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第5話 謀略の影

静かにしかし小気味よく流れるジャズのような曲、暗めの店内には天井から吊り下げられた豪奢なシャンデリアが青い魔石の光を反射してキラキラした幻想的な光を放ち、バーテンダーが流れるように注文を受けた酒を作る「夜の光‐ルクス・ノクティス‐」。数人の上級魔族達が高級ワインや酒を飲みながら談笑している。そんな落ち着いた雰囲気の中、バーカウンターの後ろの部屋では何やら怪しい会話をしている者達がいた。

一人は、先ほどカズマと会話していたバーのマスターヴァルターン。もう一人は、でっぷりと太った大きな体にシックなジャケットと窮屈そうに蝶ネクタイを締め、紺のスラックスと最近流行りの魔哭海「ラメトゥム」に生息する魔鰐ヴェルグロアの革を使用した靴を履いた上級魔族風の男「ラザール・グローネ」だった。


「奴はどうだった??様子は!?・・・そして数値は?」ラザールが矢継ぎ早やに尋ねる・・・


「・・・ふぅ」


ヴァルターンはその質問に答える前に、額の汗をぬぐい、緊張でこわばっていた首や肩の筋肉をほぐすようにまわした後、ゆっくり答えた。


「・・・5500です」


「ああ!?なんだって!?500!??」


「ですから、5500です・・・」


「!!??!?・・・嘘だろ・・・そんな、ことが・・・は、はは・・・」


「・・・一言でいって、化け物です。・・・正直この魔力値は、今こうして見ても信じがたい。絶対口外しないでいただきたい。もし、口外すれば・・・」

そう言うや否やヴァルターンはその男に噂の人間がここにくるまでの経緯と、己がカズマと交わした短いやりとりの中から感じた印象を事細かに話始めた。

「なんということだ。こんな存在がまさか人間の中に?・・・非常に危険だが・・・いや、しかし・・・危険を冒すだけの価値がある・・・」

「・・・ただ、かのお方はおそらく魔族に偏見はなく、紳士に対応すれば間違いなく多くの利益をもたらしてくれると思われます。今度、もう一つの酒場「カルミナ」に誘う予定です。そこで、一席設けましょうか??」

「おお!!是非そうしてくれ!・・・よしっ!!こうなったらとことんやってやる。面白くなってきたな!商人としての腕の見せ所だ!!それならこうしよう!カルミナでのセッティングや接待は俺に任せてくれ!!あそこは俺の得意先でもある!!」

「承知しました。では、その際はぜひよろしくお願いいたします。」

「ああ、大船に乗った気持ちできてくれ!絶対つれてこいよ!!それじゃあ、準備があるからもう行く!」


そんな会話が裏でされているとはつゆ知らず。。。

グラスをあおり、頬を赤くしたカズマは、椅子にもたれながらつい口を滑らせていた。

「……まあ、俺なんぞ大したもんじゃねえよ。もともとは向こうの世界で、毎日つまらん仕事してただけの、しがない独身おやじだ」

「おやじ?」

リリスは小首をかしげる。

「そうさ。嫁も子もいねぇ。朝起きて、飯食って、仕事して、帰って寝るだけ。気付けば年だけ重ねてな……」

カズマは苦笑いし、手元の酒を揺らす。

「でも、ここに来て強いのよね?」

「強い、か……修行はしたさ。あっちの世界でも、暇があれば山にこもったり、武術だの剣術だのをやってた。……まあ、現実逃避みたいなもんだったんだろうな。格好つけてたつもりが、結局は会社でも家庭でも大したことできなかった」

リリスは頬杖をつき、じっと耳を傾ける。普段は鋭い目つきのカズマが、今はただの“少し強い人間”として、弱さや淋しさをさらけ出していた。

「こっちに来てからも、正直怖いことばかりだ。けどな……まあ、どうせ一人だ。失うもんもないし、好き勝手やって死んでも構わねえって気持ちがあるから、逆に図太くなってんのかもしれん」

「……そんなこと言うものじゃないわ」

リリスの声色が、少しだけ真剣になる。

「アンタ、笑われるかもしれないけど……今のアンタを見てるとね、ぜんぜん“うだつのあがらない”なんて思えないの。むしろ、楽しそうよ」

「楽しそう、か……酔ってるだけじゃねえのか?」

「ふふん、そうかもしれない。でも、弱いことを隠さずに話せるアンタ、嫌いじゃないわよ」

カズマは鼻をすすりながら、照れ隠しのようにグラスを空けた。

(……ああ、やべぇ。なんで俺、こんなことペラペラ喋ってんだ? 酒ってこえぇ……)

リリスはグラスを唇に運ぶふりをしながら、じっとカズマの横顔を見つめていた。

普段は鋭い眼差しで周囲を圧し、圧倒的な力を隠しもせずに振るう男。

だが今は――ただの冴えない中年のように、酒に酔って情けないことを漏らしている。

(……どうしてなのよ。こんなにダメおやじみたいなことばかり言ってるのに……余計に惹かれちゃうじゃない)

カズマの力は、あのバーザックを下したことで疑いようもなく証明された。

だが、その“隙だらけの素顔”を見せられてしまえば――サキュバスとしてだけではなく、一人の女として心が動く。

(私は強い男が好き。力ある者に惹かれる。それは昔から変わらない。

……でも、この人はただ強いだけじゃない。人間だし、訳の分からない存在だし、何より……危険すぎる)

「……」

思わず手を伸ばしそうになり、リリスは慌ててグラスを握り直す。

(バカ……! こんな時にどうするのよ。任務としてなら、今すぐ抱き寄せたって構わない。サキュバスなんだから。

でも……そうしたら、もう戻れなくなる。私は、ただ任務で彼に近づいてるんじゃないって、バレちゃう)

カズマがまた一杯あおり、にやりと笑う。

「はー……くっそ、酔った。なぁリリス、お前さ……結局、俺のことどう思ってんだ?」

リリスは一瞬、喉が詰まったように声を失った。

(どう思ってるか、ですって……? そんなの、今すぐ“好きよ”って言いたいに決まってるじゃない……!)

だが、唇に浮かんだ言葉は――わざと軽口に変わる。

「ふふ、そうねぇ……“興味ある”ってとこかしら? だって、こんな人間、前代未聞だもの」

表情はいつもの小悪魔的な笑み。

けれど胸の奥は、ぐちゃぐちゃにかき乱されていた。

(ほんとは、すぐにでも――)

酔いのまわったカズマがグラスをテーブルに置き、ぐったりとした。

その横顔を、リリスは熱を帯びた目で見つめていた。

(……駄目だわ。こんなに無防備に隣に座られたら、今すぐ抱きついてキスしたくなる。

子種だって……欲しい。こんな強い男の血を引いた子なら、きっとすごい存在になる。サキュバスとしての本能が叫んでる)

だが同時に、心臓の奥がぎゅっと締め付けられる。

(でも、それだけじゃないのよ……。本能だけで欲してるんじゃない。私は、この人と一緒にいたい。笑わせたいし、支えたい。恋人に、なりたい)

彼女はそっとグラスを置き、カズマの腕に触れる。

カズマは酔って赤くなった顔で、ちらりと彼女を見る。

「……おい、リリス。なんか、やけに距離近いな」

「ふふ、嫌?」

「いや……別に」

照れ隠しのようにそっぽを向くカズマ。その姿が、余計にリリスの胸を焦がした。

(ああ、バカ。そんな反応されたら、本気で押し倒しちゃうじゃない……!)

だが、あと一歩のところでリリスは踏み込めない。

――人間であり、未曾有の強さを持つカズマに、軽々しく迫っていいものか。

サキュバスとして誘惑するのは簡単。けれど、それでは“本物の関係”になれない気がする。

「……今日は、ここまでにしてあげる♡」

リリスは笑みを浮かべ、少しだけ体を離した。

「でも覚えておいて。私は強い男が好きなの。あんたみたいなね!」

カズマは目を細め、苦笑する。

「……ほんと、サキュバスは人を困らせるのがうまいな」

リリスの胸は、甘く切ない熱で満ちていた。、

カズマがグラスを片手に、いい加減に気持ちよさそうに笑っていたその時――。


落ち着いた足音が近づく。

「いやはや……噂に違わぬお方のようだ」

声に振り向けば、そこに立っていたのは一人の上級魔族。

長身痩躯、漆黒の衣を纏い、瞳だけが紅く爛々と輝いている。

ただの酔客とは違う、底知れぬ圧を持った存在だった。

リリスの表情がわずかに硬直する。

「……カース殿」

「おっと、怯えなくともよい。今日はただ、酒を楽しみに来ただけだよ」

男――【カース・ヴェルミリオン】はにこやかに言い、カウンターに腰を下ろした。

(なんだこいつ……リリスがあんな顔するってことは、相当な大物か?)

カズマは目を細めた。

「カズマ殿、でしたな?」

「……ああ。そうだが」

「はっはっは!やはり只者ではない。いや、失礼。あなたの名はすでに首都中で囁かれておりますよ。バーザックを打ち倒した人間――と」

「また尾ひれ付きの噂かよ……」

カズマがぼやくと、カースは小さく笑った。

「尾ひれはともかく、事実は変わらん。人間が魔族の上級を退けた。それはもはや、時代が揺らぎ始めた証左だ。……お分かりになりますかな?」

「時代、ねぇ……。ただ、襲われたから返り討ちにしただけなんだが」

「ふむ、謙虚ですな。しかし――」

カースは身を乗り出し、声を潜める。

「……我らには、あなたのような“異物”が必要だ」

リリスが息を呑む。

「カース殿……それは――」

「おっと。今はこれ以上は語るまい。ただ、覚えておいていただきたい。魔王の影に従うだけが、この国の道ではない……と」

そう言って、カースは懐から小さな魔晶石を取り出し、テーブルに置いた。

「お会いしたのは偶然。ですが、もしまた語りたくなれば――これを使っていただきたい。私はいつでも、あなたの味方ですよ」

その笑みは柔和で人懐っこい。

しかし瞳の奥には、爛々と燃える野心と陰謀が、確かに宿っていた。


    挿絵(By みてみん)


いぎだい…


ここでちょっと解説。今回出てきた魔力値はM(マナのことで、直ちに戦闘力に繋がるものではございませぬ。ただ、強力な魔法やスキルを使うとなるとやはり相応な魔力が必要となってくることは否定できません。相当な強者であるバーザックのステータスから比較すると、図抜けた数値であることは間違いないでしょう。一応現魔王(平時)が5200程度、初代魔王は10000万以上のMマナを誇っていることから、とりあえず魔王級のMマナであるのは間違いありません。バーザックは大型幻獣種であり、通常の魔族よりも魔力適正も遥かに高く、全てのステータスが一流です。にもかかわらずこの差。逆に言うと魔王もそのくらい隔絶した力を持っているということです。恐るべし。

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