第23話 離別
「さて、家に入るのは初めてだな」
「あれ、そうだったかしら」
リベラが家を訪れるのは何回目だろうか。
一回目は、アヴァンに遊びに行く時の護衛として来てくれた。
そして今回、家を空けるルドルフとロトアに代わって俺たちの面倒を見るために来てくれた。
そもそもそんなに来ていなかった。
…………リベラの扱いって、割と雑じゃね?
「お前たちは、普段は何をして過ごしているんだ?」
「僕は、最近は語学学習です。
魔人語を喋れるようになりました」
「あっ、聞いて、リベラ!
あたし、魔術が使えるようになったのよ!」
「冗談はよせ」
「本当よ! やってみせてあげるわ!
ふれ……」
「ストップ! 庭でやりましょう!」
いくらルドルフとロトアがいないからって、家の中で魔術を使うのはやめておいたほうがいい。
調査を終えて帰ってきて家がなかったらどんな顔をするか。
家を追い出されてもおかしくない。
外に出てみると、やはり変な色の空は変わらない。
雨が降ってないだけマシか。
エリーゼに教えたのは火魔術だけだから、雨が降っていたら使うことができない。
危ない危ない。
エリーゼの機嫌を損ねてしまうところだった。
「フレイム」
エリーゼが唱えると、その手に炎が灯った。
リベラは口をあんぐりと開け、呆然としている。
「まさか、本当に使えるとは……。
ベル、どうやったんだ?」
「なぜ僕に……?」
聞くべきはエリーゼだろう。
教えたのは確かに俺だが、三か月かけてモノにしたのは紛れもなく彼女だ。
まあ俺も正直、途中で投げ出してしまうと思っていたが。
「リベラさんにも教えてあげましょうか?」
「いや、アタシはいい……」
「そうですか……」
「何でよ、リベラ。
せっかくだから教えてもらえばいいじゃない?」
あれだけ手こずっていたエリーゼですら習得できたのだ。
リベラなら呑み込みが早そうだし、すぐ習得できると思うんだが。
「昔、一度だけ魔術を覚えてみようとしたことがある。
だが、すぐに心が折れて諦めてしまった」
「あたしも初めて教わった時は出来なくて投げ出したわ。
でも、根気強くやってみたら習得できたのよ」
なんだ、リベラもエリーゼと同じじゃないか。
この二人、やっぱり似ているんだよな。
ずっと一緒にいたからだろうか。
俺のこの容姿にしても、この二人にしても、
長い時間を共に過ごすと似てくるという話は本当なのかもしれない。
俺もそろそろ、魔術の鍛錬を再開しないとな。
上級魔術を習得してからずっと、聖級に上がれなくて行き詰まっている。
勉強しかしていなかったからというのもあるが、単純に練習をサボっていた。
上級まではすぐに上がれたのに、中々どうして聖級に上がることができない。
ロトアからはそう簡単ではないと言われていたが、まさかここまで行き詰まるとは思っていなかった。
……いや、練習のしようがないか。
俺が持っている魔術教本では、上級魔術までしか習得することができない。
ロトアから聞いた話だが、聖級魔術まで習得できる魔術教本もあるにはあるらしい。
だが、毎度のことながらお高いんだと。
やっぱ世の中金だな。
ちくしょう。
「魔術もいいが、剣術はどのくらい上達したんだ?」
「火上級になったわ。教えてなかったかしら」
「教えるも何も、全然会っていなかっただろう」
「そうだったっけ」
リベラと会うのはかなり久しぶりに感じる。
ていうか実際久しぶりだ。
それなのに、リベラは変わらないな。
それにしても、リベラは毎日このドエロ……どえらい服を着ているな。
ちゃんと洗濯してるんだろうか。
それか、同じ服を何着も持っているとか。
この服を何着も集めるのは大変そうだ。
「リベラ、あたしと久々に打ち合いしてみない?」
「木剣はあるのか?」
「ええ、腐るほどあるわよ」
腐るとか言ってやるな。
ルドルフが夜な夜な木を削って剣を作ってるってことを知らないだろうな。
ロトアと致すか木剣製作かの二択だぞ。
「にぃに」
「んー? どうしたー、アリス」
「だっこ」
「はいはい、おいで」
アリスは歩くのを覚えたとともに、片言ではあるが言葉を喋るようになった。
見ようと思えばルドルフにもロトアにも見えるアリスの顔は、見ているだけで癒される。
抱き締めたくなる、なんて言葉では片付けられない。
なんというか、握りつぶしたくなる可愛さなんだよな。
キュートアグなんたらってやつだろうか。
俺はアリスを抱きかかえ、いつの間にか木剣を手にしている二人を見る。
リベラが戦うところを見るのは、何気に初めてかもしれない。
――『剣王』リベラータ・アンデル。
響きだけでもう強そうだな。
「ベル。準備ができたら、合図をしてくれ」
「そ、そんなに急にですか?」
「実際の戦いでも、急に敵が襲ってくることもあるだろう」
「それは、そうですけど……」
常に実戦を想定して、ってことか。
剣士たるもの、手を抜いてはいけないってわけだな。
さっきまでの和気藹々とした雰囲気はどこへやら、二人は互いの目を睨みあっている。
殺気に近い二人のオーラが、こっちまで伝わってくる。
これ、焦らしてみたら怒られるかな。
「……」
「……」
「……」
「っくしゅん」
「早くしなさいよ!」
「あぁすみません」
怒られてしまった。
くしゃみはわざとじゃないんだが。
今度こそ、ちゃんとしよう。
これ以上水を差してしまったらリベラからも怒られそうだ。
「よ、よーい……はじ――」
戦いの始まりを告げようとしたその時。
――禍々しい空が、眩く光った。
「雷かしら」
「雷にしては、やけに眩しくないか?」
そういえば、エリーゼは雷を克服した。
あんなに怖がっていたのに、成長したなぁ。
じゃなくて、あれは明らかに雷の光り方ではない。
一瞬しか光らない雷に対して、あの光はもう何秒も光り続けている。
何かが、おかしい。
「――何だ、あれ」
禍々しい雲を、何かが突き破った。
それが何なのかは、肉眼では見えない。
だが、確実に地面に向かって落ちてきていることだけは分かる。
「……逃げるぞ」
「えっ――」
「――早く!」
俺はリベラの叫びを聞いて、本能的に動いた。
一体何なんだ、あれは。
「ベル! お前とエリーゼはマロンに乗れ!
馬は操縦できるとルドルフから聞いた!
「リベラさんは!?」
「アタシは乗ってきた馬がいる!
アリスはアタシの方に乗せる!」
俺は我が家で飼っている馬であるマロンに跨る。
エリーゼも後ろに乗せ、先導してくれているリベラの後を追う。
村の人々は、不思議そうに空から落ちてくる「何か」を見つめている。
構ってる暇はない。
とにかく、あれから離れなければ――、
「ベル! あれ!」
「――っ!?」
「何か」は、もう既に上空にはなかった。
代わりに、聞いたことがないような轟音が鳴った。
それと同時に、遠くの方で青白い光が広がっていた。
――あっちの方って、アヴァンがある方じゃ……?
その光は、恐ろしいスピードでこちらに広がってきている。
「ベル! 早く!」
「は、はい!」
俺は馬の腹の部分を踵で強く蹴り、マロンを走らせる。
逃げないと。
逃げないと。
あれから、逃げないと。
「ベル! もっと速く!」
そんなこと言われても、走ってるのはマロンで、俺じゃない……。
「――っ! ベル!
ねえ、ベル!」
「はぁ……!はぁ……!」
必死に手綱を動かすが、マロンはもう最高速度で走っている。
それでも、後ろから光は迫ってくる。
「ベル! エリーゼ!」
ついてきているか、と、リベラは俺たちの方を振り返った。
顔を青ざめた後、前に向き直って体勢を低くする。
馬の速度は一気に上がった。
うわ、個体差ってやつか。
マロンはこれ以上スピードが上がらない。
多分、ついてこれられると踏んでスピードを上げたのだろう。
有馬のディープインパクトぐらい走れよ!
俺も後ろの方をチラリと見やる。
先ほどまでかなり遠かった青白い光は、もうすぐ後ろまで迫ってきていた。
その光は、まるで津波のようにあらゆるものを飲み込んでいく。
遠くの方で、人々が叫ぶ声が聞こえる。
飲み込まれてしまったのだろうか。
いや、今は他の人のことを気にしている余裕はない。
「エリーゼ! しっかり掴まって――」
そう言ってマロンの腹を蹴った瞬間。
――視界が、真っ白に染まった。
---
時は少し遡る。
ルドルフとロトアは、不気味な色の空を見上げていた。
「何なのかしらね、あの空」
「あのおかしな空のせいで、子供達としばらく会えないじゃねえか」
ルドルフはため息をつき、不満げに肩を落とした。
二人は、アヴァンから迎えに来た馬車に乗っている。
自家用の馬で行くつもりだったのだが、「来てもらうのに申し訳ない」とのことで迎えが寄越された。
「とっととあれの原因を突き止めて、あいつらのとこに帰らなくちゃな」
「なるべくそうしたいけど、数日じゃ済まなそうね」
「ったく、面倒な仕事を受けちまった」
「陛下直々の頼みなんだから、断るわけにはいかなかったものね」
二人に調査の手伝いを要請したのは、グレイス国王のコーネルである。
数年前から続く異常気象についての調査は騎士団に任せきりだったが、何の結論も得られなかった。
そのため、かつて王国に襲来した九星執行官を撃退した功績のある二人に助力をお願いしたのである。
数日から数週間かかるとのことで最初は断ろうという話ではあったが、後顧の憂いは断っておくべきだという意見で合意し、助力することを決めた。
「――何だ?」
その時、空が光った。
「雷かしら?」
「いや、雷にしては眩しすぎやしないか?」
奇しくも、ベルとエリーゼのまったく同じ反応をした二人。
禍々しい雲を何かが突き破り、凄まじい速度で近づいて来ている。
落ちていく方角には、二人の目的地であるアヴァンがある。
これは、まずい。
ルドルフは、直感的にそう感じた。
「御者! ここで降りる!」
「えっ? 何を考えて……」
ルドルフは問答無用で飛び降りた。
「ルドルフ!」
「オレはベルたちに危険を知らせてくる!
まだそう遠くはないはずだ!」
「待っ――」
ルドルフはロトアの静止も聞かずに、ラニカ村へと走り出した。
この時のルドルフは、ロトアの身の安全のことなど考える余裕もないくらいに、パニック状態を起こしていた。
『剣帝』の名に恥じないそのスピードをもって、ラニカ村の方へ全力で走る。
ふと、後ろを振り返る。
轟音と共に生まれた青白い光は既に、先ほどまでルドルフがいた場所を飲み込んでいた。
ルドルフの顔は、みるみるうちに蒼白していった。
手の震えが、足の震えが、止まらなくなる。
「どうしてオレは、ロトアを置いてきたんだ……!?」
もはや彼の足は、動いていない。
ベルのもとにも行けないし、ロトアの方にも戻れない。
どっちつかずになったまま、彼もその光に飲まれた。
――その日、グレイス王国が滅亡した。
第1章 幼・少年期 -終-
次章
第2章 少年期 「邂逅編」




