない僕は、そいつの狩りの邪魔をし続ける。

 数十分程経っただろうか、ずっと僕ばかりとどめを刺しているがfhadgfaeは文句1つ言わずに敵を撃つ。

 パーティーに入っているわけでもないので、このゲームの設定上経験値やアイテムは全部僕のものなのだ。

 流石に申し訳なくなってきた僕は、

『ねえ、パーティー入らない?』

 そう提案するが、これも無視される。

 ひょっとして、fhadgfaeは他人とのコミュニケーションに慣れていないのだろうか。

 何だかシンパシーを感じた僕は、彼(彼女?)をそのままにしておけなくなってきた。

『横取りしちゃってごめんね、悪気はなかったんだよね』

『そのID名の由来って何?』

『良かったら、友達になろうよ』

 いくら無視されようと、諦めずに積極的に声をかける。自分がそうして欲しいのかもしれない、本当は。

 そうこうしているうちに、ラブフェイスさんがログインしてきた。

『こんにちは、すときん様』

『こんにちはラブフェイスさん』

 すぐにラブフェイスさんは僕のいる狩場へやって来て、パーティーを組む。

『ラブフェイスさん、この人……fhadgfaeさんが寂しそうだからパーティーに入れたいんだけど』

 ラブフェイスさんにウィスパーでそう告げる。まだであって数日しか一緒に行動していないけど、ラブフェイスさんは優しい人だし協力してくれると思っていたのだが、返ってきたのは予想だにしない言葉だった。

『……あの、すときん様、その方は……BOTといいまして……』

『BOT?』

 すぐに僕はネットを開いてBOTを検索する。

 そして僕は絶望する。



 fhadgfaeは、人間ではなかった。

 fhadgfaeはマクロにより自動で狩りをしてアイテムを収集するプログラムだったのだ。

 そんなfhadgfaeに、僕はパーティーを組もうだの、友人になろうだの。

 僕はまたもや存在しない人間と会話していたのか、それも一方的に。

『あの、すときん様、気を取り直してクエストやりましょう?』

『……そうだね、今日もよろしく、ラブフェイスさん』

 傷心状態ながら、僕はラブフェイスさんがログアウトするまでしばしの間楽しんだ。




 ◆ ◆ ◆


 須藤様が学校を休んでネットゲームばかりするようになって数日が経ちました。ラブフェイスもとい愛顔です。

 私もできることならずっと須藤様と一緒にいたいのですけど、根が真面目なものでそんな理由で学校を休むことは私にはできません。

 なので学校から帰ってから寝る前の間しか須藤様とネットゲームを楽しめないのです。



 ……このままじゃ、いけませんよね。

 須藤様とのネットゲームは楽しいけれど、学校の方が一緒にいられる時間は長いですし、何より須藤様の体が心配です。

 毎日暗い部屋の中で一日18時間もネットゲームをして、カップラーメンばかり食べて。

 須藤様は大量に食料を買い込んでいるようで、あの分だと2週間は部屋から出てきそうにありません。

 しかしそれでは駄目なのです、外に出ていただかなければ。学校へ来ていただかなければ。

 須藤様が寝落ちしたのを確認した私は須藤様の部屋へ侵入し、食料を全て盗みます。


 ◆ ◆ ◆



 あ、あれ……? カップラーメンも水も無くなってる。

 木曜日の朝7時半、棚を開けて僕は困惑する。

 おかしいな、後2週間は持つはずだったのに。ひょっとして泥棒にでも入られたのだろうか。

 食料がないものは仕方がない、またコンビニで買って来よう。

 お風呂もあまり入ってないしヒゲも剃ってない、髪もぼさぼさでよれよれな制服姿だけど、コンビニはアパートの隣にあるしこのままでいいか。

 久々に部屋を出る。太陽の光に溶けそうになる。僕は吸血鬼じゃないってのに、数日カーテンの閉め切った真っ暗な部屋で過ごしているだけでこうなるのか。早くパソコンのモニターだけが光るあの部屋に戻りたいとアパートを出てコンビニへ向かいますが、

「須藤様、おはようございます」

 アパートを出て道路に出ると、すぐ側に制服姿の愛顔さんがいるのです。

「ああああああああ愛顔さん?」

 顔を真っ赤にする僕。そりゃあこんな恥ずかしい姿をクラスメイトに見られるなんて思ってなかったし。

「須藤様、もう具合は良くなりましたの?」

 体も臭いわヒゲは剃ってない、そんな状態の僕を気持ち悪がることもなく笑うこともなく愛顔さんは僕の心配をする。

「ま、待って! ちょっと待って! タンマ! とりあえずここで待ってて!」

 別に愛顔さんはたまたま僕と遭遇して挨拶をしただけなのに、何故か僕は愛顔さんをアパートの前で待たせる。

 僕はすぐに部屋に戻るとお風呂に入ってヒゲを剃って制服にアイロンをかける。

 数十分後、鏡の前で自分の姿を確認する。これなら愛顔さんに見られても恥ずかしくはないだろう。

 しかし気づけば既に学校が始まる時間。もう愛顔さんは学校へ行ってしまったのだろう。

 そもそも僕はコンビニに食料を買いにいくつもりで愛顔さんに用はないのに、一体何をやっているんだと再び部屋を出る。

「さあ須藤様、学校に行きましょうか」

 しかし愛顔さんは学校へ行くことなく、本当に僕の言っていた通りここで待っていたのです。

「あ、愛顔さん、もう学校始まってるよ、遅刻じゃないか」

「別に無遅刻無欠席を狙っているわけではありませんし。でも今すぐ行けば一時間目の授業には間に合いそうですわね。ですから急ぎましょう」

「いや、僕は今日も学校休むから」

「行きましょう」

 愛顔さんの謎の気迫に押されてしまい、気が付けば僕は愛顔さんと一緒に学校への道を歩む。

 学校を休んでいた理由を聞くこともなく、咎めることなく、僕を安心させるような優しい笑顔で隣を歩む愛顔さん。

 ああ、でもクラスメイトはどうなのだろうか。文化祭をブッチして、数日も引きこもっていた僕を、皆は笑うのだろうか。

 怖い。だけど何だか、愛顔さんが守ってくれるような気がした。



 けれど杞憂だったようだ。

「あれ、須藤じゃん。病気は治ったのか?」

「須藤君女装コンテストサボった罪は重いですよ、今度個人的に女装してくださいね」

 朝の朝礼が終わり、もうすぐ一時間目の授業が始まる頃に教室についた僕を見て、稲船さんと愛顔さんが話しかけてくる。

「大丈夫かい須藤君、トマトジュース飲むかい?」

 女郎花さんがトマトジュースを寄越してくる。

 数日ぶりに学校へやってきた僕を、誰も笑うことなく普通に受け入れてくれた。

「はは、ははは……」

 思わず僕は笑みをこぼす。なんだ、僕の被害妄想じゃないか。

「ふふふ……」

 隣では愛顔さんがにこやかに笑っていた。


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