第64話 悪意の芽
公爵邸に到着すると、使用人たちが子どもたちを出迎えた。全員がまだ小さいので、1人部屋は与えられない。
それぞれ大人の使用人との2人部屋を与えられ、しばらくチェルレッティ公爵家での生活に慣れたところで、従者見習いとしての生活が始まるのだ。
アドリアーノは侍従補佐、ブランキーニャはカロリーナの身の回りの世話をする侍女補佐を任された。とは言っても、カロリーナの装身具を選ぶ手伝い程度のことだ。
また教育係から基本的な礼儀作法を学ぶことになった。ガスパールは小さすぎる為、また体が弱いという触れ込みから、体力作りを優先することとなった。
一方、教会では戻ってきた副祭司長が、ガスパールがチェルレッティ公爵家に引き取りられたことを知って眉をひそめていた。
「あの子を外に出したのか?……あの子の力は、誰も制御出来ないと言うのに……。あんな危険な子を、本当に祭司長さまは外に出すとお決めになられたのか?」
副祭司長補佐のレーベンは頭を下げたまま、顔を上げられないでいた。祭司長はいくつもの教会を回っている為、当分この教会にはやって来ない。
今いる教会の場所はわかるが、忙しい人な為、すぐに別の教会に移動してしまう可能性もあり、手紙を出しても必ず連絡がつくとは限らないのだ。
副祭司長はため息をつき、執務室の窓から公爵邸の方角を眺めた。自分がいない間の出来事とはいえ、何かあった場合、どう責任を取ったらいいものかもわからなかった。
「仕方がない。監視する人間を送ろう。もしガスパールが何かやらかしたとわかれば、理由をつけてすぐに回収するとしよう。」
「……かしこまりました。」
数日が経ち、子どもたちは少しずつ公爵邸での生活に慣れ始めた。まずは体力作りを優先することになったガスパールだったが、実際のガスパールは驚くほど元気で、邸内の庭を駆け回る姿は、使用人たちを和ませていた。
ガスパールの部屋は、カロリーナの専属侍女であるミアナと共有することになった。同じ孤児出身で年若いミアナは、幼いガスパールの面倒を見るのに最適だと判断された。
まだ10代半ばの年齢だが、公爵家に仕えて3年になる。カロリーナの身の回りの世話を任される程子ども好きで、穏やかで優しい性格であるからだ。
簡素な部屋の中には、2つのベッドと小さな机、着替えを入れるタンス、明りの為の魔道具が置かれている以外は何もないが、従者の部屋は一律こんなものである。掃除は自分たちでおこなう。
初日の夜、ガスパールはベッドに座り、ちいさな足をぷらぷらとさせながら、大きな瞳をウルウルと潤ませてミアナを見つめた。
柔らかい魔道具のランプの光に柔らかく癖のある金髪が輝いて、幼児らしい愛らしいシルエットを浮かび上がらせていた。
「ミアナお姉ちゃん、僕、怖くて眠れないよ……。一緒に寝てくれない?」
ミアナは振り返って、この可愛らしいおねだりに、構わないわと頷いた。
「本当?僕、1人で寝るの初めてだから、怖かったんだ。」
ガスパールの年齢なら、それはそうだろうな、とミアナは思った。
自分も幼い頃は、教会で子どもたちと同じ部屋で一緒に眠った。時折夜の番の祭司たちが見回りに来たりして、眠れない子どもたちをあやしてくれたりもした。
決して1人になることはなかった。それがいきなり1人で寝ろと言われたら、怖いに決まっているわよね、と。
ガスパールはベッドから飛び降りると、ミアナの足元に近付き、小さな手でミアナのスカートを握って、上目遣いで見つめる。ミアナはそんなガスパールを抱き上げて、自分のベッドへと運んでくれた。
寄り添って横になり、ポンポンと背中を叩きながら、ガスパールが寝られるようにとうながす。幼い頃、自分が祭司たちにしてもらったことを思い出しながら。
「僕ね、ほんとは、アドリアーノお兄ちゃんが怖いんだ。」
「怖い?どうして?」
ミアナは首をかしげる。
「僕、いっぱいいじわるされたの。祭司さまたちに特別扱いされてるだろって……。怖かったよ……。だから一緒に来るの、ほんとは嫌だったんだ。だけど、祭司さまたちは誰も信じてくれなくて……。」
意地悪そうには見えず、むしろおどおどした様子だったアドリアーノのことを思い出し、にわかには信じられないミアナ。
「祭司さまたちに言っても、誰も信じてくれないの。でも、チェルレッティ公爵さまはとってもお優しいって聞いてたから、ここならアドリアーノを叱ってくれるんじゃないかなって思って、来ることにしたんだ。」
「そうね、チェルレッティ公爵夫妻はとってもお優しい方々よ。娘のカロリーナさまもお優しい方だわ。」
「僕ね、カロリーナさま大好き!とっても優しかったよ。馬車の中でいっぱいお話したんだ。楽しかったな。」
「そう?私も大好きよ。」
自分の主人を褒めてもらえて嬉しかったミアナは、そう言って目を細める。そしてガスパールの話は本当だろうか、と考える。
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