探偵をしよう
夏休み中盤。
スーパーの短期バイトも終えて再びだらだらとした生活へ。
オナ禁は現在2週間続いています。割と日課になっていたので最初の1週間はかなりきつかったですね。
将来お酒やタバコを嗜む際には十分に気を付けないと。
スーパーの次は、探偵社でアルバイトをすることにしました。
探偵ってかっこいいですし、何より探偵ならストーキングしても大丈夫という風潮があるじゃないですか。
元々僕は尾行向きの人間ですし、普段から人間観察をしていたので洞察力もある方だと思っていますし、探偵も天職だと思うんです。
しかしアルバイトの人間がそう簡単に重要な仕事を任せてくれるかと言われれば勿論NO。
インターネットで資料を探したり、お茶くみをしたりと下働きで終わりそうです。
本当に探偵をしたいなら、アルバイトではなくきちんと高校を卒業して就職するべきでしたね。
「この人を、尾行して欲しいんだ。できるだけ見張っていてほしい」
……と思っていたのですが、なんと僕に尾行の仕事が回ってきました。
探偵社の上司が僕に1枚の写真を寄越します。
年齢は大体20代前半に見える。指輪をしていない、独身か。
こういう判断も探偵には必要なことだ。
「いいんですか? 自分はまだ素人だと思いますが」
「ああ、こちらでフォローもするから、バレる覚悟で尾行してくれ」
「わかりました、精一杯頑張ります。ところでどうして彼女を尾行する必要が?」
「彼女はどうも麻薬の密売人だという噂があってな。それが真実か、また仲間はいるのかなどを確認したい。この事は他言無用で頼むよ」
ようやくこれで探偵らしい仕事ができる、しかもターゲットは麻薬の密売人なんて大仕事だ。僕はウキウキしながら尾行の準備に取り掛かる。
とりあえず事前に知らされた情報をまとめよう。
女性の名前は彼我妹子。24歳、縦川駅前のアパレルショップ店員。
縦川駅から約5分の場所にあるマンションで一人暮らしをしているようです。
今現在はアパレルショップで働いているらしいので、僕は早速そのお店へ向かいます。
『ごすろりっ』という名の示す通りゴスロリ専門店みたいですね。
うーん、困りましたね。これが本屋とかだったらお店にずっといても怪しまれないのですが、服屋、それも女性向けの服屋となれば男性である僕が長時間滞在するのには厳しい。
とりあえずはお店の中へ入ってみよう。
僕はあまりゴスロリについては詳しくはないからゴスロリと言えば白黒のフリフリドレスという認識でしたが、ピンクのドレスとか色々あるんですね。
客層は……やはり女性だらけですね。適当にお店をうろちょろしていると、ターゲットが見つかりました。
「お客様にはこちらがお似合いだと思いますよ」
客に服を勧めている、制服に身を包んだ彼我さん。
とりあえずは怪しまれない程度に服を見るフリをしながら彼女を見張って、頃合いになったらお店の前で彼女が仕事を終えるのを張りこもう。
それにしても高いですね、ゴスロリは。
私服のほとんどをユニシロで揃えている僕からすれば目が飛び出る値段です。
女性は男性より服に値段をかけるとはいうけれど、このヒラヒラしたスカートで、僕の今の服装が2セット買えるじゃないか。
「本日はどのような服をお探しですか?」
スカートを眺めてそんな事を考えていると、まずいことにターゲットに声をかけられてしまう。
僕は声かけをしてくる服屋の店員が嫌いだ。他人との会話が苦手だし、服はゆっくりと自分のペースで選びたいのだ。そういう意味でもユニシロは好きだ。
「……」
ニッコリと営業スマイルをかますターゲットの前で、僕は冷や汗を流してしどろもどろに。
現在僕はサングラスと帽子で変装をしている。多分知り合いが僕を見ても僕だと気づかないはずだ。
これには僕なりの理由がある。これから多分僕は毎日のように彼女を尾行する。
今日のようにターゲットに見られる覚悟で仕事場をうろつくこともある。
しかし同じ人間が毎日近くをうろついていると、ストーカーだと感づかれてしまう。
麻薬の密売人だとしたらバックに色々危ない人もいるだろう。辺りを嗅いでいるとばれるとまずい。
そうならないためにも、僕は毎回服装を変えるつもりだ。
しかしだからと言って声や体格は簡単には変えられない。
初日から彼女と会話をするのは避けたいのに。
大体なんで女性用の服屋で男の僕にそんな事を聞くんだよ、ひょっとして不審者だと思われて先手を打たれたか?
どうしようかと策を考えていると、
「私の服選びを手伝ってくれてるのですわ」
「あ、カップルさんでしたか。申し訳ありませんでした、ごゆっくりとお選びください」
突然愛顔さんが横に現れて、助け舟を出してくれました。和服ですね。
ペコリと一礼をして他の客に声かけをしにいくターゲット。
「須藤様、素敵な私服ですわね」
「あ、愛顔さん……? よく僕だってわかったね……」
こちらへニコニコと笑顔を向けている愛顔さん。
結構自信のある変装だったのに、簡単にばれてしまうなんて。
「ところで須藤様、本当は何しにここへいらしたのですか? 確かにこのお店はゴスロリ男子を推奨してますが、須藤様が女装趣味があるとも思えません」
純粋無垢に僕を見つめてくる愛顔さん。
うーん、女装趣味で通すべきなのだろうか、それとも目的を話すべきなのだろうか。
少し悩んだ末、僕は愛顔さんに事情を説明することにした。
愛顔さんなら話しても大丈夫だろうという謎の信頼があるのだ。
「まあ、探偵をなさってるんですの。かっこいいですわ」
愛顔さんはターゲットが近くにいないのを確認して歓声をあげる。
「そういうわけだからさ、よかったらこのままカップルのフリしてくれないかな。お詫びに服プレゼントするからさ」
「まあ、嬉しいですわ。お言葉に甘えさせていただきます」
スーパーのバイトでお金はかなり余裕があるし、一度やってみたかったんだよね、女の子に服をプレゼントするの。
そんなわけで愛顔さんの服選びに付き合うことに。
試着室に入って見繕った服に着替える愛顔さん。
衣擦れの音に興奮してしまう。ただでさえオナ禁中で色々敏感だというのに。
着替え終わったのかカーテンが開いて白黒のフリフリドレスに身を包んだ愛顔さんが。
「あの、これはどうでしょうか」
「すごく似合ってるよ」
嬉しそうな顔をした後、また別の服に着替えだす。
「でしたらこれは」
「すごく似合ってるよ」
「もう、須藤様、さっきからそれしか言ってませんわよ」
「あはは、ごめんごめん」
僕の服選びのセンスがないから下手な事を言えないのもあるが、愛顔さんは何着ても似合うからしょうがない。
結局愛顔さんが一番気に入ってたオーソドックスなメイド服を買うことに。愛顔さんはむしろメイドを侍らせる方な気がするけど。メイド服の愛顔さんが奉仕する様を想像して興奮する。いかんいかん。
「そうだ、まだお店が閉まるまで時間がありますし、服のお礼に須藤様の服も見繕って差し上げますわ」
「え? いや、僕は別に女装趣味は」
笑顔で何を言っているんだ愛顔さんは。
「駄目ですよ須藤君。このお店に来た男の人は絶対に女装しないといけないんですよ」
「か、要さん!?」
どこから湧いてきたのか知らないが要さんが背後でニコニコと笑みを浮かべている。挟まれてしまった。
「このスカートなんて須藤様に似合うんじゃないでしょうか」
「愛顔さん、こっちのドレスも似合うと思いますよ」
僕の女装で勝手に盛り上がる愛顔さんと要さん。どうやら覚悟を決めるしかないようだ。
試着室で見繕われたドレスに着替えてカーテンを開けてお披露目をする。
「……微妙ですね」
厳しい評価を下す要さん。自分で似合うと思うとか言っておいて身勝手な子だなあ、可愛ければ許されるのだろうけれど。
「……」
「ちょ、ちょっと愛顔さん? 大丈夫?」
「愛顔さん大丈夫ですか? そんなに須藤君の女装がキモかったんですか?」
愛顔さんは鼻血を噴きだしてしまった。要さん酷過ぎやしないかな?
そんなこんなで着るつもりもないのにゴスロリドレスを愛顔さんにプレゼントされてしまったりとアクシデントはあったが、無事にターゲットの監視に成功……いや、ほとんど遊んで監視は全然していないから微妙なところだ。
この辺に住んでいるという要さんと別れ、僕とついでに愛顔さんはターゲットが仕事を終えてマンションへ帰るまでを尾行する。
お店を出た後はコンビニによって添加物たっぷりのコンビニ弁当と野菜ジュース、女性雑誌を購入。おつりの3円を募金。見ていて切なくなってきた。
コンビニを出た後は真っ直ぐマンションへ。
外から双眼鏡で部屋へ入るのを確認する。今日の尾行はここまでかな。
「須藤様、双眼鏡で何を見てましたの?」
「部屋の暗証番号だよ。ターゲットに関することはできるだけ調べておこうと思ってね」
「なるほど、プロ根性ですわね。でしたら、この小型監視カメラを部屋の中に設置するというのはどうでしょう」
愛顔さんはポケットから小型の機械を取り出す。監視カメラらしいが、どうして愛顔さんはそんなものを常備していたのだろうか。
「ところで須藤様、明日もお店へ来るのですよね? 私も変装して行きますわね」
「いやいや、別に明日も付き合う必要はないよ」
今日だって夜まで僕に付き合わせてしまったというのに、これ以上愛顔さんに迷惑はかけられない。
「私が協力したいんですの」
しかし愛顔さんはニッコリと微笑みかける。どうやら愛顔さんには逆らえそうにないな。
◆ ◆ ◆
「それでは須藤様、私はこちらなので。また明日」
「うん、また明日」
縦川駅から須藤様と最寄の駅まで移動して、その後一緒に歩きながら四方山話に花を咲かせ、途中の道で須藤様と一旦お別れ。
勿論私の住んでいる部屋は須藤様の隣の部屋なので、暗い夜道を歩く須藤様が危険な目に合わないように注意しながら後をつけ、須藤様が自分の部屋に入ったのを確認後、隣にある自分の部屋へ。
部屋に入ってすぐ、私は携帯電話で撮っていた須藤様の女装姿をポスターにして壁に貼り付けます。
ああ、須藤様の女装姿を見ることができるなんて、大量出血で死んでしまうところでしたわ。
その後私はモニターをつけて須藤様の部屋を眺めます。
須藤様はどうやら私がプレゼントしたドレスに着替えようか迷っているようです。可愛らしいですわ。
それにしても須藤様、ここ2週間自慰行為をしてませんわね。
あれから色々調べてみたのですが、男子高校生が自慰をするのは当たり前の事なんですのね。
それを須藤様をまるで変態扱いするなんて、何て私は馬鹿なのでしょうか。
さて、明日の着替えを選ばなければ。今日は和服でしたから、明日は洋服にしましょう。
◆ ◆ ◆
それから数日、僕と愛顔さんの尾行は続いた。
まず僕はターゲットが仕事をしている間にこっそり彼女の部屋に侵入し、監視カメラを設置。
女の子の部屋を僕が覗くのはよくないので、代わりに愛顔さんに監視して貰い、中の様子などはレポートにまとめてくれることに。
毎日お互い変装をして、カップルのフリをしてお店に入り、彼女の仕草や、どんな人間に声かけをするかなどをメモする。
僕と愛顔さんの努力の甲斐あって、ターゲットに怪しまれることなく、十分な彼女についてのデータが取れた。今や僕達は彼女の両親くらい、いや、それ以上彼女について詳しいのではないだろうか。
麻薬の密売人だという噂ではあったが、どうやら完全にシロのようだ。どこにもそんな素振りはない。
僕は彼女についての尾行レポートをまとめて上司に提出。
これだけの成果を残したのだ、褒めてくれるだろうと思っていたのだが。
「……すまないが、この仕事は別の人に変わってもらう」
「そ、そんな。僕じゃ力不足なんですか?」
「いや、そういうわけではないんだが……ちょっと君が予想外に出来が良すぎたというか……」
上司は若干僕に引きながらも、別のアルバイトの子にターゲットの尾行を引き継がせた。
「かなり自信あったのになぁ……」
アルバイトを終えて、とぼとぼと探偵社を僕は出る。何がまずかったのだろうか。
「須藤様、何だか元気がなさそうですわね」
途中の道で、電柱からひょいと愛顔さんが出てきた。
「愛顔さん。……ちょっと聞いてくれるかな」
僕は愛顔さんに愚痴を吐く。愛顔さんにも手伝ってもらってあれだけ頑張ったのにお茶くみに左遷されてしまったと。
「須藤様、悪い事は言いませんからその探偵社は辞めるべきですわ」
話を聞いた後、愛顔さんは神妙な顔になってそう告げる。
「どういうこと?」
「実は、少し気になって須藤様がバイトをしている探偵社について調べたのですが、あまりいい噂を聞きませんわ。須藤様、あの店員さんを尾行する理由知らされてません?」
愛顔さんいつのまに調べていたんだ、本物の探偵みたいだ。
「店員が麻薬密売人らしいって言われて」
「本当だとして、アルバイトにそんな大仕事任せるわけがありませんわ。多分須藤様は利用されそうになったんですの」
「利用?」
「ええ。恐らく依頼主の望みは、ターゲットをストーキングで怖がらせて欲しいというものですわ。たまにいるんですのよ、嫌がらせか、屈折した愛情からか、はたまた怖がっているところを慰めようと考えているのかそういう下種な事を考えている人が」
「ストーキングで怖がらせる……」
そんな発想考えもしなかった。ストーキングというのは気づかれないように、怖がらせないようにするものだと思っていたからだ。
「だから須藤様のようなアルバイトに尾行を任せたんだと思いますの。尾行に慣れていない、ストーキングをしたら気づかれてしまうような素人に。そうすればターゲットは自分がストーカー被害にあってると気付いて恐怖を抱く、依頼主の思うつぼですわ。もし被害者が警察に通報などをしたら、多分探偵社はアルバイトを切り捨てるでしょうね。須藤様がお役御免になったのは、予想以上に須藤様が優秀で本来の目的を果たしてくれそうにないからですわ」
愛顔さんの言っていることは納得ができる。きっとそれが真実なのだろう。
かっこいいと思っていた探偵が、まさかそんな悪どいことをしていたなんて。
僕は探偵社のアルバイトを辞め、ターゲットの部屋にある監視カメラも回収して、レポートはシュレッダーで細切れにした。
僕は将来どんな仕事をするかなんて明確にビジョンは見えないけれど、あんな仕事はするまいと誓った。