第63話 ガスパール、ネコをかぶる
チェルレッティ公爵は、ガスパールの愛らしい姿に目を細め、満足げに頷いた。
「ほう、この子がガスパールか。なんとも可愛らしい子どもではないか。祭司たちよ、なぜこの子をすぐに連れて来なかったのだ?」
レーベンは一瞬言葉に詰まったが、すぐに取り繕うように答えた。
「ええと、この子はその……体が弱く、普段は人前に出すことがないものですから……。まさかこの子も従者候補の数に入れているとは思っておらず、完全にこちらの連携ミスです。大変失礼いたしました。最近は体調が良くなっており、それでこの子にも機会を与えたいと、ご判断されたのだと思います。」
「そうか。体の弱い子に、教会の粗食は辛かろう。チェルレッティ公爵家で滋養のよいものを食べれば、きっと元気になる。それはこちらに任せてもらって構わない。」
チェルレッティ公爵の言葉に、祭司たちは目線を下げながら互いに視線を交わし、お咎めがなかったことにホッと胸をなでおろしたが、ガスパールの過去を知る者たちは、内心で複雑な思いを抱いてそれを見ていた。
あの事件以来、教会の地下で厳重に管理されていた子を、外の世界に出すとは。祭司長は何を考えているのだろうか。体のいい厄介払いをするには、ガスパールは危険過ぎる。
しかしそのことを今更正直に伝えて、公爵の機嫌を損ねるわけにはいかない。
「ふむ、カロリーナ、こちらに来なさい。ガスパールとも少し話をしてみなさい。」
公爵の言葉にカロリーナは喜んでガスパールに近付いて行った。言われなくとも話してみたかったのだ。
アドリアーノとブランキーニャは、依然としてチェルレッティ公爵を見ながら、少々おどおどとしているが、ガスパールは堂々としたもので、幼いながらも、どこか大人びた雰囲気をまとっているとチェルレッティ公爵は感じていた。
この子は大物になるかも知れない。出来が良ければ養子に迎えてもいいかも知れない、と思っていた。貴族は見目のいい人間を好む傾向にある。養子であっても、他の貴族との縁を結ぶのに役立ってくれるかも知れない。
「ガスパール、こんにちは。わたくしはカロリーナよ。今日からわたくしの家に来てもらいますわ。仲良くしてくれるかしら?」
カロリーナがそう言って微笑みながら手を差し伸べると、ガスパールは無邪気な笑顔を浮かべてその手を握った。表面上は大人を魅了する、完璧な天使の振る舞いだ。
「こんにちは、カロリーナさま。ガスパールです。よろしくお願いします。」
滑舌のよい、きちんとした敬語の使える子ども。幼さの残る澄んだ声も魅力的だった。
公爵夫妻はその仕草と声に蕩かされたように微笑み、公爵夫人がため息と共に口を開いた。
「本当に可愛らしい子ね。この子たちを全員連れて帰ります。今日はありがとうございました。後日心付け送らせていただいますわ。これからもよろしくお願いしますね。」
ガスパールは猫をかぶることに決めたようだ。そう思った祭司たちは安堵の表情を浮かべ、早く立ち去って欲しいという願いを込めて、チェルレッティ公爵家に深く頭を下げた。
チェルレッティ公爵家の馬車に、従者とともにカロリーナを始めとする子どもたちだけを乗せ、公爵夫妻は別の公爵家の馬車へと分乗し、教会を後にした。
知らない大人ばかり、かつ身分のある大人と一緒では、緊張するだろうと思っての配慮だった。ガスパールはカロリーナの横を陣取り、カロリーナの横に専属侍女が座る。
その向かいにアドリアーノとブランキーニャが座って、最初は大人しくしていたが、馬車が動き出すと窓辺に近寄って、初めての外の世界に目を丸くしていた。
「ガスパールは御兄弟はいませんの?教会では兄弟揃って暮らすこともあると聞きますわ。」
公爵邸に近付くにつれ、こんなに小さい子どもが、兄弟と引き離されてしまっていたら……とカロリーナは考えた。
もしも兄弟がいたら、その子もまとめて引き取ってあげたいと考えていた。
「赤ちゃんの時に拾われたので、よくわかりません。少なくとも拾われた時は、僕1人だったと聞いています。」
「そうですの、あまり言いたくない話を聞いてしまってごめんなさいね?」
そう言ってカロリーナは眉を下げる。
「いいんです。これからは、カロリーナさまも、アドリアーノとブランキーニャも、僕のお兄ちゃんとお姉ちゃんになってくれるって聞きました!教会では皆仕事を持っているので、子どもでも遊ぶ時間がないので……。」
そう言って嬉しそうに微笑んだあと、眉を下げるガスパール。
「もちろんですわ。侍従見習いとしての教育もありますけれど、チェルレッティ公爵家では、学校にも行かせるつもりですのよ?きっとお友だちがたくさん出来ますわ。」
そういう自分も友だちが少ないので、学校で友だちを作ることを楽しみにしている。ガスパールは、楽しみです、と微笑んだ。
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