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第9話 王女とひとつ、屋根の下

「………んあ?」


 知らない天井だな。


 俺は結局死んだのか?

 気を失う前に、人の声みたいなのが聞こえたような気がしたが。

 いや、まさかな。

 あの時、あそこにいたのは俺と王女様だけだった。

 助けに来られる人なんて誰もいない。


 となると、やはり俺は死んだのだろう。


「……あれ」


 体を起こして視線を右に移すと、そこには赤髪の少女が椅子に座ったまま寝ていた。


 待て。

 ――じゃあ、この子も死んでしまったのか?


「目が覚めたか」

「わぁっ!?」


 なんだよもう。ビックリしたな。

 尻くらいまである銀色の髪の毛に、整った美貌。

 そして何より、この弾けてしまいそうに豊満な胸部。

 男たるもの、自然と目が引かれてしまう。


 この人を見たことはない。

 だが、声は聞いたことがある。


「ここは?」

「ラニカ村の避難所だ」


 ……思い出した。

 この声が、俺が意識を失う前に聞いた最後の声だ。


 ということは、この人が助けてくれたってことか。

 つまり、俺は死んでいない。

 この子も、死んでいないのだ。


 …………良かった。


 つか、この避難所でかいな。

 ずいぶん前に聞いた話だと、村に避難所は三つくらいあるらしいが。

 それでも、避難所の数は足りるのだろうか。

 村があんなに大きな被害を受けていて無傷の人間なんていないだろうし、

 かなりの数の人がそれぞれの場所に避難しているはず。


 それに、全ての避難所が無事だとは限らない。

 場所によっちゃ、使えない建物だってあるかもしれない。


「あの、あなたのお名前は?」

「リベラータ・アンデルだ。

 グレイス王宮の用心棒兼、エリーゼの剣術の師範をしている。

 リベラータじゃ長いから、リベラと呼んでくれても構わん」

「僕はベル・パノヴァです。

 助けていただいて、ありがとうございました。

 その、魔物はどうなったんですか」

「ああ、そうだったな。一から説明しよう」


 リベラは、俺が気を失っている間の出来事を事細かに話してくれた。


 まず、リベラは俺が気絶した瞬間に俺を救い出し、逃げるエリーゼを捕まえてこの避難所まで運んでくれたらしい。


 エリーゼが大きな声をあげるきっかけとなったあの大きな音は、『世界四大魔獣』の『大猿』の襲来によるものだった。

 村の用心棒的存在である「守り人」たち、そしてグレイス王国首都のアヴァンから派遣された騎士団が命を懸けて前線を守り抜き、我が偉大なる母・ロトアの特大の聖級魔法によって大猿は撃破された。

 大猿はその高い知能で魔物を自分に従わせることが可能であるらしく、大猿が撃破されると森のほうから増援が来ることはなくなった。


 だから、倒しても倒しても数が減らなかったのか。

 俺はたいして倒してないけど。


「ベル。本当にありがとう」

「何がですか?」

「命がけでお嬢様を守り抜き、逃がそうとしてくれたことだ」

「……そんな大層なことはしてませんよ」

「大層なことをしたんだよ」


 まあ、エリーゼは王女だしな。

 しかも「第一王女」だから、王位継承権が一番強いんじゃないか?

 だとすれば、リベラの言う通り大層なことをしたのかもしれない。


 でも、もう少し魔術の練習をしていればもっと楽に守れただろう。

 結果論に過ぎないが。


「エリーゼは、寝ているだけですよね?」

「ああ。この子、『あたしのせいでこの子が死んじゃう!』って散々アタシに泣きついてきたよ。

 『そばにいてやればいいじゃないか』って言ったら、本当に一日中お前のそばから離れずにつきっきりで看病していた」


 そんなに心配してくれていたのか。

 そういえば、俺の名前を教えていなかったな。

 起きたら教えてあげよう。


 「一日中」ということは、俺はかなり長い時間寝ていたのか。

 多分だが、魔力切れを起こしていたんだと思う。


 一歩でも間違えたら「死」という極限状態からくる精神疲労、ずっと足を動かしていることからくる肉体的疲労も相まって、普通に危険な状態だったんだろう。


 前世でも味わったことのなかった初めての感覚。

 今度こそ本当に死を覚悟した。

 できることなら、もう二度と味わいたくない。


「ベル!」

「起きたのね!」


 ロトアとルドルフが避難所に入ってきた。

 二人は俺に駆け寄り、俺を抱きしめた。


「ごめんっ……! ごめんなぁ!

 避難所に送るだけでもしてやればよかった……!」

「……本当。場所も教えてくれなかったし」

「ごめんねっ……! ごめんねぇっ……!」


 怖かった。

 いつ死ぬかわからなくて、一時は本当に命が危なかった。


 でも、俺が真っ直ぐ避難所へたどり着いていれば、エリーゼはどうなっていたかわからない。

 俺と出会ったことで剣を失い、危機に陥ったのは事実だが、二人で一緒に動いたからこそ死にはしなかったのもまた事実。


 全てがかみ合って、上手くいってくれた結果だ。


「本当にありがとう、リベラ」

「いいや、こちらこそだ。

 ベルは、命を捨ててまでお嬢様を守ってくれた。

 次期国王候補のエリーゼお嬢様を救ったこと、王宮を代表して礼を言わせてくれ」


 リベラとルドルフは握手を交わした。

 とにかく、よかった。

 被害は決して軽微なものとは言えないが、村が滅びなくて本当に良かった。


「もう夜遅いから、寝なさい。

 おやすみ、ベル」


 ロトアは俺に毛布をかけてくれた。

 確かに、もう外は真っ暗だ。

 ということは、あれだけ燃えていた建物は全て鎮火だれたのだろう。


 はぁ。

 寝て起きたばかりなのにドッと疲れが来た。

 目を閉じたら、すぐに寝られそうだ。


「よく頑張ってくれたわね。愛してるわ、ベル」


 ロトアは俺の頬に軽くキスをした。 

 おかげで、安眠できそうだ。


---

 

 あれから1ヶ月が経過した。

 二週間ほど前から村の復興作業が始まっている。


 村は約七割が焼け野原となってしまったため、とても長い時間がかかりそうだ。

 まず、人手不足。

 此度の襲撃による犠牲者は約七百人。

 怪我人は、重軽傷者を合わせると約三千人にものぼった。

 村民に無傷な人間は数十人のみ。

 そのどれもが、避難所が家から近かった人ばかりである。


 治癒術師が総力をあげて人々の治療に尽力し、ようやく全員分の治療が終わった。

 だが、人口の約2割が帰らぬ人となったラニカ村では、深刻な人手不足に悩んでいる。

 そして何より、資金が足りていない。

 村の家々の修理には莫大な金額が必要だと誰もが理解しているが、とてもじゃないがすぐに用意はできない。


 しかし、そんな俺たちに救いの手を差し伸べてくれたのが、グレイス王国である。

 なんと、資金を全て肩代わりし、おまけに人手も送り込んでくれた。


 おかげで、復興はかなり急ピッチで進んでいる。

 20年はかかるんじゃなかろうかと思っていたが、1年もかからなさそうだ。


 そして、俺個人としても嬉しい出来事があった。


「ベルー!」


 グレイス王国第一王女、エリーゼ・グレイスと仲良くなった。

 初めて出会った時は分かり合えそうにない人だと思っていたが、つきっきりで看病をしてくれたと聞いたその日から印象が変わった。


 そう。

 この子は本物のツンデレなのだ。

 神話上の生き物ではなかったんだ!


「こんにちは、エリーゼ様。

 今日も遥々アヴァンから?」

「ええ、そうよ。ずっと座りっぱなしでおしりが痛いわ」


 危ない危ない。

 「マッサージしてあげようか」と言ってしまうところだった。

 せっかく築いた友情がぶち壊れてしまう。


「お昼ご飯、一緒に食べましょ。

 おにぎりを持ってきたの」

「おお、美味しそう」

「あたしが握ったんだから美味しいに決まってるわ。

 ………あっ! 別にあんたのために握ったとか、そういうんじゃないからね!」


 はいはい、ツンデレの決まり文句ね。

 かーっ、たまんねえなこりゃ。

 この王女様のせいで、完全にツンデレキャラに目覚めてしまった。


「ベルにはこれ、はい」

「それじゃ、ありがたく……。

 あれっ、これ僕の好きな具……」

「ギクッ」

「この具が好きなのは僕だけだと思ってましたが……。

 もしかして、本当に僕のために……」

「ちっ、ちちちち違うってば!

 っていうかそれ、あたしのおにぎりだったわ! 返しなさいよ!」

「ちょ、ちょっと。もう食べちゃいまし……ぎゃあァァァァ!」


 俺の指ごと、おにぎりにかぶりつかれた。

 まだ前歯でよかった。

 犬歯だったら穴が空くところだった。


 エリーゼは「ごめんなさい……」と申し訳なさそうに謝ってくれた。

 ちょっと痛かっただけだから、モーマンタイだぜ、エリーゼちゃん。


 エリーゼはあの夜の次の日、俺の元気そうな姿を見て泣いて抱きついてきた。

 生きててよかったと、ここ数年でいちばん実感した瞬間であった。


 その後エリーゼはリベラと共に王宮へ戻り、一週間ほどすると、二日に一回俺の元へ遊びに来るようになった。


 俺に会いに来てくれてるのかと思うと思わず頬が緩むな。


「何気持ち悪い顔してんのよ」

「ニコニコしてるだけなのに!?」

「ニコニコというよりニマニマしてて気持ち悪いのよっ!」


 笑顔を気持ち悪いと言われたら終わりだ。

 金輪際、エリーゼの前で笑うなということか。


 こんな感じでよく毒を吐くエリーゼだが、顔はすごく可愛い。

 いやもちろん、毒を吐くところも可愛いんだけど。


 赤い髪に赤い瞳、ちょっとつり目で目つきが悪いところとか実にチャーミングだ。

 前世の俺なら「罵られたい」とか言ってんだろうが、実際罵られると結構傷つくんだよな。


 全世界のドMに告ぐ。

 可愛い子に面と向かって罵られるのは、結構堪えるぞ。

 どうせ画面越しでしか経験ないんだろう。


「エリーゼ様? どうしてそんなにモジモジしてるんですか?

 おしっこならその辺りにしても大丈夫ですよ」

「ぶん殴るわよ。じゃなくて、その……。

 今日は、ベルに言わなくちゃいけないことがあって」


 お、なんだなんだ。

 告白ならいつでもウェルカムだぞ。

 こんな前置きをしておいて貶されたら、流石に傷心を隠し切れる自信が無いんだが。


「……あのね。驚かないで聞いて欲しいんだけど」

「何を言われても驚きません」


 「行けたら行く」くらい信用のない言葉を口にしてしまった。

 内容によっては飛び上がるほど驚いてしまうかもしれない。


「――あたし、王宮を出てベルの家に住むことになったの」

「…………パードゥン?」


 ソーリー。

 ワンモアプリーズ?


「ぱ、ぱーどぅんってなによ。とにかく、ベルの家に住むことになったの」

「それは分かりました……いや分からないですけど、どうしてそんな急に?」


 どういうことだ。

 王国の第一王女が俺の家に住むだと?

 別に断ったりするつもりはないが、突然過ぎて状況が理解できない。


「話せば長くなるの。まあ、端的に言えば、そうね……」


 エリーゼは俺から目線を逸らす。

 え、なんだなんだ。

 嫁入りでもするのか?


「……あたし、あの王宮から出たかったのよ」 

「王宮から出たかった?」


 ますますどういうことだ。


 エリーゼは王女。

 王位継承権がかなり高いから、てっきり王様を目指してるのだとばかり思っていたが、違うのか。


 あと、嫁入りじゃなかった。


「あたしは王権争いなんてしたくないし、王様になるなんてまっぴらごめんだわ」

「え? でもエリーゼ様は第一王女だから、王位継承権は一番高いはずじゃ?」

「王族に何人兄弟がいると思ってるのよ。

 確かにあたしは第一王女だけど、上に兄が三人いて、妹も四人いた。

 ………まあ、妹は全員暗殺されて、今は兄様が三人だけだけどね」

「暗殺……」


 物騒な響きだ。

 それも、顔色ひとつ変えず淡々と話している。


「グレイス王国は代々、男が王権を握り続けてきた。

 だから、国民の中には一定数、女の王が生まれて欲しくないって人もいるんでしょうね」


 エリーゼは、八歳とは思えない饒舌っぷりで王族の闇を明かした。


 ある日の夜、王宮に刺客が送られた。

 エリーゼ以外の三人の妹は殺されたが、兄は全員見逃された。


 それがきっかけで、リベラが用心棒として雇われた。

 そして、いつ刺客の襲撃が来てもいいように、自衛のために剣術の稽古をつけてもらっているんだとか。


 そりゃそんなおっかない王宮、出たくもなるわな。

 よく八年間も耐えられたな。


「でも、ご両親は許可なさったんですか?」

「あたしも最初は、絶対怒られると思ってたわ。

 でも、『このままこの王宮に縛り付けてあなたを失うくらいなら』って言ってくれたの。

 相手が命の恩人なら尚更だって」


 国王陛下と王妃は、意外と寛大なお方なんだな。

 ほら、王族って傲慢なやつとか無駄に厳しいやつとかばっかりなイメージだし。

 ちゃんと娘のことを想っている、良い親じゃないか。


「では、エリーゼ様はもう王宮には戻らないんです?」

「そうね。たまに戻って挨拶くらいはするかもだけど、住むってことにはならないわ」

「そうですか……」


 なんだか、複雑だな。

 そりゃこんなに可愛い子と家族同然の生活を送れるなんてのは夢みたいな話だが。

 事情が事情とはいえ、エリーゼ、そして彼女の家族にとっては幸せな選択なのだろうか?


「……もし嫌なら、お父様に話を付けるわよ。

 本当に突然のことだし、ベルとは最近出会ったばかりだし……」


 エリーゼは照れ臭そうにそう言った。


「でもね、あたしもそうしたいの。

 どこか違う場所に住むなら、命を助けてくれたベルの家がいいって思ったわ」

「エリーゼ……」


 ……いや、エリーゼの選択は、みんなにとっての幸せに繋がることなのだろう。

 家族としては一緒に生活したいだろうが、政治的な背景がある以上、いつ何時も気を抜けない。

 かつて妹を三人も失っているエリーゼの気持ちを考えれば、彼女の家族がそういった選択をするのも理解してあげられるような気がする。

 苦渋の決断ではあろうが、


「……嫌じゃないし、むしろ嬉しいですよ」


 俺は、その選択を尊重するべきだろう。

 そして、否定もするべきではない。


 俺にできることは、エリーゼを受け入れてあげること。

 それがこの国のためになるなら、なおさら受け入れないわけにはいかない。


「こんなに可愛らしい王女様とひとつ屋根の下で暮らせるなんて、庶民から見たらそれはもう羨ましいでしょうね。

 今から僕はアヴァンに行って、道行く人に自慢してやりますよ」

「な、何馬鹿なこと言ってんのよ馬鹿」


 一文で二回も「馬鹿」と言われてしまった。

 いやはや、まさか五歳にしてメインヒロインに出会ってしまうとは。

 転生させてくれた神様に感謝しなければ。


 どうやら、ルドルフとロトアには既に話を通しているらしく、そして承諾を得ているらしい。

 村が復興したら、エリーゼは家族の一員になるというわけだ。


 こんなに可愛い女の子と一緒の家に住めるなんて、夢にも見なかった。

 こうなったら、一日でも早く村を復興させなければ。

 と言っても、子供の俺にできることは少ないけど。


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