第66話 豹変するアドリアーノ
ミアナとガスパールのクッキーは、チェルレッティ公爵家にお礼がしたいというガスパールの言葉に家令がいたく感銘を受け、特別に許可してくれたので、砂糖を使うことが出来たのだ。
だが、砂糖ほどの甘みでなければ、もう少しクッキーを口にした誰しもが、その違和感に気付けたかも知れなかった。
ほんの少しの苦み。違和感。砂糖の強い甘みの前では、オレンジピールほどの、ほんのりとした苦みに感じられた。
ガスパールはミアナからの報告で、自分のたくらみがうまくいったことを知った。ろうそくの炎がわずかに揺れる中、ガスパールは密かにほくそ笑んだ。
最初は小さな変化だった。アドリアーノの目がわずかに鋭くなり、体が常に小刻みに震えるようになっていった。
ブランキーニャはそんなアドリアーノの姿を見て、さむいの?と尋ねた。ううん、と首を振るアドリアーノ。
大人の自分たちの目線よりも遥かに下を歩くアドリアーノの変化に気がついたのは、同じ目線のブランキーニャただ1人だった。
大きな変化は数日後に訪れた。従者の1人がドアを閉めた時、
「うるさい! そんな音を立てるな!」
とアドリアーノが叫んだのだ。
苛立ちが混ざったような声で、頭を掻きむしりながら、呼吸が荒くなり、心配して声をかけた従者の手を乱暴に振り払った。その行動は、チェルレッティ公爵家で働く人々に、乱暴な子どもだという印象を与えた。
アドリアーノはだんだん、強い光を怖がるようになり、外に出るのを嫌がった。心配した同室の従者に、枕を投げつけたりする。
次第に獣のような唸り声を上げるようになり、おかしいと感じた人々は、悪魔憑きではないかと、教会から祭司を呼び寄せたが、アドリアーノに変化はなかった。
あの子がなぜ……?と訝しんだまま、祭司は教会へと帰って行った。
心配したブランキーニャが、アドリアーノを尋ねたが、アドリアーノは壁に拳を打ち付けて、ブランキーニャを威嚇した。
ブランキーニャはカタカタと震え、泣きながら部屋を出ていくほかなかった。ブランキーニャと同部屋の侍女が、そんなブランキーニャの背中をさすって慰めていた。
アドリアーノの凶暴化は日増しに加速していった。アドリアーノは自身の体が熱く燃えるように感じ、理性が薄れてのを止めることが出来なかった。
額に玉のような汗が浮かび、荒く呼吸をしながら、ガスパール……と呟く。そして突然立ち上がると、その勢いで椅子が倒れ、けたたましい音を響かせたまま、アドリアーノは部屋を出て裏庭へと向かった。
その目は赤く充血し、牙のように歯を剥き出しにした姿は、どう見ても尋常ではなかった。そうしてアドリアーノは、裏庭にいるガスパールを見つけ出す。
なぜそこにガスパールがいると思ったのか、アドリアーノは自分でもわからなかった。異常な姿のアドリアーノに、ガスパールは驚いて後退したが、アドリアーノはそんなガスパールに飛びかかった。
アドリアーノの爪がガスパールの首に食い込み、ガスパールは悲鳴を上げて泣き叫び、ミアナの名を呼び続けた。
カロリーナにお茶を出していたミアナは、他の侍女からそのことを聞きつけ、行ってあげて、というカロリーナにお辞儀をして部屋を出ると、裏庭へと転げるように駆けた。
するとそこには、ガスパールから引き剥がされてなお、ガスパールに襲いかかろうとするアドリアーノと、泣きじゃくりながらミアナの名を呼び続けるガスパールがいた。
「だいじょうぶ……!もうだいじょうぶよ、怖かったわね、ガスパール。」
ミアナは泣きじゃくるガスパールを抱きしめて、背中をさすってやった。
ガスパールの言っていたことは本当だったのだ。こうしてずっとガスパールをいじめていたのだ。ついに現場を押さえた。そう思ったミアナは、アドリアーノを教会へ返すよう、家令へと進言した。
このような狂暴な子どもをを紹介した責任をどう取るのかと、チェルレッティ公爵家は教会に抗議文を送った。
「まさか……ガスパールならともかく、アドリアーノが……?」
「あの子は本当に気が弱くて、おとなしい子どもですよ。まさかそんな……。」
祭司たちはアドリアーノをかばう意向を見せたが、事実大勢の前でアドリアーノはガスパールを襲ったのだと言う。
まるで悪魔憑きのように、おかしくなってしまったアドリアーノと対面した祭司も、今のアドリアーノならそうしてもおかしくはない、と証言をした。
そうしてアドリアーノはチェルレッティ公爵家を離れ、ガスパールが閉じ込められていた地下の牢獄へと、生涯閉じ込められることが、満場一致で決まったのだった。
ミアナの中でも、チェルレッティ公爵家の面々の間でも、ガスパールは教会でいじめられていた、心優しい子どもだという印象が定まった瞬間だった。
ガスパールがアドリアーノを選んだのは、オドオドしているくせに、自分に従わないことが気に食わなかったことだった。それは誰かさんを思い出させた。アドリアーノは少しずつ、公爵家での存在感を増していった。
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