第85話 呪詛返しのゆくえ②
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@YinYang2145675
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「そんな……そんなことで国が揺らぐわけ……。」
「揺らぎます、アシュテア即妃殿下。」
老呪術師が静かに続けた。
「特に、今この時期であれば、です。」
「……今?」
「そうです。貴女のご子息──第一王子が、来月には正式に儲君として冊立される予定でございましょう?」
アシュテア側妃の瞳が大きく見開かれた。
「まさか……そこまで計算して……?」
「第一王子殿下が、アシュテア側妃殿下のお子であるにも関わらず、後継者として選ばれる。それと引き換えにあなた様は、国王の言うがまま、実の娘の暗殺をはかられた。」
若い呪術師が言う。
「ですがそれは、同時に失敗した際に、反故にされる諸刃の剣。仮にオークランドの国王が魔族と手を組んでいるとすれば、彼らは単にシュレア姫を救うだけではなく、我が国の後継者争いを最大限に利用して混乱を起こすという、二重、三重の利益を得ることになります。」
老呪術師がうつむきながら言った。
若い呪術師が、フードの下から小さく笑った。
「側妃殿下。あなたはこれまで、シュレア姫をただの道具として扱ってきました。しかし今、シュレア姫はあなた様の道具から、オークランド王国の武器に変わったのです。そしてその武器の狙いは──貴女と、貴女の息子です。」
部屋に重い沈黙が落ちた。アシュテア側妃は、胸元の呪詛を押さえながら、震える声で呟いた。
「……ならば、どうすればいいの?あの子をどうやって守ればいいの……?この呪いを、どうやって消せば……?」
老呪術師は、杖を握る手に力を込めた。
「消すことは……できません。」
「え……?」
「呪詛返しは跳ね返った瞬間に完成します。すでに肉に刻まれ、アシュテア側妃殿下の生命と結びついてしまった。呪詛返しを返すことは出来ないのです。呪詛返しを消すには、呪いを跳ね返した魔族そのものを殺すか、あるいは……。」
「……あるいは?」
「呪詛の源である依頼主──つまりアシュテア即妃殿下自身が死ぬしかありません。」
アシュテア側妃の顔が、真っ白になった。若い呪術師が、静かに付け加えた。
「もちろん、死ななくとも……生きながらにして死んだも同然になり、生き延びる方法であれば、唯一救われる道はあります。」
若い呪術師が言う。
「……それはどういう方法なの?」
「時間をかけた呪いであったことが救いでした。呪詛が発動する前に、アシュテア側妃の存在そのものを抹消するのです。これは王族にかけられた呪いですから、側妃の地位も、第一王子の母という立場も、すべてを捨てて、ただの平民になる。あるいは──。」
老呪術師が、ゆっくりと目を伏せた。
「オークランド王国を通じ、罪を認め、シュレア姫に、正式に謝罪し、命乞いをするほかありませんでしょうな。」
「……は?私の罪を公式に発表しろと言うの!?」
「生き延びたければ、です。罪を認め、謝罪をした者であれば、教会が呪詛をといてくれます。かけたものを特定し、呪詛返しをする以外で、呪詛をとけるのは教会と聖水のみですので。ですが、呪われた人間が許さなければ、たとえ教会の祭司長とて、呪い返しをされた呪いをとくことは出来ますまい。」
アシュテア側妃は、呆然と呪術師たちを見回した。誰も、目を逸らさなかった。声も発さなかった。
水音だけが湿った室内に響いた。地下室に滴る水が、床の石畳を叩くたびに、部屋の中の空気が一層重く凍りついていく。
ピチョン……ピチョン……ピチョン……規則正しく、しかし決して急がない。
まるで、狩人が獲物の最後の逃げ場を塞ぐように、ゆっくりと、確実に近づいてくる死の秒読みかのように。
アシュテア側妃の指先が震え、胸元の呪詛がアシュテア即非の心臓の鼓動に従うように、まるで生き物のように脈打った。
熱い。焼けるように熱い。皮膚の下で何かが蠢き、肉を抉りながら広がっていく感覚が、吐き気を催すほど鮮明だった。
「跪く……ですって?私が?あの小娘に?人質の、ただの道具に!?」
声が裏返り、ヒステリックに跳ね上がる。
「だったら殺せばいいじゃない!今すぐ!あの娘を!呪いを跳ね返した魔族ごと、叩き潰せば──!」
「それは無理です。……というか、意味がありません。」
老呪術師の言葉は、氷のように冷たかった。
「すでに呪詛返しは成立しています。シュレア姫を殺したところで、貴女の胸の刻印は消えません。むしろ……加速するだけです。」
「……加速?」
「はい。呪いの発動が早まりましょう。」
アシュテア側妃の膝がガクガクと震え、ついに床に崩れ落ちた。豪奢なドレスの裾が乱れ、普段は決して見せない無様な姿が露わになる。
「誰か……誰か!!」
助けをこうように、衛兵を呼ぼうとするが、わざわざアシュテア側妃が人払いをして、こもっている地下室だ。誰も来る筈もない。
「魔族による、正式な手順をふんだ呪詛返しは、もともとの呪詛よりも威力を増すもの。お決め下さい、命か、第一王子殿下の後継者の座か。」
ブツブツとつぶやくアシュテア側妃は、その後、体調を理由に蟄居することとなった。それも王族の立場を返上して、1人の平民として生きさせて欲しいと国王に告げて。
アシュテア側妃は最後まで、娘の命をエサにしてでもこいねがった、息子の王位にこだわり、静かに表舞台から消えた。




