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邪気眼女を矯正しよう

「ちょっと頼みたい事があるんだ」

 放課後、古本屋で漫画でも読み漁ろうと教室を出ようとした僕を女郎花さんが捕まえる。

「どうしたのさ、血でも吸わせて欲しいの?」

「野郎の血はまずいから遠慮するよ……ちょっと、人のいない場所にでも。屋上に行こう」

 女郎花さんに連れられて屋上へ。

「実は……と、その前に」

 屋上へ来た女郎花さんは一瞬消えたかと思うと、

「きゃあっ!」

 女の子の悲鳴が校舎へのドアの向こうから聞こえ、

「おまたせ」

 再び僕の前に姿を現す。口元から血が流れている。追及するのはよしておこう。



「実はね……影羅さんをね、どうにかして欲しいんだ」

 ひょっとして告白でもされるのかなと自意識過剰になってみましたが、彼女の口から発せられたのは、

月影影羅つきかげえいらさん? 女郎花さんの友達でしょ?」

 クラスメイトで女郎花さんとも仲の良い女の子の名前だ。

「まあ、友達っていうかさ……同類だと思われてるっていうか」

「月影流忍者の末裔でピンチになると第二人格の零羅れいらになるんでしょ? 女郎花さんの同類じゃん」

 自分が吸血鬼だと隠さずにバンパイアハンターをおびき寄せる女郎花さんと、自分が忍者だと隠さない月影さんはどう考えても同類だ。

「……あの子は私と違ってただの一般人だよ。忍術なんて使えないし第二人格だってないよ」

 まあ、そうだとは思ってたけど。

「同類だと思われてあまりべたべたとつきまとわれるとね、あの子に被害が及ぶかもしれない。クラスメイトとは適度な距離を取りたいんだ」

「これからの戦いには足手まといだからついてくるなってこと?」

「ま、そういうこと。そんなわけで頼むよ、つきまといの本職君。トマトジュースあげるからさ」

 別に僕は好きでもないのにトマトジュースを押し付けると、女郎花さんはあっという間に消えてしまった。

 まあ、元々次のターゲットは月影さんにしようと思っていたから丁度いいや、とトマトジュースをカバンにしまって校舎へ戻る。

「あ、愛顔さん!?」

 校舎へのドアを開けるとそこには愛顔さんが倒れていた。

 首元に何か噛まれた痕がある。

 推測するに、僕と女郎花さんが屋上へ行ったのを不審がった愛顔さんがついてきてしまい、そのせいで女郎花さんに襲われてしまったということだろう。

 半分は僕のせいでもあるのだから、とりあえず保健室に連れて行って看病しないとね。



 ◆ ◆ ◆

 目が覚めると、須藤様が心配そうに私を覗き込んでいました。

「ひゃぅ」

 思わず悲鳴をあげてしまいます。誰だって目が覚めて好きな人の顔があったらびっくりしますわ。

「あ、目が覚めたんだね。良かった、貧血で倒れたみたいだから保健室に運んだんだ。ちゃんと鉄分とか採らないと駄目だよ?」

 どうやらここは保健室のようです。須藤様はそう言って私にトマトジュースを差し出します。

 貧血なのは須藤様を想うと鼻血が止まらないからなんですけどね。

 トマトジュースをいただきながら、私は倒れる前何をしようとしていたのかを思い起こします。

 確か女郎花さんが話があると須藤様に持ちかけて……

「す、須藤様! 女郎花さんと何を話したんですの!?」

 思い出しました。屋上へ行く二人を追跡している途中に貧血で倒れてしまったんですわ。

 おかげで女郎花さんと須藤様がどんな話をしたのかがわかりません。

 あの女郎花さんの顔つきから察するにかなり大事な話な気がします。

 はっ、ひょっとして告白? 考えられない話ではありませんわ、須藤様は格好いいですし。

 ああ、なんということでしょう。私がうじうじしている間に先を越されてしまうなんて。

 須藤様は告白を受け入れたのでしょうか、もし受け入れたと言われたら私はその事実を受け止めることができずに、

 全力で女郎花さんを亡き者にしようとするでしょう。

 私は須藤様の口から出る答えがまるで死刑判決のように怖くて思わず耳を塞いでしまいます。

「ちょっと月影さんにつきまとわれてるから何とかしてほしいって頼まれただけだよ、どうしたの? 耳が痛いの?」

 ほっ……と胸をなでおろします。良かった、告白ではなかったのですね。

「いえ、大丈夫ですわ。月影さんと言ったら、あの忍者の末裔で多重人格でお馴染みの彼女ですわね」

「そうそう、でもそういう設定なだけで本当はただの人間だからね。あんまり妄想が過ぎるとロクなことにならないからここらで矯正しましょうってわけ」

 女郎花さんも大概だとは思うのですけれど。とにかく須藤様は月影さんをどうにかしようとするつもりですのね。

「でしたら、私もお手伝いさせてください。看病してくれたお礼ですわ」

「本当? 助かるよ、女の子と接するのはどうも苦手でね」

 ふふ、初心な須藤様可愛いですわ。

 そんなわけで、私と須藤様による月影さん矯正させ隊の結成ですわ。



 ◆ ◆ ◆

 協力を申し出てくれた愛顔さんと、その日は作戦会議。

 翌日。僕と愛顔さんはとりあえず月影さんと積極的にコミュニケーションを取ることから始めることにしました。

「おはよう、月影さん」

「うむ、おはよう須藤殿。前から思っていたのだが、須藤殿は忍びの素質があるでござるな。どうだ、月影流に入門せぬか?」

 うーん、すがすがしいほどのござる口調。愛顔さんのお嬢様口調はまだわかるけど、どうなんだござる口調は。

「遠慮しておくよ。それより、月影さんって忍術使えるの?」

 作戦その1。痛いところをつく。忍術を使えと無茶ぶりをすることで彼女を現実に向き合わせるのだ。

「うむ、特別に見せてやろう。月影流奥義、火遁の術!」

 月影さんが左手に鉛筆を持ち、そう言って印のようなものを結ぶと、鉛筆が炎に包まれる。

 まさか本当に忍術を!? と思ってしまいましたが、よくよく見れば種も仕掛けも丸わかりです。

 彼女は右手に隠していたライターを印を結ぶフリをして高速で使って火をつけたに過ぎません。忍術ではなく文明の利器です。

「教室で火遊びすんじゃねえよアホが! これは没収だ!」

「か、返すでござる! それは忍術用具で」

 真面目系ヤンキーの稲船さんが教室で火遊びをした月影さんにげんこつをかまし、ライターを没収します。

「なーにが忍術だ、そんなもんねえんだよ。忍者なんていねえんだ、現実見ろよ」

 機嫌悪そうに月影さんに吐き捨てる稲船さん。いいぞ、もっとやれ。

 僕の代わりに稲船さんが実行してくれましたが、作戦その2、否定をする。

 忍術だのそんなオカルトめいたものは存在しないんだと否定することで、彼女を現実に向き合わせるのだ。

 ……でもこの作戦は正直嫌なんだよなあ。

 だってこのクラス、確定しているだけで吸血鬼と退魔士と僕というオカルトな存在がいるし。

 更に言えば愛顔さんも陰陽師の末裔らしいじゃないか。

 そんなものは存在しないと否定する事なんて、僕にはできないよ。自分を否定しているみたいじゃないか。

「忍者なんて、忍者なんて……」

 僕の代わりに稲船さんにとことん否定してもらおうと思ったのだけど、どうも稲船さんの様子がおかしい。

 涙目になってプルプルと震えている。

「なあ、月影」

「どうしたでござる、稲船殿」

「電車の窓の外に、忍者っているよな?」

 突然稲船さんはそんな事を尋ねる。窓の外に忍者? 何を言っているのだろうか?

「勿論でござる、彼等は電車のスピードにも負けない速さを求めて日々鍛錬を積んでいるのでござる」

「俺な、見えなくなったんだ、窓の外の忍者が」

「それは彼等が目にも止まらぬ速さで動くようになったからでござるよ。しかし大丈夫でござる、稲船殿がもっと動体視力を鍛えれば、いずれ見えるようになるでござる」

「本当か? そうか、頑張ればまた忍者は見えるんだな!?」

 話がおかしな方向に行ってしまったが、稲船さんは忍者を認めてしまったようだ。これじゃ逆効果じゃないか。

 月影さんと稲船さんが動体視力のトレーニングに励むのを眺めながら、僕と愛顔さんは次の作戦について話し合うのだった。



 作戦その3。一度軽く危ない目に合わせる。

 放課後になり、学校を出て帰宅する月影さんを変装した僕と愛顔さんが追う。

 シナリオはこうだ、忍者に恨みを持つ僕と愛顔さんが月影さんを襲う。

 そして月影さんはビビって、「ひい、本当は忍者じゃないんです」と認める。

 それにより現実と向き合うようになる。

「須藤様、とても似合ってますわよ」

 一昔前のヤンキーの姿で褒められてもあまり嬉しくない。それを言うなら、

「愛顔さんも、ヤクザの娘って感じでかっこいいね」

「……」

 お返しとばかりに愛顔さんを褒めたら固まってしまった。

 喜んでいるのかヤクザ扱いされてショックなのか微妙な表情だ。

 ともあれ、変装した僕達は月影さんに声をかける。

「おい、てめえ忍者だろ」

 普段の僕じゃまず言わない乱暴な口調。何故か愛顔さんが録音している。

「うむ、拙者は月影流、月影影羅でござる」

「私達今をときめく忍者スレイヤーなんですの。そういうわけでお命頂戴いたしますわ」

 お嬢様口調のままな愛顔さんが、そう言って薙刀を構える。練習用の竹製だが、叩かれたらかなり痛いだろう。

「くっ、これも忍びの定めか。しかしここは天下の往来、戦うわけにはいかないでござる、失敬!」

 月影さんはそう言うとポケットから何かを取り出して地面に叩きつける。

「げほっ、ごほっ、何だこれ」

「え、煙幕ですわ」

 一瞬で辺りが煙に包まれる。煙幕だなんて、ここにきて忍者っぽいものを使いだしたなあ。

「うげ、げほっ、目が、目があああああ」

 ただ、今まで使った事が無かったのだろう、あるいは自分は忍者だから煙の中もすいすい動けると思っていたのだろう。

 煙が晴れた時には、地面に倒れてピクピクしている月影さん。そうとうピンチな状況なのだろうけど、別人格とやらは現れない。

「こらー、お前ら何してるんだ!」

「いけません、警察ですわ、逃げますわよ!」

 さっきの煙幕は思った以上に目立ったようで、警察がこちらへ駆けつけてくる。

 愛顔さんは僕の手を取って猛スピードでその場から逃げ出した。

 変装しているし、多分僕達の顔は割れていないだろう。

 ただ作戦その3も失敗に終わってしまった。月影さん、なかなか手強い。

 その後ファミレスで愛顔さんとああだこうだと作戦会議をするも良い案が出ず、その日はお開きとなった。



「お力になれず申し訳ないですわ」

「いやいや、愛顔さんの発想はいいと思うんだ。この調子でやれば上手くいくよ」

 翌日、登校中に愛顔さんと出会って二人で学校へと歩いていると、偶然にも月影さんと遭遇。

 ストーカー体質なのか、気づけば僕は自然と彼女の20m後を歩く。

 学校についた彼女は下駄箱を開けた後、何やら顔を赤くして辺りをきょろきょろとしだす。

「どうしたんだろ、月影さん。様子がおかしかったけど」

「あの反応……まさか。須藤様、今日の放課後、月影さんを要チェックですわ」

 何やら嬉しそうな愛顔さん。僕は意味が分からず、言われた通り放課後を待つ。

 授業中も月影さんを眺めていたが、なんだかそわそわしていた。

 おまけに、

「なあ月影! お前はいつもどうやって動体視力を鍛えてるんだ?」

「え、私? そうだね、フラッシュ暗算とかかな……?」

 稲船さんに話しかけられた時の月影さんの対応を僕は見逃しませんでした。

 私、と言いました。僕の知る限り今まで月影さんの一人称は拙者だったはずなのに。

 自分のキャラが崩壊してしまうほど、月影さんは動揺しているようです。

 そして放課後になりました。

 放課後になり、やはりそわそわしながら教室を出て行った月影さんを、僕となんだかわくわくしている愛顔さんは追います。

 彼女は学校を出るのではなく、階段をのぼって屋上へ。

 校舎からドアをちょっとだけ開けて僕と愛顔さんが中を覗くと、



「一目惚れしました。僕と付き合ってください!」

「は、はい、私で良ければ喜んで」

 中では告白が行われていました。うひゃー男の方も月影さんも顔が真っ赤だ。

「多分これで月影さんはまともになりますわ。さて、いつまでも他人の恋路をじろじろ見てはいけませんわね、行きましょう」

「え、これで解決?」

 釈然としませんでしたが、愛顔さんに連れられてその場を後にします。




 数日後。

「月影! フラッシュ暗算やってたら動体視力がかなりアップしたぜ! これなら窓の外の忍者ももうすぐ見えそうだ!」

「何言ってるの稲船さん。忍者とか小学生みたいな事言って」

「な!?」

 愛顔さんの予言は的中しました。

 彼氏ができたことで月影さんはびっくりするほど普通の女の子になったのです。

 邪気眼の呪いは愛によって解かれたのですね、なんてクサいセリフ言ってみたり。

 結局僕と愛顔さんの努力は無駄になってしまいましたが、まあ結果オーライと言ったところか。

「それにしても、生の告白ってやっぱりいいものですわね」

「そうだね、青春って感じだね」

 青春を謳歌している月影さんを眺めながら、隣の席の愛顔さんと談笑。

「ところで須藤様は、告白したいですか? 告白されたいですか?」

「え、僕? うーん、ちょっとヒロイン願望あるから、どちらかと言えば告白されたいかなあ。昔古本屋で愛顔さんに持って来てもらったあの少女漫画みたいな感じ」

「わかりましたわ」

 何がわかったのだろうか?



 当初の目的通り、月影さんが女郎花さんを同類だと思ってべたべたくっつくことは無くなったのですが、

「女郎花さん、もう高校生なんだから吸血鬼気取ってトマトジュース飲むとかやめた方がいいと思うな」

「……」

 月影さんにそんなことを言われて女郎花さんはわなわなと震えています。

 この日の放課後、ルンルンステップで彼氏とのデートに向かう月影さんが何者かに襲われて血を吸われたそうです。

 大人げないなあ、女郎花さんも。

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