第7話 買い出し
ガルドンに怒鳴られてギルドを追い出されたカズマとリリスは、しぶしぶ街の中心へと向かう。明日の護衛任務に向けての準備――保存食や旅用の水袋、雑貨など、必要なものを揃えておくためだ。
「……で、護衛する“高位魔族”って誰なんだよ」
「ふふん♡あんたも驚くと思うわよ?」
「どうせまた、とんでもなく厄介な奴なんだろ……俺の人生、平穏とは無縁だな」
そんなことをぼやきつつ、リリスに連れられてやって来たのは、首都ゲイズペインの大市場だった。
「……うおお……」
思わず声を漏らすカズマ。
視界いっぱいに広がるのは、人間の世界では見たこともない活気に満ちた光景だった。
石畳が敷設された大通りの両側には、色とりどりの布を張った露店がずらりと並び、頭上には香草や乾燥した魔獣の肉が吊るされ、異様な香りを漂わせている。露店がひしめき合い、香辛料や焼き肉の匂い、魔石や魔道具を売る威勢のいい声が入り混じっている。そこを行き交うのは角を持つ鬼族、翼を生やした吸血族、背丈三メートルを超す巨人族、異形と呼ばれるような魔族――どの魔族も人間なら思わず逃げ出すような風貌だが、彼らは笑い合い、商談を交わし、中には子供を肩車しながら歩いている。
その日常の光景は、カズマが想像していた“恐ろしい魔族の国”とはまるで違っていた。
「……これが、魔族の市場……か。人間の国の市よりずっと……豪快で派手だな」
「でしょ?♡ ここに来ると退屈なんてしていられないわよ」
リリスは胸を張って自慢げに笑う。
視線を移すと、奇妙な果物が山積みになっている。黒紫色の皮に赤い斑点が浮かび、触れるとぷしゅっと霧を噴き出す代物。別の店では巨大な甲殻類の殻を剥いだ肉が並べられ、香辛料と一緒に焼かれて香ばしい匂いを漂わせていた。
「なんだよこれ……毒々しい見た目なのに、うまそうな匂いしやがる……」
さらに目を引いたのは、魔道具を売る屋台だった。透明な瓶の中に雷光が閉じ込められていたり、石板に浮かぶ文字がひとりでに踊ったりしている。
「……すげぇ……人間の世界じゃ、魔法使いでもこんなの作れねえぞ」
「ふふん。魔族は戦うだけじゃなくて、こういう生活魔道具の技術も高いのよ♡」
あまりの光景に、カズマはただ立ち尽くしてしまう。
◆
そのとき、ちびっこ魔族たちがカズマをじーっと見上げてきた。
「ねぇママ、あれ人間? ほんとにいたんだ」
「角も牙もない……弱そう~!」
「触ってもいい?」
「お、おいちょっと待て! 俺は見世物じゃねぇぞ!」
必死に後ずさるカズマを見て、リリスは肩を揺らして笑った。
「子供にすら好奇心で見られるなんて、あんたほんと珍獣ね」
「だからその言い方やめろ!!」
さらに歩いていると、屋台の魔族がにこやかに声をかけてきた。
「いらっしゃい! お試しで一口どうだい? 今日仕入れた“火竜椒”を使ったソーセージだよ!」
「あ、あぁ……せっかくだし――」
口に入れた瞬間。
「……あ、うま――っっっッッッ!!!!?」
舌が燃え上がったような激辛。顔が真っ赤になり、涙と鼻水が同時にあふれ出す。
「ぐはああああああっ! 舌が……舌が死ぬ……!!!」
「ぷっ……あはははは! カズマ、顔真っ赤よ!!」
リリスは腹を抱えて笑い転げ、店主まで「お客さん、なかなかいいリアクションだね!」と拍手している。
「……こ、こっちじゃ……試食ひとつも命懸けなのかよ……」
「慣れればクセになるわよ♡」
「絶対慣れねぇぇ……!」
(俺は……今、本当に別の世界にいるんだな。しかも、ここじゃ俺が“異端者”なのか……)
「ほらカズマ、ぽけーっとしてないで。まずは干し肉と水袋を買うわよ!」
リリスがぐいっと腕を引っ張る。
「お、おう……。でもリリスよ……俺、さっきからちょっと……」
「なに?」
「……めちゃくちゃ腹減ってきた」
「……子供かあんたは!」
リリスが呆れ顔でため息をつき、尻尾をぱたぱた揺らした。
だがカズマの胸には、人間の世界では決して味わえなかった「異文化に触れる興奮」が芽生えていた。
◆
人間のカズマはやはり目立つらしく、道行く魔族たちの視線が集まる。
「……なんかこう、視線が刺さるんだが」
「当然でしょ? 人間がこの首都で堂々と歩いてるんだから。珍獣扱いよ、珍獣♡」
「言い方ァ!」
リリスは楽しそうに笑いながら、カズマの腕をぐいっと引っ張る。
「ほらほら、まずは干し肉と保存食から買うわよ。護衛任務に向かうのに、食料がなかったらお腹すかせて倒れるでしょ?」
「俺をどんなヘタレだと思ってんだ……」
最初に立ち寄ったのは、巨大なオークが営む干し肉屋。
店先にぶら下がっているのは猪や牛に似た獣の肉だが、角や牙が異様に長い。
「おうリリス嬢ちゃん、今日も艶っぽい格好だなぁ!」
「ありがと♡ 今日はこのおっさん――じゃなかった、カズマのために保存食を買いに来たの」
「……今、絶対“おっさん”って言ったな?」
オークの店主はカズマを値踏みするように見て、鼻を鳴らした。
「へぇ……こいつが噂の人間か。ずいぶんしょぼくれたツラだなぁ。ほんとにバーザックを倒したんか?」
「お、おう……倒したぞ(こっちだって好きで戦ったんじゃねぇ!)」
「はっはっは、冗談だ。まあ強さは見た目じゃ分からんしな。――ほらよ、今日はリリス嬢ちゃんに免じてちょっと安くしといてやらぁ」
「ありがと! ほらカズマ、ラッキーだったわね♡」
「……いや、俺の財布からは出てるんだけどな」
次に寄ったのは、奇妙な魔道具を並べた店。
棚には光る石やら、歯車じみた輪やら、用途不明の品が所狭しと並んでいる。
店番をしているのは、二本の角を持つ痩せぎすの魔族で、黒いローブをまとい、いかにも胡散臭い雰囲気だ。
「いらっしゃい、人間の客人とは珍しい……お求めは護符かね?それとも“寝ている相手が夢の中で裸踊りを始める”という珍品かね?」
「後者はなんだよ!? いや要らねぇよ!」
「カズマ……もしかして欲しいんじゃないのぉ?♡」
「やめろリリス!余計な誤解生むだろ!!」
結局、火打ち石と簡易魔灯を購入することに。
怪しい店主は最後まで「夢踊りの護符」を推してきたが、カズマが必死に断ったため事なきを得た。
市場を歩くうちに、袋はどんどん重くなっていく。
水袋、干し肉、干し果実、保存パン、雑貨類――護衛任務に必要なものは大体揃った。
「ふぅ……これで一通り準備はできたわね。あとは――」
「護衛対象とご対面ってやつか。はぁ……胃が痛ぇ」
「ふふっ♡ カズマの反応、楽しみだわ~」
リリスは尻尾をぴょこんと揺らしながら笑う。
こうして二人は、市場での買い出しを終え、護衛対象の住む館へと向かっていった――。
連休とは素晴らしいものですな。