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8話

「……失礼だが、今何歳だ?」

「十八です」


 レオンさんは目を細める。


「シャウムヴァイン家に、そんな妙齢のご令嬢がいるという話は聞いたことがなかったが」

「ああ、私は十歳の頃からずっと地下室にいて、社交界デビューもしていないので」

「地下室だと? そこでずっと、彩師としての仕事をさせられていたというのか? 外にも出されないまま?」

「彩師としての仕事は好きでしたし、頼んだ素材については遅滞なく運ばれてきていたので、それについては全然文句はないんですけど。ただ食べ物が二日に一度しか差し入れされなかったり、着るものがなさすぎて寒かったり、寝床にねずみがいるのには困りましたね」


 あと地味に大変だったのが、生誕祭のシーズンだ。

 家族はおろか使用人たちも休みを取るので、一週間近く食べ物の差し入れが途絶えることになる。

 だから素材屋――植物の根っことか、藍とか玉ねぎとか、色を取り出すための材料を卸してくれる人――に、パンやハムを持ってきてもらうよう頼んだこともあったっけ。


「あ、でも食べ物については、素材屋が材料と一緒にこっそり日持ちのするサラミとかチーズとか塩とかを差し入れてくれるようになったので、少し改善したんですけどね」

「それは改善とは言わん」

「……レオンさん? どうしてそんなに怒ってらっしゃるんですか?」

「怒っているのはお前にじゃない。シャウムヴァイン家にだ! 素晴らしい魔導具を多く開発する名家だとばかり思っていたのに……! 実態はやせ細った小娘に全てを押しつけて、自分たちだけ旨い汁を吸っていたというわけか」


 私はレオンさんの怒りを、新鮮な気持ちで見つめる。


「……あの、こんなこと言うのも変ですけど、私が嘘をついてるとは思わないんですか?」

「ついているのか、嘘?」

「いいえ、でも……。私が地下室に閉じ込められてるって話をしても、素材屋以外の人は、誰も信じてくれなかったものですから」


 食事を運んでくれるメイドや、時折外に出してもらえた時に、すれ違った人たちに助けてと言ってみた。

 だがその言葉は、私の同行者によって即座に否定された。

「この娘は頭がおかしいから」と、シャウムヴァイン家の者が困惑顔で言えば、皆そちらの方を信じるに決まっている。

 私の言葉は、彩師の仕事に関することなら信じてもらえた。

 けれど、エレナ・シャウムヴァインとしての言葉は、どこにも届かなかったのだ。


 だから私は、助けてと言うのをやめた。誰にも聞き入れてもらえない言葉なんて、発するだけ空しいし、余計なことを言った罪で家族から折檻されることも多かったから。


「でも、彩師の仕事に集中できたから、結果的には良かったのかもしれません」

「強がり……というわけではなさそうだ。本心からそう思っているということか。確かに、俺の上着の成分を一発で言い当てたり、剣に直接魔素を付与したり、お前の彩師としての腕は一流であることに間違いはないが――だが、自分を粗末にすることはないだろう」


 レオンさんは私の顔を見ながら言う。

 美しい「天使の目」が、まるで全てを見透かすみたいに、私の肌の上を滑るのが分かった。

 やはり「天使の目」は違う。王の色たる金色を帯びているせいだろうか、思わずひれ伏したくなるような気迫がある。


「私は凡人です。でも、私の抽出する色は素晴らしいと言われました。自然のものから魔素を色として取り出し、魔道具に付与する――口で言うのは簡単ですが、それを高品質で成し遂げることのできる彩師はそうはいないと。……それは、彩師の仕事にわき目もふらずに取り組んだからでしょう」

「……何とも言い難いな。地下室に閉じ込められていたことを、そこまで前向きに評価することは、俺にはできない」

「まあ、他人にそう簡単に分かられても困りますから」

「ふ、そうか。その通りだな、すまない」


 レオンさんは生真面目に謝ってくれた。

 やっぱり良い人だ。それに、話していると楽しい。私の言うことを遮ったりしないし、謝ってくれさえするし。

 だから私は、ちょっとだけ勇気を出して聞いてみた。


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