第9話 対面
バーザックの絵も作ってみました。良かったら、1、2話目に挿入しましたので、ご覧ください。
※大変申し訳ありませぬ。(9月16日22時50分修正)
文章の途中に、別の案文が入ったりして、おかしくなっていたので修正しました!
よければ、もう一読していただけると、だいぶ違っていると思いますので<(_ _)>
鉄門を抜けた瞬間、外のざわめきはすっと遠のき、空気が一変した。
館の庭は石畳が幾重にも敷かれ、中央には血のように赤い花々が咲き誇っている。周囲には黒曜石のように光る彫像が並び、それぞれが魔族の戦士を模していた。
カズマは背中を丸めながら、ちらりと振り返る。
――門前の騒ぎは遠ざかったが、視線の棘はまだ肌に残っている。先ほど群衆の中に紛れていた監視の影も、この屋敷にはついてきていないはずだ。だが、妙な胸騒ぎは消えない。
「……ふぅ。なぁリリス、さっきの門番、わざとやらせてんのか?」
「そうよ。高位の家に入るときは、だいたい門番が“力を見せろ”ってやってくるの。特に人間なんて初めて見るもの、試されるに決まってるでしょ?」
「……知ってたなら、もっと早く言えよ」
「だって~♡ カズマがどんな風に切り抜けるか見たかったんだもの」
「……お前なぁ……」
カズマがぼやく間にも、館の使用人たちが静かに並んで道を作った。
黒衣に身を包んだメイドたち、翼を持つ執事風の魔族、獣の耳を持つ護衛たち――それぞれが物音ひとつ立てず、二人の進む先を見つめている。
空気は一層張り詰め、先ほどの市場の喧騒が嘘のようだ。
(……重っ……まるで空気自体が俺を押し潰してくるみてぇだな)
石畳の先、館の大扉が静かに開かれた。
執事の魔族が恭しく礼をし、案内役を買って出る。
「ようこそ、お待ちしておりました。リリス様、そして、カズマ様。主がお待ちですので、ご案内いたします。」
大広間に続く廊下を執事に先導されて歩いていくと大扉が現れる。左右に従者たちがたっており、近づくと無言のままに扉が開かれ中に入る。そこには大きな空間が広がっていた。高い天井に魔光石のシャンデリアが煌めき、壁一面に飾られた絵画や戦旗が来訪者を圧倒する。その中央に、少女は座していた。王座ではなく飾り気のない椅子だが、まるで王のような威容を放っている。
銀糸のような髪が床まで垂れ、深紅の瞳はまっすぐにカズマを射抜く。
衣は濃紺のドレスに身を包み、首元には黒曜石のチョーカーが光っている。
見た目こそ十代半ばの少女だが、纏う威圧感は並の魔族を遥かに凌駕していた。
「……ふむ。これが人間ですか」
声は澄んでいながらも冷たく、場にいる者全てを支配するような力を帯びていた。
その場に控えていた使用人たちが一斉に頭を垂れる。
リリスは一歩前に出て、優雅に礼をとる。
「ご紹介いたします。本日から一ヶ月間、あなた様の護衛を務めることとなった――人間の冒険者、カズマです」
「……護衛ね?」
少女は小さく首を傾げる。その仕草は愛らしいが、瞳には冷たい計算が光っていた。
「人間に、私を守れると? ……面白い」
カズマは肩をすくめ、努めてくだけた調子で応じる。
「……まあ、期待しすぎんなよ。俺はただの冴えないおっさんだからな」
使用人たちの間に小さなざわめきが走る。あの門番を退けた男が「ただのおっさん」と言い張ることに、皆が奇妙な引っかかりを覚えていた。
「“ただの”ね」
少女は小さく笑った。
「門番を退けたと聞いているが。並の者なら、あの斧の一撃で即死する」
「まあ、運が良かったんだろ」
カズマは頭を掻きながら視線を逸らす。
「俺、ああいうの得意じゃないしな。ほら、まぐれ当たりってやつだ」
「……強者ほど己を隠す。弱者ほど己を飾る」
少女は紅い瞳を細め、カズマを射抜いた。
「あなたはどうかしら。カズノコ」
「……カズマだ。ただの、そこら辺の冒険者よ」
肩を竦めて軽く答えると、背後の使用人たちのざわめきが再び広がった。
少女は紅い瞳でじっとカズマを見据え、ふっと口元を緩める。
「強いのか弱いのか……わからぬ人間か。ふむ、ますます面白い。カズミといったか?」
カズマは、にやりと口角を上げる。
「さあな。弱いか強いかなんて……戦ってみなきゃ分からんだろ。あとカズマだ!」
「言うじゃない」
少女は微かに目を見開き、それから小さな吐息を漏らした。
「……退屈しのぎにはなりそうね」
リリスが横から割って入るように、わざとらしく咳払いをした。
「こほん。まあまあ、お二人とも。ここから一ヶ月は“護衛”として共に過ごすんですもの。仲良く……とは言わないけれど、せめて表向きは穏やかにね?」
少女はちらりとリリスを見た後、またカズマに視線を戻す。
「カズヒコよ、私は――この館の当主にして、“血の系譜”の継承者。名はエリュシア」
「おおおおおおい!俺の名前はカ、ズ、マ!!!」
「人間の名前なんぞ覚えられんわ」
「おいおい…勘弁してくれよ。」
「わははは!!!!まあそういうな。カズトシ」
「もうええわ。エリュシア、ね。よろしく……でいいのか?」
「ええ。ただし、軽々しく呼ぶことは許さない」
「へいへい」
口調こそ軽いが、カズマは内心で警鐘を鳴らしていた。
(こいつ……ただの子供じゃねえな。睨まれただけで背筋が冷える。下手に出過ぎても、舐められると逆に危険か)
エリュシアは足を組み、挑むように微笑んだ。
「一ヶ月。あなたが“護衛”とやらに相応しいか、この目で確かめてあげる」
リリスがにっこり笑い、カズマの肩を叩く。
「よかったじゃない、カズマ。最初の印象は……まあまあ合格、かしら♡」
「合格、ね……」
カズマは深い溜息をついた。
(……一ヶ月もつかな、これ……)
カズマはため息をつきながらも、少女の瞳から目を逸らさなかった。
(……あの門前での視線、まだ尾を引いてる気がする。屋敷の連中じゃない。あの影……やっぱり誰かが俺を嗅ぎ回ってやがるな。くそっ……また面倒ごとに巻き込まれちまったな……)




