2話
春の午後。練習を終えた三人は、まだ汗の残る体で部室に戻ってきた。小さな部室に椅子を引く音が響き、すぐに三人の声が満ちていく。
「今日のシュート、放物線が完璧だったんだよ」
健斗が満足げに言う。
「いや、確率的に見れば成功率はまだ五割程度だな」
翔真がすかさず返す。
「また始まった……」
美咲は笑いながらタオルで汗を拭き、二人のやり取りを聞いている。彼女は口を挟まず、ただ楽しそうに見守っている。
「角度と初速を計算すれば理論上は百発百中なんだ」
健斗が真顔で言う。
「でも実際は誤差がある。人間の動きは確率変数だ」
翔真が譲らない。
「……なんか、桶狭間の奇襲みたいだな」
健斗がふと歴史ネタを混ぜる。
「確率的に言えば、信長の勝率は低かったはずだ」
翔真も乗る。
美咲はタオルを置いて、少しだけ微笑んだ。
「でも信長は布陣を工夫して勝ったの。だから今日の私たちも悪くなかったと思うわ」
二人は「おお、やっぱり詳しい!」と笑い、美咲はまた黙って聞き役に戻る。
――
その後も会話は止まらない。
健斗が「電車の加速度を解析すれば、次の駅までの到着時間が予測できる」と言えば、翔真が「時刻表は数列みたいだ」と応じる。
美咲はただ「へえ、面白いね」と笑って聞いている。歴史ネタが出ない限り、彼女は普通の女子大生として会話を受け止める。
三人の声は、まるで授業の延長のように響く。けれどそこには堅苦しさはなく、ただ青春の軽やかさがあった。
――
「ねえ、次の練習メニューどうする?」
美咲が問いかける。
「物理的に角度を極める」健斗。
「確率的にパスを最適化する」翔真。
美咲は笑って肩をすくめる。
「私は普通にシュート練習でいいと思うけど」
三人は顔を見合わせ、笑い声を上げた。
部室の窓から差し込む夕陽が、彼らの笑顔を照らしていた。




