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第8話 王女のために

「ま、まだ着かないんですか……?」

「おっかしいわね……。

 こっちのはずなんだけど」

「ちなみに、何を根拠にこっちだと?」

「……女の勘よ」

「はぁ?!」


 ソースなんてどこにもないじゃないか。

 俺は結局わけのわからない土地を走り続けていることになる。

 命を助けてもらったのはありがたいが、まさかこんな大雑把な少女だったとは……!


 まずいな。

 今のところは運がいいのか、あれから魔物に出会っていない。

 でも、いつでも遭遇するかわからない。

 集団戦とかになったらいよいよ詰むぞ。


「どうしましょう……」

「女の勘なんて言葉は嘘っぱちだったんだわ。

 お父様に嘘をつかれたじゃない。

 どうしてくれるのよ」

「それを僕に言われても……」


 理不尽な娘だな。

 とにかく、身を隠せる場所を探したほうがいいな。

 むやみに動き回っても無駄に消耗するだけだし、死ぬ確率が上がるだけだ。

 どこかに隠れて、助けが来るのを待つしかない。

 この子が派遣された騎士だというなら、ほかにも応援が来てるはず。


「あそこに隠れましょう」


 いい感じの裏路地があった。

 村に裏路地があるなんて、もはや村じゃないだろ。


「ふぅ……。ひとまず、ここで身を隠しますよ。

 大きな声を出したりしたら魔物を呼び寄せることになりかねませんから、くれぐれも注意してくださいね」

「ええ」


 何時間か耐え忍べば、何とかなるだろ。

 何とかなってくれ。


「……あんた、何歳なの?」

「五歳です」

「五っ!? 五歳なのにそんなに喋れて、魔法まで……」

「しーっ! 大声を出すなと言いましたよね!

 死にたいんですか!」


 俺は切実に、嘆願するように声を潜めて注意した。


「……ちなみに、あなたは?」

「あたしは八歳よ」

「あなたも、十分饒舌ですよ」

「ジョーゼツ? どういう意味よ」

「それは――」


 説明しようとした瞬間、遠くの方でとんでもない音が聞こえた。

 地響きがここまで伝わってきて、胃のあたりが細かく震える感覚を味わった。


「何!? 怖いわ!」

「ちょっと! 大きな声を出すなと――」


 俺が再び注意をしようとした、その時だった。

 路地の入口から、猿の魔物が顔をのぞかせていた。


「『炎球(フレイムボール)』!」


 猿の顔面目掛けて魔法を撃ち、撃破した。

 もう居場所がばれた以上、ここにはいられないな。

 出るしかない。


「……え?」


 少女の手を引いて路地を出ると、俺たちはもう魔物に囲まれていた。


 まずい。

 俺が懸念していたことがこうも早く実現してしまうとは。


 俺が使える魔法は全て初級魔法。

 少なくとも、その中には範囲攻撃ができる魔法はない。


 数えている暇はないが、ざっと十五体くらいか。

 これを一人で相手するとなると……まず無理だよな。


「……逃げてください」

「……えっ?」


 この子だけでも、逃がす。

 これが最終手段だ。


「でも、そんなことしたら……。

 あんたが死んじゃうじゃない!

 どうして、そこまでしてあたしを守ろうと……」

「……あなた、本当は騎士なんかじゃないでしょう?」

「――」


 無言は肯定、と捉える。

 少女は途端に何も言わなくなってしまった。


「あなたの顔には見覚えがあります。

 あなたは、『グレイス王国第一王女』、エリーゼ・グレイス。違いますか?」

「――っ。どうして、分かったのよ」

「次期王様候補ともあろうお方の顔を、国民である僕が知らないとでも?

 騎士に扮して来るなら、せめて変装のひとつでもしないと……。

 『炎矢(フレイムアロー)』!」


 体力と精神の消耗が激しいのか、魔法を使ったらクラっとくる。

 反動でよろけて、尻もちをついてしまった。


「それと、なんの関係があるのよ」


「……次代の国を担うかもしれない人を、こんなところで死なせる訳には行かないでしょう……!

 『岩弾(ロックショット)』……!」


 一発しか出ないせいで、一度に倒せるのは一体だけ。

 こんなことなら、中級くらいまで頑張って仕上げておけばよかった。

 中級からは、かなり技の幅も広がるからな。

 威力も段違いだし、何より範囲攻撃が解放されるのがデカイ。


 ……でも、もうそれも覚えることは叶わないかもしれないな。


「早く……逃げて……」

「……っ。でも――」

「早く逃げろ!」

「――っ!」


 少し躊躇って、涙を流したエリーゼは走り出した。


 ……いつも、こうなる。

 変に正義感が強いせいで、俺はいつも貧乏くじを引く羽目になる。

 自業自得とは分かっている。

 でも、どうしても他人の幸せばかりを考えてしまう。


 この悪い癖は、転生しても変わらず残ってたんだな。


 これでよかったんだ。

 これであの子が王様になれば、俺はその命を助けた英雄として語り継がれるかもしれない。

 いや、別にその名誉が目的で逃がしたわけじゃないけど。

 何となく、あの子には生きていて欲しい。

 全ツンデレは、報われるべきだ。


「アクア……アロ……」


 魔力が枯渇するという感覚は、こんな感じなのか。

 この人生、最初で最後の感覚。


 視界が暗くなっていく。

 俺の鼓膜は、猿の鳴き声と燃える炎の音だけを拾っている。

 猿の足の隙間から左の方を見ると、エリーゼが走っていくのが見える。


 良かった。

 ヘイトは全部俺に向いてる。

 

 逃げて、生き延びてくれ。

 今度こそ、さよならだ。


「――ぁ?」


 目を閉じて、その時を覚悟していた時。

 空気が、冷たくなったような気がした。

 そして――、


「――葬」


 意識が途絶える直前、何かが聞こえた。


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