1話
夕暮れの体育館は少し埃っぽい匂いがしていた。ボールの音もシューズの響きもなく、ただ一人の先輩が立っている。長い間、彼はひとりでこの部を守ってきた。練習試合も組めず、仲間もいないまま、ただ「部の灯」を消さないために。
その先輩の前に、三人の新入生が現れた。物理を愛する健斗、数学を愛する翔真、そして歴史を愛する美咲。彼は静かに笑い、ボールを手渡す。
「この部の歴史は途絶え、繋がった。これからは君たちの物語だ」
そう言い残して、満足そうに去っていった。
――
「ここが……3×3バスケ部か」
体育館のドアを開けた健斗が呟くと、中には翔真がすでに来ていて、ボールを手にしていた。
「お、君も新入生?」
「うん。物理専攻の健斗。先生志望なんだ」
「俺は数学専攻の翔真。同じく先生志望。よろしく」
二人はすぐに打ち解けた。互いに「変人」であることを直感したからだ。
「バスケってさ、シュートは放物線運動だよな。角度と初速を計算すれば成功率が上がる」
「いやいや、確率論で考えた方がいい。成功率はベイズ更新で変わるんだ」
「なるほど、面白いな!」
「だろ?」
体育館に響くのは、ボールの音ではなくトリビアの応酬だった。
――
「あの、こんにちは」
少し控えめな声が響いた。ドアのところに立っていたのは美咲だった。
「私も今日から入部します。歴史専攻で、先生を目指しています。よろしくお願いします」
健斗と翔真は一瞬黙り、そして笑った。
「おお、女子部員! しかも歴史専攻!」
「いや、歴史って……バスケに関係ある?」
美咲は柔らかく笑って答える。
「直接はないけど、戦術って歴史的な采配に似ていると思うの。桶狭間の奇襲とか、関ヶ原の布陣とか」
その口調に二人は思わず頷いた。
「なるほど、歴史的視点か。面白い!」
「これで物理・数学・歴史のトライアングルだな」
こうして三人は自然にチームになった。
――
「さて、練習しようか!」
健斗がボールをつき始める。
「でも、三人しかいないから試合形式はできないね」美咲が笑う。
「じゃあ、物理的にシュート角度を解析する練習をしよう」健斗。
「いや、確率的にパス練習を最適化すべきだ」翔真。
「もう、普通にシュート練習でいいんじゃない?」美咲。
結局、笑いながらシュート練習を始める三人。ボールがリングを弾き、体育館に響く。その音は、これから始まる青春の序章だった。




