表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

昼食戦記

作者: みみみみかん
掲載日:2026/01/06

 美味しい食事が食べたい。

そんな願いは、誰でも考えることだろう。


 午前中の激務を終え、午後からの仕事をこなす前のこのひと時。

少しでも美味しい昼食を食べたい。

そう願うのは、必然とも言える。

かくいう私もそう願う1人だ。

 普段は、小学校で教鞭を振るう私は、平日は子どもたちと一緒に給食を食べる。

大人になってからはなかなか食べられない給食。それは、人によってはわざわざ店に行ってまで食べたい特別な食事だろう。だが、この道10年。平日は基本的には給食を食べている私にとっては特別感は無くなってしまうのだ。

一方で、飲食店のランチ。こちらは、仕事をしている時には食べられない特別なメニュー。しかも、平日限定でお得で美味しいメニューも多い。私にとっては、こちらこそ憧れのメニュー。特別な日にしか食べられない食事なのだ。


 さぁ、そんな特別な食事が取れる日というのが、私たちの仕事にも年に数回ほど訪れる。

 子どもたちが給食前に帰るこの時期。学期末だ。この時期だけは、給食が提供されないため私たちも普通の飲食店で昼食を食べられるのだ。

 普段ドラマの中でしか見ないような、小さな財布を持って、「お昼食べに出てきます」ができるのだ。

なんなら必要もないのに、私は今日エコバッグを持ってきている。帰りにコンビニでコーヒーでも買って帰り、職員室でコーヒーを飲みながら仕事…というのもやりたいからだ。

 準備は整った。今日は誰にも邪魔されずに好きなものを食べるために、学年の先生たちにも先に断りを入れてある。これで急に主任が選んだ激安ランチに連れて行かれることもない。

今日の私の気分は、特別な昼食を食べる、なのだ。激安ランチでは満たされない。特別で素敵なランチ…これを求めている。


 さぁ、いざゆかん。

美味しい昼食を求めて。


 エコバッグ片手に管理者に声をかけ、ドアに手をかけた。


「平先生。お電話です。保護者から。」


 同僚から慌てて声をかけられ、受話器を手渡される。

この仕事では良くあることだ。ちょうど子どもたちが帰り着くタイミングだ。大方忘れ物に気づいて連絡が来たのだろう。

 電話の向こうからは、大変恐縮した様子で、母親が忘れ物の連絡を伝えている。やはりそうか。今日は学期末で荷物も多かったし、うっかり忘れてしまったのだろう。この後、取りにくるとのことで、約束を取り付ける。2時過ぎに取りに来るとのことだから、少々昼食の時間が短くなってしまったが、これも考慮済み。今は1時前。まだ十分に時間はある。


 さぁ、気を取り直して職員室を出発だ。

ランチ時は、一分一秒が大事なのだ。

素早く校門を目指して歩いていく。

今日のランチはどこがいいかしら。やはり、風月堂のお好み焼きか…大川亭のハンバーグも捨てがたいが…

美味しいメニューたちを頭に浮かべる。ずいぶんお腹も空いてきた。


「先生ー。」


 校門を出てすぐの横断歩道。聞き慣れた声がする。

私のクラスの春野さんだ。かわいいお下げが揺れている。いつもしっかり者の彼女にしては珍しく眉が八の字になってしまっている。


「どうしたの。春野さん。ずいぶん前にさようならしたのに、まだ家に帰ってなかったの?」


 真面目な彼女は帰りが遅くなったことを咎められたと思ったのだろう。八の字の眉毛がさらに下がってしまった。


「大丈夫?あなたにしては、珍しいなって思って。何かあったんじゃない?」


 しょぼくれてしまった頭にそう声をかければ、またシャキッと顔を上げる。何やらトラブルに巻き込まれてしまったのだろう。

 昼前に帰ると何故かどこかでトラブルが起きるものだ。ケガをした様子はないけれど…何か無くしてしまったのかしら。


「そうなの。先生。あっちで、2組の田中くんがこけちゃったの。今日、一緒に帰ろって言ってて、帰ってたんだけど…田中くん急いでたみたいで2人で走ってたら、こけちゃって…田中くん、泣いちゃって…」


 焦っているのか言葉に詰まりながら、指を刺して訴える。指の先を見てみると、確かに小さなランドセルが歩道の端でうずくまっている。


 了解、わかったよ。と声をかけて、一緒に歩いて行く。ランドセルまで歩いていくと、その奥で小さな体をさらに小さくして、2組の田中雄大がうずくまっていた。

どうやら、膝小僧と手のひらを擦りむいたようだ。血の出方からして、ただの擦り傷に見える。ここはアスファルトだから走っていてこけたのなら痛かっただろうに、目に涙は溜めているが泣かずに我慢している。


「こけちゃったの。痛かったでしょ。」


足見せて、と声をかけてから膝を見てやる。やっぱりこけて擦りむいたようだ。手のひらも見てみるがこちらも同様。学校の近くでこけてしまい、家まではまだもう少し。友達が歩けなくなって困った春野さんが学校に助けを求めにきたそうだ。

 

 大人に声をかけられてホッとしたようで、田中くんはしばらくすると自分で立って帰れると言い出した。家に帰れば家族も待っているし、何より今日の昼はたこ焼きなのだそうだ。学校で保健室に行ったらたこ焼き食べ逃しちゃうよ…!と切実に訴えるので、私もそこで別れることにした。


 2人の後ろ姿を見送り、駅前に向かう。

残りの時間はあと、30分ほど。保護者が来る少し前には職員室で待っていなくては。

となると、選ぶべきものは一つ。




 今日の私のランチは、コンビニのおにぎりとお味噌汁。なんと、豪勢にホットスナックでコロッケまで買ってしまった。


さぁ、急いで帰って教室でご飯にしよう。

お昼時の素敵なランチの戦場を尻目に、私は自分の戦場に歩いていく。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ