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第62話 ミリアでの日々・下

 二か月が経った。

 現在、二月の頭。

 まだまだ以前の姿には程遠いが、順調に街の復興は進んでいる。


「ハァッ!」

「よしょっ! 二人とも!」

「任せなさい!」

「バニッシュボルト!」


 何より、冒険者活動ができるようになったのが何より嬉しい。

 冒険者ギルドの再建が急速に進められたため、

 予定よりもかなり早く活動を再開することができた。

 どうやら以前勤めていた受付嬢は無事だったらしく、久々に顔を合わせた。

 なぜか、俺の顔を知っていた。

 会ったことも話したこともないはずだが。


「久々にこんなに体を動かしたな」

「調子は大丈夫ですか?」

「少し鈍っている感じはするが、どこにも痛みはない」


 一番怪我が酷かったランスロットだったが、やっぱりタフな男だな。

 本人は鈍っていると言っているが、俺からすれば違いが全く分からない。

 以前と変わらない俊敏な動きから繰り出される、研ぎ澄まされた槍術。

 いつ見ても惚れ惚れする、洗練された動きだ。


「それにしても、エルシアの動きが凄すぎてびっくりしちゃったわ」

「そうかな?」

「僕達、要らないんじゃないかってくらいですよ」

「いやいや、皆がいてこそのあの動きだからさ」


 腕を伸ばして、背伸びをして笑うエルシア。


 いや、本当に。

 俺達が何もしなくても全て一人で倒せるくらいの強さだ。

 それに関してはランスロットにも言えることだが。


 俺はこんなパーティのリーダーを務めているというのか。

 恐らく、この四人の中で最弱の俺が、このパーティーを率いているのだ。

 俺の魔術の階級はエリーゼの剣術の階級よりも一つ高いが、戦ったら多分楽々負ける。

 瞬間的な速さは「雷脚」を使えばエリーゼを上回るかもしれないが、

 剣士であるエリーゼに速さ勝負を挑むのは無理だろう。


 魔術師って楽しいし便利だけど、仲間が居ないと普通に詰む。

 一人で冒険者をやっている魔術師とかいたら、マジで尊敬する。


「――エルシア! 後ろ!」

「びっくりしたぁ!」


 エリーゼの叫ぶ声に咄嗟に反応したエルシアは、真上に飛んで攻撃を避けた。

 何だ、あの魔物。気持ち悪いな。

 巨大なカエルのような魔物だ。


「ぎゃぁぁぁぁ! キモい! 気持ち悪い!」

「エルシア、落ち着いてくださ――」

「無理無理無理無理無理無理無理無理!」


 エルシアは剣を抜かずに、走って逃げ回る。

 大きなカエルの魔物は、走り回るエルシアを追いかける。

 魔物は一体だけなのに、エルシアは必死に逃げ続ける。


 いや、剣を抜けよ。

 エルシアなら一撃で仕留められるだろ。


「……やっぱり、エルシア一人じゃダメっぽいわね」

「僕達は必要だったんですね……」

「早く助けるぞ」


 エルシアの決定的な弱点が、露見してしまった気がする。

 後でいじってやろう。


「エルシア! 避けてください!」

「ひゃいっ!」


 俺は杖に魔力を込めて、火魔法を撃つ。

 やっぱり、この杖はレベルが違うな。

 シャルロッテから託されたこの杖は、特殊な魔石が埋め込まれている。

 この魔石が所有者から込められた魔力を増大させるため、威力も倍増する。

 俺が一生懸命金を貯めて買った杖よりもよっぽど使い心地がいい。


 その杖も一応、ローブの内側に忍ばせてはいるが。


「ランスロット! 行くわよ!」

「ああ」


 二人は地面を蹴り飛ばしてカエルへ突っ込む。

 俺の魔術は、牽制程度のものだ。

 エルシアのみに向いていたヘイトを分散させる意図だ。


「『黒炎』!」


 エリーゼの剣が、黒い炎を纏う。

 そして、鋭い突きでカエルの体を貫いた。

 が、


「えっ――」

「エリーゼちゃん!」


 カエルの体に剣が突き刺さったまま、抜けなくなった。

 エリーゼは長いカエルの舌に絡み取られて、空高く体が浮いた。


「はっ!」


 怯えてしゃがみ込んでいたエルシアは素早く立ち上がり、風の斬撃を繰り出す。

 その斬撃はカエルの舌だけを斬り落とし、エリーゼを救い出す。

 地面に真っ逆さまに落ちるエリーゼを受け止め、

 更にカエルに刺さったエリーゼの剣を回収して、

 エルシアは俺の隣まで飛んできた。


「うえぇ……ヌルヌルしてて気持ち悪いわ……」


 エリーゼの服は、所々がカエルの唾液に溶かされたのか破けてしまっている。

 見えてはいけないところも見えてしまいそうなくらいだ。

 ちょっとこれは写せないかもしれない。


「アクア」

「ぶわっ」


 俺は顔を逸らしながら、エリーゼの体を洗浄する。

 後でやるべきことなんだろうが、ちょっとこのままではエリーゼの体が気になりすぎて集中できない。


「ありがと」

「エリーゼは休んでてください」


 俺は杖を、地面に刺した。


「エリーゼ。僕が合図を出したら、あの二人に退くように叫んでください」

「わ、分かったわ」


 深く息を吸って、吐く。

 精神を落ち着かせて、心を無にする。

 そして、いつものように魔力の流れをイメージする。


「黄昏を裂く稲妻よ。

 眠れる力を解き放ち、我が意志のままに(はし)れ。

 (またた)きすら許さぬ閃光となり、その軌跡を空に刻め」


 きっと今頃、上空に魔法陣が出来上がっているはずだ。

 失敗していたあの頃とは違う、はっきりと「使っている」という手ごたえがある。


 自分の体の中にある魔力が、そのまま空に昇っていくような感覚。

 冗談抜きで、そんな感覚なのだ。


「鼓動の先を駆け抜け、すべてを斬り裂け!」


 そう唱えて、エリーゼに合図を送る。


「ランスロット! エルシア! 下がって!」


 目を開き、二人がカエルから離れたのを確認する。

 カエルは目の前から突然消えた二人を、キョロキョロと探している。


 今だ。


「――『ヴァルクルス・ヴォルト』!」


 地面に突き刺した杖を引っこ抜き、カエルに照準を定める。

 そして、上空から一筋の雷が落ちてきて、カエルに直撃した。


 凄まじい轟音と共に、衝撃波と土埃が一帯に広がる。


「……ふぅ」

「凄いじゃない、ベル!

 本当に聖級魔術が使えるようになったのね!」

「驚いた。まさか9歳にして聖級魔術を習得したとは」


 称賛の言葉に、思わず頬が緩んだ。

 俺、ちゃんと使えるんだ。

 あの時まぐれで使えたわけじゃなくて、ちゃんと習得したんだ。


「ありがとっ、ベルぅぅ!」

「おわっ!」


 突然、ふわっと体が宙に浮く感覚がした。

 両脇に手を挟んで、エルシアが俺を持ち上げていたのだ。

 俺の体もめちゃくちゃ小さいってわけじゃないのに、

 エルシアはどうしてこんな簡単に持ち上げられるんだ?


「ちょっと、エルシア!」

「なになに? エリーゼもして欲しいの?

 ならまずは服を着なきゃね」

「ちっがうわよ! 覚えときなさいよ!」


 エリーゼはエルシアのことが好き何だか嫌いなんだか。

 最近は結構よく一緒に居るし、嫌いではなさそうか。

 今はエルシアがエリーゼの剣の指導をしているし。


 思わぬ奇襲だったが、何とか勝てた。

 下手すりゃ二人死ぬとこだったが。


 ――シャルロッテ。

 俺はちゃんと、聖級魔術師になったよ。

 今度は、上級の雷魔術を勉強します。


 ……やべ。


「オロロロロロロロロロロ!」


 エルシアに振り回されたから酔ってしまった。


 昼ご飯が、全部出た。


---


 春になった。

 早いもので、俺はとうとう10歳を迎えてしまった。

 グレイス王宮で誕生日会をするという約束は果たせなかったが、エリーゼ達が盛大に祝ってくれた。

 エリーゼ達からだけではなく、色んな人からお祝いの言葉を貰った。


 俺の誕生日を迎えたということは、

 俺とエリーゼがラニカ村から天大陸に転移してから、大体一年が経ったということだ。


 あの災害から、もう一年も経ったのか。

 長いようで、あっという間の一年だった。


 天大陸の真ん中から始まったこの旅は、一年をかけてようやくデュシス大陸の南の港町。

 最短で行けば二年で帰れると言っていたが、ここでかなり足踏みしてしまった。

 もちろん、残って復興を手伝うと決めたのは俺達の意思だが。


「ただいまー!」

「おかえりなさい」


 冒険者任務に行っていたエルシアとエリーゼが帰ってきた。


 エルシアは元気がいいなぁ。

 いつでもどこでも笑顔を絶やさない、本当に女神みたいな人だ。

 虫とカエルを相手にした時だけは別人になるが。


 最近もたまにカエルの魔物の討伐に行くことがあるが、エルシアはその任務だけは同行しなくなった。

 小さな頃に、村を出て一人で道を歩いている時に小さなカエルに群がられてからトラウマなんだそうだ。

 子供の頃に植え付けられたトラウマって、未来永劫残り続けるものだよな。

 

「あたしにおかえりは?」

「おかえりなさい」

「……何か違うのよね」

「何でですか! 変わらないでしょ!」


 エリーゼは肩を落としてため息をつく。

 何が違うって言うんだ。

 頭を撫でたりした方がいいのだろうか。

 そんなことをしたら殴られる気しかしないんだが。


「帰ったか」

「ええ、ただいま。

 そういえば出発って、明日だったわよね」

「そうだ」


 俺達はついに、明日この街を発つ。

 約十か月ほど滞在したミリアを出発して、次なる街へ向かう。


 長かったなぁ。

 この十か月、めちゃくちゃ頑張った。


 子供であることから肉体労働はあまりしなかったが、俺に出来ることを精一杯やった。

 王国側からの人員支援のおかげもあって、街の40パーセントほどが回復したと聞いた。

 確かに、当初の瓦礫だらけの街の景色からすれば、だいぶ戻ってきた感じはする。

 人の力って、すごいんだな。


 長く滞在しすぎたからか、マイタウン感がすごい。

 俺達は元々大陸を渡ってきた人間だったため、家はない。

 取っていた宿も流されてしまったから、俺達はずっと避難所生活を送っていた。

 来る日も来る日も床で雑魚寝だったから、腰と首が痛い。


 ちなみに、俺が元々使っていた杖は売った。

 二本持っていても仕方がないしな。

 あれもシャルロッテと一緒に決めた杖だったからちょっと寂しかったが、

 いつまでも持ったままその思い出を引きずるのも良くないと思ったから、決断した。


 だから、これからはこの杖が相棒だ。

 シャルロッテから託されたものを、俺は継ぐ。


「杖を見つめても、何も出ないわよ」

「分かってますよ。

 ただ、これからこの杖が僕の第一の相棒になるんだと思うと、感慨深くて」

「シャルロッテも、ベルに使ってもらえて嬉しいんじゃないかしら」

「そうだといいですね」


 まだ、一人でいる時にこの杖を見るとシャルロッテを思い出す。

 でも、泣くことはしないって決めたあの日から、泣いたことはない。

 シャルロッテも、「いつまで泣いているんですか」って笑ってくるだろうしな。


「エリーゼは、剣を新調しないんですか?」

「そうね……もう長いこと使ってるし、もう替え時なのかもしれないわね。

 でも、中々動く気になれなくて」

「どうしてですか?」

「これ、テペウスから買ってもらった剣でしょ。

 この剣を失くしたら、テペウスとの思い出も消えちゃう気がして」

「――」


 エリーゼはどこか儚げな顔をする。

 その意味は、何となく察しが付く。


 テペウスはきっと、あの災害の時も王宮にいたはず。

 そして、あの転移隕石はアヴァンに落ちた。

 つまり、テペウス含むエリーゼの家族は全員、あの災害に巻き込まれたということになる。


 まだ、どこかで生きている可能性がないとは言い切れない。

 だが、テペウスには腕が片方ないというハンデがある。

 エリーゼも、薄々感づいてはいるのだろう。


「エリーゼ。 

 なにも、剣を新調したからと言って、捨てる必要はないじゃないですか」

「どういうこと?」

「使わずとも、持っていればいい。

 持っているだけで、そばにいるように感じますよ。

 実際、僕はこの杖を握っているとシャルロッテを近くに感じますし」

「……そういう、ものかしらね」


 エリーゼは、テペウスが大好きだった。

 アヴァン市街へ出かけた時も、王宮でエリーゼの誕生日会をした時も、つくづく思っていた。


 パーヴェルやジェラルドに対して冷たかったなんてことはないが、

 テペウスが一番好きなんだろうなということは、当時の俺でも分かった。

 そんな最愛の肉親から買ってもらった剣を手放したくないというのは、理解できる。


「エリーゼ、はっきり言うけどね。

 その剣、摩耗が激しくてあんまり状態が良くないと思うんだ。

 毎日手入れをしてても、使ってたらいずれはそうなっちゃう」

「エルシアの剣は、どうしていつもそんなに綺麗なの?」

「これは特別な剣だからね。

 師範が『実力を少しでもかさ増しできるように』って授けてくれた魔剣だから」


 そんな理由だったのかよ。

 こういう世界的に有名な剣って、相応の実力者にしか与えられないんじゃないのか。


「……分かったわ。次の街で、新しい剣を買うことにする」

「うん、そうした方がいいよ。

 ベルの言った通り、その剣は持っておいてもいいんじゃないかな」

「ええ。アドバイスありがと。

 てかあんた、どっから出てきたのよ」

「気配を消して、スススってね」

「何よそれ。盗賊にでもなるの?」

「昔憧れてたなぁ」


 盗賊……。


 ――あ。


 何か大事なことを忘れていたと思ったら。


「ちょっと、急用ができたので行ってきます」

「う、うん」


 ミリア監獄で一緒に脱獄を計画していたあの三人だ。


---

 

「あっ、いた!

 おーい、ゾルト!」


 どうやって呼んでいたか忘れてしまった。

 それくらい、長い間記憶から消えていた。


「おっ、お前……もしかして、ベルか!?」

「そうです! 他の二人は?」

「あっちにいるけど……お前、生きてたなら会いに来いよな!

 心配だったんだぜ……!」

「すみません、忘れてました」

「おい! 絶対忘れるな!」


 良かった。

 全員、生きてたんだ。


「おーい、お前ら! ベルだ!」

「ベル?! アンタ、生きて……」

「無事だったのか、ベル。 良かった」

「はい、何とか。無事ではなかったですけど」


 死にかけたけどな。


 あまり長い期間一緒に居たわけではないが、

 この三人がいなけりゃ、俺はどうなっていたことやら。

 錯乱して、頭がおかしくなっていたかもしれない。


「皆さんは、監獄が崩落した後、どうなったんですか?」

「えーっとな。確か――」


 事細かに、あの時のことを話してくれた。


 ゾルトとダリアは、運よく一緒に流されたらしい。

 その後ミリア市街まで流れ着き、瓦礫の中で暖をとって寒さを凌いだ。


 そんな時、ランスロットという竜人族が現れて、助けてくれた……。


 ……ん?

 ランスロットだって?


「ランスロットさんと会ったんですか?」

「そうだぜ。

 あいつが、怪我をしたダリアと俺を逃がすために、命懸けで戦ってくれたんだ」

「そんなことが……」


 『天王』とランスロットが戦っている間にダリアを背負って逃げたゾルトは、偶然倒れているシェインを見つけた。

 そしてランスロット達から十分離れて、そして人目につかない場所を探して、

 徘徊する魔物から身を隠していたんだと。


 ちなみに、ランスロットによると、魔物が徘徊していたのは『天王』の権能だったらしい。 

 自分の血液から武器やらなにやらを作り出して戦うような奴だったと聞いた。

 ってことは、その魔物達も全部『天王』の血でできてたってことか。

 気持ち悪いな。

 どんだけ血使ったんだよ。


「そんで、目の前にいた魔物が突然弾けたんだ。

 お前が聞いたランスロットの話が正しければ、その瞬間にあの執行官が死んだんだろうな」

「なるほど……大変でしたね」

「あの野郎、アタイの体に変なもん刺しやがって。

 あの世で会ったらただじゃおかねえからな」


 ダリアの目が燃え滾る。

 あんたじゃ勝てっこないと思うけどな。


「それはそうとベル、お前は何しに来たんだ?」

「ああ。明日街を発つので、挨拶をしておこうと」

「そうか。お前は旅をしているんだったな。

 仲間とは合流できたのか?」

「はい、おかげさまで。

 一人は、亡くなってしまいましたけど」


 俺がそう言うと、三人とも言葉を失った。


「……そうか。それは、残念だったな。

 だが、お前の旅はまだ終わりじゃないのだろう?

 亡くなった仲間のためにも、絶対に生きて故郷に帰るのだぞ」

「……ええ。ありがとうございます、シェイン」


 その強面からは想像もできない、穏やかな笑顔。

 こんな人が盗賊だなんて信じられない。

 もっと真っ当に生きてくれ。


「出発するときは、アタイらも見送るよ。

 ね、アンタたち」

「ったりめぇだ!」

「もちろんだ」

「皆さん……本当に、ありがとうございます」


 この人達と出会えて、本当によかった。

 またどこかで会えるといいな。


 ……なんてことは、明日の別れ際に言うものか。


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