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短編&中編集

引きこもり令嬢の恋

作者: 瑪々子
掲載日:2026/06/05

久し振りに思いついて書きたくなった短編です。よろしくお願いいたします。

「ティナ。あなた明日から、私の代わりに王城に行きなさい」


 姉エリーゼの突然の言葉に、私は目を丸くした。


「えっ?」


 思考停止に陥っている私を、姉は鋭い瞳で見つめた。不機嫌そうに腕組みをしているけれど、それでも姉は美しい。すらりと長い手足に、緩いウェーブのかかった蜂蜜色の豊かな髪、人形のごとく整った小さな顔。長い睫毛で彩られた大きな緑色の瞳も、すっと伸びた鼻筋と形の良い薄紅色の唇も、我が姉ながら見惚れてしまうほどだ。さらに、貴族学校では常に学年で五本の指に入る成績を維持している。

 そんな姉とは対照的に、私は平凡を絵に描いたような人間だった。くすんだ金髪と翡翠色の瞳をした私は、取り立てて美しくもないし、頭が良いわけでも、魔法が得意なわけでもない。諸事情によって、今は貴族学校に通えてすらいない。引きこもり始めて、はや一か月というところだった。


「――お姉様、今何て?」


 王城から帰ってきたばかりの姉は、呆れたように私を見つめた。


「聞こえなかった? 明日から、私の代わりに王城に行って、って言ったのよ。私が最近、貴族学校の授業の後で、王城に通っていることは知っているでしょう?」

「ええ、それはもちろん知っているわ。でも……」


 王家から姉に来た依頼は、第二王子レギト様にかけられた魔女の呪いを解いてほしい、というものだった。元々は、王族の中でも最も美しいと言われていたレギト様だったけれど、彼に恋をした魔女を無下にしたために、一昨年、魔女の呪いにかけられたと噂されている。今はヒキガエルのような容姿をしていると言われるレギト様は、公の場にもすっかり姿を現さなくなっていた。確か、彼は姉と同い年くらいだったはずだ。

 どんな高名な魔術師に頼んでも呪いが解けなかったために、貴族学校でもずば抜けた魔法の腕を持つ姉に、白羽の矢が立ったそうだ。姉は優れた頭脳を持つだけでなく、魔法の扱いまで天才肌だ。何か一つだけでも私に才能を譲ってくれたらと思ったことは、一度や二度ではない。そんな完璧な姉の元には、求婚の手紙も日々怒涛のように押し寄せている。


 ちょっと強引できつい性格は玉に瑕だけれど、外面のよい姉は、そういうところは無事に隠しおおせているらしい。

 私はちらりと姉を見上げた。


「お姉様は、聞いたことのない珍しい呪いだと、喜び勇んで王家の依頼を引き受けていらしたのでは……?」


 一週間前にうきうきと王城に向かった姉の姿を、私はよく覚えている。


「でも、私の力ではあの呪いは解けないとわかったのだもの。仕方ないでしょう」


 姉は一つ溜息を吐いた。


「とんでもなく複雑な呪いなのよ。しかも、あの王子の顔……噂に聞いていた以上だったわ。魔女の呪いって、凄いのね」


 魔女の呪いにどこか感嘆している様子の姉を、私は複雑な思いで見つめた。


「それなら尚更、私には、とてもお姉様の代わりが務まるとは思えないのですが……」

「だから、ティナは王城に行ってレギト様に会うだけでいいの。あなたに彼の呪いが解けるとは、私も思っていないわ」


 話が見えずに戸惑う私の耳に、低い咳払いが響いた。いつの間にか、姉の背後から両親も私の部屋に入ってきていたらしい。


「それはだな」


 父が姉の言葉を継ぐ。


「王家からは、一か月の期限付きでレギト王子の症状をみることを頼まれているんだ。少しでも解呪の手掛かりが見付かれば大きな報奨金が出るし、何も解決の糸口が掴めなかったとしても、一か月レギト王子の元に通えば、いくらかの褒美が約束されている」


 母も困ったように続けた。


「お約束してしまった以上、途中でお断りするのは心苦しいし……。それに、エリーゼは忙しいのよ。わかるでしょう? でも、あなたには時間がたっぷりあるわよね」


 両親の言葉から察するに、既に褒美とやらを前金で受け取っているように思われる。暇な私が姉の代わりをすればいいと、そういう話のようだ。

 私は気まずくなって俯いた。

 姉が勉強やら魔法の修練やらで非常に忙しいことは、当然私も知っている。冴えない妹の私とは違って、優秀な姉は、父と母の期待を一身に背負う、このソメス伯爵家の中心的存在なのだ。

 姉と正反対な自分の肩身が狭く感じられてきた時、姉はぴしゃりと言った。


「というわけで、明日からよろしく」

「で、でも! お姉様の代わりに勝手に私が行くなんて、そんなことが許されるのですか? それこそ、不正か不敬に当たるのでは……」

「ああ。それなら、レギト様本人に、代理でも――私の妹でも構わないって確認したから、問題ないわよ」


 退路を断たれて、私はがくりと肩を落とした。貴族学校にさえ通えなくなっているというのに、いきなり王城に王子に会いに行くなんて、ハードルが高すぎる。こんなことを姉から頼まれるなんて、青天の霹靂としか言いようがなかった。


(今は、誰にも会いたくなかったのに)


 私は、胸をよぎった苦い思い出に、ふうっと深い溜息を吐いた。


***


 今年の春、私は二つ歳上の姉と同じ貴族学校に入学したばかりだった。血の滲むような努力の末、賢い姉と同じ貴族学校に入学することが許されて、私は新しい学校生活に期待に胸を膨らませていた。

 けれど、そんな期待は、入学初日から打ち砕かれた。


「あのエリーゼ様の妹が入学してきたんだって?」

「きっとエリーゼ様に似て、とんでもない美人なのでしょうね」

「ああ。きっと頭だってずば抜けていいんだろうよ」


 入学式の日、私のクラスには、そんな生徒たちが男女問わず野次馬として何人も教室の外に押しかけてきた。才色兼備の姉を知っているからこそ、興味本位で私を見にきたのだろう。

 けれど、廊下にある窓から教室を覗き込んで、地味で目立たない私を見つけた生徒たちは、誰もが落胆して戻っていったようだった。


「本当にあれが妹なのか? 全然エリーゼ様に似てないな」

「……エリーゼ様と違って、華がないわね」


 私の耳に、嫌でも彼らの声が聞こえてくる。私は、そんな言葉に耐えるために、膝の上できゅっと手を握り締めることしかできなかった。


(成績もお姉様にとても敵わないことが知られたら、また何か言われるのかしら……)


 音もなく溜息を吐いた私の心は、すっかり萎んでいた。

 内気な私には、友達を作ることすら一苦労だった。休み時間は、いつも図書室に逃げ込んだ。四方を本棚に囲まれて、古い本の匂いに包まれて過ごすひとときだけが、私にとって唯一の心休まる時間だった。

 そんな私に、珍しくクラスで声をかけてくれた男子生徒がいた。明るくて爽やかで、いつもクラスの中心にいる生徒だ。


「それ、何の本?」

「これは、外国の古い小説で……」


 図書館で借りてきた本について聞かれて、私はぎこちなく言葉を返した。


「へえ。本、好きなんだね」


 しばらく話してから、彼は私に手を差し出した。


「俺、ダニエル。よろしくね」


 私もおずおずと彼の手を握り返した。


「私はティナと言います。よろしくお願いします」

「ははっ。クラスメイトなんだから、そんなに堅苦しくしなくていいのに。俺のことはダニエルって呼んで」


 屈託なく笑う彼に、私はほっと緊張が解けていくのを感じた。私はダニエルにだんだん打ち解けて、よく話すようになった。

 少しずつクラスに馴染めてきたように思えてきたある日、図書室から教室に戻ってきた私の耳に、教室で話している数人の声が届いた。廊下の窓から覗くと、男子生徒たちが集まって話していて、その中心にいるのはダニエルだった。


「ダニエル、最近ティナ嬢と仲がいいみたいだな」

「ああ、そうだよ」


 自分の話をされていることがわかり、教室に入ることを躊躇っていた私の耳に、続けて彼らの会話が聞こえてくる。


「お前とティナ嬢とでは大分タイプが違う気がするけど、どうしてそんなに彼女を気に入ってるんだ?」


 不思議そうに尋ねた友人の一人に、ダニエルはにっこりと笑った。


「だって、ティナはあのエリーゼ様の妹だよ? エリーゼ様は高嶺の花だけど、ティナと仲良くしておけば、エリーゼ様と親しくなるチャンスだってあるかもしれないじゃないか」


 その場で立ち尽くした私は、カーテンの陰から頬を染めるダニエルを見つめた。


「俺、エリーゼ様に一目惚れだったんだ。少しでも彼女に近付きたいと思ってたら、同じクラスにティナがいたから、ちょうどいいと思ってさ」


 男子生徒たちに、どっと笑いがわき起こる。


「ああ、そういうことね」

「ティナ嬢はいい子だけど、地味だもんな」


 いたたまれなくなり、思わず後退った私は、そのまま教室に背を向けて駆け出した。

 目にじわりと滲んだ涙が零れそうになるのを、唇を噛んで堪える。


(ダニエルが、私をあんな風に思っていたなんて――)


 姉の存在がきっかけで友達になれたのなら、それ自体は悪いことではないのかもしれない。でも、いろんな話をして、もう友達だと思っていたダニエルが、私を姉と仲良くなるための手段としか見ていなかったことに、私は大きなショックを受けていた。


 それからしばらくは登校したけれど、私はダニエルの目を見て話すことができなくなった。そして、周囲で話し声が聞こえる度に、自分の陰口を叩かれているような気がするようになった。

 そんな日々が続くうち、私は貴族学校に通えなくなってしまったのだった。


***


(こんな引きこもりの私が、第二王子のレギト様の元に? 本当にいいのかしら……)


 貴族学校に通えず、家に引きこもるようになってから、私は授業に遅れないようにと自習したり、息抜きに菓子を焼いたり、好きな本を読んだりしていただけで、家族以外とは話す機会すらない。

 そんな私がいきなり王子に会いに行くなど、やっぱり無理が過ぎるのではないかと思う。

 考えるだけで心臓がドキドキしてしまい、その夜はほとんど眠れずに寝返りばかり打っていた。

 翌日、王城に向かう馬車に乗り込んでからも、私は冷や汗が止まらなかった。


(レギト様に会うだけでいいなんて言われても、どうしたらいいのか……)


 いくら頭を抱えても、姉はこの場にはいない。元々姉が王家と約束した一か月のうち、残る数週間を姉の代わりに王城に行って、レギト様に会えばよいという話のようだったけれど、私が出向くことで少しでも何かの足しになるのか、さっぱりわからなかった。

 姉と違って、魔法の才能にもたいして恵まれていない私には、レギト様の呪いを解くのは絶対に無理だろう。さらには対人恐怖気味になっていて、気の利いた話の一つもできなそうな私に、どうして姉はこんな無理難題を押し付けたのだろうと、今更ながら気が重くなってくる。


(せめて、レギト様がお好きな食べ物とか、趣味とか、少しは話が持つように、そういうことをお姉様に聞いておくべきだったわ……)


 そんなことを考えているうちに、馬車は速度を落として王城の前で停まった。恐る恐る馬車を降りて名を名乗ると、王城の奥へと通される。

 重厚な扉が開かれた先にいたのは、まるで仮面舞踏会に参加する人が身に着けるような、不思議な仮面を着けた青年だった。

 仮面のまま顔を上げた青年に向かって、私はぎこちなくカーテシーをした。


「わ、私は、ソメス伯爵家のティナと申します。よろしくお願いいたします」

「ああ、話は聞いているよ」


 彼は仮面越しに私を見つめた。


「僕はレギト。まあ、気を楽にして」


 彼に椅子を勧められ、私は言われた通りに腰を下ろした。どぎまぎとしながら、レギト様を見つめる。


「あの……姉からは、私の魔法の腕がいまいちだということも、お聞き及びでしょうか?」

「そうだね」


 あっさりとレギト様が頷く。私はますます訳がわからなくなった。

 何よりも、目の前の王子には、悲壮感がまったく感じられない。


(もしかしたら、実はレギト様は呪いになんてかかってはいないとか……?)


 仮面の向こうには涼しげな表情の美しい王子がいるのかもしれない、と私は想像した。

 訝しげな私の顔を見て取ったのか、レギト様が口を開く。


「この仮面が気になる? 今、見た目が結構酷いことになってるから、気分を害さないようにと思って、一応これを着けてるんだけど」


 そう言うと、彼は仮面を外した。


(……‼︎)


 ヒキガエルのようだという噂に勝るとも劣らない彼の容姿に、私は丸く目を見開いた。ぶつぶつ、ぬらぬらとした肌の様子や色まで、何となくヒキガエルを連想させる。

 申し訳ないけれど、あまりの衝撃に、緊張が一瞬で吹っ飛んでしまった。

 ぽかんとする私を前にして、王子は再び仮面を着けた。


「驚かせてごめんね。気持ち悪かったでしょう?」

「いえ、そんな」


 私はすぐに首を横に振った。せめてこれ以上の非礼はないようにしたい。


「でも、すみません。私ではお役に立てそうになくて」

「いや。父上と母上は僕の呪いを解きたがってるけど、別に僕は困ってないから」


 さらりとそう言った王子には、本当に困っている様子はなかった。あっけらかんとした彼を見て、つい口元が綻ぶ。


「ふふっ」

「え?」


 私は慌てて口を両手で覆った。彼の容姿を笑ったと思われたら、私の首が飛ぶだけでなく、家族にまで迷惑がかかるかもしれない。


「違うんです、すみません。……レギト様が本当に困っていらっしゃらないようだったので、何だか気が抜けてしまって」

「ああ、そういうことか」


 レギト王子もふっと笑った。


「君、珍しいね。僕の顔を見ると、大抵の人は――女性なら尚更、嫌そうな顔をするのに」


 私は正直に答えた。


「かえって、何だか安心しました」


 あんまり綺麗な顔の男性を前にすると、私は逆に萎縮してしまう。仮面の向こうに現れたのがとびきりの美形だったら、私はまともに彼と話せなかったかもしれない。


「そうか。そういうものかな」


 ちょうどその時、黒服の執事らしき人が、トレイに紅茶と焼き菓子を盛った皿を載せて部屋に入ってきた。

 テーブルに二人分の紅茶と菓子を置き、丁寧に頭を下げて彼が出て行くと、レギト王子は私を見つめた。

 仮面越しに見える彼の青い瞳は、知的で美しかった。


「とりあえず、紅茶でも飲みながら好きに過ごしていって」

「ありがとうございます」


 頭の中はクエスチョンマークだらけだったけれど、とりあえず、私は彼の言葉に甘えることにした。

 ふと、私は彼が読みかけで膝の上にひっくり返している本に気付いた。興奮のあまり、私の頬には熱が集まる。


「もしかして、その本は……!」

「知ってるの?」

「もちろんです!」


 レギト様が読んでいた本は、私の大好きな物語だった。けれど、遠い国のかなり古い本で、状態が良いものにはあまりお目にかかれない。さらに、続巻があると知りつつも手に入らずに諦めていた私は、垂涎の表情で彼を見つめた。


「……もしかして、その本の続きもお持ちだったりしますか?」

「ああ、あるよ。読みたい?」

「いいんですか⁉︎」

「うん。それは向こうの本棚に……」


 レギト様の本棚を見上げて、私は言葉を失った。揃えられている本は稀少かつセンスの良いものばかりで、貴族学校の図書室にないものも数多くある。


「さすがはレギト様、素晴らしい本をお持ちですね‼︎」

「でしょう?」


 レギト様が得意げに笑う。

 彼とは趣味が合い、いつの間にか、自分が引きこもっていたことも、彼が王子だということも忘れて、ただ会話を楽しんでいた。年の頃が近いということも手伝って、気安く話せたということもあるのかもしれない。

 彼は博識で、信じられないほど古今東西の本に詳しく、私は夢中で彼の話に耳を傾けた。

 あっという間に時は過ぎ、気付けば窓の外は薄暗くなっていた。

 私は慌てて椅子から立ち上がった。


「すみません! すっかり長居してしまって」

「いや、僕も楽しかったし。明日も来るでしょう?」

「はい!」


 王城にやってきた時の重い胸が嘘のように、私は明るい顔で帰路に就いた。


(王子の話し相手になっただけだけれど……もしかして、レギト様はただ話し相手が欲しかったのかしら?)


 ほくほくとした顔で帰宅した私に、両親は驚いていた。姉は貴族学校に遅くまで残っていたようで、残念ながら会うことができなかった。


***


 レギト様はとても親切な方だった。私の好みの本をたくさん勧めてくれて、彼の豊富な知識も惜しみなく披露してくれる。

 ただ楽しんでいるだけの自分が何だか申し訳なくなって、どうやら甘党らしき彼に、私は気持ちばかりのお礼に、家で焼いた菓子を差し入れた。

 私が貴族学校に通えなくなり、家に引きこもっていたことも、その理由も、彼は静かに聞いてくれた。そんな彼の優しさに、私は救われていた。


 単なる本好きの集まりのようになってしまった私たちだったけれど、そんな日々を繰り返すうちに、あっという間に約束の最終日になった。

 最終日は、元々王家から依頼された私の姉エリーゼも王城に一緒に来てくれた。

 姉に見守られながら、私はレギト様に別れの挨拶をしていた。


「今までありがとう、ティナ」


 レギト様は私の手をそっと握った。


「こちらこそありがとうございました、レギト様。こんなに楽しかったのは、生まれて初めてです」

「……本当かい?」

「はい、毎日が夢のようでした。それに、私のほうがレギト様に助けていただきました」


 レギト様の元に通うようになってから、私は人と話すことがそれほど苦ではなくなっていた。合う人も合わない人もいるのだろうけれど、無理をせずに合う人を探せばいいのだと思うと、少し胸が軽くなったような気がする。

 ただ、私は彼との別れが寂しかった。

 聡明で澄んだ彼の瞳がもう見られなくなると思うと、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような気がする。こんな気持ちになるのは初めてかもしれない。

 短い日々ではあったけれど、彼と一緒に過ごすうちに、私にとって、彼はなくてはならない大切な存在になっていた。でも、彼と私では身分が違う。王家からの依頼がなければ、こんな風にお話しすることすら叶わなかっただろう。


「明日からは、別の方がレギト様の呪いを解きにいらっしゃるのですよね? どうか、お元気で。……私、明日からはまた貴族学校に通おうと思います」


 私は彼に、貴族学校に通う勇気をもらっていた。彼の友人として胸を張れる人間になれるように、ちゃんと貴族学校を卒業したいと思う。

 レギト様は、私の手を握ったてのひらに力を込めた。


「僕は……」


 彼が何かを言おうとした時、部屋の空気が揺れる感じがして、どこからか女性の笑い声が聞こえてきた。

 何が起きたのかと周囲を見回すと、どこからともなく一人の女性が現れた。年齢不詳だけれど、驚くほど色気があって美しい。


(この方って、もしかして、レギト様に呪いをかけたという……?)


 腰を抜かして床にへたり込んだ私に、彼女はにっこりと笑いかけた。


「あなた、レギト王子と随分仲良くなったようね?」


 背中に冷や汗が流れる。何と答えてよいものかわからずにいると、レギト様が私の代わりに答えてくれた。


「ああ。ティナといると楽しいんだ」


 恐る恐る私はレギト様に尋ねた。


「あの、この方は……」

「友人の魔女だよ」

「えっ、友人?」


 私はきょとんと彼女を見つめた。


「でも、レギト様は呪いにかかったのでは……?」

「僕が頼んで呪いをかけてもらったんだ」


 話が呑み込めずにいる私に、彼は続けた。


「僕の外見しか見ていない令嬢ばかりに群がられて、苦痛だったんだ。父上も母上も、僕に早く婚約者を決めたがる上に、公務に加えて夜会と茶会で時間が奪われて、好きな本を読む暇もない。逃げ出したくて、彼女に僕を呪ってくれるように依頼したんだ」


 魔女は綺麗な笑みを浮かべた。


「ふふ、そういうことなの。そろそろ呪いを解いてもいいかしら? でも、この呪いは解くことはできるけれど、誰かに移す必要があるのよね……」


 ちらりと魔女が私の後ろに目をやる。背後にエリーゼお姉様がいることを思い出し、私もはっとして振り返った。


「ティナさんにレギト王子を押し付けた貴女に、呪いを受け取ってもらおうかしら?」

「‼︎ ま、待って……!」


 私が声を上げた時には、既に姉の身体は不思議な光に包まれていた。

 私の背筋がすうっと冷える。


「お、お姉様……」


 光の中から現れた姉の顔を見て、私は卒倒しそうになった。あんなに美しかった姉が、ヒキガエルそっくりになっている。私の目には涙が滲んだ。

 姉は少し口は悪いし、強引で気が強いところもあるけれど、私はそんな姉が大好きだ。姉と同じ貴族学校に入りたいと思って必死に努力したのも、姉を尊敬しているからに他ならない。

 青くなって震える私の前で、姉はぺたぺたと自分の顔を触ると、高い声を上げた。


「まあっ!」

「え……」


 姉の目が輝いているのを見て、私はその場に呆然と立ち尽くした。


「ありがとう! 助かったわ」

「どういたしまして」


 魔女が微笑む。どうやら、姉と魔女は知り合いらしい。

 姉は満足そうに私に言った。


「お父様もお母様も、早く私の嫁ぎ先を決めたがるのだけど、もううんざりなの。私は、貴族学校を卒業したら、魔法の研究所で働きたいと何度も言っているのに、そんな私の気持ちにはお構いなしだし」

「つ、つまり……」

「そう、私もレギト様と同じ呪いをかけて欲しかったのよ。レギト様が呪いに満足して、呪いを解くことに合意したら、次は私の番だと彼女と約束していたの」


 予想していなかった展開に、私はくらくらと眩暈がした。


「ということは……」

「そう、報奨金もいただけるし、全部私の見込んだ通りになったわ」


 姉は自慢げに胸を張ると私を見つめた。


「原書であれだけの本を読む人なんて、私、レギト様以外あなたしか知らないわ。もっと自信を持てばいいのに。――それは立派な才能よ。あなたなら絶対にレギト様と気が合うと思ったの」

「お、お姉様……」


 じわりと目頭が熱くなる。やっぱり私はお姉様が大好きだ。それに、先見の明といい、ちゃっかり報奨金を獲得するあたりといい、さすがというほかない。


「ティナ」


 私の肩に、そっと手が置かれる。手の主であるレギト様を見て、再び私は倒れそうになった。呪いが解かれた彼の、信じられないくらい美しい顔が、すぐ目の前にある。


「うっ……」


 あまりに美麗な顔を前にして固まった私を見て、彼は眉尻を下げた。


「呪われた僕の顔のほうがよかった?」


 後光でも差しそうな眩しい彼の顔を直視するのは難しかった。けれど、その優しい碧眼は、私のよく知る彼の瞳のままだ。なぜか彼の瞳が切なげに輝くのを見て、私の心臓もトクンと跳ねる。


「いえ、そういうわけではないのですが……」

「ならよかった」


 ほっとした様子の彼が呟く。


「まあ、何て言われたとしても、君を逃がすつもりはないけど」

「……今何か仰いましたか?」

「いや、別に」


 何事もなかったように笑った彼は、私を見つめた。


「僕も、明日から君と同じ貴族学校に通うよ」

「えっ?」

「僕もここ数年、貴族学校に通っていなかったからね。もう、編入手続は済んでいるから」

「じゃ、じゃあ……」

「ああ、一緒に通おう」


 思わぬ方向に話が転がり、まだ信じられない気持ちだったけれど、胸の奥がふわっと温かくなる。


「これからもよろしく、ティナ」

「こちらこそ」


 彼に差し出された手を取る。嬉しそうな彼の笑顔を見て、私の頬にも熱が上った。胸がやけにうるさいような気がするけれど、これはどうしてなのだろう。

 ――明日から久し振りに通う貴族学校は、何だか楽しくなりそうな気がした。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!


(後日談)

・ティナとエリーゼの両親→呪われたエリーゼを見て卒倒。けれど、王家から多額の報奨金を受け取って気を取り直した。

・エリーゼ→実は妹思い。レギトの仮面を譲り受けて使っている。うきうきと魔法の勉強に精を出し、貴族学校卒業後は魔法の研究所に就職が決まる。

・レギト→魔女の呪いを受けている時に、悩む両親を懐柔して、誰と結婚してもよいと許可を得ていた。何か国語も自由に操り、賢く天然なティナにぞっこん。ティナの外堀をあっという間に埋める。

・ティナ→少し自信がついて、レギトと一緒に楽しく貴族学校に通う。自分の気持ちに疎く、レギトへの恋心はまだ自覚していない。なぜか彼が同じクラスに編入したことに驚く。

・ダニエル→憧れのエリーゼの変化に愕然とする。レギトに大切にされるティナの笑顔を見て後悔する。



また、本日6/5より、集英社様から書き下ろし書籍「可愛過ぎる義息子につられて、冷徹侯爵様のお飾りの妻を引き受けたはずが~思いのほか侯爵様に溺愛されているようです~」が発売中です。こちらもどうぞよろしくお願いいたします!


最近発売&近日発売予定の以下の作品も、よろしければお手に取っていただけましたら幸いですm(_ _)m

・偽物だと敵国に追放されましたが、どうやら本物の聖女は私のようです。 コミックス1巻(4/17発売)

・義姉の代わりに、余命一年と言われる侯爵子息様と婚約することになりました コミックス7巻(4/30発売)

・天才神官カトリーナの託宣帳 ノベル1巻(5/28発売)

・顔も思い出せない婚約者に、婚約解消を提案しましたが~一見冷たい美形魔術師様が秘めていた愛情は、予想外に重かったようです~ コミックス2巻(6/12発売予定)

・貴方様が「忘れてほしい」とおっしゃいましたので~婚約破棄された私が、従者から溺愛されるなんて~ コミックス1巻(紙版6/10発売予定)、コミックス2巻(紙版7月発売予定)

・不遇の令嬢は稀代の光魔法使いに見初められ花開く~咲き誇る純愛の花~ コミックス1巻(6/29発売予定)

・義姉の代わりに、余命一年と言われる侯爵子息様と婚約することになりました ノベル2巻(7月発売予定)


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― 新着の感想 ―
お姉ちゃん!!!胸熱ですッ!実際、美貌で苦労もしてたんでしょうね…あしらい方はお上手そうですけれど。妹ちゃん(主人公)が不登校になってしまった理由もなんとなく知ってそうですね。全部が解決する方法みーっ…
ネーチャン女傑すぎる 王家の後ろ盾万全で安泰だな
お姉ちゃんが良い人で良かった! 対外的には「王子の呪いを解こうとした結果」なので王家から研究支援とかも受けられそうな気がしますね。
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