幕間
やれやれ、狼型魔獣はしつこくていけない。
私ことヴィクトール・サマクストラにかかればあの程度の魔獣、どうということはないけれど。
ああ、商隊の荷物が少しやられたみたいだね。
梱包が甘かったんだろう。クレートがあんなに傾いている。
望遠鏡に中型の盾に、対鳥型魔獣にはぴったりのクロスボウ……どれもなかなか高品質な魔導具だ。
魔導具はシャウムヴァインのものらしいが、あそこの家はさすがだね。どの魔導具も洗練されていて隙がない。あれほど高価な魔導具を運んでいるとは、さすがコントランド街に向かう商隊といったところかな。
ん? 君、コントランド街のことも知らないのか?
そんなに知識がない状態で行って、無事でいられる場所とは思わんが……ああ、親戚がいるんだね。納得だ。
でもあそこには雪と知識と技術しかない、つまり君みたいにぼうっとした妙齢の女性を楽しませるような、社交的なものは一切ない場所だが。
そう、コントランドはなかなかどうして、過酷な場所だ。
まずコントランド山。そもそもが急峻な高山で、標高七千メートルはある。山の頂上付近には、地獄のミニチュア版のような「洞」があり、そこから魔獣が湧いて出てくる。
もちろんコントランドの人間だって、皿に乗せられた魚のように、ただ魔獣に襲われるのを待っているだけではない。ギルドが魔獣除けの結界を展開してるから、普通の魔獣は街中までは入ってこられないようになっているんだ。
――もっとも、最近はそうでもないみたいだけどね。何かが起こっているのかもしれない。
結界なんて知らなかった? それはそうだろう。
表向きには言っていないし、ガイドブックにも載っていないからね。知っているのは、ギルド内のごく限られた人間だけだ。
ちなみに結界の動力源は空だよ。山頂に広がる黒い空から魔素を得て、魔力の動力源であるタービンを回している。
魔素と魔力は厳密には違うから注意すること。
魔素とはきつい酒で、魔力はそれを割るものと考えるとシンプルだ。
魔素は自然にあるものから採取できる。
魔力は人間や獣人、エルフがもともと持っているもので、それをタービンなどで増幅することができる。
まあ増幅方法については色んな技術があるが、タービンが一番効率が良くて安価に維持できるね。結界を展開するためには、安定した魔力の常時提供が必要だから、非常に理にかなっている。
私がコントランドに向かっているのも、この結界が理由の一つだ。
定期検査といったところかな。
うん、分かると思って話していない。だから分かりもしないのに相槌を打たなくていいよ。
分からないついでに君に質問だ。
より強い魔素をとれるのは、白と黒。どちらだと思う?
……ふふ。黒、素直な答えだ。
だって私はさっき、黒い空から魔素を得て街を守る結界を展開しているって話をしたばかりだからね。それを聞けば、黒の方が強い魔素が取れると思うだろう。
いいや、君の言う通り、黒の方がより強い魔素が取れる。
引っ掛けでも何でもないよ。ただ君が思考する意欲さえ見せなかったものだから、少しがっかりしただけだ。
有名なのは「闇」だね。
ただし、闇から魔素を取るためには、相当の腕が必要だけど。
白は――うん、白は「無」だから。
無から何かを取ることはできない、そうだろう?
話が脱線したね。もう少し君に分かる話をしよう。
コントランドの名産は、黒ビールに黒パン。それからなんといってもスピリタス。
土産物屋では水晶やアメジストなんかが売っている。女性の装身具用として、美しいレースも有名だ。
君、よく編み物なんかしているだろう。参考に一つばかり買ってみたらどうだい。
よく自分のことを見てる、って?
当然だろう。
だって君はとても目立っている。
中肉中背、十代か二十代の地味な人間女性。
明らかに武人ではなく、さりとてコントランドに用があるような、抜け目のない商人や職人という感じでもない。
だからといって、身に着けているものや話し方からして、貴族というわけでもない。目立たないからスパイか何かと思ったけれど、それにしちゃぼーっとしすぎてる。
だから、目立つんだよ。
そういう人間は、魔獣に真っ先に狙われる。
だから、君の周りには誰も寄ってこないのさ。
そんな君の側に、なぜ私がいるのかって?
さあ、なぜだろうね?
は? 君に好意を持っている?
ははは、女性って異種族間の恋愛話、好きだよねえ。ありえないとだけ言わせてもらおう。君、道端のカメやハトに恋心とか抱くか?
――ま、単なる好奇心だよ。君たちだって、虫を戦わせたり、収集したりして楽しむんだろう?
それと似たようなものさ。
弱い個体が、コントランドでどのようにして生き延びるのか。
退屈極まりない道中だから、思考実験で気を紛らわすしかないのさ。
エルフは一日三時間も眠れば事足りるから、人間の行商に紛れると、本当に退屈だね。
何か面白いものが、コントランドの街にあると良いんだが――。まあ、期待はしないでおこう。




