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36話

 シャウムヴァインのより安くてすごい魔導具を作るぞ、と意気込んでから、三週間ほど経った頃。

 私とレオンさんは、コントランド山の中にいた。

 コントランド山の雪は、昼の日差しにぎらぎらと輝いて、とても眩しい。


 レオンさんの持つクロスボウから放たれた矢は、紅い軌跡を描いて、雪の反射光を切り裂きながら獲物の心臓に突き刺さる。

 レオンさんの目はどうなってるのか。ここからあの猿型魔獣まで相当な距離――恐らく五百メートル以上――があるはずなのに、心臓を一撃で射抜くなんて。


 ――なんて、この見事な射撃は、レオンさんだけの功績じゃないのだ。


 矢にはとある魔素が塗ってある。

 ベリル・レッドの鉱石から抽出した魔素は「未来予知」。

 といっても、これはまだ研究中。

 猿型魔獣が行動する先を読んで矢の軌道を変える――という高度なことはできておらず、今のところは、レオンさんの射撃制度を少し向上させる効果しか持たない。

 それでも、レオンさんにとっては十分すぎるバフになったようだ。


「ん-、でもやっぱりベリル・レッドはレオンさんの魔力との相性が良い。さっきから、魔素がすごくきらきら輝いてる」

「――油断するなよ、エルナ。猿型魔獣は擬装が得意だ。……ほら、そこ!」


 レオンさんはクロスボウを私の背後に向け、素早く矢を放った。

 ギャアッという叫びと共に、すぐ後ろでどさりと何かが倒れる音がした。

 恐る恐る振り向けば、雪を被った松の枝で身を隠していた、猿型魔獣の死体があった。……死体になっている、はずだ。生きてたりしないよね?


 レオンさんは熟練のハンターなので、魔素を帯びていない普通の矢で再度猿型魔獣の頭部を打ち砕いた。

 これで絶命は保証された。二度撃ち(ダブルタップ)はハンターのたしなみだとは、レオンさんの言である。


「雪を被った枝で身を隠して近づいてくるなんて……。聞きしに勝る頭の良さ。見た目はちょっと大きいチンパンジーみたいなのに」

「チンパンジーって、大陸の南の方にしかいないんだろ。見たことあるのか?」

「素材屋のニケに脳みそを持ってきてもらったことがあるよ。結局何にも使えなかったけど」


 そう言うとレオンさんは顔をしかめた。


「脳みそからも魔素が採れるのかよ。っていうか、そんなものまで調達してくるなんて、その素材屋……」


「いかれてる」「最高でしょ」


 言葉が重なったが、評価は百八十度違っている。

 私は思わずレオンさんを睨んでしまった。


「珍品があったらいつも真っ先にうちに持って来てくれるんだよ? この『真っ先に』ってのが、彩師にとってどれだけありがたいことか、レオンさんには分かんないの?」

「分かるわけないだろ。まあでも、その素材屋……ニケっていうんだったか、そいつはお前に食料とかを差し入れてた良い奴なんだよな。いかれてるは言い過ぎだった、すまん」

「いいよ。でもレオンさんって、十歳くらい年下の女にも、ちゃんと謝れるからすごいよねえ」

「何だそれ、嫌味か」

「嫌味なんて高度なコミュニケーションスキルが私にあると思う?」


 そう返すと、レオンさんは鼻からふんっと息を吐き、周囲の警戒に戻った。

 ふふん。一本、取ったり。


 得意げな私をよそに、レオンさんは雪上の魔獣の死体を数えた。


「全部で十五体。よし、ギルドの依頼は完遂だ」

「私の方も、レオンさんの武器に付与した魔素の状態を確認できたし、用事は済んだよ。あとは猿型魔獣の爪を剥ぐだけだね」


 私は持ってきたペンチで、猿型魔獣の四肢の爪を引き抜き始めた。結構するする取れる。引き抜くときに「ブチブチブチィッ」と何か太いものがちぎれるような音がするのが、ちょっと嫌だが。


「お前は本当に上手に素材を取るな」

「何一つ無駄にできないからね。取れるものは全部取る。まあ、この猿型魔獣については、爪以外に取るところがないのが切ないけど」


 猿型魔獣は、食事内容にもよるが、体に含まれる魔素に毒があることが多い。

 だから魔素を抽出するのは難しい。彩師が死ぬ。

 でも例外が爪で、その爪を私は取りに来たのである。


「猿型魔獣の爪に含まれる魔素は『貫通』。色はクリーム色っていうか、ちょっとくすんだベージュって感じかな。この要素があれば、今目指してる魔導具に近づけるかもしれない」

「と説明しながら、ペンチで爪を剥いでく妙齢のお嬢さん……ってのは、なかなかの眺めだな」

「変かな」

「普通ではないな」

「普通ってなに」

「世界中の誰もが、そいつはまともだ、と判断すること。つまりそんなのは、はなっから存在しないってことだな」

「レオンさんはたまに哲学的なことを言いたがる癖があるけど、あんまり面白くないからやめた方が良いよ」

「やかましい」


 レオンさんと一緒に行動してから、大体一か月ほど経ったが、だんだんこの人が分かってきた。

 何かそれっぽいことを口にするときは、私をフォローするか、励まそうとしている時なのだ――と。

 優しい人だ。私にその優しさを向ける必要なんてないのに。


「でも色々試作品を作ってみて分かったけど、魔獣避けにはやっぱり魔獣の体から取れた魔素を使うのが一番効果的だね。鉱石も悪くないけど、魔獣の魔素の方がてきめんに効く」

「やっぱり、ってことは前から確信があったのか」

「うん。コントランド街に来たばかりの頃、サフィールさんに、魔獣の血からとった魔素を魔導石にこめて、それを門番の兵士に飲ませれば良い――って言ったでしょ。あれは元々魔獣には魔獣をぶつければいいって経験則があったから」


 シャウムヴァインでは、魔導石を人間に埋め込む実験を行っていて、その中で魔獣の血を混ぜた魔導石は効果が高かったらしい。

 彼らは魔獣の魔素が放つ毒を弱める方法も、同時に研究していた。

 人道的な見地からではなく、石を埋め込んだそばから死んでいったんじゃ、コストパフォーマンスが悪いから、というのがその理由である。


 私は魔導具の開発が主な仕事だったので、実験関係はあまり知らないのだが、素材屋のニケが開発レポートを横流ししてくれたので、大体のところは把握している。


 あの時のニケは、シャウムヴァインの行動を非道だと非難していた。

 けれどあの時の私は、そうは思っていなかった。

 ここに来たばかりの時も「別にそれで魔獣を退けられるんなら、良いのでは?」と思っていた。だから恐れ知らずなことに、サフィールさんにそれを提案したのだ。


 でも、今は違う。


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