第65話 仕込まれた罠
この見た目だ。嫉妬を受けることはあるかも知れない、と思った。こんな小さな子が、1人で頑張ってきたのだろうかと、ミアナは胸が痛んだ。
自分も教会にいた時にいじめられたことがあったのだ。いじめっ子たちは、何かしら理由を見つけていじめてくる。ミアナの時は、赤毛っぽいくせ毛が理由だった。
髪の毛を散々引っ張られて、嫌だったことを思い出す。祭司たちはその時も、かばったりはしてくれなかった。相手を許しなさいと、そう言うだけだった。
だからガスパールの言うことも、本当かも知れないと思っていた。
「ここではそんなことないわ。私がいるもの。何かあったら、いつでも言ってちょうだい。さあ、もう寝ましょうね?」
ガスパールはミアナの胸に顔を埋め、コクッと頷いた。可哀想な子どもであるガスパール像を、信じ込ませる第1段階は、うまくいったなと思いながら。
翌日からガスパールはミアナを巧みに操り始めた。裏庭でわざと転んで泣き出し、ミアナに助けを求めた。ミアナが駆け寄ると、アドリアーノにやられたと言いつける。
アドリアーノの姿は見えなかったが、ミアナがやって来るまでにいなくなったのかも知れない。それを繰り返されるうちに、だんだんと、アドリアーノはたちの悪い子どもだと思うようになっていった。
そうして暫くした頃、ガスパールがミアナにお願いを聞いて欲しいと言ってきた。
「──お菓子が作りたいの?」
「うん、僕なんにも出来ないけど、クッキーを焼くのだけは得意なんだ。優しい公爵家の人たちに、お礼がしたいなって思って。」
孤児たちの作るクッキーは、教会が定期的に開いているバザーで出すものだ。幼くてもとても上手な子どももいた。ミアナもその1人だったので、ガスパールもそうなのだろうとミアナは思った。
「そう……。とってもいい思いつきだけど、公爵家の厨房は、簡単に人の出入りが出来ない場所なのよ。お願いを聞いてあげたいけど、難しいかも知れないわ。」
毒を入れられる可能性がある為、厨房に入れる物も、入れる人間も限定されている。ちょっと小腹が空いたからといって、夜食を作りに忍び込もうものなら、首を切られる可能性もあるのだ。
「……それとね、僕、アドリアーノにもあげたいの。僕をもういじめないで欲しいから。僕が嫌ってないってわかったら、優しくしてくれるかも知れないでしょう?」
ミアナは少し迷ったが、ガスパールのお願いを聞いてあげたいと思ってしまった。
「ありがとう、ミアナお姉ちゃんだけが、僕の味方だよ。」
そう囁くガスパールに、心がざわりとした。料理長に頼み込んで、ガスパールを厨房に入れるようにし、ミアナと一緒にクッキー作りをすることになった。
クッキー作りは楽しかった。ガスパールが小麦粉の入ったボウルをひっくり返して粉まみれになって大笑いしたり、それを見て他の料理人たちも大笑いしたりして、可愛らしいクッキー作りを終えた。
「形は少々いびつだが、幼い子どもの手作りだとわかる、可愛らしい仕上がりだ。きっと公爵さまたちも喜んで下さるだろう。」
料理長がそう言って微笑んだ。
場所を貸してくれたお礼です、食べてもらえますか?と、焼き上がったばかりのクッキーを、ガスパールから直接手渡され、あーんで口に入れてもらえることに、日頃強面な料理人たちも相好を崩していた。
「──公爵さまたちや、カロリーナさまにも直接手渡せるかな?」
ガスパールがちらりと上目遣いでミアナのほうを見てくる。
手には小分けされ、可愛らしくラッピングされた、クッキー入りの袋を入れた小さな籠を手にしていて、それをえっちらおっちら運ぶ姿が愛らしい。
「直接は難しいわね。公爵夫妻はとてもお忙しいから、ガスパールが起きている時間に帰っていらっしゃらないことも多いから。ガスパールからだとちゃんと伝えてくれるように、みんなに頼んでおくからだいじょうぶよ。喜んでくださるといいわね。」
うん、と微笑むガスパールに、つられて微笑むミアナ。ガスパールが小麦粉をひっくり返してその身を隠した時に、クッキーに入れられたものの存在に気付かないまま、ミアナはクッキーを皆に配ったのだった。
アドリアーノは、ミアナとガスパールの手作りだというクッキーを、喜んで頬張った。甘い香りが部屋に広がり、久しぶりの甘い物だ。チェルレッティ公爵家とはいえ、従者に甘い物など出ない。
砂糖はまだまだ貴重な為、お菓子が欲しければ自分たちの賃金で買うことになる。初日こそ歓迎の意味を込めてお菓子が配られたが、それ以降は配られることはなかった。
従者見習いの自分たちは、衣食住は保証されるものの、そういった嗜好品は別だったし、そもそもまだ正式な従者ではない為、賃金も出ない。だからちゃんと砂糖を使ったクッキーを食べるのは初めてだった。
教会で過去に自分たちが作ったクッキーは、子どもたちと祭司たちで採取した木の実の甘さだけを活かした物だったので、砂糖の甘さとはこんなにも比べ物にならないくらい甘いのかと、感動すら覚えていた。
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