第55話 桐野古武体術の力
「ざまあみろ!俺をあんなところに閉じ込めるからだ!何が祭司長だ、偉そうに。これで王族の依頼は台無しだな!」
「ガスパール!」
「お前、なんてことを!」
「どうやってあそこを出たのだ!?」
「見張りはどうした!?」
「みんな祭司長が王族に頼まれて儀式をするってんで、見る為に持ち場を離れてったよ。魔法禁止の魔道具を持った見張りさえいなきゃ、あんな部屋の鍵をやぶるのなんて、ぞうさもねえや。」
フン、と腕組みしてふんぞり返るガスパール。メリッサの額から伸びていた光が、スッと消えてしまった。シルヴィオは慌てて祭司長を見上げる。
「祭司長、もう一度儀式をお願いします!」
「もう無理なのです、魔力の痕跡を追う儀式は、残った魔力と悪意を追いかける為に、儀式の一部に残った魔力が取り込まれます。儀式がやぶられ、霧散してしまった今となっては、再度追いかける真似は出来かねます。」
シルヴィオはキッとガスパールを睨んだ。
「なんてことするんだ!これはメリッサが生きられるかどうかの瀬戸際がかかった、大切な儀式だったんだぞ!」
「うるせえな、知らねえよ。俺の気に入らねえ態度を取るからだ。そもそも俺を閉じ込めたりしなきゃ、こんなことにもならなかったろうよ。お前らは黙って俺に従ってりゃいいんだ。」
小指で耳の穴をほじりながら、つまらなそうにガスパールが言う。八阪は転生してなお、変わらないようだった。
「まったく。神が用意した体だって言うから、よっぽど良い条件だと思ったのによ。生まれてすぐに捨てられるわ、こんな奴らと一緒だわ。どうなってんだよ、まったく。」
「ガスパール!お前、いくら中央聖教会が不可侵領域とはいえ、この国の王族の依頼を受けた後で、それを反故にするというのがどういうことかわかっているのか!」
「知りませーん。俺が悪いんじゃないんで。」
ガスパールはフイッとそっぽを向いた。
「……僕は君を許さないよ。」
シルヴィオは低い声でそう言った。
「あん?何するってんだよ。聖魔法の使い手である、この俺とやろうってか?お前の年齢じゃ、まだ魔法もスキルも使えねえだろ。俺は違うぜ?選ばれた人間だからな。」
ニヤリと不敵に笑うガスパール。
「魔法なんて使わないよ。これはただの子ども同士の喧嘩さ。今の僕は、まだ本来の力を取り戻せていないけど、ちょうどいいね。本来の力を取り戻していたら、拳だけで君を殺しちゃうもの。」
「あん?何を……。」
「──桐野古武体術、縮地、瞬歩。」
シルヴィオは体を前に倒れ込みさせ、腕の振りを利用しつつ踏み込みを使って遠くに飛び出した。
走るだけなら普通に走ったほうがよいだろうが、急に間合いを詰められる為、相手は突然目の前に人が現れたように感じる。ガスパールも思わずギョッとした。
腕の振りを受けに使ったり、攻撃に転じることも出来る距離の詰め方だ。シルヴィオは軸足に体重をかけずに回し蹴りを決めた。野生動物の蹴り方と同じだ。
避けられた時はそのまま前方に結構な幅で移動することになるので、回し蹴りや前蹴りは膝を上げるまでは同じモーションで、蹴り始めの段階ではどちらが来るか相手にわからくするよう、フェイントをかける必要はあるが。
桐野古武体術では、威力を出すより、小さな力で的確に素早く急所に技を決めることが重要なので、実践ではあまり使わない大技だが、決まれば威力があり、その分相手をビビらせることが出来る。
ガスパールは壁際に盛大に吹っ飛び、鼻血を出して、手で拭い、手についた血を見て呆然としていた。
「僕はね、自分が攻撃されても、基本やり返さない。──だって、手を出したら、殺しちゃうし。でも、君はすこしわからせたほうがいいみたいだ。」
シルヴィオはゆらりとガスパールに近付いていく。
「く、来るな!」
ガスパールは、やたらめったら聖魔法をシルヴィオに向けて放った。
シルヴィオはそれを体の動きだけで避けていき、あっという間にガスパールに近付いた。ガスパールの目には、まるで瞬間移動したように見えていた。
「ス、スキル!?身体能力強化か!?嘘だ!洗礼前の子どもで使えるのは、選ばれた俺だけの筈……!」
ガスパールは驚愕したようにそう叫んだ。とても子どもの動きではない。大人でもこんなに早く、魔法の着弾よりも早く動けるのは、スキルを持っている人間だけなのだ。
ガスパールの聖魔法の攻撃を防ぐには、魔法を放って相殺するか、スキルで素早くよけるか、魔法禁止の魔道具を使用して、ガスパール自身に魔法を使わせないようにするしかない。日頃祭司たちに好き勝手に魔法を放っていたガスパールは、それを理解していた。
「スキルじゃない。──修練だよ。」
シルヴィオは肋骨の上から肺に正確に突きを入れた。
「かはっ……!」
衝撃でガスパールは息が吸えなくなり、パクパクと水面に口を出す魚のように動かした。
「シルヴィオ、そのへんになさい。これ以上はやり過ぎですよ。」
王妃さまがシルヴィオをたしなめ、シルヴィオは、わかりましたと引いた。
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