アバンチュール女を救おう
夏休み終わりました。今日からまた学校です。
目覚ましのセットも忘れて休みボケが抜けずに危うく遅刻してしまうところでしたが、隣の部屋の住人の目覚まし時計の音で何とか起きました。
「おはようございます、須藤様」
「おはよう愛顔さん」
アパートを出て学校へ向かうと、途中で愛顔さんと鉢合わせし、そのまま二人で学校へ。
僕はちょっと今愛顔さんの顔をまともに見ることができません。
白状します、夏祭りの時に見てしまった愛顔さんの裸が脳裏から忘れられず、昨日彼女をオカズにして抜いてしまったばかりなのです。
気分は昔流行ったロボットアニメの主人公。
嬉しそうにバイトや夏祭りの時の話をする愛顔さんに僕は罪悪感しか感じられません。今日明日はこの状態が続きそうです。
学校について教室へ。これでやっと解放される。
愛顔さんには悪いけど、僕の身が持たないよ。
「あ、愛顔さん久しぶり~、何かラブとかあった?」
「お久しぶりですわ。ふふ、秘密ですわ」
扉さんに声をかけられてそう返事をする愛顔さん。心なしかこちらを向いてウインクした気がしますが、多分僕の妄想でしょう。駄目だな、今は愛顔さんの事をまともに考えられないや。他のクラスメイトに集中しよう。
「あ゛あ゛あ゛い゛でえ゛え゛よ゛お゛お゛」
日焼けしすぎたのか、肌が真っ赤で見るからに痛々しい稲船さんをうわぁ……と眺めていると、教室に一人の女の子が入ってくる。
「皆おはよう」
教室中がぽかーんとなる。何故ならこんな子、見た事もなかったからだ。
金髪のポニーテールに、耳にイヤリング。ぱちくりとした目が愛らしい女の子。ちょっと稲船さんと被ってる。
こんな子、ウチのクラスにいたっけな?
「誰だアンタ? 教室間違えてるぞ、早速夏ボケかだらしねえな」
「酷いな稲船さん。私だよ、夏野恋だよ」
「「「「ええええええーっ!?」」」」
彼女の発言に教室中がざわめく。
それもそのはず、僕の知る限り夏野恋さんといえば黒髪のおさげに瓶底メガネで口数も少なくぼそぼそ声、教室でも一番地味な女の子だったはずだ。あまりにも地味なのでストーキング対象にする気も起きなかったってのに。
「一体どうしちまったんだよ夏野。正直金髪に耳アクセでかぶってるから髪は元に戻せよ」
「まあ、アバンチュールってやつで」
「な、なななななななんだと? お前まさか男ができたのか? どこまで、どこまで行ったんだ!? Aなのか? Bなのか? それとももうそれ以上行ったのか? ああ畜生よりにもよって夏野に先を越されるなんてよお」
アバンチュールという単語に顔を真っ赤にする稲船さん。(日焼けで元々真っ赤だけど)
あの様子だと、稲船さんは彼氏とのアバンチュールとはいかなかったようだ。
「酷いな稲船さんは。まだ付き合って2週間だし、そういうのは無いよ。……まあ、もうすぐあるかもしれないけど」
ポッと顔を赤らめる夏野さん。
しかし恋をすると女は変わると聞いていたけど、まさかあそこまで変わるなんて。
◆ ◆ ◆
須藤様の自慰を見ながら自慰にふける乙女、愛顔萌伊です。
エロ動画を見ながら自慰をする須藤様のお姿そのものが私にとってはエロ動画。
世の中はこうやって循環していくのですね。
須藤様がやたらと夏野さんを気にしてますわ、この分だと今日は須藤様、彼女の後をつけるつもりですわね。
それにしても夏野さんの変わりっぷりには本当に驚きましたわ。
……そう言えば私も、須藤様と出会うまでは暗い女の子でしたわね。
お嬢様中学出身だった私は共学の高校に入学して不安いっぱい内気な性格も災いして友達もできずうじうじしておりました。
同じく、存在感が無くて友人を作れずにいた須藤様にシンパシーを感じ、気が付けば須藤様に恋をしてしまったのです。
それからの私は恋の暴走特急。毎日が充実してますわ。ストーカーしてる時点で暗い性格は変わってないのかもしれませんけど。
どうも夏野さん、学校が終わったら彼氏と逢う約束をしているらしいですわね。
放課後になり、楽しそうに教室の掃除をしている夏野さん。彼女を尾行するために教室の外で待機している須藤様。
私思うのです。いつまでも後ろをつけているだけじゃ駄目だって。
一緒にバイトをしたり一緒に尾行をしたりした夏休みの時みたいに、もっと積極的に付きまとうべきだと思うのです。
「須藤様、ひょっとして夏野さんの彼氏が気になって後をつけるんですの?」
「わ、あ、愛顔さん」
後ろから声をかけると須藤様はびっくりして慌てます。可愛らしいですわ。
「私も夏野さんの彼氏が気になって後をつけようと思いまして。よろしければ一緒に尾行しません?」
「僕は、構わないけど」
無事に須藤様との尾行デートを取りつけましたわ。
「何だ何だ、お前らも目的は一緒かよ」
私が浮かれているとクラスメイトの稲船さんの声。
「うむ、仲間は多い方が心強いな」
「あんまり尾行するんだったら人が多くない方がいいと思いますけど……」
その傍らには鶴来さんや要さんといったクラスメイトが何人かいます。
ひょっとして、彼女達も夏野さんを尾行するつもりなのでしょうか。
折角須藤様と二人っきりのデートの予定でしたのに……
◆ ◆ ◆
ふー、稲船さん達も一緒で良かったよ。
愛顔さんと二人きりで尾行だなんて正直尾行どころじゃなくなるからね。
教室の掃除を終えて学校を出る夏野さんを、僕達一行はぞろぞろとつきまとう。
集団ストーカーってこんな感じなのかな、何か違う気もする。
「お待たせー」
「やあ恋ちゃん、高校の制服可愛いね」
しばらく彼女の後をつけると、喫茶店の前で彼氏らしき人を発見。
風貌から察するに大学生あたりだろうか。
そのまま二人は喫茶店の中へ入る。中に入るのは流石に怪しまれるということで、喫茶店の外からこっそり二人の様子を眺める。
「どんな会話をしてるんでしょうか、気になりますね」
「諦めろよ桃子、流石に喫茶店の中に入ったら見つかるって」
喫茶店の外で二人の口の動きからどんな会話をしているのか推測する僕達ですがやはり会話がわからないというのはもどかしい。
ここは存在感のない僕がいっちょやってみましょう。
実はこの前の夏祭りで愛顔さんを探している時に、自分の存在感を薄くするコツを掴んだんです。
そう、空気と同化するんだとかアホな事言ってた時です。
「須藤様、これをあの二人のテーブルの所へ投げてください」
存在感を消して店内に入ろうとする僕に、愛顔さんが盗聴器を手渡します。
店内に入った僕は、見事に怪しまれることなく二人のテーブルに盗聴器を仕掛けることに成功。
再び店の外に出て会話を聞きます。
『恋ちゃん、夏休みの宿題はちゃんとやった?』
『勿論だよー、私は真面目さが取り柄ですから』
二人の会話を聞いてると虫唾が走ってきた。リア充もげろ。
そんなこんなで恋人同士の会話をしばらく聞いていると、男の方が困った顔をして、
『あー……その、実はちょっと楽器のメンテ代に金が必要でさ』
『うん、わかった。それじゃこれ、少ないけど。ミュージシャンになるんだもんね、投資は必要だよね』
『悪いな』
夏野さんはあっさりと彼氏にお金を渡すのです。
これには尾行チームも騒然とします。
「……どうも俺は夏野が騙されてる気がするんだが」
「私もそう思います、女子高生にお金せびるなんてロクな男じゃないですよ」
彼氏への不信感をつのらせていると、二人が喫茶店から出てくる。
僕達は隠れて二人の後をつける。
「それじゃ、またね」
「ああ、またな」
途中の道で夏野さんと彼氏が別れる。僕達は夏野さんではなく、彼氏の方を尾行することに。
彼氏が夏野さんにふさわしい男かどうか見極めるんだと、クラスの女性陣がまるで父親みたいな事を言っているのだ。
僕達に尾行されているともしらず彼氏はとあるコンビニの前でヤンキー座りをしていた集団の輪に加わる。
「おーよっちゃん、お前彼女できたってマジ? もうヤったの?」
男の友達らしいガラの悪そうな男が下品に笑う。
「いや、まだだけどもうすぐヤれるかな。あいつ俺がミュージシャン志望って簡単に信じちゃってさ、楽器のメンテ代がいるとか言ったら簡単に金くれるんだけど、マジウケル」
「お前本当はパチプロ志望だろーよー」
「いつ別れるんだよ」
「そーだなー、ヤったら捨てるかな。あいつ絶対処女だろうし」
「出ました、よっちゃんの処女ヤリ捨て伝説!」
その後も下劣な会話を続ける男達。耳が腐りそうだ。
ともかくこれではっきりした、夏野さんの彼氏は屑だ。
このままでは夏野さんは利用されるだけされて捨てられてしまう。
夏野さんに彼氏の素性についてばらして別れるように勧めた方が良いのだろうか?
しかし彼女はそれを信じてくれそうにないだろうし、彼氏と話している時の夏野さんの幸せそうな顔を思うと、一概に別れさせようとするのが正しいことなのかわからなくなる。
けれど僕がそんな事で悩むのは僕が男だから。
「殺るか」
気づけば稲船さんが手にメリケンサックをはめて殺気を放っていた。
「うむ、殺ろう」
鶴来さんも殺気を放ちながら竹刀を構える。
「殺りますわ」
愛顔さんも同じく薙刀を構える。
他にも分厚い本を構える本野さんや、バットを構える正岡さん。
女性陣は問答無用で鉄拳制裁をするようです。
「「「女の敵が死に晒せえええええ!」」」
この日、某コンビニの前に血の雨が降った。
二日後。
「……おはよう」
夏野さんがぼそぼそ声で挨拶をしながら教室へ入ってくる。
その姿は、黒髪に瓶底眼鏡。夏休み前の夏野さんそのもの。
「ど、どうしたんだよ夏野、元気ねえな」
「彼氏に、フラれて」
「そ、そっかー。あはは、元気出せよ、男なんて星の数程いるって」
クラスメイトの大半は、夏野さんから目を逸らす。
流石の稲船さんも元に戻ってしまった夏野さんの悲壮感漂う姿に罪悪感を感じてしまったのか目を逸らしながら話す。
何故なら彼女がフラれた原因は、僕達が彼氏をボコボコにして夏野さんと別れないと殺すとか散々脅したからだ。
恋をして変わった少女は、恋が終わって元に戻ってしまいましたとさ。
「これで、良かったんでしょうか?」
新学期早々の席替えで隣の席になった愛顔さんが、悲しそうに夏野さんを見つめて呟く。
「きっとこれで良かったんだよ。長期的に見れば夏野さんを救ったんだよ、愛顔さんは。だからそんな悲しい顔しないでさ、夏野さんに今度は素敵な彼氏ができるように祈っておこうよ」
「そうですわね。……私も早く素敵な恋人が欲しいですわ」
「愛顔さんならすぐに見つかるでしょ。ていうか愛顔さん、好きな人いるの? だったら告白しちゃいなよ、愛顔さんくらい可愛かったらイチコロだって」
「須藤様は女心がわかっていませんわね」
何でそうなるのさ。あ、そういえば夏祭りの時に愛顔さんが泣いてた理由って、ひょっとして男にフラれたとか? だったらまずい事聞いちゃったなあ……