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第45話 エサに食いつく魚

「──随分と顔色が悪いようですが、だいじょうぶですか?」

「え?」


 シルヴィオは、給仕をしているメリッサを心配する素振りで声をかける。王族に声をかけられたメリッサが、思わず声に出して疑問を投げかけてしまい、あ、という表情を一瞬浮かべて、また元の無表情へと戻る。


 王族につかえる人間は、感情を表に出してはならないものだとされているのだと、シルヴィオは家庭教師の授業で教わっていたから、心配されたことに驚いて、それを顔に出してしまったことを、すぐになかったことにしようと、取り澄ました顔をしているのだろうと思った。


「あら、本当に顔色が悪いようね、あなた、だいじょうぶなの?無理をしてはなりませんよ。わたくしはそのようなこと、望んではおりませんから。」


 長年つかえてくれていた従者に、王妃さまも心配の表情を浮かべて声をかける。王族がこのように、従者の身を案じて声をかけることはまれだ。


 王妃さまは自分を信じてくれている。そして心配までしてくれている。そんな王妃さまを裏切っている自分。


 苦しい胸の内が溢れ出て、一瞬涙に変わったが、メリッサはそれをすぐにプロらしく引っ込めていた。

「母さま、お体はもうよろしいのですか?」


「ええ、シルヴィオ。セフィーラさまに解毒していただいたので、すっかり良いのですよ。ずっと体調が思わしくなくて、あなたの時はわたくしが直接母乳を与えることが出来なかったことだけが悔やまれるわ。」


 そう言って王妃さまは微笑んだ。王妃さまが毒におかされていて体調が悪かったから、シルヴィオは乳母からのみ母乳を与えられて育ったらしい。


「ですがもう少し体調がよければ、わたくしの体内に毒があることにも気付けずに、わたくしを通じてあなたに毒を与えることになっていたわ。それだけは不幸中の幸いね。」


 胎内にいる時はへその緒を通じて。生まれた後は母乳を介して、母親の体に取り込まれた栄養素と共に、体に悪い物も一緒に与えられてしまうものだというのは、前世でなんとなく聞いたことがあった。


 分解されにくく、脂肪に蓄積しやすい性質を持つ物質は、食物連鎖を通じて、どんどん濃度が上がっていき、食物連鎖の頂点である人間の脂肪に長い期間をかけて、高濃度で胎内に蓄積されてしまう。


 脂肪を使って生み出す母乳には、それらが含まれることになり、短期間で乳児の体内に供給される、というものだ。


 王妃さまの体にとどまっていた毒は、そうした性質のものだろう。シルヴィオが普通の子どもであったなら、母乳を通じて毒が与えられ、死んでしまった可能性もあったわけだ。


 王妃さまの母乳で育ったというラヴェール王子も、今健康に見えるのは、単に幸運であっただけだとも言える。

 会話をしながら食事を進めつつ、シルヴィオは本題を切り出した。


「母さま、実は僕、最近妖精を見たのです。そしてお願い事をされました。」

「まあ、それは叶えることが出来たのかしら?妖精はお願い事をきいてあげると、素敵な贈り物をくれると言いますからね。」


「はい。こんなものをいただきました。なんだかわかりますか?母さま。」

 そう言って上級聖水を差し出した。


 妖精の贈り物。これは絵本にもなっている有名な逸話で、妖精は気まぐれに人間に願い事をしてくることがある、それを叶えることが出来た人間は幸福になれる、または素敵贈り物がもらえる、とされている。


 実際シルヴィオはフィオレを見ることが出来るし、会話もすることが出来る。上級聖水を手に入れた手段を、妖精を通じたものと誤魔化すつもりなのだ。


「……さあ、何かしら、見たことがないわね。レジーナ、あなたならわかるかしら?」

 王妃さまは少し身を乗り出して、シルヴィオが差し出した小瓶を眺めた後で、傍らに控えていた白髪の年配の女性に声をかけた。


 レジーナと呼ばれた女性は、代々の王妃につかえてきた、王妃宮の侍女頭だ。

「シルヴィオさま、お預かりしてもよろしいでしょうか?」


 レジーナがそう言ってシルヴィオに近付くと、恭しく頭を下げた。

「どうぞ。」

 シルヴィオは小瓶を差し出した。


「これは……!一度だけ拝見したことがございます。きちんと確認してみなければ、はっきりしたことは申し上げられませんが、恐らくは上級聖水である可能性が高いでしょう。素晴らしい物をいただきましたね。」


 感嘆の声をあげたレジーナに、メリッサがハッとしたような表情を浮かべて、瞬きもせずに食い入るように小瓶を見つめている。




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