ダメ親父
1章 はじまり
学は、1月ほど前に妻と五歳になる娘に出て行かれた。離婚したのだが、無理やり、させられた感が強い。
それからというもの、学は何をやる気にもなれなかった。会社へは、行くもののボーっと考え事をしているので、、課長から「最近、元気がないようだが、何かあったのかい」と、聞かれたばかりだった。
「実は、妻と子に逃げられまして」というと、
「それは大変だね。まあ元気出したまえ」たった一言で終わってしまった。だが、学ぶが妻子に逃げられたという話は、小さな会社ではあるが、夕方にはほぼ全員に知れ渡っていた。
「まいったな」顔をあわせないようにして、会社から出てきた。そのときだった。
「青木さん。青木さん。待ってくださいな」学を追いかけてきた女がいた。経理の高木さんだった。学と同期入社の女だった。
「高木さん、どうかしましたか」
「飲みませんか。おごりますよ。付き合ってくださいな」
学には、断る理由がなかったので、
「行きますか。飲みたかったんですよ」
二人は駅前の焼き鳥屋へ入っていった。カウンターに座ると、焼き鳥二人前とおしんこ、中生二杯をたのんだ。
生はすぐに運ばれてきて、乾杯をした。
「課長から聞きましたよ。奥さんと娘さん追い出したんですか」高木さんが、一気にはしゃべりだした。
「その逆ですよ。うだつの上がらないぼくに、見切りをつけて、出て行ったんですよ」
普段あまりしゃべらない高木さんが、元気に学のことを話している。学も聞かれると、なんでも素直に答えた。
「生お変わり。青木さんも飲んでくださいね。人の不幸なお話聞くと、私だけではないんだって、安心しますよね」
「高木さん、顔に似合わず、きつい事いいますね。まあ確かにいえている」
「ですよね。私三十五歳になるまで、経験つんでまいりました」
「同期入社でしたね。思い出すな。元気でした二人とも」
飲みだして二時間が過ぎようとしていた。
「高木さん、今夜はこの辺でお開きにしましょう」
「青木さん、誰か待っているんですか」
「誰もいませんよ」
「それではいいではありませんか。次は、カラオケですよ」
「では、ここは割り勘で、出ましょうか」
「いいですよ。今夜はごちそうしますから」
高木は、勘定を済ませトイレに寄っていた。青木は、その間、店の前で子どもができてからやめていたタバコを、ポケットから取り出し、火をつけた。