親友と一緒に文化祭を回ろう
ついに始まりました、文化祭。僕達の学校の文化祭は2日やるのです。
今まで頑張って準備してきたお化け屋敷、成功するといいのだけど。
さて、今日はこの僕須藤王も、ストーキングなんて陰湿な事はせずに自由時間は文化祭を楽しむことにしましょう。
けど一人で文化祭を回るというのは実に寂しいな。そうだ、今日はあいつが学校に来ているしあいつを誘おう。
「やあ雪、退院おめでとう。一緒に文化祭回ろうよ」
「……ああ、いいよ」
刻軍雪。僕の幼稚園からの親友なのですが、体が弱くて学校に来ないことが多いです。
特に高校に入ってからはすぐに入院してしまったらしく、最近やっと退院したというわけです。
「それにしても半年くらい学校休んでない? 進級できるの?」
「……さあね。僕の事なんて、どうでもいいよ。久々に会ったんだ、まず君の話を聞かせてくれないか」
「まあ、雪がそういうならいいけどさ」
「ここじゃなんだから、人のいない場所で話そう」
そう言われ、僕たちは人気のいない体育館の裏へ。
そこで僕は今までの高校生活を雪に話す。
と言っても、人間観察の延長上で女の子のストーキングをしているくらいしか言えないのだけど。
それ以外は平々凡々な人生を送っているわけだしね。
「……ところで王、気になる女の子とか、できたんじゃないか?」
僕の話を聞き終わった雪は、何か忘れてないか? とでも言いたげな目で僕を見つめる。
「気になる女の子? うーん、クラスメイトだったら、愛顔さんとよく話すかな。ていうか僕の話もどうでもいいでしょ、雪は何で半年も入院したのさ、中学までは学校休むことは多かったけど、1週間に一度くらいは来てたじゃないか。何か危ない病気にでもかかったの? 心配だなあ」
「……そうだね、その愛顔さんって人のおかげかもね」
「???」
「さて、折角の文化祭に男二人で話すのもアレだろう。君はその愛顔さんでも誘って文化祭楽しむといいよ」
そう言って雪はその場から立ち去ろうとする。
「おいおい、何言ってんだよ雪。大体僕と愛顔さんはそんな仲じゃないし。一緒に文化祭回ろうよ」
「……わかったよ」
雪の腕をつかんで引き止めると、しぶしぶ雪は了承した。
まず僕達は出店コーナーへと赴く。
「焼きそば食べようよ焼きそば」
お腹が空いたので焼きそばを食べようと雪を誘うが、
「……僕はいいよ」
首を横に振る雪。そういえば昔から雪が食事しているところを見たことがないや。小食なのかな?
焼きそばをすすりながら今度は校内の出し物を見ようとパンフレットを見る。
そうだ、まずは自分達の準備したお化け屋敷へ行こう。雪は準備期間まるまるサボってるけど。
雪と一緒に入口である5組の教室前へ行き、お化け屋敷へ入る。
客の人数を数えている5組の受付の女子が、
「一名様入ります」
と言っていた。酷いな、僕に存在感がないからって。
そういえば雪も僕に負けず劣らず存在感がないんだよなあ。いや、下手すれば僕より存在感がないのかもしれない。小学校の頃、クラスメイトが全員雪を忘れているという事もあったのだ。
お化け屋敷の構造は5組の出口と4組の入口を暗幕で外から見えないようにつないでいるというものだ。
うーん、それにしても学生のお遊びとは思えないくらいの出来だな。完全に外部の音が聞こえないようになっており、お化け屋敷の中は無音と、時たま聞こえる客の叫び声。それがまた恐怖を増大させる。
男二人、寄り添うようにお化け屋敷を歩いていく様は、一部の女子が歓声をあげるかもしれない。僕はともかく雪は中世的で儚げな美少年だし。
5組のゾーンを抜けた僕達は4組のゾーンへ。今の時間は誰が脅かし役を担当しているんだっけと予定表を思い出していると、
「ばあああああああ!」
暗闇から突然黒マントに般若のお面という恐怖の権化が現れて、なんと僕に抱きついてきた。
「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!」
思わず情けなく女の子みたいな声を出してそのまま般若に馬乗りにされてしまう。
「やめて! 僕は美味しくないよ!」
ここはお化け屋敷でありこれはただの演出だという事も忘れて僕が動揺していると、
「いえいえ、須藤様はきっと美味しいですわ」
般若のお面が外れて、中から天使のような愛顔さんの顔が出てきた。
「愛顔さんこの時間帯脅かし役だったんだね、すごくびっくりしたよ。本物の般若みたい」
本物の般若見たことないけどさ。
「いくら須藤様でもそういう事を言うと監禁して般若心経を暗記するくらい聞かせますわよ」
そんな事されたら頭がおかしくなってしまいそうだ。愛顔さんは顔を赤くして深呼吸した後僕を見つめて、
「そ、それより須藤様、今一人ですの? わ、私もうすぐ当番が終わるのですけど、よろしければ、その、ご一緒に文化祭を」
「? 何言ってるの愛顔さん。見てわからない? 僕は雪と一緒に回ってるんだけど。いくら愛顔さんでも僕の親友をないがしろにするのはいただけないな」
「??? 須藤様、何を言って……」
それじゃあね、と愛顔さんに別れを告げて僕達はお化け屋敷を後にする。
その後も僕と雪は文化祭を一緒に回った。
ついつい綿菓子とかたこ焼きとか、文化祭で出店してる食べ物に惹かれて僕らしくもなくたくさん食べたけど、
反対に雪は何一つ食べ物に手を付けない。実はダイエットでもしてるんだろうか?
それにしても何だか、周りが僕達を異様な目で見ている気がする。
男二人仲良く文化祭めぐるってやっぱりキモイのかなあ?
「おっと、そろそろ僕、女装コンテストに出てその後お化け屋敷の当番やらないといけないや。会場は体育館だから見に来てよ」
成り行きで参加する羽目になってしまった女装コンテストだが、こうなれば楽しむしかないだろう。
雪に別れを告げて体育館へと向かおうとするが、
「……その前に、すごく大事な話があるんだ。ちょっと人気のない所に行こう」
雪に引きとめられる。余程大事な話のようで、何やらすごく真剣な目をしている。
僕達は再び体育館の裏へ。
「で、話って何なの? 実は雪は女の子で僕の事が好きだったとか?」
茶化してみるが雪は真剣な眼差しのまま。
「……僕は、多分もうすぐ消える」
自嘲気味にそう呟いた。
「……へ? な、何でさ。手術のために外国に行かないといけないってこと?」
「……違う。もう君が僕を認識するのにも、限界がある。そしてもう僕がいなくても君はきっと大丈夫」
「意味がわからないよ雪。一体どういう事なんだよ!」
「須藤様」
雪に意味不明な事を言われて声を荒げていると、愛顔さんが気が付いたら近くにいた。
何だか物凄く僕を心配そうな目で見ている。
「あ、愛顔さん。どうしたの」
「女装コンテストがあるので探していまして……それよりも須藤様」
「一体さっきから誰と喋っているんですの?」
「……へ?」
愛顔さんの予想外の発言に僕は固まってしまう。
「いや、クラスメイトの雪だよ。刻軍雪。僕の昔からの友人で、高校入ってすぐに入院してたから愛顔さんは知らないかもしれないけどさ」
「……これ、クラス名簿ですわ」
愛顔さんは一枚の名簿を取り出して僕に渡す。
「え? 無い、何で?」
僕はそれを見て焦る。クラス名簿にはどこにも雪の名前が無かったのだ。
「須藤様、今その雪さんというのはどこにいますの?」
「ここだよ、ここ」
僕と愛顔さんのやりとりをやれやれと言った表情で見ている雪を指差す。
愛顔さんはその場所へ向かい、
「……す、透けた? 雪、お前幽霊だったのか?」
雪の体と愛顔さんの体が重なる。
「須藤様、さっき名前を聞いた時妙な名前だと思って考えたのですが、刻軍雪……須藤様の名前の並べ替えですわ」
愛顔さんが気まずそうに言う。『ときぐんすう』『すとうきんぐ』……ああっ、本当だ!
「僕の名前の並べ替えだって!? 雪……お前は一体何なんだよ! なあ、黙ってないで答えろよ!」
雪に詰め寄るが、体が透けているのでこれじゃまるで愛顔さんに詰めよっているようだ。
雪は数歩ほど後ろへ下がると、僕を優しい目で見る。
「僕は、君だよ。いや、もっといえば君の願望なんだ」
「僕の願望?」
「生まれつき存在感が無くて他人に気づいてもらえなかった須藤王。友達もできず他人が気になってもそれを観察することしかできない君は、僕という架空の友人を作り出した。寂しい時、二人組が作れなかった時、まるで最初からずっとそこにいたかのように僕は現れてきた」
雪の喋っている事は愛顔さんには聞こえないだろうけれど、僕にとっては死刑宣告にも等しい現実だった。
寂しい僕が生み出した架空の友人? そんな馬鹿な、幻覚だっていうのか?
見る見るうちに僕の顔は青ざめていき、倒れそうになる。そんな僕を愛顔さんが心配そうに支えてくれた。
「でも、君が成長するにつれて設定に無理があると気づいてしまう。君が子供の時は、僕が何も食べなくたって、他人が僕をすり抜けたって、他人が僕を知らなくたって、無理矢理こじつけて、自分の記憶だって改ざんして君は自分を納得させてきた。でも中学校くらいになると、君は僕の存在を疑い始める。そして僕が現れることは少なくなる。君はそれを僕が病弱だとこじつけたけどね。そして高校、とうとう君は僕がいなくても、両親が仕事で海外にいても、一人で生活できるくらいに成長した。だから僕を入院していた事にした。そしていつしか僕を忘れるはずだったんだ。けど、文化祭。周りの皆が楽しそうに集団で行動するのを見て、君は幼い頃の孤独なトラウマを呼び起こしてしまった。そして僕はこうして出てきてしまったんだ」
「は、はは、ははは……そうか、僕は妄想の友人とずっと遊んでいた寂しい人間だってことか」
ぽろぽろと涙がこぼれて吐きだしそうになる。ずっと僕を支えている愛顔さんもどうしていいのかわからないようだ。
「そして、もう君は僕の真実を知ってしまった。もう自分の記憶を改ざんできる程君は単純じゃない。僕の存在を認められないんだ」
気づけば、雪の体が薄くなっていく。ひょっとして、このまま消えてしまうのだろうか。
「消えないでくれよ雪! 今更僕を一人にして、どうしろって言うんだよ!」
幻想だろうが何だろうが、僕には雪が必要なんだよ。雪は僕の大切な友人なんだよ!
「……須藤王。もう僕がいなくても君は寂しくなんかないと、僕は信じている。さようなら、僕の親友よ」
けれども雪は僕に微笑むと、そのままスッと消えてしまった。
「……あの、須藤様、一体何を話して」
「僕は情けない人間だったんだ。存在感が無いのも孤独なのも当たり前くらいの」
「須藤様?」
僕は愛顔さんから離れると狂ったように笑う。
「あはは、あはははは、そうか、僕はずっと一人だったんだ! 親友なんて、いやしなかった! 僕はいもしない友人と会話してる痛い子だったんだ! 友人を作れなくて、作る努力もしなくて、人間観察だなんて言い訳して眺めてるだけで!」
僕の変貌ぶりに愛顔さんも怯えてしまっている。でももうどうだっていいや。ずっと周りの人間は僕を空気と会話している痛い子だと思っていたんだろう、本当は存在感がないんじゃなくて、周りの人間が見て見ぬふりをしていたのかもしれない。
「ああああああああああああああっ!」
子供のように喚いてそのまま僕は走り出す。愛顔さんが何か言っているが聞こえない届かない。
「ちょっと須藤君どこ行ってたんですか女装コンテスト始まりますよってきゃあ!」
要さんの横も通り抜け、がむしゃらに走って僕は学校の外へと逃げ出して、
「いぐっ、えぐっ、ううう、うああああああ!」
自分の部屋で涙腺が枯れるくらいに泣きじゃくる。