4話
特許さえ申請してしまえば、申請者の元に一定のお金が入って来くる。
私が地下室で汗水たらして、新しい画期的な魔素を抽出したり、魔道具を開発したりした結果は、私ではなく、シャウムヴァイン家の懐を潤すのだった。
「元々つまはじき者でしたから。社交界にもなじめませんでしたし、彩師の宿命として、指先はいつも色んな染料で汚れていますし」
私は自分の指の先を見る。
淑女の理想とされる白魚のような手、なんて夢のまた夢。
爪の中にまで染料が入り込むせいで、指先が濃紺に染まったように見えるし、素材となる植物を扱った時についた傷跡も多い。力を込めて魔道具を扱うので、労働者のように節くれだっている。
人差し指と中指の先端についた、アカネの美しい色合いに視線を落とす。
「でも、私はこの手を恥じてはいませんよ」
「そうなのか?」
男性の声に、私は笑って頷く。
「もっと新しい色を見てみたい。――吹雪の中、この家に根性で辿り着けたのは、この手がそう思わせてくれたおかげですし、結果的にこうして『天使の目』の持ち主にも会えたわけですし!」
「……そうか」
男性はふっと笑みのようなものを浮かべた。そうすると、顔から険が取れて、とっつきやすい印象になる。
というか、この人が漂わせていたよそよそしさのようなものは、彼が意図して装っていたものなのかもしれない。
何しろ家の中で勝手に倒れていた私を助けてくれたのだ。どれほどつっけんどんな態度を取っても、根は良い人なのだろう。
「どうやらお前は嘘をついていないようだ。敵意もないようだし、魔導書がないんじゃ何もできないだろう。コーヒーでも飲むか」
「ありがたく! ところで、お名前を伺ってもよいですか」
「俺はレオン・スピリタス。魔獣退治で生計を立てている」
「ハンターさんなんですね」
魔獣退治。道理でボゴランナッツ染めの赤茶色の上着を着ているわけだ。
ボゴランナッツから抽出される赤色は、魔獣を弱体化させる匂いを放つ。
しかも、よく観察すると、この赤はボゴランナッツ一色ではなく、他の魔素も追加されている気がした。
「ご出身は?」
「まあ、王都の辺りだな」
「……もしかして、ブショング・ショアだったりしますか」
するとレオンさんは微かに目を見開いた。これは図星かも。
「……なぜそう思う」
「その上着です。ボゴランナッツ染めかと思いましたが、もう一色ありますよね? 魔獣退治を生業としているならば、魔獣を弱らせるような魔素を身に着けたがるでしょう。とくれば、ブショング・ショア周辺に生えるスメン・フラワーが第一候補に挙がります。ボゴランナッツと重ね染めすると、魔獣の嗅覚を鈍くする効果が出て、ちょうど今着ている上着のような錆び朱色が出ますから」
私の言葉を、レオンさんは真面目に受け止め吟味しているようだった。
「なるほど。少なくとも彩師であることは偽りない事実のようだな。確かにこれはお前の言う通り、ボゴランナッツとスメン・フラワーの二色染めだ。しかしそれだけで俺の出身地がブショング・ショアだと断定はできないだろう」
「その上着、袖のところが少しこすれていて、年季が入っていますよね。魔獣退治をするような人は、縁起をかつぐ傾向があります。自分の身を守ってくれている上着や剣を、簡単に新調しない。だとすれば、その上着は故郷を出た頃に仕立てたものなのかもしれない。そう思っただけです。材料が私の類推通りなら、それ以外のことはどうでもいいですよ」
あなたの事情を探るつもりはなかった、と暗に言うと、レオンさんは釈然としないような顔で立ち上がった。
暖炉の側に行き、ブリキのポットを取り上げると、使い込まれた木のカップになみなみとコーヒーを注ぎ、簡素なパンを添えて私に差し出してくれた。
「紅茶と砂糖を切らしていてな。コーヒーで勘弁してくれ」
「ありがとうございます」
温かい飲み物とパンが胃の中に落ちると、ようやく人心地着いたような気がした。
そうなるとやはり気になるのは「天使の目」だ。その目から一体どんな色――魔素が取れるのだろうか。
そう考えながらレオンさんの顔をじろじろと眺め回していた時だった。
『グルルルルルル……』
獣の唸り声が外から聞こえ、レオンさんが素早く立ち上がる。
ドアの横にあった剣をぱっと手に取り、窓の側に駆け寄ると、外を見て舌打ちした。
「魔獣だ」