第56話 魔王の力に頼る神
「ガスパール。私はお前を選ばれた子どもとして、少し甘やかせ過ぎたようだ。」
祭司長が残念なものを見るような目でそう言って頭を振った。
「いくら子どもとて、神に力を借りる儀式を中断させた罪は重い。ましてやこれはこの国の王族の依頼であったのだ。一度引き受けたからには、我が中央聖教会にも、大きな責任が生じる。この被害は甚大じゃぞ?」
ガスパールはまだ苦しそうに胸を手で掴みながら、それでも不愉快そうに顔を歪めて祭司長を睨んでいた。
「これまでのように、自室に閉じ込めるのでは生ぬるい。この子を地下牢につなぎなさい。しばらくゆっくりと反省させよう。それと念の為あの子の手当を。」
「かしこまりました。」
年配の祭司が両手の拳を半ば組むように交差させ、そのままうたた寝する時の腕枕のようなポーズをとって頭を下げた。
ガスパールは拘束され、手に拘束具を付けられた状態で、魔法禁止の魔道具を手にした祭司たちに連れられて、祭壇の間から連れて行かれた。
「こちらの不手際です。本当に申し訳ない。この償いはいかようにもさせていただきます。」
祭司長が王妃さまに深々と頭を下げた。
謝って貰ったところで、もう二度と犯人を追跡出来ないのであれば意味はなかった。シルヴィオはグッと拳を握りしめて俯いた。
【諦めてはなりません。まだ魔力の痕跡はほんの少し残っています。】
突然デイリーさんの声が頭に響いた。
『え?で、でも……。』
【あなたには復元の刻という、固有スキルがあるではないですか。それをメリッサに局地的に使うのです。】
『全体の時間を巻き戻すのではなく、メリッサの時間だけを、儀式の前に巻き戻すということですか?そんなことが可能なのでしょうか?』
【今のあなたなら恐らく可能です。魔王のスキルで信者を救うなど、あまり認められたやり方ではありませんが、この際致し方ありません。】
『わかりました、やってみます。』
シルヴィオはメリッサにだけかかかるように念じながら、復元の刻を発動させた。
すると、メリッサの額が光り、再び額から一筋の光が空へと立ち上っていく。
「おお、なんという……。」
「奇跡だ……!」
祭司たちも、護衛の兵士までもが、思わず感嘆の声を上げる中、祭司長がメリッサに近付いた。
「神は余程、あなたを救いたいようだ。中央聖教会はあなたを神の愛し子と認めましょう。罪があるとされているようだが、愛し子を必要以上に責め立てるようなことがあれば中央聖教会が意義を申し立てましょう。もしも行き場がなければ、いつでも教会にいらっしゃるがいい。」
「はい……!ありがとうございます……!」
メリッサは祭司長の言葉に涙した。
「触媒に使われた人間、つまり依頼主の名前がわかりましたぞ。ストルツォ王国宰相、マリバ・ルーンベルクと申す者です。」
祭司長は聖水を浮かべたお盆のようなものを、水鏡のようにして覗き込みながらそう言った。その言葉に、護衛の兵士たちが、おお……と声を漏らす。
「メリッサ……。あなたがわたくしに毒を盛り始めたのは、わたくしがラヴェールを妊娠していることがわかった時から、だったわね?」
「はい、王妃さま。」
「王妃を自分たちに都合のいい存在にすげ替えるつもりの、国内の貴族の仕業とも考えましたが、よもやストルツォ王国とは……。レジーナ。裁判の準備を。」
「かしこまりました。」
「祭司長さま。お約束通り、メリッサの裁判の際は、証言をお願い致します。」
「もちろんです。神の愛し子の為とあらば、いくらでも馳せ参じましょう。」
祭司長が胸に手を当てて恭しく頭を下げた。
その後、裁判にてメリッサは情状酌量され、王宮侍女の任こそ解かれたものの、牢屋にも入らず、家族の元で暮らすことになった。シャクマーン辺境伯はシルヴィオの渡した上級聖水で無事呪いから解放された。
シャクマーン辺境伯は謁見の前で頭を垂れていた。隣には娘婿である、ローウェル第二騎士団長も、同じく神妙な面持ちで頭を垂れていた。その後ろにメリッサと、シルヴィオと同い年の幼い娘が控えている。
シャクマーン辺境伯が呪いから解放されたお礼を言いに来たのと同時に、呪いで脅されていたとはいえ、メリッサが王族の命を狙ったことによる、賠償責任を取る為だ。
王妃さまだけでなく、当時お腹にいたラヴェール王子やシルヴィオも、死んでいた可能性があるのだから、未遂とはいえ罪は重い。
だが、シャクマーン辺境伯と、ローウェル伯爵家は、領地の一部を国に返還することとなり、また今後30年間、税金が2割増しということのみに落ち着いた。
王族を狙ったことによる罪は、死刑及び一族取り潰し、過去には王城前に晒し首をされたり、領地で縛り首のまま吊るされて放置、などという刑罰もあった為、破格の待遇といえよう。
メリッサ自身も、生涯夫と父親の領地以外に足を踏み入れてはいけない、という罪をかされたものの、かなり配慮された結果だ。
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