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霊専門カウンセラー狐狗狸さん  作者: 椿レイ
第一章 カルテ番号No1142 日比谷誠
11/15

10 誠と記憶の空間(1)

「……狐狗狸さんってすごいんだね。」


 誠の口からポツリとそんな言葉が溢れる。特に意味を持たせて行ったわけではないが口にすると言葉の重みを感じた。無意識に自分と狐狗狸さんを比べていたのだろう。急に狐狗狸さんを見るのが後ろめたくなり目を背ける。居場所を失った彼の目はティーカップへと移った。視界の端に映る鳥がこちらを見たように思えたがその様子を確かめることすら億劫だった。普段何気なく見ている紅茶の水面の波紋を意識してしまう。


 自分は何も考えずに過ごしているのに。ずっと中途半端に生きてきたのに。ずっと、ずっと何も決められず、何も覚悟が決まらず、ずっと逃げてきたのに。現実から目を背けて、ずっと殻に閉じこもって……。

 一度そんなことを思ってしまったらもう戻れなかった。自分の中の何かが急にほどけるのを誠はなんとなく感じていた。


 ……ずっと? ずっとっていつからだろう。生まれた時から? 違う。そんなことない。あの時はまだ幸せだったはずだ。全部が曖昧になって何も分からなくなって……。気がついたら守れたはずの幸せすら壊れてて……。あの時? あの時っていつだ……? 幸せ? 幸せだった……? いや、今だって幸せだ。幸せなんだ。


「え……?な、なんで……」


 混乱してうまく言葉が出なかった。口をついてでた「なんで」も誰に対して、何に対して言っているのか、誠自身も分からなかった。誠は気が遠くなるのを感じた。何も分からない。何が本当で何が嘘なのか。世界の全てが嘘でできているように感じた。急によく分からないものが押し寄せてくる。誠が見ているのは上澄の綺麗なとこだけ。今見えている美しい景色もきっとただの形だけ取り繕ったものなのだろう。


「おい!」


 誠は狐狗狸さんが止めるのも聞かずに走り出す。投げ出したティーカップが落ち、瞬く間に灰に変わった。鳥は驚きどこかへと飛んでいってしまう。誠が走った場所を中心として、今までいた空間がパズルのように次々と崩れていった。崩れた先はどこまでもどこまでも深い闇だった。誠は後ろを振り向かずに走り続ける。ひらひらと落ちる花びらや葉っぱもティーカップと同じように落ちた瞬間、灰へと変わった。鮮やかだった空間はあっという間にモノクロへと移り変わり、時間が止まった。動いているのは誠だけだった。


「はあっはあっはあっ……っ!?」


 恐怖で足が震え、転んでしまう。何に対する恐怖なのか、誰に対する感情なのか。誠には分からなかった。一度床に倒れると今までの疲労が一気に来る。目の前の静止している川の水に手を伸ばしたが冷たさは微塵も感じられなかった。よろよろと立ち上がり川の近くへ行き、川を覗き込んだ。やつれた顔の自分がいる。そういえばこちらの世界に来て一回も自分の顔を見ていなかったと言うことに気づく。しばらく呆然とそれを見つめているとやがて水面に映る自分の顔が姿を変えだし、幼少期の……7歳くらいの自分の姿が浮かび上がる。


 水面に映る幼い頃の誠は笑顔で誰かを見上げていた。両手をそれぞれ別の人と繋いでいる。片方は大人の女性でもう片方は小さな4歳くらいの女の子だった。女の子の隣には背の高い大人の男性がいた。誠はその女の子をしきりに気にしているようでしょっちゅう見ては両脇の大人達に笑われていた。彼らは先ほどまで誠がいた藤の花が咲き乱れる公園を歩いているようだった。女の子が手を離し川の方へと走っていく。慌ててそちらへと向かう誠。少女は川へと辿り着く前に前につんのめり転んでしまった。慌てて駆けつける誠と二人の大人。痛いのを我慢しながら、でも泣きそうな顔でふるふると震える少女に真っ先に誠は手を貸し、「いたいのいたいのとんでいけー!」と魔法をかけていた。それを受けた男性はうずくまり痛そうなふりをし、少女は笑う。女性は怪我を確認したのち少女を抱き上げながらよしよしと背中をさすってやっていた。四人はさっきまで誠と狐狗狸さんが腰掛けてていたベンチへと腰を下ろし、何やらお菓子を食べ始めた。


 彼らは皆、楽しそうな笑顔を浮かべており、そのベンチの周辺が幸福で包まれていた。誠はその風景を呆然と見ていた。水面を見ていたはずなのにいつのまにか彼自身がその空間に立っていることに気づく。水面越しに見ていた風景が目の前にあった。


「……って……、まって……!」


 誠は目の前の彼らが座っているベンチに向かってもう一度走り出した。ただ彩られていた空間は先ほどと同じ様に誠が走った場所を中心に崩れ落ちモノクロへと変わってしまう。ベンチに手を伸ばして彼らに触れようとしたものの彼らはこちらを見ることもしないうちに崩れ落ち、風と共に通り過ぎて行った。最後に残ったのは動かないベンチだけだった。

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