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『OWPS 壁紙ハトゥンと救済』 Orda WALL-PAPER System  作者: 大皇内 成美


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【第5話】 『花鳥風月のそのあとに』

前書き 第五話(花鳥風月のそのあとに)

光が砕け、問いが残った場所に残響が巣食う。五次元の夢は、朱の鳥居とともに空を裂いたが、届かなかった。砕けたのは装置ではなく、彼らの「できる」と「してはいけない」の境界だった。

第五話は、残響の後始末と新たな問いの始まりを描く章である。かよが深淵へ投じた自己犠牲は、救済の確率を一時的に押し上げたが、その代償は冷たく、記憶の断片は散り、システムは崩れた。彼らは敗北の証を前に、技術と倫理の両天秤を計り直すことを強いられる。

ここで問われるのは、手段の正当性と希望の設計だ。記憶を奪い、痛みを分配することは救いか。それとも、新たな失われたものを生むことか。計算と詩、実装と祈りが交差する中で、登場人物たちは答えのない問いに向き合う。

「NeuroReframe」はその試みの具現化である。意味を再構築し、過去の重さを別の形で和らげる。だがその実装には、世界規模の表層と深層に手を触れる勇気と責任が要求される。彼らは真理を取り戻すために、何を差し出し、何を守るのか。

この章は、沈黙の余波と、静かな決意の物語だ。壊れた記憶の海に浮かぶ光を拾い上げながら、彼らは次の座標へと歩を進める。問いは完全には終わらない。だが、問い方は変わる。第五話は、その変化の第一歩である。



起:『水槽の脳との会話』

そこは、暗く、冷たい空間だった。上下左右の感覚がなく、ただ青い水だけが微かに光を放ち、無限に広がっているように感じられる。


ここは、どこなのだろう?

かよは、自分がどこにいるのか思い出せなかった。直前まで、自分は誰かのために戦っていたはずだ。光の鳥居、加速する時間、そして砕け散る感覚――。記憶の中のスクリーンは激しく乱れ、鮮明な映像が一瞬映っては、すぐにノイズ混じりの光の粒子となって消えていく。


彼女は、当て所もなく闇の中を歩き続けた。これまでの人生、家族との温かい食卓、けいたちとの喜び、時には深い悲しみ。様々な記憶の断片が、まるで幻燈のように浮かび上がる。しかし、次の瞬間には容赦なくノイズに飲まれて消えてしまう。頭の奥が、ずきずきと痛む。まるで、精神そのものが浸食されているかのようだ。


その時、深淵から声が響いた。それは物理的な音ではなく、直接、脳髄に響き渡る絶対的な「意思」だった。


『――5次元の存在にして、友を思い、私に立ち向かったものよ』

声は、冷徹でありながら、どこか観察者のような響きを帯びていた。


『汝の記憶の40パーセントは壊れている。6次元の存在であるわたしにも、すぐには直せない』


空間を構成していた青い水が、突如として激しく脈動し、淡い光を放ち始める。その光は、かよを包み込もうとする。


『ここで、しばらく休むがよい』


それは拒絶ではなく、静かな、絶対的な支配者の言葉だった。高次元の法則の前では、もはや抗う術はない。かよは観念し、ただ光の中に沈んでいった。意識が遠のく。


承:『壁紙の中の世界OWPS』


OoPILOT System(OWPS)の中枢制御室。そこは先ほどまでの喧騒が嘘のように、張り詰めた静寂に包まれていた。誰もが、モニターに映し出される無機質なデータを見つめている。

いずみが、その沈黙を破った。静かだが、心の底からの問いかけだった。

「なぜ? かよは、帰ってこない」


ちえは感情を表に出すことなく、オペレーターとして淡々とデータを示す。「はい。現在、OWPSによりConductorの精神状態を分析中です。解析率は42パーセントに上がりました」


その数字は、あまりにも小さすぎた。

けいが、怒りをにじませた声でモニターに詰め寄る。その声は震えていた。「10000本も鳥居をワープさせても、その程度の解析率なの? お兄ちゃんはどうなったの? かよは? どうなったの? 彼女はすべてを懸けてお兄ちゃんを救おうとした。なぜ、帰ってこないの?」


けいの切羽詰まった、感情的な問いかけ。ちえは技術的な回答を返せず、言葉を詰まらせる。「…………解析中ですが…………」

沈黙が再び制御室を支配する。誰もが、自分たちの無力さを感じていた。


いずみは、皆の重い気持ちを代弁するように、ぽつりと呟いた。「気持ちは皆同じなのだ……」

そう言って、いずみは皆に背を向け、その場を去っていった。


残された者たちの間には、無力感と、拭い去れない不安だけが残った。希望の光は、まだ見えてこない。


転:『現実世界』


都市機能が停止していた街には、奇妙な静寂が戻っていた。空には、先ほどまでの高次元の干渉による微かなノイズが残り、大気はまだ不安定だ。先刻まで展開されていた「10000本の鳥居」の残骸は、通常空間では知覚できない形で散乱しており、一般人がこの異常事態に気がつくことはない。


OoPILOT社のメンバー、大舟と大和は、その見えない残骸の調査を進めていた。

「この状況、一般人は気が付かない……いや、気がつけないように隠蔽処理が働いているのか。水槽の脳……なんと大きな力だ」


大舟は、目の前に広がる歪んだ空間を見つめ、高次元の存在が持つ圧倒的な力の前に、改めて己の無力さを感じていた。

「大和くん、次元倉庫への残骸回収作業を急いでくれ。この宙域の不安定さを取り除かないと」

「了解です!」


転送装置が稼働し、久芳と赤城(OoPILOT社)が、町の復旧と情報統制のために慌ただしく走り回る。彼らの動きは迅速かつ正確で、プロフェッショナルとしての意識の高さが伺える。


一方、現場から少し離れた場所で、山もも いそしち、そしてOemin社監査室の高遠凛が顔を合わせていた。二人の表情は緊迫しており、今後の対策について話し合っている。


「……今回の結果は、明白だ。現在のシリコンネットワークでは、話にならない」


山ももが、厳しい口調で結論を述べた。これまでの技術体系では、6次元の存在には到底太刀打ちできない。今回の無残な敗北は、技術的な限界を突きつけられた瞬間でもあった。


高遠凛は、冷静に状況を分析していた。彼女の眼鏡のレンズが光る。

「OoPILOT側のデータも確認したわ。次の一手は、量子コンピューターレベルへのアップデートを急ぐ考えなのね」

「わかるけど、問題が山積みよ。倫理的な壁もそうだし、コストも莫大だわ」いそしちが懸念を示す。


「わからない……」山ももは、自身の無力さを噛みしめるように呟いた。しかし、その瞳には諦めの色はない。「わからないから、考え続ける。それが、Conductorの言葉だ」


高遠凛は、その言葉を聞いて、小さく微笑んだ。

「そうね……青臭いわ」


彼女は、眼鏡のブリッジに指をかけ、くいっと上げる。その仕草は、彼女がこの非常識な状況を受け入れ、新たな戦いへの決意を固めた証拠だった。Oemin社としても、この共同プロジェクトから引くつもりはない。異なる企業間で協力し、人類は次のステージへ進まなければならない。



結:『ハトゥンの語らい』

再び、静まり返った制御室。いずみは皆の前に立ち、決断を下す。


「『NeuroReframeニューロリフレイム』の実用化が急務だ」

(現在の価値観を再構築して、過去の出来事の意味を変容させ、心に救済をもたらすシステム――)


「そのためには、二つのKEYが必要だ」


ちえが即座に反応する。

「はい。システムの人の感情理解度の上昇と、Conductorの精神状態の解析率の上昇です」


いずみは、冷徹なまでに理知的な判断を下す。

「感情理解度の上昇については、全世界のパソコンの壁紙世界に『ハトゥン』を派遣してデータ収集を図る」


ちえは、倫理的な懸念を口にする。

「それでは、倫理が……」


いずみは、ちえの言葉を遮った。

「それは、人間が決めた定義に過ぎない」

彼女の視線は鋭い。「われわれは、その定義の外にいる不敗の存在からConductorを取り戻さなければならない」


「ちえ……われわれは世界のすべての知識を集め、さらにそれを合わせ、さらに考え、向上させる。それでも、彼は不敗なのだ。我々は考え続けなければならない」

いずみは、最後の指示を出す。


「Conductorの精神状態の解析率の上昇には、『ハトゥン Activate』を引き続き使用して解析率を上げる。ただし――水槽の脳への接触は、しばらく禁止とする。これ以上、仲間を失いたくない」

いずみの口から出た「仲間」という言葉。それは、彼女なりの精一杯の感情表現だったのかもしれない。

場の空気が、重くなる。


だが、皆の目には、新たな希望の光が宿っていた。物語は、まだ序章にすぎない。



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