6話
私が剣を返すと、レオンさんは信じられないといった様子で、剣をためつすがめつしていた。
その金色の目が、鋭さを帯びて光る。
「その剣を振ると、勝手に魔法が発動します。どんな効果か分かりませんけど、逃げる獲物を追うのに役立つのは確かです」
「蛇の加護を受けた剣、というわけか。兎退治にはぴったりだな」
ふ、と口元を歪めて笑う。期待に満ちた表情が、魔獣を狩ることはレオンさんにとっての天職なのだと教えてくれる。
この人は奪う人だ。「天使」のように。
「よし。俺はこのまま兎種を狩る。お前は家の中にいろ」
そう言い残すと、レオンさんは剣を携え、勢いよく家の外に飛び出していった。
扉がぱたんと閉まる。
屋根の上にいた魔獣たちが、レオンさんをの存在に気づいて、一斉に追いかけていく。
――剣が肉と骨を断つ音が響き、遅れて魔獣の断末魔の声が聞こえた。
私は窓に駆け寄り、自分の仕事の成果を確認する。
「……うん。上手く魔素を付与できたみたいね」
レオンさんが剣を振るたびに、黄土色の三日月のような衝撃波が放たれる。
それは、一目散に雪の上を逃げる兎種の背中を直撃し、その脳天をかち割った。
ぼろきれのように地面に倒れる兎種。続けざまに放たれる衝撃波は、蛇のようにくねって逃げる魔獣を追撃する。
「なるほど。剣に直接付与すると、ああいう攻撃もできるようになるのね。参考になる」
心の中でメモしながらも、あれほどあっさりと魔獣を倒せるのは、レオンさんの腕が優れているためでもあるだろうと思った。
レオンさんは本当に優れたハンターだった。
雪の上であろうとも、軽々と跳躍して魔獣の首を切り落としている。
魔獣と相対して臆することもなく、さりとて興奮することもなく、ただ冷静に相手の様子を探っている。
それは、元々持っていた彼の資質なのだろうか。
それとも、前髪の隙間から時折覗く、あの「天使の目」ゆえだろうか――。
などと考えているうちに、魔獣退治はあっさりと終わった。
雪の上に散らばる魔獣の死体と鮮血。あの赤は、ありきたりすぎて、あまり採取したい魔素ではない。
全ての魔獣を狩れたわけではないだろうが、とりあえず当面の脅威は去った。
レオンさんの剣に付与した魔素は、少しばかり薄くなっていたが、まだ残っていた。
「うん、染料の持ちも想定通り」
扉が開き、ゆっくりとレオンさんが入って来る。返り血一つも浴びておらず、ただ少しだけ息を荒げていた。
剣の返り血を静かに拭い、鞘に納める。
そうして、興奮を押し殺した声で言った。
「こんなことは初めてだ。剣に直接魔素を付与することで、こんなに魔獣狩りが楽にできるなんて! 剣に魔法の効果を持たせようと思うと、どうしても魔導石に頼らないといけないだろう。魔導石を埋め込んだ剣は結構重いし、壊れやすいしで嫌だったんだが、こんな解決策があったとはな!」
「まあ、壊れやすいというデメリットは解消できていませんけど。急場しのぎなら十分でしょう?」
他にも、魔素の伝導効率が悪かったり、色から魔素の種類が推測できてしまい、戦闘相手に対策される――といったデメリットがある。
物に直接魔素を付与するのは、ものすごく難しいこと、というわけではない。
魔法に長けた人たちが、この方法を取らず、あえて魔導石を介して魔素を付与しているのには、きちんとした理由があるのだ。
「それにしても、集めておいた貴重な染料を、ロケットに納めて肌身に着けておいたのは正解でした」
「ああ、おかげで魔獣を全て退治することができたからな!」
それに、と私は心の中で付け加える。
レオンさんが私を見る目が明らかに変わった。
「家の中で勝手に死にかけていたやせぎすの娘」から「妙な技を使う一流彩師」になったのだ。
「魔獣はもう来ないだろう。ひとまずは安全だ」
「それは良かった。……さて、私の彩師としての腕が確かである、ということはもうお分かり頂けたかと思いますが」
「ん? ああ、それはよく理解したが」
「それなら、一つ質問して良いですか? その『天使の目』について!」
脅威が去ったのなら、聞いても良いだろう。
あの蠱惑的に輝く金色の瞳のことを。
前のめりになって尋ねると、レオンさんは苦笑した。
「まあ、お前が彩師なら、興味を持つのは当然か」
「はい! その目からどんな色――魔素が取れるのか、とっても気になります」
私は前髪越しにレオンさんの右目を見つめる。
「やっぱり朝日のような金色になるんでしょうか。それとも色んな魔素が複雑に絡み合った結果としての黒? ああ既にご存じでしょうけれど、魔素において黒という色は非常に重要な意味を持っていて――」
「よく喋るな、おい。次は俺に泣けとでも言うんじゃないだろうな」
「ああ、涙から魔素を抽出できるだろう、ということですね? でも多分それでは色は出ませんよ」
そう言うとレオンさんはふっと笑った。