第22話 魔力を吸う黒い石
いかな魔王の器とはいえ、まだ今は幼い赤子の状態だ。人間たちでも倒そうと思えば倒せるだろうから。
よりにもよってシルヴィオは王子だ。王子がさらわれるようなことがあれば、国をあげて探し回るだろう。連れて行かれた先を見つけて、魔王の器として育ち切る前に、殺されてしまう可能性だってある。
それであれば人間に混じって育てたほうが安全だとも言える。シルヴィオが中に入っていたことで、乳母が火傷をしなかったのはたまたまだが、シーラは城中の人間を騙して、もとから自分が従者だったかのように、認識を変える魔法を使える程の実力者だ。
万が一本来の予定通り、この体に八阪が入っていたとしても、誤魔化すことは可能だっただろう。火傷するたびに、シーラが魔法で誤魔化してしまえばいいだけだ。
だとすれば、ひとつ不思議な点があった。
本来であれば、人間に触れるたびに火傷をさせてしまうシルヴィオの存在を、誤魔化す為に城に来た筈のシーラは、シルヴィオに触れても火傷する人間がいないことを、どう思っているのかという点だ。
まだ幼いから、魔性のものとしての力が弱くて、そうならないだけなのだと思ってくれていればいいが、違和感を感じられたら、成長し切る前にシーラによって、どうにかされてしまう可能性がないとは言い切れない。
最悪シルヴィオを処分して、新しく魔王の器が誕生するのを待とうと考えてもおかしくはないということだ。
自分に忠誠を誓ったレルグとシャイナと違って、シーラが自分をどう思っているかは、確認する必要があるだろうな、と思った。
シルヴィオがギィやレルグたちに触れてもなんともないのは、体が魔王の器だからでなく、その魂が神の使徒であるから、という可能性は否めないのだから。
「それでは魔法の使い方を学ぶ前に、魔力を増やす為の訓練を始めましょう。これを使います。」
そう言って、ジギースは手のひらに握れるくらいの大きさの、黒い透明な石を、ラヴェール王子とシルヴィオの前に置いた。
「限界まで魔力がなくなると、魔力の上限値が上がる仕組みです。ですがまだ魔法を使うことの出来ない子どもたちは、魔法を放って魔力を減らすことが出来ません。」
確かに、魔法が使えないから魔法を学ぼうとしている段階で、魔力を限界まで使えば上限値が上がるという仕組みがわかっていても、それを実践することが出来ない。
「これは魔力を吸う石です。この石を使って魔力を吸い、魔法をたくさん使った時と同じ状態にするのです。この訓練を繰り返すことで魔力の上限値を高め、実際に魔法を使う時に備えるのです。魔力の上限値は魔法の威力や打てる回数に影響を及ぼしますので、多ければ多いにこしたことはないのです。」
ジギースはその石を、ラヴェール王子とシルヴィオの手に握らせた。
「魔力が減ると気持ちが悪くなったり、食事が食べられないことがあります。その為食事の前には出来ない訓練です。既に昼食を召し上がっているので、今なら問題ありませんが、慣れるまでは最悪嘔吐する場合もありますので、気持ち悪くなったらおっしゃって下さい。」
そう言って、木の桶を用意して、いつでも吐けるように準備してくれていた。
「さ、握って下さい。」
言われるがまま、黒い石を握るラヴェール王子とシルヴィオ。石がほんのりと熱を帯び、手のひらの中に風が吹くかのように、ほんの少しひんやりと感じた。
「手のひらの中に風が吹いているような感覚がありますでしょうか?それが魔力が吸われる感覚になります。」
「あります⋯⋯。」
「僕も⋯⋯。」
「手のひらの中に感じる風が弱まってきたと感じたら、石から手を離して下さい。魔力を完全に吸いきってしまうと気絶してしまいますので。」
そう言われて、風が弱まるのを待っていたシルヴィオだったが、ラヴェール王子が早々に石から手を離したにもかかわらず、自分は一向に風がやむ気配を感じなかった。
実際には弱まっているのに気付けていないだけなのだろうか?と首をかしげるシルヴィオ。何も感じませんか?とジギースがシルヴィオを覗き込んでくる。
「熱っ!?」
突如、黒い石が強い熱をもった。それを聞いたジギースが焦った表情をしながら、突然シルヴィオの手をパンと叩き、手の中に持っていた黒い石を遠くへとはたき落とした。
ラヴェール王子とシルヴィオを庇うように、体に抱え込むジギース。次の瞬間、床に転がった黒い石が、パアン!と弾け飛んで割れた。
「⋯⋯っ!」
その破片が後ろから飛んで、ジギースの頬を切り裂いた。
「先生!顔に傷が⋯⋯!」
「大したことはありません。お2人は怪我は?」
「僕はだいじょうぶです!」
「僕も⋯⋯。」
「そうですか、それは良かった。」
ホッとしたような優しい表情を浮かべるジギース。
「あの、いったい何があったのですか?」
不安げな表情でジギースに尋ねるラヴェール王子。
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