35話
シャウムヴァインの人間が、早晩エルナを厄介払いするであろうことは、目に見えていた。
その理由は単純だ。
「魔獣が多く出没するようになって、魔獣避けの魔導具が売れるようになってきたから」
それなら、エルナという腕の立つ彩師を手放すより、余計に囲い込んだ方がいいと普通は考えるだろう。
しかしシャウムヴァインは、そうしなかった。
エルナが作る魔導具は、優秀すぎるから――である。
「魔獣退治にはギルドやそれぞれの領地の騎士団の利権が絡んでくる。あまりにも優秀すぎる魔獣避けは、彼らの出番をなくしてしまう……」
コストや実装の問題を乗り越え、エルナは素晴らしい魔導具を世に送り出し続けてきた。
だがあまりにも優れすぎているせいで、魔獣退治を生業とするギルドや、魔獣の死体から素材を得る素材屋、そして魔獣から人々を守ることで税を徴収している騎士団といった面々から、疎んじられるようになったのだ。
『シャウムヴァインの魔導具は効きすぎる』
そんな《《悪評》》が立つようになり、シャウムヴァインの人間は困惑した。
エルナに手加減しろと言っても無理な話だ。彼女は彩師として、最も優れた魔導具を作ることしか頭にない。
「ってゆーか、彩師の癖に魔導具まで作れちゃうって時点で、かなりアンコントローラブルというか、天才型っていうか、……ともかく、シャウムヴァインにとっては持て余し気味の存在になっちゃったんだよね」
そしてニケは定期的にシャウムヴァインに出入りする素材屋として、シャウムヴァインの心境を正確に把握していた。
そこで満を持して、エルナの身の内に溜まった「毒や呪い」の話をしたのである。
実際、シャウムヴァインにとって「呪い」は恐ろしい単語だったのだろう。
なぜならば彼らは、奴隷に対してかなり過激な人体実験を行っていたからである。奴隷の中には遊牧民や古い部族の人間も交じっており、シャウムヴァインは彼らにたいしても非道を働いた。
ニケは直接見聞きしたことはないが、シャウムヴァインの下男からこんな話を聞いたことがある。
『死ぬ間際、連中は何か呪詛みたいな言葉を口にしたんだ……! 俺たちには理解できない、恐ろしい響きだった』
彼らの魔法体系は未知の部分が大きく「呪いなんてない」と言い切ることは難しかっただろう。
ニケはその恐怖を利用することにしたのだ。
「毒とか呪いなんて、当然嘘八百、話を盛りに盛った大ぼらだったんだけど……。コントランド山に追放して、事故死という整理にしたってことは、私の話を鵜呑みにしてくれたようで、何より」
しかし、問題はここからだ。
ニケはもう一通の手紙を取り出す。何度も見つめた文面をもう一度読む彼女の顔は険しい。
「消息不明、か――」
エルナを乗せた馬車がコントランド山へ向かっていた、ということは裏がとれているのだが、その後の消息が一切分かっていないのだ。
本当に事故死した可能性だって、ないとは言い切れない。
ニケはエルナの消息をリアルタイムで追いたかったのだが、手配した人間が途中でエルナの馬車を見失ってしまったため、分からなくなってしまった。
エルナはコントランド山に本当に向かったのか、それとも途中でいなくなったのか。分からない。
「エルナは今どこにいるんだろう。少なくともコントランド山周辺で、エルナに似た女性の死体が見つかった、って話は聞いていないけど……」
無事でいて欲しいと強く願う気持ちと、あまり期待しないでおこうという気持ちが入り混じっている。
「……あの子のことだもん。意外とどこかの村で元気にしてたりして! あっでも、ずっと地下室にいたから、世の中のこととか分かってなさそう……。ああ、うまくあの子の面倒を見てくれるような人がいたらいいんだけど」
ニケはハンモックの上でもぞもぞとしていたが、やがてむくりと起き上がった。
「ん! 気にしてても仕方がない。いつもみたいに情報と素材を集めて、高く売りつける仕事に戻るとするかあ!」
筋肉のしっかりついた体がしなやかに動き、ハンモックからひらりと飛び降りる。
「――そうだ、シャウムヴァインの動きも引き続き注視しておかないと。近頃えらく高値で魔導具を売ってるみたいだけど……。はてさて、一体誰の顔色を伺っているのかしらね?」




